すこやかふくよかインハイティーヴィー   作:かやちゃ

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第二弾:奈良県代表・阿知賀女子学院編
第07局:旋風@伝説を担う少女たちの翼


 その瞬間、画面の向こう側で鳥を絞めて吊るした時の断末魔に似た何かが聞こえたような気がした。

 ……さすがに開始直後の親の倍満直撃は痛いよね。

 見ているだけの私をして気の毒になってしまうほどの出鼻の挫かれ具合である。

 対面に座る北家のプレイヤーが牌を切る速度は明らかに減速し、振り込んだ西家は延々とツモ切りを繰り返していることからログアウトしたものと推測された。

 やっぱり大丈夫じゃなかったか。

 不慮の事故とかで回線が切断したのならともかく、自ら逃げ出したんだとするならば雀士の風上にも置けない奴である。

 

 その一方で、南家の彼はよく粘っているほうだと言えるかな。

 一つの牌を切るだけで制限時間一杯使っていて打ち回しの時間はやはりだいぶ遅いものの、きちんと考えているだろうことはよく理解できる。

 まずは振り込まないことからはじめているので、どうしても手が遅くなるのは仕方がない。

 でもまぁ……攻撃まで手が回らない以上、大抵の場合で他家の和了に先を越されることになってしまうわけだけど。

 

「うーん、対面ちゃんが先に来ちゃったかぁ」

 

 画面いっぱいに表示される和了を告げるウィンドウ。

 だいぶ捨て牌の選択が上手くなってきてはいるものの、まだまだ牌効率の面で甘い部分が多いといえる彼である。現状だと相手を一人に絞った状態でならばともかく、他家全員の情報を同時に処理して打ち回すまでには至っていないようだ。

 

 この対局そのものは、東四局まで続いたものの。

 結果は、対面の子が接続切れでツモ切りし続けていた(京太郎君からみて)下家の子から30符3飜の和了を奪ったことによってトビ終了。

 点数的には華麗に開幕親倍を決めた上家のプレイヤーがトップ。その直撃を受けた下家がマイナスでダントツの最下位、最後に和了った対面の子が二位で、須賀京太郎君は和了も振り込みもなしの状態のまま、三位での終了となった。

 

『お、おつかれさまでしたー』

 

 コミュニケーションソフトを介して聞こえてくる彼の声が、ぐったりとしているのは気のせいだろうか。

 南入する前に下家が飛んで終わってしまったので、半荘戦が実質的には東風戦っぽくなってしまっていたんだけど。

 神経を集中させていたとはいえ、半荘持たないのは素直に持久力不足ではなかろうか?

 とはいえ今の対局では一度も振り込まなかったことは事実である。最初の頃から比べれば、進歩の兆しは見えていた。

 

「お疲れさま。防御の基礎はだいぶ様になってきたね。東一局も何度か上家の手に直撃しそうになってたけど、それは上手く避けてたよ」

『そうですか? ありがとうございます。やっぱり和の理論ってすごいのな……』

「あれ、今は原村さんからも習ってるの?」

『そうなんですよ。なんか、来年は俺にも選手として全国に行ってもらわないと私が困る、とかなんとか』

 

 ああ、そうか。そういえば原村さんから男女共に伝説を作ってやるんだからね!みたいな宣言をされていたっけ。

 伝説を作るとは大見得を切ったものだ、とあの時はちょっと思ったりもしたけれど、今思えばその発言にもモデルになった人物がいたということなのだろう。

 ちらりと部屋の隅に視線を移し、そこにある光景が代わり映えしないものであることを確認する。

 麗しき師弟愛と言っていいものかどうか迷いつつ。

 

「あ、そうだった。ちょうどいいや、そこに原村さんはいる?」

『和ですか? あっちもちょうど今半荘戦が終わったとこみたいなんで、呼びましょうか?』

「うん、ちょっとお願い」

『了解っす。おーい、のどかー――』

 

 少しだけ時間を置いて、彼女が近づいてくる音が聞こえた。

 

『もしもし、原村です』

 

 いや電話じゃないんだから、という京太郎君のツッコミが近くで聞こえてきたが、そこはスルーしてあげようよと思わなくも無い。

 

「ああ、原村さん。久しぶりだね、頑張ってる?」

『はい、おかげさまで。その節は大変お世話になりました。改めて御礼をさせていただきます』

「私はほとんど何もしてないんだから別にいいよ。それより今ちょっと時間ある?」

『ええ、もちろん。なんでしょう?』

「あのね――」

 

 言いかけた私を遮って、後ろから突撃してきたそれが私の口元で叫ぶ。

 

「のどかーっ! 元気してるー!?」

『――っ!?』

 

 声にならない原村さんの悲鳴が聞こえた。

 ヘッドホンからいきなり大声が発せられたらそりゃそうなるよ。

 私も彼女と唇が触れそうになったことで違う意味でもドキドキしたけども。

 

「ちょっとしずっ、あんた小鍛治プロになんてことを……」

「あ、えへへ。すみません」

「う、うん、今後は気をつけてね。ちゃんと代わってあげるから」

 

 ヘッドセットを外してから彼女――高鴨さんの頭にそれを装着。あまり似合っていないがこの際別に構わないだろう。

 ついでに音声を外付けのスピーカーで室内の人間にも聞き取れるよう切り替えた。

 

『し、穏乃……ですか?』

「えへへ、そうだよー。久しぶり、大会の合同打ち上げ以来だね!」

『ええ、久しぶりです。元気そうで何よりです、が……いきなり大声で叫ぶのはやめてください。心臓に悪いですから』

「おっとゴメンね。さっきまで打ってたんだけど、ちょっとテンション上がっちゃってさー」

「あれだけボコボコにされたのにテンション上がっちゃうあんたの思考回路はどうなってんのよ、ホントに」

 

 とまぁ、隣に立っている新子さんがそんなことを呟くんだけれど。それ私に対する嫌味とかじゃないよね?

 旧友たちが親交を暖めようとしている現場からそそくさと離れる私。

 逃げたわけじゃなくて、ただ空気を読んだだけだから。ホントだよ?

 卓上で未だぐったりとしている部長の鷺森さんと、その頭をしきりに撫で回している顧問の赤土さんからも目を逸らしつつ。

 

「――というわけで、私たちはいま今年度インターハイ団体戦優勝校である阿知賀女子学院麻雀部にお邪魔しています!」

 

 今のゴタゴタを横目に、キリっとした表情でカメラに向かって今さらながらにそう宣言するこーこちゃんの後姿を、溜め息一つで見送った。

 

 

 ――阿知賀女子学院。

 奈良県の吉野にあるこの学校は、その名前の響きが示すように地元では有名な中高一貫のお嬢様学校である。

 私こと小鍛治健夜にとってここ阿知賀女子学院は個人的に特別な関わりのある学校であり、その名はこの十年間記憶から消えたことは一度も無い。

 十年前、私が土浦女子の団体戦メンバーとして全国大会に出場した際、準決勝で卓を囲んだ相手。

 島根県代表、現在は牌のおねえさんとしてお馴染みのアイドル雀士、瑞原はやり。

 北九州の強豪新道寺女子のエース、現在はちょっと口下手だけど愛されキャラのプロ雀士、野依理沙。

 そして最後の一人こそが、当時絶対的な強豪校だった晩成高校を打ち破り全国大会へと駒を進めた阿知賀における絶対的な一年生エースにして、現麻雀部の顧問、赤土晴絵。

 この十年間で麻雀界に名の知れ渡った錚々たるメンバーの中で、唯一、私にハネ満を直撃させたことのある相手である。

 もっとも――その後に私が仕出かしてしまったことのせいで、彼女は精神に深い外傷を負い、しばらくの間麻雀から遠ざかっていたと風の噂に聞いた。

 きっとそれからも紆余曲折あったのだろう。

 しかし、その彼女が今年、教え子である後輩たちを率いて当時自分の成し得なかった全国大会優勝という栄光を見事勝ち取ってみせた。

 当然地元では大フィーバー、やっぱりハルちゃんは阿知賀のレジェンド!ってな感じで、あちこちで大盛り上がりだったそうだ。

 無論、だからといってわだかまりが完全に解けたということはないはず。

 それでも、彼女の教え子が赤土さんの抱えていた傷を癒してくれて、もうすぐ同じ舞台で戦うことが出来るようになると思えば。

 期待するなと言うほうが、無理――だよね?

 

 

 阿知賀女子学院にお邪魔する前日に奈良県吉野入りをした私たち。

 吉野といえば――で思いつくのが、歴史的にも有名すぎる吉野桜だろうか。

 その謂れは発祥が平安時代かららしく、地元に祭られている蔵王権現の神木として桜を崇め奉る風習がその頃に根付いたものとされている。

 かの太閤豊臣秀吉をも魅了したと語り継がれる桜の名所吉野山は、古くは平安よりも前から歴史の中に登場していて、ある時は天皇家所縁の場所としてその後もたびたび名を刻み。幾歳月を重ねた今でさえ、悠然とこの場に佇み吉野の全土を見下ろしているのだ。

 ……ってさっき駅の観光案内所で貰ったパンフレットには書かれていたりするのだが。

 今は初秋から仲秋への変わり目。当然ながら桜の花が咲いているわけもなく、さりとて紅葉が見頃になるには些か早い、そんな中途半端な時期であった。

 どうせ来るなら見頃を迎えるだろう春の頃が良かったな、という感想を抱きつつ。本日宿泊することになる宿の前までやってきたところで恒例となったアレが始まる。

 

「すこやかふくよかインハイTV第二弾、阿知賀女子学院編! はっじまっるよ~っ!」

「あいかわらず無駄にテンション高いね、こーこちゃんは」

「まぁね~。前日入りで観光名所もばっちし回ったことだし、心身ともにコンディションも完璧だぜ!」

「分かった。分かったからもうちょっとテンション抑えようか。他にも観光客の人いるんだし、旅館に迷惑かけちゃうから」

「そんなもん一緒に映ってもらえばいいだけの話さっ! ウェルカムトゥトラベラーたちよ!」

「無駄に戒能プロっぽい喋り方する必要ってあったの、今?」

「おおっとこれは失敬。では気を取り直して、と。

 ――今回の宿はなんとこちらっ! インターハイの影響で半年後まで予約が殺到、今となっては超人気老舗旅館――松実館です!」

 

 背後に擬音でどーん!と書かれていそうなほど威勢良く、こーこちゃんが言った。

 半年後まで予約が取れないくせに、突発企画的な今回の取材でどうやって部屋を押さえたんだろうという疑問が残るわけだけど。

 そのことをカメラの廻っていないところで聞いてみたら、ディレクターさんの額に大量の脂汗が噴出してきたのであえて触れないことにする。

 藪から蛇が何匹飛び出してくるか分かったものではない。

 まぁどちらにしろ、阿知賀の麻雀部を特集する上でこの旅館は絶対に外す事の出来ないポイントの一つではあるだろうから、経過は問わない方向でいても問題はないだろう。

 というのももちろん、その理由は――。

 

「遠路はるばる遠いところからようこそ松実館へ!」

「お、お待ちしておりました……」ブルブル

 

 この二人がこの旅館と深く関係のある人物だからである。

 阿知賀女子先鋒、阿知賀のドラゴンロードこと松実玄(妹)。そして次鋒、極度の寒がり松実宥(姉)。艶やかな着物姿の美人姉妹が私たちを迎えてくれた。

 ……片方は十二単に見えるけど、そんなわけはない。きっと気のせいだろう、うん。

 

「いやー、今回の旅行は贅沢だねー。美人姉妹と過ごす二泊三日の旅!」

「取材のための旅行だからね。そこ忘れたらダメだよ? あと松実さんたちとは一緒には過ごさないから」

「もー、すこやんはいっつもそんなお母さんみたいなことを言う」

「こーこちゃんみたいな手のかかる娘がいたらお母さんになるのも大変だろうね」

「……その科白、そっくりそのまますこやんに返してあげようか?」

「……うん、なんか言ってる自分もだんだん居た堪れなくなってた。前言は撤回するよ」

 

 ごめんねお母さん。メロン切ってもらうような不出来な娘で。

 

「あ、あのー……そろそろいいですか?」

「あっごめん。それじゃ案内お願いしても良いかな?」

「はっ! お任せあれ!」ビシッ

 

 という元気な頼もしい掛け声と共に松実さん(妹)の案内で、外見のある意味とても味のある趣深い古めかしさともしばしのお別れ。

 旅館の内装に関しての感想は、とても丁寧な仕立てがされていて、なんだか妙に落ち着く雰囲気でほっこりするといった感じ。老舗というからにはけっこうな年代モノの建築物なんだろうと勝手に想像していた自分を殴りつけてやることも辞さない程度には、とても綺麗に整えられていた。

 

「内装とかけっこう新しめなんだね」

「はい。季節とか、時代とか、その時々でけっこうリニューアルしたりするんですよ。だいぶ古い建物ですから、せめてお客様の目に止まる場所には気を使わないといけなくて」

「古いって、どれくらい?」

「んー、歴史でいうと三百年にちょっと足りないくらいってお父さんから聞いてます」

「ほへぇ……思ってたより歴史がずっと深くてびっくりした」

「三百年弱ってことは……すこやん換算でだいたい約七人分か」

「十一人分だよ! ってか百歩譲ってもそこは約八人分にして欲しかったよ……」

「アラスリーハンドレッド」

「それもう略す意味なくない?」

「すこやんがアラスリーハンドレッドになる頃にはこの建物はいったいどうなっているのか――」

「そこまで生きられたら飼い猫だって猫又になってると思うよ」

 

 

 こんな調子でいつまでも続けていたら話が堂々巡りになりそうなので、意識を外へと向けることにして。

 それにしても歴史がある建物というのはどうしてこうも落ち着くのだろう。

 現代風の建築物が悪いと言っているわけではないんだけれど、どうしてもこう、日本人の血がこういった純和風テイストな趣を求めてしまう、というのか。

 遠征なんかで全国を回ることがあるけれど、その旅先なんかでホテルとかに泊まるのと旅館に泊まるのとでは、実際にやっぱり疲れの取れ方が違うんだよね。

 ゆったり寛げる空間というのは精神も癒してくれる貴重な存在なのだろう。日本に生まれてよかったと心から感じる瞬間である。

 

 予約が殺到と言うのも強ち間違いではないのかな、と思ってしまうくらい頻繁に仲居さんたちとすれ違う廊下を抜けて、宿泊部屋のある二階へと向かう。

 

「ねぇこーこちゃん、ちょっと思ったんだけど旅館の施設案内とかはいらないの?」

「え? だってそれやっちゃうともう完ペキいい旅夢気分状態になっちゃうじゃん。あれ、私的にはそっちのほうがいいのか?」

「……それ名前出していいの? 別局の番組名だけど……」

「今はもうタイトル変わってるからへーきへーき! すこやんは旧名しか知らないだろうけど、でも大丈夫だから心配しないで!」

「なんだろう、そこはかとなくバカにされてる気がする」

 

 茨城でだって東京在局の番組は普通に見られるんだからね。

 そんないつも通りといえばいつも通りの二人のやり取りをしていると、前を歩いていた松実さん(姉)がクスリと笑う。それがお客様に対して失礼な振る舞いに当たると思い至ったのか、彼女はすぐにこちらが逆に居た堪れなくなるくらい丁寧に深く頭を下げた。

 

「す、すみません……」ブルブル

「ううん、別にそんな畏まらなくていいんだよ。悪いのは全部こーこちゃんだし」

「なにさー。私だってやっとこういうオイシイ番組が廻ってきたから張り切ってるだけなのに」

「ああ、そういえば前に旅行番組をやる時が来るかもしれないからって色々やったね」

 

 残念ながらこれは麻雀関連のドキュメンタリーなんですがね。

 それにあの時のシミュレーションでは食べ物のレポートしかやってなかった気がしたけれど、それで旅番組のレポーターが勤まるのだろうか?

 少なくとも私が番組のプロデューサーなら別の人を起用するだろうね。

 なんだか余計なことを言いそうだし、危なっかしすぎて任せられないから。

 

「それより松実さん……あ、お姉さんのほうね。さっきから震えっぱなしだけど、平気?」

「は、はい。ごめんなさい、私すごく寒がりなので……」ブルブル

「話には聞いてたけど、ホント寒がりなんだぁ」

 

 冬とかどうやって生きていくんだろう……冬眠でもするのかな。

 余計なお世話だとは知りつつも、秋の気候の中でさえこんなだと、なんだかすごく心配になってしまう。

 そんなことを真面目に考えていた私とは裏腹に、こーこちゃんはというと。

 

「よーし、じゃあ気になるあの噂もついでに剥いて確かめてみようぜー!」

 

 わきわきと手のひらを動かすその仕草は、まんまセクハラ親父である。

 当然、それを向けられた松実さん(姉)は通常の三倍増しで小刻みに震えだした。

 

「ほれほれ、よいではないかよいではないかー」

「ひっ!?」ブルブル

「やめるのですこーこちゃん!」

「あっ、ちょ、それ私の――」

 

 もちろん知っていますとも。

 事前調査によって発覚している松実姉妹の心温まる美談を元にした、ちょっとしたお茶目心だもの。

 

 道中でそんな三文芝居を繰り広げつつ、ぞろぞろと一行は進む。

 今大会中、内容で最も強いインパクトを残したのは紛れもなく宮永さんだっただろうけれど。

 こと外見面で強烈なインパクトを残した人物を挙げるとしたら、宮守の姉帯さんとか、永水の副将大将真逆コンビとか、いくつかの個性的な面々に票が割れることは確実である。

 そのうちの一人であることに疑う余地がまるで無いお姉さんのほうの松実さんは、曰くとても寒がりらしい。

 昨今の、気温が真夏日を超えて熱中症患者が激増してしまうことすらそう珍しくもない夏場でさえ、その首にはマフラー常備。話題にならないはずが無かった。

 ちなみにこーこちゃんの言ったあの噂というのは、関係者の間で実しやかに囁かれる『松実宥デュラハン説』なるもののことである。あとは『実はマフラーが本体説』とか、『あべこべクリームが塗られている説』とか色々あったりしているようだ。

 個人的にはマフラー本体説が一番それっぽい。なんか無風状態のはずの部屋の中でバッサバサなってたし、意思を持っていたとしても不思議じゃないと思う。

 

「二人は仲が良いんだねー、まるで私とすこやんのように」

「それってあんまり褒め言葉になってないよね。でも二人は本当に仲がよさそうで、微笑ましいね」

「あはは、それは当然なのです! だっておねーちゃんは私にとって最強の(ものをお持ちの)おねーちゃんですから!」

「でも私は、おねーちゃんなのに玄ちゃんには迷惑をかけっぱなしで……お仕事もほとんどしないで炬燵に包まってばっかだし……」

「大丈夫。お仕事終わりにおねーちゃんが用意してくれたみかんを食べるの、心が安らぐ感じで私とっても好きだもん」

「そ、そうかな?」

「それにおねーちゃんはみかんを剥いてくれるときにちゃんと白いとこまで取ってくれるよね? その心遣いにありがとうなのです!」

「でもあれってその白い部分に栄養が詰まってるから取らないほうが実は身体に良いって、この前テレビでやってたような」

「」

「く、玄ちゃんごめんね……余計なことしてごめんね……」

「お、おねーちゃー!」

「すこやんェ……」

 

 空気読めよおい、というこーこちゃん含めた周囲のスタッフからのプレッシャーが酷い。滝のように流れてくる汗があったかくない。

 数秒後、素直にごめんなさいと頭を下げる私がいた。

 

 

 翌日のことである。

 朝っぱらから豪華な食事をいただいた私たちは、しばらく優雅な気分を満喫した後、仕事をするべく坂の上の阿知賀女子学院を目指した。

 正門の前で出迎えてくれたのは、見覚えのある特徴的な前髪のあの女性。

 

「ようこそ阿知賀へ。なんか変な気分だけど、歓迎しますよ」

「――赤土さん」

「福与アナも、ようこそ。さっそくだけど改めてのやりとりは部室に行ってからにしましょうか。じゃ、着いて来てください」

「う、うん」

 

 これがもし数奇な運命を経ての十年ぶりの邂逅というのであれば、テレビ的にもそれはもう大層絵になるシチュエーションだったに違いない。

 ただ私たちは既に全国大会の際東京で何度か顔を合わせており、お互いにしてみれば特に感慨の沸くような場面というわけでもなくて。

 因縁を持つものたちの対面という意味では、実にさらっと話は進んだ。

 但し、私の心の中はそうではない。

 敵地(アウェー)に乗り込む、というわけではないけれど。

 清澄高校に行った時とはまるで違う、奇妙な緊張感に苛まれながら彼女の後ろを歩く私がいた。

 

 

「というわけで、全員集合ーぅ」

 

 先導してくれていた赤土さんが、部室に入るなりそんな声を上げて。

 それに反応してがやがやと集まってくるのは、夏の大会で見事初優勝を果たした阿知賀女子学院麻雀部のメンバーである。

 まず最初に松実姉妹が。

 昨日は着物姿で若干の違和感があったけれど、今日は阿知賀の制服着用、大会中に何度も見かけたせいかとても馴染みのある格好だ。

 二人に関しては自己紹介は必要ないので、会釈だけして離れていった。

 次に近づいてきたのは、こけ――ではなくて、おかっぱの少女。資料によると赤土さんの後継者で、たしか名前は――。

 

「初めまして。阿知賀女子麻雀部の部長、鷺森灼です」

 

 差し出された手には、何故かボウリングの時に着用するグローブが。

 そういえば対局中にも着けてたな、と何も考えずに握手をする。その瞬間、ぐっと必要以上に力が込められたのは私の気のせいではなかったはずだ。

 こうしてこちらを見つめる瞳も、心なしか冷たいものがあるような……?

 ああ、と心当たりが視界に入ってきて納得する。

 阿知賀というか、赤土さん所縁の人間は彼女が麻雀から離れる要因となった小鍛治健夜に対して、そう良い印象を抱いてはないんだろうな、と。

 

「灼」

「なに、ハルちゃん」

「小鍛治プロは強いよ。あとで対局してもらったらどう?」

「……お願いしても?」

「うん、もちろん。それも込みで取材ってことになってるみたいだしね」

 

 その言葉に納得したのか、手を離して一歩下がる。

 その開いた空間に突撃してきたのは、ゆらゆらとポニーテールを揺らすジャージ姿の少女だった。

 

「私っ! 私も一緒に対局しても良いですか!?」

「う、うん。それはもちろんいいと思うよ?」

 

 勢いに押されて一歩後退。それでもぐいぐい来る彼女は、見間違えるわけが無いくらいには色々な意味で有名な子である。

 ――高鴨穏乃。団体戦で大将を勤め、数々の逆転劇を見事な技と精神で演じきった、今夏における主演女優、その一人だ。

 

「しず、ちょっと落ち着きなさい。

 すみません、小鍛治プロ。この子は高鴨穏乃、そして私は新子憧。二人とも一年生です」

 

 その彼女を押さえ込むようにして私との間に割って入った子が、中堅の新子憧ちゃん。今時の女の子らしくお洒落で可愛らしい子だ。

 距離感に遠慮がないところをみても、この二人も相当仲が良いんだろうけれども。

 片やジャージ常備、片やお洒落さん。どうしてこうなった?

 

「さて、とりあえず全員の自己紹介は終わったね。それでは小鍛治プロ、福与アナ、本日はよろしくお願いします」

『よろしくお願いしまーす』

 

 顧問の赤土さんが頭を下げるのと一拍遅れて、部員全員がハモりながら一礼してくれた。

 

 

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 麻雀界における阿知賀の歴史の始まりは、一人の少女がその門をくぐった時にまで遡る。

 赤土晴絵。それが、十年も途切れることなく続いた果てしない物語の始まりとなった者の名前であることは、ここ吉野に住む人間でなくとも知っておいて損はない。

 当時の奈良県の麻雀事情は、常勝晩成高校によって悉く掌握されていた。

 事実、晩成高校が団体戦・個人戦を含めてただの一人もインターハイへ送り込めなかった年は、ここ数十年を辿ってみても皆無なのである。

 言うまでもなくこれは驚異的な成績だ。

 そしてそれ故に、その強大すぎる鉄の壁を打ち破ってインターハイ出場を決めた当時の阿知賀女子の名声は、地元において留まるところを知らなかった。

 その当時の団体戦メンバーの中で最も名の知られている人物こそが、阿知賀のレジェンドこと赤土晴絵その人であった。

 小鍛治健夜、瑞原はやり、野依理沙といった現トッププロ勢を相手に決してひけをとらない闘牌を繰り広げたこの準決勝で。当時ほぼ振り込みをしなかった小鍛治健夜からハネ満の直撃を取るという快挙を成し遂げてみせたのもまた、赤土晴絵だった。

 今もってこの一撃は、小鍛治の高校生時の大会記録の中でも一際異彩を放つものとして語り草となる事があり、その後の不調で惜しくも敗れ去ってしまうが、この戦いは後に麻雀通たちの間で『事実上の決勝戦』とすら称されることもあったと言われている。

 

 小鍛治健夜は、こと麻雀という競技の中で捉えるならば正しく怪物である。

 彼女と対局をした人間が麻雀そのものに対する恐怖に支配され、牌を握れなくなるという事がこの頃には頻繁に起こっていたとされている。

 それだけ驚異的な、周囲の人間からするとズバ抜けた実力を持つ小鍛治であったが故に、同時に彼女のために麻雀を捨てざるを得なくなった人間が多数いることもまた、哀しいかな事実であった。

 当時の赤土晴絵もまた、同じような症状を受けていたと当時のチームメイトは証言する。

 事実、当時の対局ではハネ満を直撃させた後、赤土は小鍛治により執拗なまでの集中砲火を受け失点を積み重ねた。この際の大量失点が、阿知賀女子学院が準決勝で敗退する大きな要因となったことは誤魔化しようの無い現実として存在している。

 そんな彼女に追い討ちをかけた事態が、敗退して地元へと戻ってきた彼女らを出迎える人たちがほとんどいなかったという結末であった。

 凱旋というには微妙な成績での帰還であったため、本人たちにとっても下手に騒がれるよりは気が楽だったことも否定は出来ない部分だろう。それでも出発時の盛り上がり具合から考えれば、高校生という多感な年頃の少女たちが少なからずショックを受けるには十分すぎることであったろうとも思う。

 だが、そんな中でもただ一人――力を振り絞って戦い抜いた彼女を称える者がいた。

 それはとても幼い子供ただ一人でしかなかったが、その存在にどれだけ救われたか分からない、と赤土は当時を振り返って笑う。

 彼女は身に付けていた制服のネクタイをお礼にその少女へと渡し、こうして阿知賀女子初のインターハイは様々な苦い思い出と共に幕を閉じた。

 

 ――結果として、この時のネクタイを託された少女の存在こそが、物語を語る上で欠かせない要素の一つとして目覚めの時を待つことになる。

 

 

 これよりしばらくの間、阿知賀女子の名が広く知られるようになるような出来事は起こらない。

 前途有望だった一年生エースを失い、人が集まらず、麻雀部はやがて廃部。全国の舞台に挑んだのが一年だけという、あまりにも短い天下となった。

 レジェンドと呼ばれた少女はやがて高校を卒業。地元の大学へと進学し、伝説は表の舞台で姿を見せることもなく、次第に人々の記憶の中にのみ刻み込まれていくこととなる。

 大学に進んでも、高校時代に受けた心の傷は、赤土を麻雀から遠ざけていた。

 それから幾許かの時が過ぎ、人も流れ。

 それでも傷が癒えるための時間には十分ではなかったが、麻雀というものの魅力に一度取り憑かれてしまった彼女の心の中から完全に『それ』が取り除かれることはなく。

 残されていた一片の未練が、かつてのチームメイトの一押しによって形となって現れる。

 それが『阿知賀こども麻雀クラブ』と銘打たれた、母校の阿知賀女子学院の麻雀部部室を使って行われた小学生たちを相手にした麻雀教室であった。

 吉野の児童数は決して多いわけではなかったが、それには地元の女子児童たちが多く通っていたという。

 ――麻雀を楽しむ、ということ。

 子供たちはその教室の中で、半ば失いかけていたはずの赤土からそれを直接教わることになった。

 そして赤土もまた、子供たちの純粋な心に触れてかつて自分が持っていたその気持ちを取り戻すことになる。

 その時のメンバー数人が、現在の阿知賀女子学院麻雀部員の大半を占めていることこそが、顧問である赤土晴絵をこの物語の中心に据える最大の理由でもあるのだが。

 こうしてまた一つ、彼女の中のしこりが取り除かれていき――転機は、この時既に目前にその姿を現していた。

 

 

 余談だが、当時この麻雀教室を受講していたメンバーの名前を見て行くと、一覧の途中で意外な人物の名を見つけた。

 先日取材に訪れた、清澄高校麻雀部副将、原村和である。

 後にインターミドルを制覇することになる彼女もまた、赤土晴絵の開いたこの教室で同じ時を刻んだ子供たちの一人だったのだ。

 

 

 赤土晴絵が大学を卒業する頃には、既に過去の戦いで植えつけられた麻雀への忌避感からはだいぶ立ち直っていた。ように見えた。

 事実、これよりしばらくの後、赤土はとある高名な人物によるスカウトを受けて福岡の実業団に入社しており、選手としてリーグで活躍していたことが記録として残されている。

 もしこのまま実業団リーグで活躍を続けていれば、彼女の実力を持ってすればプロ入りは時間の問題だったのかもしれない。

 しかしそうなっていれば、彼女はそれなりに活躍し、それなりに勝てる、そんな中途半端なプロ雀士として一生を終えていたことだろう。

 取り除かれたと思われた古傷は深層心理の奥底で未だ蠢き、燻り続けていたのだから。

 小鍛治や三尋木といった本物と対峙するたびに疼く古傷。そんなものを抱えたままで勝てるほど、トッププロたちの棲む世界は甘くはない。

 しかし、赤土にとってなにより『幸運』だったのは、親会社の経営不振により程なくしてチームが解散してしまったことだったと、過程を知る今ならばはっきりと断言することが出来た。

 これによって赤土は、社会人として様々なことに対して選択を余儀なくされてしまう。

 あるいは普通に就職する道もあっただろう。またあるいは、プロチームからのスカウトを受け、プロに転向することもできただろう。

 ――ただ。

 目の前に存在する、かつての教え子たちの手によって用意されているもう一つの選択肢のことを――この時の彼女は、まだ知らない。

 

 

「ずっと一人ぼっちだったのは、ちょっと寂しかったけど……でもきっと、いつか皆が戻ってきて、また一緒に麻雀が出来るって信じてました」

 

 と言うのは、門下生の中で最年長、今大会の団体戦では先鋒を務めた阿知賀のドラゴンロードこと松実玄選手である。

 赤土が遠く福岡の実業団へ。

 それは即ち、彼女が開催していた麻雀教室が閉鎖されてしまうことと同義だった。

 これを機に、残された子供達はそれぞれに違う道を行くことになる。

 子供達の中で麻雀に対して一番熱心だった新子憧は、麻雀を続けるため地元の強豪である阿太峯中学へと進む。

 麻雀に対して一番強く興味を抱いていた原村和は、阿知賀の中等部に進学後、しばらく後に両親の都合で長野へ転校。

 そして、麻雀を一番楽しんでいた高鴨穏乃もまた中等部へと進学はしたものの、友人たちとの離別と共に麻雀からは離れていた。

 阿知賀女子学院麻雀部にとっては氷河期ともいえる、構成すべきすべての要素が最も遠ざかっていたのが、この頃である。

 それでも唯一人、松実玄は諦めてはいなかった。

 たった一人だけが残った、麻雀教室が行われていた麻雀部の旧部室の中で。

 彼女は懸命に待ち続けた。時には牌を磨き、また時には室内を掃除しながら。

 伏龍は未だ大空へと飛び立つ術を知らないまま、龍がその腹で磨き続ける道はまだ、その全貌を見せてはいない。

 その献身が報われることになるのは、もうしばらく先のことであった。

 

 

「まぁ、あたしはどこに行っても麻雀は続けるつもりだったから。でも、悔しいけどあの時点で県代表の座を勝ち取れるほどの実力はなかったと思う」

 

 中学三年次、新子憧にとって最後となるインターミドルへの挑戦は、県大会決勝リーグで敗退という結末を迎えた。結果的には大健闘といえるかもしれないが、新子にとってそれは自身の考える最高とは天と地ほどの差があった。

 おそらくこの時点では、門下生の子供たちの中で新子ほど麻雀に対して真剣に考えていたものはいなかっただろう。

 奈良県には、当然選択肢として浮かび上がってくる強豪校の晩成高校がある。

 彼女はのちに訪れるであろう高校選びと、その先に待つインターハイ出場を見据えた上で友人とは違う中学へと進学する道を選んだ。

 それを急ぎすぎているとは思わない。それほどまでにきちんと計画を立てて物事を進められるのは、強い意志を持つ証拠なのだから。

 三尋木プロをして「阿知賀の中では一番上手い」と称される打ち筋の大半は、この時期に培った経験の差、麻雀に対する真摯な姿勢が生み出したものであるといえるかもしれない。

 しかし、そんな彼女の強い決意をも揺るがすことになる切欠もまた、かつて自分もいたその場所が生み出した一人の少女の偉業であったというのだから、人生というのは分からないものである。

 

 

「テレビを見てたのも、和が出てるとか知らなくて。本当にたまたまだったんです。

 でもあれを見たとき、なんていうかこう――もう一度みんなと一緒に麻雀がしたい!って気持ちになって、居てもたっても居られなくて――」

 

 中学三年生の夏休みのとある一日。

 麻雀と言うのは基本、四人集まらなければ卓を囲めない。その機も、その友人も、どちらも遠く離れ離れになっていたこの頃の高鴨は、おそらく門下生の中で一番麻雀というものから遠い位置にいたに違いない。

 奇しくもそれは、かつて共に卓を囲んでいた友人の原村和がインターミドル個人戦覇者となった日。

 彼女はそれを、ディスプレイによって隔てられた向こう側の世界(かつてのともだち)によって思い知らされた。

 

 ――バタフライ効果、という言葉がある。

 誰が最初に提唱したのか。とある大陸で蝶が一羽はばたきをした結果、遠く離れていた場所で巨大な嵐が巻き起こったという、そんな有り得ないような例え話。

 インターミドル個人戦覇者。その輝かしい肩書きの横に『原村和』の名が刻まれたのは、比較的記憶に新しい出来事だ。

 既に連絡を取らなくなって久しかった子供の頃の友人、そんな一人の少女が全中王者となったことで。

 高鴨穏乃は、彼女との再戦を大舞台で実現するために動き出す。

 それはほとんど行き当たりばったりでしかない、本人にしても決して勝算があった上で取った行動というわけではなかった。

 しかし、事実上この時こそが、かつて伝説を築いた阿知賀女子学院麻雀部が、その担い手たちによって永い永い眠りから目覚め、復活の狼煙を上げた瞬間であった。

 

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 ちょっと一旦休憩しようということで、対局をすることになった。

 最初は高鴨さん、松実(妹)さん、鷺森さん。

 次に松実(姉)さん、新子さん、高鴨さん。

 さらに鷺森さん、松実姉妹。

 最後に高鴨さん、鷺森さん、新子さんという面子で、計四回の東風戦である。

 鷺森さんは表情がほとんど変わらないものの、私に対してボウリングの玉でも直撃させてやるかー的な強い敵意……もとい、やる気を感じさせる。

 高鴨さんはもう麻雀を打つのが楽しくて仕方が無いみたいだ。どんな相手とでも純粋に楽しめるっていうのは彼女の長所であり、素直に羨ましいと思う。

 で、新子さんはというと。

 

「……」

 

 何故か、じっと私のほうを見ていた。

 なんだろう。もしかして髪に芋けんぴでも付けて歩いていただろうか? そんなワケないか、そもそも食べてないし。

 

「どうかした?」

「あ、いえ。なんでもありません」

「――? そう?」

 

 それならばまぁ、いいんだけど。

 なにやら言いたそうに見えるのは気のせいとは思わないけれども。本人がいいというのであればそうなのだろうと納得する。

 最後に松実姉妹に関しては、保護欲すら抱かせるくらいに二人して震えていた。

 お姉さんのほうは寒いからだろうけど、妹さんのほうはあれ、完全にチャンピオンとの戦いのイメージが蘇ってきてるんじゃないかな。大丈夫だろうか?

 

 ――で、対局の中身はというと。

 最終戦を終えて卓上に転がる三対の屍と肩を抱きながら抱きしめあう姉妹の様子をみて、結果がどういった感じなのかは各々で判断していただきたい。

 ドラゴンロードのほうの松実さんはもう、お約束と言うべきか、打点は高いんだろうけど「和了れなければどうということはないだろうが!」状態である。

 お姉さんのほうの松実さんは、やっぱりバランスが良い。こちらの誘導に引っかかりもしなければ、自分の待ちを簡単に悟らせるような真似もしなかった。ただ、強引に和了へ向かえるような能力ではないので、最後は削られ負けしていたけれども。

 鳴きで速攻を仕掛けてくる新子さんは和了牌を握りつぶすことで対応。あそこまで牌と意図を晒してくれたら普通に分かるよなぁ、と思いつつ彼女の上家に座った第二戦に関しては完全に封殺してみせた。

 で、件のこけし少女。後継者と言われるだけあって、その打ち筋はこちらの意識の慮外の部分から針を突き刺すようにして攻めてくるものであり、本当にあの頃の赤土さんとそっくりだった。とはいえやっぱりセンスの部分が異なるのだろう、私に直撃を食らわせる程とはいかなかったようで、あえなく撃沈。

 高鴨さんはそもそもスロースタータータイプなので、東風戦だと実力があまり発揮されないようだった。大星さんの能力を抑えたあれ、やってみてもらいたかったんだけど、山の深い部分にまで到達する前に普通に和了してしまうから、意味はほとんどなかったっぽい。

 

 最後の対局は、高鴨さんによる親ッパネへの振り込みでトビ終了。

 虎視眈々と逆転の一撃を狙っていたはずの鷺森さんと私、双方によるロン宣言があったものの、ルールによって私のほうが和了として認められる形となった。

 

「この展開でさらに頭ハネとか、どうしろと……」

「ゴメンね、今のは狙いやすい待ちだったからつい」

 

 実際の大会なんかではそれを逆手に取った待ちでの和了をいくつか見せていたものの、今回に限っては通例となる筒子の多面張待ちだったことが彼女にとっては災いした形となった。

 そもそも筒子が集まりやすい能力を持つ子だということは分かっているし、更に高めの多面張となるのであれば当たる牌の憶測も容易に立つというもので。

 他家の捨て牌と理牌や視点移動による推測、自分の手に握られている筒子の種類と数から当たりをつけて、あとはそこを基点にして待つための要素が揃っていれば問題は無かった。

 

「相変わらず、やることがエグいね……」

「そ、そうかな? できるだけ弱点を教えてあげられるように抑えてはいたんだけど。んー、やっぱ慣れないことをするのは難しくて」

 

 ただ蹂躙……ではなく、本能の赴くままに牌をツモるだけならば簡単なのに、打ちながらいざ何かを教えようとすると途端に難しくなってしまう。

 これを続けて結果を出してみせた赤土さんはもちろんのこと、牌のおねえさんと呼ばれて久しい例の彼女の経歴にも素直に敬意を抱かざるを得ない。

 昔の私であれば出来る人間に任せよう、と割り切って考えられたんだろうけど、今の私には弟子がいる。彼のためにも適切な指導方法というのは持っていて損はないのだから、頑張って覚えなければ。

 

「――あ、ちょっとゴメン、電話だ」

 

 席を立ち、部屋から出る。

 その後ろで、「灼、大丈夫?」「大丈夫じゃな……」という師弟のやり取りが聞こえたような気がしたが、あえて気にしないことにした。

 

 京太郎君からの連絡を受け、いつものネット麻雀を使って指導をすることになった。

 今はあちらも部活動の真っ最中。

 今日は染谷さんが朝から家業のほうが忙しくて出てこられない状況のため、竹井さんが指導役を抜けて卓の面子に組み込まれてしまったらしい。それで、師匠たる私にお鉢が回ってきたのだった。

 もちろん収録中だということは彼も知らないし、本来であれば断るべきタイミングである。

 ただ……こっちはこっちで死屍累々。休憩中だし、あとで原村さんと話が出来れば別にいいよという軽い感じで、こーこちゃんや赤土さんたちが快く了承してくれたため、大手を振っていそいそと手荷物の中から指導用の道具一式を取り出して机の上にセッティングする。

 

 ――さて。さっき得た教訓をいきなり活かすチャンスがやってきたぞ。

 せめて、京太郎君が麻雀打つのを嫌いにならないで済む程度には上手く教えられるようになろう。

 そんな決意を込めつつ、私は持参していたノートパソコンの電源を入れた。

 




全編を通してアップすると倍くらいになってしまうため、一旦区切ります。
次回、『第08局:継承@誰がために鐘は鳴ったか』。ご期待くださいませ

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