すこやかふくよかインハイティーヴィー   作:かやちゃ

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※新話投稿に伴いまして、内容との整合性を考えた結果、第21局と第22局のサブタイトルを入れ替えました。少々混乱するかもしれませんのでご注意ください


第22局:品評@前門の虎姫、後門のお菓子連合軍

「特典用企画第四弾! 『小鍛治プロ、監督に就任するってよ』のコーナー、はっじめるよ~!」

「えー、いろいろ突っ込みたいところはありますが……」

「まずそのタイトルはどうにかならないんですか?」

「なりません!」

「あっはい」

 

 清々しいまでの即答。

 それが今回の企画の始まりを告げる鐘の音代わりということから、いろいろと状況を察してほしい今日この頃ではあるけれど。

 

「ってことで。本日の企画はですね、先日行われたプロアマ交流戦ですこやんが監督っぽいことをやったんだけど、特別ゲストをお迎えしてそのVTRを見ながら解説――もとい、いろんな箇所に突っ込んでいこう! といった内容となっております。特別ゲストの皆さんは、こちらの三名でーす」

 

 わー、ぱちぱちぱち。

 

 賑やかしの声が白糸台高校の一室で空しく響く中、特典用企画の撮影が始まった。

 わざわざ学校側に用意してもらった大型のモニターを前にして、司会進行役のこーこちゃん。その隣に、右から順番に弘世さん、渋谷さん、亦野さんが座っている。

 そして私はというと、いつものアレな格好で給仕係を仰せつかっていたりするのだけれども。

 ……なんで私、初っ端からこんな残念な扱いなの?

 

「まずは白糸台高校麻雀部元部長、シャープシューターこと弘世菫さん。曲者ぞろいのチーム虎姫にあって、誰もが認める苦労の人!」

「あー、よろしくお願いします」

 

「その隣、白糸台の癒しの象徴、ハーベスターこと渋谷尭深さん」

「……よろしくお願いします」

 

「最後にチーム虎姫のオチ要因かつ涙目担当、フィッシャーこと亦野誠子さん。以上三名のゲストを迎えてお送りしていきます!」

「私そんな担当だったんだ……」

 

 がっくりと肩を落とす亦野さんだけど、他の二人はフォローをするでもなく黙ってお茶を啜っている。

 人員の扱いの格差に私のほうがちょっと泣けてきた。彼女にはぜひとも強く生きてほしい。

 

「じゃあ早速、企画のほうを進めていきましょうかね」

 

 アイコンタクトで指示を受け、用意されていたリモコンのボタンを押す。

 画面に大写しにされたのは、先週行われた親善試合を取材したときの映像。午前中の個人での戦いを終えて、昼休憩が終わった後の場面からだった。

 

 

 午前中のプログラムが終了し、各々で昼食を食べ終わった後。

 

「はーい、んじゃBチーム改めお菓子連合軍のみんなはこっちに集合しろー」

 

 というこーこちゃんの掛け声に引き寄せられるようにして、チーム所属の選手たちが集まってくる。

 三年生組の三人と、残りの一・二年生組の四人がそれぞれ固まってやってきた。

 全国大会の成績上位者を集めているだけあって、こうして顔ぶれだけ見てみれば、わりと強そうに思えてくるから楽勝のようにも思えるかもしれないけど……最初の戦いで一位抜けするのは難しいだろうというのが正直な感想だった。

 

 というのも今回、運が良いのか悪いのか、私たちが対戦することになる側のブロックに振り分けられたプロ選抜チームBには、あの戒能良子がいるからだ。

 今現在、手持ちの面子とAチームの両方の子を併せて考えても、彼女と互角に点棒を取り合うことができるだけの実力を有している人物が居るとするならば、それはおそらく宮永照ただ一人だけだろう。

 この二年間で双方の実力差があの頃より開いたのか、あるいは縮まったのか。

 実際に対峙してみない事には曖昧なままだけど、そんな不明瞭な点を考慮に入れたとしても、夏の大会で見た状態の彼女であれば、戦い方次第で互角以上の勝負に持っていくことは十分に可能な範囲だと思う。

 

 その一方で、将来的にはともかく妹さんのほうは今のままだと能力的にはちょっと厳しいかなとも思う。

 彼女のように突き抜けたオカルト能力で勝つタイプは対策持ちには滅法相性が悪く、自身の強みが抑えられると極端に(主に精神的に)弱くなってしまうものでもある。

 ここに集ったメンバーは夏の大会で手の内をほとんど曝け出してしまっているような状態であり、逆に彼女はそれを間近で見てきた側の人間だ。

 そんな、格上相手にさらに情報という名のハンディキャップを与えてしまっているような状況で、易々と譲ってもらえるほど戒能良子(トップレベル)相手の勝利は安くない。

 

 さておき、そんな相手と戦うことになること自体、運が悪いことの証左だろうか。

 ただ、能力相性の悪そうな妹さんのほうではなくて、姉のほうの宮永さんがいるBチーム(こちら)側が対戦することになったという意味では、逆に運が良かったといえなくもない。

 ここで()()()()との対局を最低限の損失で凌ぎさえすれば、両チームともが決勝卓へ進める可能性も高くなるということでもあるはずだから。

 まぁそのためには上手いこと試合を進めていかなければならないんだけど……それは監督である私の腕の見せ所ともいえるわけで、それを自覚して主に胃の辺りに重圧を感じる私とは裏腹に、

 

「じゃカントク、私は本来の仕事に戻るんであとはよろしくお願いします!」

「……了解」

 

 そんなことを言う福与さんはというと、かんっっっぺきに他人事ですとでも言いたいかのように、至っていつも通りのにやけ顔。

 二人とも同じ仕事をしているはずなのに、両者の間に蔓延っているこの温度差がなんていうかもう、ね……個人的にあとでちょっと痛い目に会ってもらいたいと切に願う所存ですよ私は。わりと本気でさ。

 まぁ、今回に限っては例のネコ耳メイドモードに着替えさせられなかっただけマシではあるけども、回数を重ねるごとに難易度が地味に跳ね上がっていってないだろうか、この仕事。

 

 ……ああダメ、これはダメだ。

 考えれば考えるほど思考がネガティブな方向へ転げ落ちていってしまいそうなので、気分を無理やり切り替えて選手たちのほうへ向き直り、ぺこりと頭を下げた。

 

「ええっと、みんな知ってるかもしれないけど一応もう一回自己紹介をしておこうかな。

 今回、監督としてこのBチー……コホン、お菓子連合軍を率いることになりました小鍛治健夜です。よろしくお願いします」

「「「「よろしくお願いしま~す!」」」」

 

 ほぼ全員が元気良く返事をしてくれたので、少しだけ沈みこんでいた気持ちが軽くなる。

 とはいえ、一番の懸念事項だったチーム名についてツッコミを入れてくる子が一人もいないのは何故なのか? と、ちょっと別の意味で不安も増してしまった。

 

 まさかとは思うけど、それだけ宮永さんのお菓子好きが世間に広く知れ渡っているのか。

 あるいは高校生雀士が共通の認識として抱いているであろう、その肩書きというか彼女の傍若無人すぎる勇名が、問答無用で反逆する気力を悉く削いでしまっているからなのか。

 気にも留めていないのか竹井さんは我関せずだし、関西出身とはいえ素でボケ倒す側の松実さんにそれを望むのは酷過ぎる。

 残された唯一の希望と言っても過言ではないだろうもう一人の関西系、姫松の上重さんはといえば。

 

「あかん……大阪人としてはツッコまん訳にいかん場面やのに、相手はあの元チャンピオン……くっ、こんな時に躊躇無く()()る主将がいてくれたら……っ」

 

 露骨に表情を引き攣らせながらも、しきりに何かの衝動から耐えるようにして黙り込んでしまった。

 こうなってしまうと最早、このチーム名が改善される機会はこの先ずっと完全に失われてしまったとみて間違いないだろう。

 逆に、せっかく全員が空気を読んでスルーしてくれたのだからと現実逃……気を取り直し、選手同士の自己紹介を軽く済ませてから大会ルールが詳しく書かれているプリントをそれぞれに配る。

 

 持ち点は各チーム十万点から開始で点数は引継ぎ、先鋒戦から大将戦までの半荘戦を一巡りで行う。

 打つ局数が半分になっているとはいっても、それ以外は基本的に全国大会で行われた団体戦とほとんど同じルールであり、夏に似た形式で戦ったばかりの彼女らからしてみればそう違和感は無いはずだ。

 細かく言えばローカル役の扱いだとか赤ドラの枚数変更とか色々とあるみたいだけど……まぁそこらへんは個人で把握しておいてもらえばいいとして。

 あとは何か……あ、そうそう。夏の大会とはちょっと違う形式を採用している、今大会専用の特殊なルールがあったっけ。

 それはどういうものかというと――。

 

『大将戦の南四局終了時点において、一位チームの総得点が十二万点未満であった場合、各チームから代表者を立てて代表者同士の半荘戦にて決着を付ける』

 

 ――という部分。

 簡単に言えば、一般的な半荘戦ルールでいうところの西入する場面と同じような扱いだと思ってもらえばいいかな。

 今大会のルールでは、大将戦がそのまま西入するのではなくて、各チーム一人ずつ選んだ代表がラストの半荘戦を戦って決着を付けることになる、ということ。

 まあ、普通に考えたらそうそうあるような状況じゃないし、対局中の流れに直接関わってくるわけでもない。選手たちにとってはあんまり深く考える必要が無い部分ともいえるので、説明も軽く流しておく程度でいいかなと、あえてそこに詳しく触れるようなことはしなかった。

 

「――ってことだけど、何か質問はある? あと試合が始まる前に言っておきたい事があったら聞くけど」

「ハイ」

「松実さん? なにかな?」

「あのー、お菓子連合って部分でちょっと気になったことがあるんですけど……もしや、ここにいる皆さんはやっぱりきのこよりたけ――」

「まだ試合始まってもいないのに仲間割れする危険性のある話題をいきなり自陣に放り込むのは止めてくれない!?」

 

 迂闊すぎるにも程がある質問を寸前でインターセプトする私。

 下手をすると第三次()()()()()()()戦争αが勃発してしまうところだったじゃないか、まったくもう。

 少し対応が遅れていたらと思うと……やっぱり私にとって松実玄という存在は、こーこちゃんや竹井さんとはまったく別の意味でちょっと危険な相手なのだと今更ながらに理解した。

 

 

「……お菓子連合軍て」

「てるてるが満を持して提示してきたチーム名だったらしいよ?」

「自信満々なドヤ顔が目に浮かぶようだな」

 

 さっそく頭を抱えているのは、まぁ当然というべきか弘世さんだ。

 こういう時の常識人は殊更不憫というか、いらぬ苦労を一手に背負わされてしまうものだというけれど、まさに今がそんな状況である。

 ああ、うん。こうやって他人事を装って語っている私としても、今回の事は正直遺憾というかですね……。

 思わず正気を疑って、咄嗟にその命名を否定しようとした私に見せた、宮永さんのあの悲しそうな瞳が妙に印象に残っていたりだとか。

 あのチーム名が歴代続いていくだろう公式記録として残されてしまったという事実が、如何ともし難い切なさを伴って今でも心の奥底で燦然と輝いていたりだとか。

 ……まぁなにはともあれ、現場にツッコミ要因たりえる人間が一人もいなかったのだから、これはもう避けられぬ悲劇だったと思うしかない。

 

「プライベートだと結構色々な本を読んでるみたいですけど、正直なところ宮永先輩ってあんまりネーミングセンスは良くないですよね?」

「ああ。まぁ、アレがいわゆる天才の感性というやつなのかもしれないが……普段の言動はそれはどうかと思うことがわりと多いな」

「天才とナントカは紙一重、って言いますし。そういうものなんじゃないですかねぇ」

「酷い言われようだな、元チャンピオン」

 

 あ、こーこちゃんが思わず素でツッコんでる。

 たしかに、思わず本音を漏らしてしまったらしい亦野さんの発言に対して、二人ともが揃って納得顔なのはどうなんだろうね?

 もしかして宮永さんって、虎姫の中だとけっこう弄られキャラなのかな。

 もしそうなら色々な意味でこれまで以上に親近感を抱いてしまいそうだ、なんて思いつつも。

 

 そんなちょっと生暖かい雰囲気の室内を他所に、その間も映像はずっと流れ続けているわけで。

 あっちで四人の会話がなされているうちに、場面はちょうど一回戦の先鋒戦の開始前となる頃にまで進んでいた。

 他の対局者たちに先んじて、緊張しているだろうその表情を隠さないまま、試合が行われる卓へと歩み寄る人物が一人――。

 

「……あれ? Bチー……じゃないや、お菓子連合軍の先鋒って宮永先輩じゃないんですね?」

「あー、それは現場で私も疑問に思ったところなんだよね」

 

 全員の視線が、モニターの傍に佇んでいるこちらへと向けられた。

 ただ、私にはこの場での発言権が与えられていないため、それも華麗にスルーするしかない。

 

 解説する側とされる側、立場が入れ替わったかのようなこの企画。とりあえずゲストの三名様には、先日の大会の映像を見ながら好き勝手言わせることになっているらしい。

 しかも、途中で采配に関する意図を問われても、決して自分の考えというものを明かしてはいけない――と事前にディレクターから勧告を受けていたりする。

 つまり、反論する権利はおろか肯定することさえも私には許されていないのである。

 さすがここまで露骨にやられれば、察しの悪い私であってもこれはいつぞやの意趣返しかと理解してしまうわけで……今回はもう、こーこちゃんが主導すると(主に私にとって)碌なことにならないという典型的なパターンだった。

 

「チームのエースが先鋒に、というのがセオリーだとして。この場合、身内びいきな意見というのを除いても宮永先輩以上の適任者は見当たらないと思うのですが」

「たしかにそうだよね。私もそう思う」

「いや、そうは言うがな、二人とも。今年の春まで照は白糸台でも大将だっただろう? 例の小鍛治プロの発言を考慮するならば、配置の問題はチームの事情とコンセプト次第ということじゃないか?」

「あ、そう――ですね」

「ということは……先行逃げ切りじゃなくて、後半で勝負ってことですかね? となると宮永先輩は大将、ってことか」

「おそらくは、な。今回の大会の性質上、各校の攻撃タイプが集まっているはずだから、下手に火力重視で逃げ切りを狙うと()()の二の舞になると踏んだのかもしれん」

「な、なるほど……」

 

 無表情で淡々と喋る弘世さんとは裏腹に、亦野さんは露骨に引きつった表情を見せる。

 こちらとしては、最初からそこまで某チームにあてつけて考えたわけではないんだけども。結果としてそんな感じの配置になってしまっているのは否定できないかもしれない。

 

 最終的には回避している私が言うのもなんだけど、変則的オーダーでもない限りまずは先鋒の部分こそがチームの軸となるという考え方に異を唱えるつもりはないし、そうであれば、そこに手持ちの中で最強の駒である宮永照を据えるべき――という意見は、理に適った考え方だとも思う。

 ただ、弘世さんが言うように、そもそも成績が上のほうの子たちを集めると自然と戦力がエース格……というよりも、先鋒あたりに集中してしまうというのは近年の傾向からすれば至極当然の流れなわけで。

 実際に今回召集された個人戦上位の選抜メンバーの中で、六人中五人もの人間がチームで先鋒を任されていたという事実からもそれは裏付けられるだろう。

 そして元々『先鋒』というのはその特性上、エース云々を差し引いたとしても、他と比べるとより攻撃力が重視されがちな場所でもある。

 

 即ち――先鋒が多く集まっている現状、構成するメンバーが中途半端に火力寄りの傾向。さらに飛び抜けた実力者が一人いる。

 

 こうやって考えてみれば、自ずとこの即席チームの構図が、とある高校の某チームに似ているということに気が付く人もいるだろう。

 別に何某かが企んでそうなった訳ではないはずなのに、いつの間にやらこうなってしまっているのだ。

 これはもはや、こーこちゃんかあるいは白糸台監督か、どちらかの陰謀論を唱えてもいいくらいだと思う。

 そこまでいうならお前がやって見せろ――とでも言わんばかりの状況が、まるで誰かにお膳立てされているかのような状態で、そこにはあった。

 

 

 そんなこちらの心情なぞ露知らず、ゲスト三人の会話はモニターを見ながらも続く。

 

「先鋒が宮永先輩じゃないのはまぁいいとして、あの人……うーん、どこかで見たような?」

「ああ。あれは――長野の個人戦第一位、全国個人で六位だった風越女子の福路美穂子だな。

 これまでの大会や夏の個人戦での戦いを見るに、照や淡のような派手な和了はない堅実派の印象だが……気がつけばいつの間にか点を稼いでいる、そんな感じの打ち手だったか」

「それ、相手にすると一番厄介なタイプですね」

 

 後輩の疑問に対して、さして間を置かず答えてみせる弘世さん。

 こういったところはさすが強豪校の部長さんといったところだろうか。

 まぁ二人とも同世代だし、福路さんの場合はそもそも何度も全国大会に出場している程の実力者なんだから、知っていても別におかしくはないんだけど。

 というかむしろこの場合、彼女を知らなかった側のほうが問題な気もする。

 

 

 高校選抜、大学選抜、アマチュア選抜と、続々と現れる各チームの先鋒たちが卓へ向かうその光景をモニターの中に確認しつつ、現れたメンバーのプロフィールについての雑談を始める一同。

 その中で、まず最初にそれに気づいて小さく声を漏らしたのは、渋谷さんだった。

 

「あ……」

 

 卓を囲むことになる最後の一人――プロチームから送り込まれた人物を周囲が把握したその時点で、モニターの中に広がる会場の空気が凍りついたような気がする。

 それはいま私たちがいる部屋の中も同様であって、モニターに映し出された彼女の不敵な笑みを捉えた瞬間それは最高潮になっていただろう。

 

「うわぁ、いきなり戒能プロが来たよ……」

「いつかはどこかで当たる相手とはいえ……それにしてもこれは、プロチームはもう完全に先行してから逃げ切るつもりと考えるべきでしょうか」

「ふむ。団体戦ということであれば、ある程度は予想通りの展開と言っていいかもしれんな」

 

 画面の向こう側から漂ってくるただならぬ空気に、三人ともが表情を険しくする。

 

 良子ちゃ……いや、ここはあえて戒能プロと呼ぼうか。

 その腕前はもちろんのこと、ネームバリューも群を抜いている彼女。

 しかも昨年度の新人賞、さらにシルバーシューターという二つのタイトルを持っていることが、プロ勢の中でも頭一つ抜けた実力者であることを雄弁に物語っている。

 あの会場に集っていた参加者たちの中で、彼女こそが最も恐れられるべき雀士であるということはまぁ今更言うまでもないだろう。

 

「……しかし、戒能プロか。彼女が今年の参加者に名を連ねるとは、これもある種の因縁なのかな」

「そういえば、二年前のインターハイで宮永先輩はあの人と直に戦ってるんでしたっけ?」

「ああ。この夏までの二年半の高校生活で照が唯一負けた――いや、逆だな。宮永照に公式戦で唯一土を付けた事のある高校生というのが、当時三年生のあの人だった」

 

 天井を仰ぎ、どこか遠くを見ているかのような表情の弘世さん。

 おそらく当時のシーンを思い出しているのだろう。

 

「へぇ、そうなんだぁ。すこやん知ってた?」

「……そりゃ知ってるよ。たしか準決勝の時にちらっとそれっぽいこと喋ったと思うんだけど……言わなかったっけ?」

「え、そうだっけ? ゴメン、ぜんっぜん記憶にないや」

「もう、こーこちゃんはいつもそうな……」

 

 ――って、あれ?

 よくよく考えてみたら喋ってないような気もしてきた。

 先鋒戦が終わった直後だったし、色々とバタバタしてたからその先ぜんぜん会話続かなかったんだっけ……うーん。

 

「いやー、アハハ。実況中は常にハイテンションでぶっ飛ばしてるからさー。

 だいたいその場のノリとかで突っ走っちゃうし、ほら、それでなくてもすこやんの話となると聞き流しちゃうこととかも多いじゃん?」

「それ胸張って言うようなことじゃないし……っていうかせめて試合中の話くらいはちゃんと聞こう!?」

 

 フフンと誇らしげに語るこーこちゃんに、ついつい身を乗り出してしまう私。

 だけど、当然ながらこーこちゃんにダメージはまるで通らなかった。隣で弘世さんや渋谷さんがウンウンと頷いてくれているからまだマシだけど、その無視っぷりは中々に酷いといわざるを得ない。

 ――いや。

 それどころか、いきなり胸ポケットから黄色の紙切れを取り出してこっちに突きつけてきて一言。

 

「おおっと、そこなネコ耳メイドさん。本日に限ってだけど、キミは必要以上に目立っちゃダメなんだわ。てことでイエローカード一枚目を進呈ね」

「理不尽!?」

「ほら~、今回の主役はここの若い三人なんだから。さっさと定位置に戻った戻った」

「いやいやいや! ていうか私に話をフッてきたのこーこちゃんだったよね!?」

「あーあー、聞こえなーい」

 

 思わず飛び出した理沙ちゃんばりの華麗なツッコミも、やっぱりスルーされてしまう。

 さすがに今回ばかりは納得いかない……けど、こーこちゃんの理不尽さは今に始まったことではないし、正直こんな扱いに今更感があるのも事実。慣れって怖いな。

 

「……わかる、みんな? これがダメな大人の典型だからね。間違ってもこんなになっちゃダメだよ」

「まぁ、なんです。小鍛治プロも大変ですね。色々と」

「後でお茶、お入れしますね」

「がんばってください小鍛治プロ! 私も似たような扱いを受ける者として応援してますから!」

 

 ああ、見守る三人の視線が温水プールの水と同じくらい生暖かい。

 これが彼女と組まされた私の抗えない運命というものなんだろうか。人生ってわりと無情だなぁとしみじみ達観してしまいそうになる。

 

「えーと、それでだ。何の話してたんだっけ?」

「先鋒戦の顔ぶれについてと、宮永先輩と戒能プロの昔の対戦についてのお話では?」

「あ、そうだったそうだった。じゃあとりあえずそこに話を戻すとして……ってまぁどっちにしろ戒能プロとてるてるがここで戦うことにはならないんだけどさ。その辺り渋谷さんはどう思う?」

「え――私ですか?」

 

 話を振られた渋谷さん。コホンと一つ咳払いをしてから、湯飲みを下ろしてこーこちゃんのほうに向き直る。

 いや、別にお茶飲んでてもいいけどさ。収録中なのに寛ぎすぎてやしませんか。

 

「私の身内びいきな意見かもしれませんけど、宮永先輩はその頃とは比べ物にならないくらいに強くなっているでしょうし、できれば同卓してリベンジしてもらいたかったというのが個人的な思い……ですかね」

「ふむふむ。渋谷さんとしてはここで二人にぶつかってみて欲しかった、と?」

「はい。勝てるかどうかまでは分かりませんけど、あのチームの中で戒能プロ相手に拮抗した試合ができるのなんておそらく宮永先輩くらいではないかと。他の出場者たちには申し訳ないのですが」

「うーん、でもそれはウチの生徒だけじゃなくてみんなが思うことじゃない? 私も、やっぱり宮永先輩は先鋒のほうがよかったんじゃとも思うんだけど」

「亦野さんも似たような意見なんだね。んじゃこの中で唯一当時の宮永さんを知る弘世さんとしては?」

「……そうですね。ここは、二人の意見とほぼ同じ、と言っておきましょう」

「ほぼ?」

「ええ。あの頃の二人の対局を知る者として――いや、あいつと同世代の一雀士としても、若手ナンバーワンと称されるプロ相手に今の照がどれだけやれるのか、それを知りたいという思いがあるのも確かですね。

 それに采配における定石、先鋒にはエースという流れから考えてもここは照で行くのが妥当だということも理解しています。

 しかし、小鍛治プロはあえてそうしなかった。

 であれば、私たちの想像を超える何か、それ相応の深い理由というのがきっとどこかにあるはずで――個人的にはむしろそちらのほうが少し気になっている、といったところでしょうか」

「ふむふむ、なるほどなるほどなるほどー」

 

 弘世さんのその奥歯に物が挟まっているような感じの意見に、二年生の二人はどこか不思議そうな表情を浮かべる。

 そんな中でただ一人、こちらに向けてちらりと視線を飛ばしてきたこーこちゃんが、意味深な笑みを浮かべていたりするのが不気味で仕方が無いんだけど。

 

「じゃあここで先にお菓子連合軍の一回戦のオーダーを発表してみましょうかね。メイドのすこやん、準備のほうヨロシク」

「……了解」

 

 横にスタンバっていたホワイトボードを、実況解説席に座っている全員に見え易い位置まで引っ張り出して、そこにあらかじめ用意されていた出場者名を順番に貼り付けていった。

 

 [先鋒] 福路美穂子

 [次鋒] 上重漫

 [中堅] 雀明華

 [副将] 真屋由暉子

 [大将] 宮永照

 

 補欠:竹井久、松実玄

 

 えっと、たしか一回戦はこんな感じだったかな。

 並べ終えて一歩後ろに下がると、四人の視線はすぐにホワイトボードへと集中する。

 

 

「ああ、やっぱり宮永先輩が大将なんですね」

「ふむ。大将と次鋒以外のメンバーは各学校で任されている通りの配置だな」

「あー、そういえばそうですね……ってまさかとは思うけど、余ったところをじゃんけんで決めてたり、消去法で埋めてたりはしてないですよね、これ?」

「さすがにそれは無いと思うけど」

「そうだぞ亦野。いくらなんでもそれは小鍛治プロに失礼じゃないか」

 

 なんてやり取りが聞こえてくるけど、否定も肯定もできないルールがある以上、私としては黙して語らずを貫くしかない。

 まぁ、ポーカーフェイスで淡々と与えられた仕事をこなす中、ゲスト席から見えない部分には既に大量の冷や汗が滝のように流れ続けていたりしているんだけども。

 ああもう、こんな心臓に悪い仕事は今回限りにして欲しい。

 ……なんてこっそり一人で思っていた矢先。

 

「さて。それじゃとりあえず先鋒戦の続きを見てみよっかね。すこやんビデオの再生よろ~」

 

 こーこちゃんのそんな呑気な声に反応して、私は一時停止ボタンを解除した。

 

 

 

 先鋒戦。東家に大学選抜チームのインカレ個人戦第三位の子、南家にはアマ選抜の私と同年代の女性で、西家にプロ選抜チームの戒能良子、そして北家に福路さんという並びで対局が始まった。

 

 プロ選抜チームを除く三チームにとって、最も警戒すべき対象は言うまでもなく戒能良子である。

 故に暗黙の了解の上で徹底的に戒能良子をマークして抑え込む、いわゆる共同作戦を仕掛けるのも一つの手段ではあるだろう。

 目的の相違による意図の分散という点で上手くいくかは未知数だけど、現実的に彼女を抑え込もうとするならば最も有効的な作戦ともいえる。

 ただ――それはこの戦いが()()()()()()()()()()()()()、という話でもあった。

 

 形式上は確かにチーム戦として行われている試合かもしれない。

 でも、今回のこれはチーム戦であってチーム戦ではない。少なくともあそこで卓を囲んでいるであろう面子の意識の上では、これは限りなく個人戦に近いモノのはずだった。

 個人として高い評価を得たい彼女らにしてみれば、チームとしての勝利にさほど意味はないのだ。この戦いの意義は同卓したプロと比べて自分がどれだけ稼げたかという一点に尽きるといっても過言ではない。

 だからこそ、彼女らは自分の収支を抑えてまでチームプレーに徹するなんて選択肢はまず選べない……いや、選ばないはず。

 

 試合が進んでいくにつれ、その傾向はより顕著になっていき――その方針の成否が結果として数字にハッキリ示されるようになってきたのは、東場が終わって南入した頃だっただろうか。

 この時点で点数的に浮いているのが、戒能良子を送り込んできたプロ選抜チームただ一つ。

 大小の差は有れど残りの三チームは軒並み原点を割り込んでいて、あろうことか一位のチームと最下位との点数の差は、この時点で既に七万点を超えていた。

 

「圧倒的ですね……」

 

 その仕上がりっぷりには、渋谷さんも湯飲みを片手に感嘆のため息を吐いた程である。

 亦野さんに至っては、引きつった表情で心底気の毒そうに首を小さく左右に振っていたり。

 

「ねぇ尭深。なんだかあの表情とか見てるとさ、インハイで宮永先輩と戦ってた他校の先鋒の人たちを思い出すんだけど……」

「……お気の毒に」

 

 なにがどう、とは言わないまでも同感ですと深いため息を漏らす渋谷さん。

 まぁ、そういう感想になるのは仕方がないかも。

 私も現地で見ていた時に、彼女らの表情を見てちょっと同情してしまったくらいだから。

 それに彼女らにしてみたら、全国大会の時は加害者(?)の側だったけれど、今回の場合は単なる傍観者に過ぎないコメンテーターの立場である。あの時と比べれば遥かに気楽なものだろう。

 とはいえ、そんな対岸の火事を眺めているようなまったりムードの中でただ一人、弘世さんだけは険しい表情を隠そうともせずじっとモニターを睨みつけたまま動かない。

 

「って、どうかしたんですか? 弘世先輩?」

「……恐ろしい女だな」

「恐ろしいって、戒能プロがですか? まぁ若手の中だとぶっちぎりで実力ナンバーワンだって話ですし――」

「いや、違う。私が言っているのは、彼女だ」

 

 亦野さんの言葉を遮って、モニターを指差す。その先には劣勢の展開の中にあってなお、春の日差しを髣髴とさせる柔らかな微笑みを携えて――対の異なる彩を瞳の中に光らせる、福路さんの姿があった。

 

 

 先鋒戦終了時の順位としては、一位のプロ選抜チームが他チームを大きく離してトップに立ち、二位には我らがお菓子連合軍、そのちょっと後ろに三位の大学選抜チームがいて、そこからさらに二万点ほど離れた位置にアマ選抜チームという結果となった。

 収支だけを見れば、まぁ惨敗っぽい感じではあっただろう。

 といっても点数がマイナスなだけで二位に着けているんだし、結果としては御の字だともいえる。

 

 続く次鋒戦、更に続く中堅戦と順調に試合が進んでいく中で、点数の増減に伴って順位の入れ替わりも目まぐるしく展開していく。

 今回次鋒として抜擢した上重さんはというと、インターハイ準決勝で見せたあの爆発力を見せ付けることもなく、とはいえ致命的になりそうなほどの失点もなく、といった感じで淡々とマイナス収支で戻ってきた。

 この時点で順位は三位に転落し、繰り上げで二位にインカレ選抜チーム、一位のプロ選抜は点数を若干減らし、その減収分を取り込んだ最下位のアマ選抜チームが追い上げはじめる。

 

 続く中堅戦では故意か偶然か、序盤から雀さんとアマ選抜の女性二人がインカレチームを狙い打ちにする展開に。点数を積み上げそれぞれが二位・三位へと浮上すると、一気に点数を減らしたインカレ選抜が最下位に落ちてしまう。

 一方トップを維持し続けているプロ選抜は、その間隙を縫う形で次鋒戦で減らした分を取り返し、この時点で既に三位とは七万点差以上に。まだこちらに宮永照が控えているため安全圏とまでは断じないにしろ、残り二人がよっぽど下手な打ち方でもしない限り、二位以上での予選通過はまず間違いないだろうという位置にまで来ていた。

 

 

「はいはーい。それじゃいったん映像を止めて、三人にはここまでの感想を聞いてみましょうかねー」

 

 中堅戦が終了したのを見計らって出されたこーこちゃんからの合図。それと同時に今度はデッキの停止ボタンを押す。

 というか、どうしてこういうところでハイテクを導入せずしてあえて人力を投入するのか非常に謎ではあるんだけど……それはそれで、この仕事が無ければ今回の私ってただ棒立ちなだけの猫耳メイドでしかないという切ない現実もそこにあるというジレンマ。

 その辺りはこう、複雑な乙女心とでもいいますか。

 ただ、そんなちょっぴりセンチメンタルなこちらの心情などいっそ養殖のマグロにでも食べさせてしまえとでもいわんばかりに無関心な状態で、コメンテーターたちの会話は既に始まっていた。

 

「うーん、ここまでの結果でキーポイントになってるのってやっぱ先鋒戦ですよね? あそこで想定以上に他家が沈んでくれたおかげでなんとなく二位で抜けられてラッキーだったっていうか」

「福路さん、でしたか? あの方も頑張ってはいましたけど……親番の戒能プロに連続で高目を振り込んだアマ選抜チームが自滅したことで得た二位、という感じでしたからね」

「というかさ、やっぱり戒能プロが凄すぎるんだよ。収支もそうだけど、和了率も一人だけ別次元だったじゃない?」

「うん、それはそうだね……弘世先輩はどうでした?」

「四人の中で戒能プロが抜きん出ていた、その意見には概ね同感だ……が、先鋒戦二位抜けという結果をラッキーだけで済ますのはどうかな」

 

 後輩二人の導き出した意見に少しがっかりした様子の弘世さん。

 腕を組んだまま首を振ることで、言葉と態度の両方で否定して見せる。

 

「先輩としては実力通りの順位だったように思う、ということでしょうか?」

「実力差どうこうはさすがに一回の対局だけだと分からんが、少なくともプランどおり戦えたのは戒能プロを除けば福路だけだったんじゃないか?

 自分が他家に狙われるのを分かっていて、それを逆手に取るような打ち回しをしていたように思えたが」

「えー? でもあの人ほとんどやられっ放しじゃありませんでした?」

「いや。たしかに東四局の二本場で戒能プロからハネ満の直撃を喰らいはしたが、それ以外に彼女は失点らしい失点をしていないんだよ。

 そこからツモ和了なんかで削られてはいるが、少なくとも一方的な負けという程ではなかった」

「うーん、そうでしたっけ?」

 

 どこかしっくりこないらしく、しきりに呟きながら首を捻る亦野さん。だけど、実際に残っているデータ的には弘世さんの言うことのほうが正しい。

 実際に福路さんが振り込んだのは全体を通して三回ほどあった。

 そのうち戒能プロの狙い通りの一撃を回避しきれず直撃されてしまったのは一度だけで、残りの二回はどちらも想定内、安手に振り込んでの軽い失点だけだったのだ。

 

 データを目の前に提示されれば亦野さんとしても納得するしかない。

 ただ、むしろこの場合の話の焦点は別のところにあるのだと弘世さんは話を続ける。

 

「実際に彼女がずっと狙われていたのは事実だよ。ただでさえたまに飛んでくる戒能プロからの攻撃が厄介だというのに、さらに他の二人からも同時に矛先を向けられていた。

 むしろ、よくあの包囲網の中をかい潜って二位抜けしてみせたと言うべきか」

「そういえば……特にあのアマ選抜の人、大量失点してからは福路さんを執拗に狙ってましたね」

「ああ。私も似たような打ち方をするからよく判るが――あれは完全に福路を狙い撃とうとしていたな」

「え、それってシャープシュートと似たような技術ってことですか? ていうかあの人それを避けきったってことですよね!?」

「少なくとも相手の狙い通りの形で振り込んだことはなかった。一度だけなら偶然だろうが、あそこまで徹底しているのなら狙って避けていたと考えるべきだ。私が阿知賀にやられたように、な」

「うわぁ……やっぱりあの人もあっち側の人間なんですね。さすがは個人戦上位ってことなのか……」

「他人事みたいに言ってるけど、来年は私たちもそっち側にいかないと……」

「いやまぁ、そりゃそうだけどさぁ」

「お前たち、気持ちは分からんでもないがあっち側とかそっち側とか不穏当な言い方をするのは止めろ」

 

 まぁ言いたいことは十分伝わってくるんだけどね。

 ――それはともかく。

 弘世さんの言うとおり、福路さんはわりと早いうちから他家に狙い打たれていた。

 だけどそれは、包囲網を敷いて戦うのではなく個別での戦いになった時点で分かっていたことでもある。

 点数を稼ぐという意味で言えばプロ相手に仕掛けるよりは格下を狙ったほうがよほど効率もいいわけで、そうなると真っ先に狙われるのは誰か――ということになれば、おのずと答えは決まってくる。

 

 そうしてある意味順当に両側から狙い打たれる格好になった福路さんだったけど、その悉くをかわし続けて最後まで見事に凌いでみせた。

 狙いを絞ることなく満遍なく暴れ回ったプロチームの猛威があったから点数こそマイナスになってはいるけれど、一強三弱状態の卓に座ることになってしまった先鋒としての最低限の役割はきっちりと果たす結果になったといえるだろう。

 少なくとも私は、ここまでの結果に関して出てくる文句は一つも……まぁ雀士的に無いわけでもないけど、監督としては無いといってもいいくらいである。

 それは映像を見ていた弘世さんも同意見のようで、いったい何にそんなに感心したのか、しきりに頷いている姿が目に留まった。

 

 ……あっ。

 ちょっと待って。なんかこのパターン、逆に嫌な予感がしてきたんですけど……?

 

「しかし……実際に戦う姿を見て、ようやく彼女を先鋒に持ってきた理由が分かったような気がするな」

 

 そんな私の悪寒めいた予感は、弘世さんがポツリと漏らしたその一言で現実味を帯びてくる。

 

「ほう? さすがは弘世さん。今ので何か気づいちゃった?」

 

 そして何より、後輩二人が試合についての話をしているその横で、小さく囁かれた程度のその声を聞き逃さないあたりはさすがこーこちゃんとでも言うべきか。

 この辺りはアナウンサーの本領か、キラリと目を輝かせながら即座に食いついていく。

 はっきりと誰が悪いともいえないこの状況の中、この時点でもはや予感は確信にまで至っていた。

 

「ええ。今回の先鋒戦のように一人だけが桁外れに強いという状況だと、選手を送り込む側はとても難しい判断を迫られます。

 もし仮に送り込まれていたのが次鋒の上重のような火力特化型の雀士だったなら、逆に呑まれて一切身動きが取れなくなってしまっていたでしょう。かといって送り込まれていたのが防御型の雀士だったとしても、あの猛攻の前では普通に耐え切れずに決壊してしまう危険性が十分あった。

 正直なところ、唯一正面から対抗できそうな照を戒能プロにぶつけなかった以上、先鋒戦での大幅な失点はやむなし、後半で失点を巻き返す腹積もりだろうと考えていたんですが――」

 

 言いかけて、ちらりと私のほうを見る。

 その瞳にある種の尊敬や敬意に値する感情が込められているように感じるのは、たぶん私の気のせいではないだろう。

 いや、むしろ気のせいであって欲しかったんだけど……。

 

「最大の敵に対し、最高の駒をぶち当てて影響を最小限に抑え込む。これは一見効率が良さそうにも思えますが、場合によっては裏目に出る可能性も決して小さくありません。

 それどころか基本的に格上相手との戦いが続くことになるこの試合では、こちら側も最強の駒を失ってしまうこの策は『諸刃の剣』だといっても決して過言ではなかった。

 ――亦野、私が言っていることの意味は分かるな?」

「えっ? ええっと……あー、先鋒で同格の()()()同士が潰し合うってことは、結局残りの四人での勝負になっちゃう。そこで負け越さないことが前提の策だから、プロを相手にしなくちゃいけない今回はそれだと不利だったってことですかね?」

「そうだな。上手くやれば確かに相手の最大の武器を封じ込めた上で後半勝負に持ち込める。だがそれは結局、こちら側も最強のポイントゲッターを防御目的で()()()()()()()()()消費しなければならなかった、ということでもある。

 立場を逆にして、()()に対する他校の傾向から考えれば分かりやすいか。先鋒にエースをぶつけてくるような高校は、どちらかといえば戦い易かっただろう?」

「ああ、確かにそうですね。言われてみれば、苦戦したのってわりと後半勝負の高校が多かったような」

「後半勝負、新道寺……うっ、頭が……っ」

 

 あ、流れ弾で亦野さんのトラウマが抉られてしまったっぽい。

 だがしかし、コメンテーター席にいる人たちは誰も頭を抱えて机に突っ伏してしまった彼女を気にかけぬまま、説明は淡々と続けられていく。

 

「新道寺か。たしかにあそこの今年のオーダーは後半勝負の典型みたいな形になっていたな。

 そしてあのメンバーの中で彼女――福路が先鋒として抜擢された理由は、まさにそこにこそあったのではないかと私は見た」

「ん? それってつまりすこやんは新道寺の対白糸台用戦術をパク……もとい、参考にしたんじゃね? ってこと?」

「参考にされたのかどうかまでは分かりませんが、コンセプトとしては似ていても形は大きく違っていたのではないかと。実際、先鋒に与えられた役割は似ているようで決定的に違うように見えました」

 

 パクりってまた失礼な言い方をあえてしているこーこちゃんはともかく。

 我が意を得たり――とでもいうのか、核心に至って饒舌になった弘世さんの独擅場はもう止まりそうにない。

 

「福路は場の流れを読むのに長けているのか、他家からの攻撃をそのまま別の他家に受け流すのが異様に上手かった。

 あれだけの火力に対して防御し続けるだけではどうしてもジリ貧になるしかない。しかし、ああやって上手く他家に受け流してダメージを負わせることができれば、相対的にそれだけ自分たちは上位に近くなるということでもあります」

「ふむふむ――」

「しかしそうはいってもあれだけの面子です。言うだけなら簡単な話ではありますが、実際にそれだけのことをやってのけるのは、当然ながらかなり難しいと言わざるを得ない。

 小鍛治プロもそれは当然分かっていたでしょう。

 ですが、あえてそれを選択した――彼女に対しての期待値がそれだけ高かったからなのか、予めその特性を見抜いていたからなのか……どちらにせよ、あえて照ではなく彼女に先鋒を任せたことで、結果的に高校選抜Bチームの――」

「あ、お菓子連合軍ね」

「……お菓子連合軍の予選突破の確率を100パーセントへとより近づけることに成功しました。

 相手の切り札は上手く凌いで、こちらの最強のカードは未だ場に伏せたままという状況。

 最後にエースが残っているという安心感を味方に与えるという意味でも、逃げ切りを目指す相手チームにプレッシャーをかけられるという意味でも、これはかなり有利です。

 実際にこうして中盤戦までの戦いを見るに、これはとても大きなアドヴァンテージになっているはず」

「ほぅほぅ――」

「ここまではおそらく小鍛治プロの目論見どおり事が進んできているのでしょう。

 副将に一年を起用した理由もこの一連の流れと関係しているはずなので、個人的なここから後の見所としては、真屋がどんな打ち筋でもって大将まで回すのか――といったところになってくるのではないかと」

「はぁ~ん――なるほどねぇ」

 

 最後まで一気に語り終えた弘世さんは、どこか満足したようにため息を吐いて背もたれに身を預ける。

 というかこーこちゃん、途中のやる気のなさそうな合いの手は逆に喋りの邪魔っぽかったんだけど、いったい何がしたかったのか。

 

「いやはや、さすが強豪校の部長さん。あれだけの映像でそこまで分析しちゃうとはねぇ」

「いえ、その褒め言葉は私ではなく適材適所を見抜く眼力と冷静な状況判断力とを兼ね備えた小鍛治プロにこそ相応しいでしょう。正直、名プレイヤーは名監督にはなれないというジンクスがあるので、映像を見るまで半信半疑ではあったんですが……」

「んふふ、まぁそこはなんといっても私の――わ・た・し・の! すこやんだからね!

 世の中にはさ、アラフォっても鯛っていう諺だってあるじゃない? 伊達に最年少で永世七冠なんてぶっとんだ記録をしれっと達成してるわけじゃないってことよ」

「何気にさらっと小鍛治プロを自分のもの扱いしてる!?」

「しれっとって、実際とんでもない記録なんですけどね……それ」

 

 い、いや。それはさすがに褒めすぎというか、色眼鏡というか……って。

 

「いやいやいやいや、アラフォっても鯛って何!? そんな諺聞いたこともないよ!?

 あとアラサーだから! でもだからって今度は『あ、アラサっても鯛だったっけ?』とか面倒くさいことは言わなくていいからね!? 腐っても鯛! オーケー!?」

「おおう、それはすこやんの三十八の殺人技のひとつ、怒涛の事前ボケ潰しマシンガンツッコミィ!?」

「そんなこーこちゃんにしか通用しなさそうなもの、今すぐハワイの超人宛に送り返したらいいと思う。

 あとその三十八という数字に微妙な悪意を感じるのは私だけ? ねえ私だけ? っていうかそれ以前にどうして誰もあのフレーズにツッコまないの? 明らかにおかしくなかった?」

「いえ、どうしてと言われても……(あの状況でどう触っても共倒れする以外なかったはずなんだが、なんであれを捌けるんだこの人は)」

「圧倒されてというか……(福与アナのあのテンション、二次被害がこっち来そうな予感しかしない)」

「成り行きで……(はぁ。お茶が美味しいです)」

「あ、そう……」

 

 なんだろう。この味方が一人もいない感じ。

 

「っていうかさぁ、せっかく二年生コンビの腕の見せ所だったのにすこやんが全部持ってっちゃったらダメじゃん。ここはあえて自重すべき場面でしょー、いい大人なんだから」

「「――!?」」

「えっ? 今の私が悪い流れなの?」

 

 いやたしかに二人ともなんか凄い微妙な顔してるけど……。

 というかあれ、自分たちに飛び火して困ってるようにしか見えないけどさ。

 そもそもだよ? 私があそこで口を挟まなかったら、むしろボケを放置されたこーこちゃんのほうがスベった感じで切ない子になっていたと思うんだけど……。

 ――ハッ!? そ、そうか。そういうことだったのか。

 そうすれば謀らずとも彼女がダメージを受けることになって、私がここまで文字通り溜めに溜め込んでいた溜飲がどっと小腸の辺りにまで下がっていたはず――つまりあそこはスルー対応こそが正解だったんだ!

 くっ、こんなことも分からないなんて……地味ながら仕返しをする千載一遇のチャンスを逃してしまったのか、私は。

 

「なんかゴメンね、三人とも。せっかくの気遣いを無駄にしちゃって。こーこちゃんのアレがあまりにアレすぎてつい、本能って言うか条件反射で……」

「……パブロフの犬?」

「え?」

「こっ、こら尭深! ――いえ、なんでも。こちらのことは別にお気になさらず、お二人はお二人のペースで進行してくだされば」

「そ、そう?」

 

 なんだか眼鏡の子から不穏当な呟きが聞こえたような気がしたけど、空耳だったかな。

 

「まぁそうは言っても? ツッコミとして相方のボケをつい拾いたくなるその気持ちは分からなくもないけどね」

「ねぇこーこちゃん。そのさ、その都度その都度で私を漫才師かなにかに仕立て上げようとする無駄な努力、やめてもらえないかな?」

「似たようなもんっしょ?」

「ぜんぜん違うよ!?」

「でもラジオでのやりとりとかを聞いていると、あながち間違いでもないような……?」

「――麻雀プロ! 麻雀のプロだから!」

「いや、でもたしかにお二人の掛け合いは見ていて楽しいですからねぇ。ただ何故か、それが他人事に思えない時が稀によくあるんですけども」

 

 不意に遠い目をする亦野さんを見て、ついホロリと涙が零れてしまった。

 立ち位置が似ていると背負う苦労も同じような形になってしまうものなのだろうか。

 

「お二人の仲が良いからこそ成立する関係、ですよね。そういうところ、少し羨ましいと思います」

「あ……うん、まぁ。それはね」

 

 ちょいちょい挟んで来る年齢弄りネタは置いておくとしても。

 実際に先ほどの二人の会話にしてみても、基本的には褒めてくれているんだろうなというのは分かっているのだ。あれでいてこーこちゃんが私を尊敬してくれているというのは、疑いようのない本当のことだし。

 

 ただ、今回に限っては賛辞の言葉をそのまま率直に受け止められない事情もある。

 ――お気づきになられただろうか?

 あの会話の流れにおいてこーこちゃんは、弘世さんの話した内容をさも暗に認めたかのような態度を取っていながらも、結局それに対して言質になりそうな発言は一切残さなかった、ということに。

 しかもそれを誰かに指摘されないよう、周到かつ狡猾に、推測の末尾の賛美の部分だけを切り取って、そこに()()()便()()()()()()もっともらしく褒めてみせたのだ。

 そう、彼女はあくまで『私が凄い』という事実を認めただけに過ぎない。でありながら、一部分を肯定することにより推測の内容そのものを肯定しているかのような印象を三人に残しつつ、会話の流れをいつの間にやら『采配の中身』から『小鍛治健夜自身のこと』へと掏りかえた。

 

 相手に言質は一切与えず、自発的な意識誘導のみを行う。これぞアナウンサーの巧みな話術とでもいうべきなのか。

 私の場合それと分かっていても引っかかることが多いのに、さらにそんな裏事情を一切分かっていないだろう亦野さんと渋谷さんの二人はというと、もはや手遅れとしか言い様がなく……。

 途中でくだらないボケに乗っかる形で会話をグダグダにしてしまい、彼女の目論見の一つだった撹乱を助長してしまったことも完全に私のミスだった。

 結果として、弘世さんが行った解説の内容を二人はすっかり()()()と思い込んでしまったようなのである。

 ――おそらくは、福与恒子の狙い通りに。

 

「はぁ。だけど、あのオーダーにそんな深慮が隠されていたなんて……私はてっきり行き当たりばったりか、そうでなかったら露骨な二位抜け狙いなんだろうと思ってましたよ」

「確かに照の点数調整打法は強力だが、序盤は安手で場を進めてしまうというデメリットもある。大量失点した後にリミットのある大将でその差を完全に埋めきるのは意外と難しいからな。

 まぁ狙いはあくまで通過だろうから、順位に拘りはなかったんじゃないか?」

「今の順位のままならたとえ最後でマクり切れなくても最悪二位抜けは出来ますし、Bチ……お菓子連合軍としてはこの戦いに限れば二位抜けでも一向に構わないはずですから。

 そう考えると、先を見据えた手堅い戦法といえますね」

「うーん、采配を取るってやっぱ難しいんですねぇ……」

「そうだな。だが、慣れない事でもきちんと結果を示すことができる――やっぱりトッププロというのは何においても凄いということだよ。その点、私を含め白糸台の生徒たちはまだまだ甘いということを肝に銘じなければな」

「うっ、は、はい。精進します」

「そうですね」

 

「だってさすこやん。よかったねぇ、誉められたよ!」

「そ、そうみたいだね……」

「んん~? どったの、そんな温水のプールに入ろうとしたら何故か冷水だった時のカピバラみたいな顔して?」

「その例え分かり辛すぎない!? って、別に何でもないよ、うん。何でも」

「ふぅん。ならいいけど」

 

 本当は分かっているくせに、すまし顔でそんなことを聞いてくる。

 正直、こっちは今すぐにでもコンクリートか何かで耳の穴を塗り固めて塞いでしまいたい衝動に駆られているというのに。

 こーこちゃんは、こっちが下手に突っ込めないのをいいことに終始ニヤニヤしている始末。

 さすがにグーで殴らせろとは言わない。

 だけど、仮にも相方を名乗りたいのであれば、もうちょっとさりげなくでも良いからこっちのフォローもしておいてくれてもいいと思うんだけど……。

 

 というか采配を誉められるようなことを言われれば言われるほど、胸の奥がズッキンズッキン痛み出すというのはこれ、何かの病気を患ってしまったのだろうか?

 ……あ、付け加えるならあと胃にも同じような症状が出てきているような……。

 

 尊敬の眼差しでこちらを見つめる三対の瞳と、生温いニヤケ顔でこちらを観察する一対の瞳と。

 相反する彩を携えた四人の思いを一身に受け、人知れず背筋に流れ落ちていく汗の気持ち悪さに眉を顰めつつ――飛ばされた指示に従い、再生ボタンへ手を伸ばす。

 それがある意味、己自身の死刑執行許可証にサインをするが如く、非常に危険なスイッチでもあると知りながら。




ずいぶんと長らくお待たせしてしまい、本当に申し訳なく思いながらも幾星霜。
といってもまだ完全復活というには心許ない感じなのですが……それはともかく。
しばらく『咲-saki-』という作品から距離を置いており、最後に情報を仕入れてからだいぶ経っているため、もしかすると私の知らない新事実が山ほど出てきてしまっている可能性ががが。
そういったこともあって原作との整合性を保つのはとても難しい状況ではございますが、ぼちぼち先を進めていこうかと。どうぞ気長にお付き合いいただければ幸いです。
次回、『第23局:懸隔@姉の自尊心VS妹の無垢なる因循』。ご期待くださいませ

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