主人公はアラサー代表みんな大好き小鍛治健夜。そのためか本編に恋愛要素はほとんどありませんが、彼女らの珍道中にご期待くださいませ。
「取材旅行に付き合ってほしい?」
行きつけのファミリーレストランに呼びつけられたかと思いきや、いきなりそんなことを言われた。
こーこちゃん……福与恒子アナウンサーが唐突なのはいつものことで今更ではあるが、もう少し順を追って説明するとかしてほしいと思うのは過ぎた願望だったりするのだろうか。
ちょっと呆れ顔の私とは裏腹に件の彼女といえば、待ちぼうけを食らっている間に私が頼んでおいたちょっと冷えかけのポテトフライを口の中に放り込みながら、一仕事終えた後のような爽やかな微笑みを浮かべていたりする。
こちらから説明を要求しなければこれ以上話が先に進まないことを痛いほど実感した私は、ため息を一つ吐いてからあきらめて口を開いた。
「取材旅行って言われても、なんの?」
「そりゃすこやんにお願いするんだから麻雀関係に決まってるじゃん? いきなりプロ野球の取材に同行しろって言われても困るでしょ」
「いやだからね? そういうことを言いたいんじゃなくて……わかってるよね?」
「んーとね、今年のインターハイが殊の外盛り上がったから、上位進出校に的を絞って特集を組みたいって制作部から話があってさー。取材するのに誰がいいかって話になったんだけど、実況担当だったアナウンサーたちが適任じゃね?ってことで私らにお鉢が回ってきてるんだよね」
「全国大会が盛り上がるのは今年だけの話じゃないと思うけど……」
と口では言いつつも、個人的感想で語るならば今年のインターハイは不思議なくらい実力者が揃っていたように思えるのも事実である。
個人戦優勝候補と目されていた二年連続チャンピオン白糸台の宮永照を筆頭に、それを最後の最後、見事な嶺上開花四槓子で打ち破ってみせた清澄高校の一年生宮永咲もその一人。
団体戦でいえば、あの赤土さんを顧問に据えて見事初の栄冠を勝ち取った阿知賀女子学院をはじめ、準優勝の清澄高校、準決勝敗退の有珠山高校、二回戦敗退ながら善戦したといえる岩手代表の宮守高校など。今年の大会では初出場かつ少数精鋭なチームがやたらと多かったのも印象的だった。
これまで知られてこなかった、新鋭と呼ばれる実力者たちが多数現れたのは今後の麻雀界にとって僥倖であったといえるかな。
「ま、すこやんからしてみたら二十年前の自分たちの大会と比べてみたらみんな小粒に見えても仕方がないけどね!」
「十年前だからね!? それにまぁ、活きのいい若手が出てくるのはいいことじゃないかな」
「麻雀協会としても今の勢いをそのままに目指すは世界一の称号奪取!ってことで色々と局のほうにも働きかけてきてるみたいよ」
「はぁ……だから最近また日本代表に復帰しませんか?って話があちこちから来てるのか……」
「お? やっぱすこやんにもお声がかかってたんだ。そりゃそうだよね、永世七冠の小鍛治健夜なくしてなにが世界一の栄光かっ!ってなもんだし」
「こーこちゃんのそのテンションの高さは何によって維持されているのかそろそろ理解に苦しむよ」
「それはもちろん! 徹夜明けだからだこんちくしょー! 部長め若いからってこき使いやがって覚えてろ!」
うん知ってたけどね。思い切り目が充血してるし。
それにしても、取材旅行か。ちょうどシーズン中断中のこの時期であれば行けないわけではないけれど。どう転んでも面倒なことにしかなりそうにないのは何故だろう?
「針生アナとか佐藤アナも借り出されるの?」
「んーや、そこはほら、局側にもいろいろと事情があるみたいでね。今回は私だけなんだってさ」
「あ、なるほど。だから手頃なところで思い浮かんだ私を道連れにしようとしてるんだね?」
「さっすがすこやん! 以心伝心とはこのことか!」
「いい加減テンション落として落ち着こうよ」
こちとら何かと周囲の視線が気になる微妙なお年頃である。
気を逸らすためにもと、メニューを開いてこーこちゃんに渡す。それを素直に受け取った彼女は冒頭の数ページを流し読み、呼び出しボタンで店員さんを呼び出すと迷わずチーズinハンバーグセットを注文した。
徹夜明けらしいので重たいものは頼まないだろうと勝手に思っていたので素直にそう告げると、
「アラフォーのすこやんと違って若いから平気」
なんてことを言いやがっ……もとい仰りやがったので、いつものツッコミと一緒に私も同じものを注文しておいた。
取材旅行と銘打たれているように、対象となっている学校は北は北海道から南は鹿児島まで幅広く、列島横断も辞さない覚悟が必要である。
せめて人数かけて分散したらいいのにという私のまっとうな意見は即座に却下され、まだ付き合うとも行くとも言っていないにも関わらず、既に参加が決定している体で打ち合わせは進んでいた。
「行くとしたらまずはやっぱり奈良の阿知賀からかな。団体戦優勝校だし、あとすこやんと因縁のある赤土晴絵監督もいることだしね」
「うーん、それだったら北から順番に行った方がいいんじゃない? あちこち飛んでたら移動費とかバカにならないよ?」
「そこは番組内の予算だから、多少はね? 面倒な仕事だから融通は利かせてもらえるっぽいしへーきへーき」
「いいのかなぁ」
わりとアバウトなんだなぁ、テレビの人って。
そんな印象を抱くのは相手がこーこちゃんだからなのだろうか。
どちらにしろ、上位進出校すべての高校を廻ることになるのは確定事項のようだから、予算も時間も絞れる部分は絞っていくべきだと思うんだけど。
「仮にすこやんの提案で進めるとしたら、どういう順番になるんだっけ?」
「このリストに載ってる高校だと、一番北は北海道の有珠山高校かな? 次が岩手の宮守高校で、その次は東東京の臨海女子、西東京の白糸台高校と続いて……」
長野の清澄高校、北大阪の千里山女子、南大阪の姫松高校、奈良の阿知賀女子、福岡の新道寺高校、最後が鹿児島の永水女子という流れか。
宮守と永水女子は団体戦では二回戦敗退となっているものの、個人戦上位入賞者が数名いることから対象校になったようだ。
「あれ? 個人戦五位の荒川さんがいる三箇牧は? あと晩成の小走さんとか風越女子の福路さんとかも面白い打ち手だったと思ったけど」
「あー、なんか上が言うにはね、その子に限らずに一人だけが出場してる個人戦オンリーのところは費用対効果が薄いから今回はナシの方向でって」
「千里山行くついでに行っとけばいいと思うんだけど……ま、いいか」
上の方針には従う、それが大人の規律である。
荒川憩、個人的には面白そうな打ち手だと思うんだけど、素人目で見たらド派手な和了をする選手の方が人気が出やすいというのはあるのかもしれない。たとえば阿知賀の松実選手のドラ麻雀とか、宮守の姉帯選手の裸単騎とか、清澄の宮永選手の嶺上開花だとか。
デジタル打ちの玄人好みな選手はこういう点で日の目を見辛いということはあるのだろう。実にもったいないことだと思う。とはいえ、はやりちゃんや清澄の原村選手ほど別方向に突き抜けてくればまた話は違うんだろうけど。
二人ともなんだろうねあのスタイル。特に胸周り。雑誌なんかで写真を並べて置かれたら訴訟も辞さない覚悟がある。
「ちなみにすこやんは自由に順番決められるとしたらどこから行きたい?」
「私は……そうだね、ここかな?」
考える間を置かずに指で示した場所は、地図でいうところの中部地方を指していた。
「長野ってことは、清澄? へぇ、お目当てはやっぱり嶺上使いの宮永咲ちゃん?」
「うん。なんだかあの子には私と同じ匂いを感じるんだよね」
「ああ、そうなんだ……可哀そうに、妹の方の宮永ちゃんも結婚できないままアラフォー待ったなし!になるのかぁ」
「そっちじゃないよ!? ていうかアラサーだよ! 結婚できてないのは事実だけどほっといてよ!」
「おおう、ツッコミ三連撃。すこやん荒ぶってるねぇ」
「誰のせいだと思ってるの? はぁ、疲れる……で、清澄を選んだ主な理由だけどね」
「あれ、理由別にあるんだ?」
「それはね。宮永さんの本質を近くで見てみたい、っていうのが一番かな」
「本質ってなに? 何の話?」
きょとんとした表情のこーこちゃん。
説明するのはいいけれど、これを説明してきちんと理解してもらえるのだろうか?
所詮は感覚的なものだという自覚があって、なんていうか、上手く伝えられる自信はまるでない。
とはいえ、すぐにワクワクを隠しきれていない表情へと変化した彼女の様子を見るに、説明しないわけにもいくまい。
「んとね、妹のほうの宮永さんってほら、どうしてもあの嶺上開花のイメージが先行しちゃってるじゃない?」
「そりゃそうだよ。あんな凶悪な和了りかたされちゃ対戦相手もたまったもんじゃないって」
「そうだね。それ自体がどっちかっていうとインパクトの強い役でもあるし。でもね、彼女にとってあれは必殺技でも何でもないんだと思うんだ。ただの手段……というよりは道具、なのかな」
「ふぅん? 私にはよくわからないけど……」
「こーこちゃんは、麻雀を打つことにおいて一番重要な要素はなんだと思う?」
「おう、いきなり麻雀教室? そりゃやっぱ……よく言われるけど、運とか?」
「それほんとよく聞くよね。百数十種類の中から自分の欲しいものを引かなきゃいけないんだから、そう言われるのも分かるんだけど。残念ながら不正解です」
「そのダウナー系オーラ満開でのダメ出しは地味に効くわぁ……んじゃすこやん先生はなんだと思うの?」
「点数」
「……はい?」
あ、やっぱり分からないっていう顔をされてしまった。
でも私が言っていることは紛れもない事実だと思うんだけどね。
「麻雀における勝敗って、点数の高低で決めてるんだよ? 一番重要な要素はやっぱ点数なんだよね」
「言いたいことは分かるけどさ。なんか論点違わくない、それ?」
「そう思っちゃうよね? でも、事実なんだよ。ほとんどの選手が山を支配したり河を支配したり、手牌を支配したりする中で、彼女は――」
――そう。宮永咲、彼女だけは。点数そのものを己の支配下に置いている。
役をそろえた結果として点数を得るのではなく、点数を得た結果が先にあり、その帳尻を合わせるために役が出来上がるというある種の矛盾を孕むもの。
長野県大会個人戦の第一次予選で見せたその片鱗、あるいは全国大会二回戦大将戦という舞台でやってのけた、プラスマイナスゼロという結果。
それこそが、絶対王者であった宮永照をも打ち破った確固たるものではなかったか。
彼女の本質は嶺上開花で必ず和了できるなどというものではない。
己の思い通りの点数結果を得ることができる能力。
場の支配の数段上を行く、結果そのものを支配する神か悪魔か如き力の片鱗を、私は彼女の打ち筋から見出していた。
「それってつまり、すこやんにも勝てるくらい強いってことじゃん!」
「そうだね。あの子にもし本気で私に勝たなきゃいけない理由ができたとしたら、その時は私も勝てないかもしれない」
「え、マジで? そんなに……?」
「現時点だとまず負けないけどね」
実際に団体戦の決勝で彼女は負けた。
おそらく宮永さん自身も気が付かない部分で、阿知賀の大将・高鴨穏乃の持つ『勝ちたい』という強い思い、いうなれば気迫に飲み込まれてしまったのだろう。
本来の彼女はとても気の弱い小動物的な性格をしていると聞いている。
自分よりもはるかに強い思いや願いを抱く対戦相手には知らないうちに勝ちを譲ってしまうというような癖が、彼女の中にあるのかもしれない。
このあたりはすべて自分の推測でしかないけれど、そう的を外した推理だとは思わない。
それを知るためにも、実際に当の本人に会って話を聞くことができれば、と考えたのだ。
「へぇ、意外にもいろんなことを考えてるんだ」
「意外にもってのは酷くない? もう、こーこちゃんは私をなんだと……」
「実家暮らしの猫耳スク水がよく似合う独身アラ――」
「それ以上は言わせないよ!?」
もう半分以上は言われてしまった後だったけれども。
結果として、最初に取材へ赴く場所は――希望通りというべきか。長野県代表、清澄高校に決定した。