セキュリティ絶対突破するマン.EXE 作:エターナルマン.EXE
11歳になった年のある日の昼、渡は父の呼び出しを受けてその書斎へとやって来た。
毎日食事の時には顔を合わせているものの、用事を言いつけられるということは珍しかった。
「お父さん、おつかいって何? っていうかお手伝いさんに頼みーや」
「お前に目利きの才能があるか見ようと思ってな」
「何の話よ」
「そら、わしのコレクションの話や。ここにもあるやろ」
言われて渡が周囲を見やれば、確かに絵画や壺が部屋にびっしり。
渡の父・
専用の部屋があるのはもちろん、そこからはみ出して書斎にまでこうしてスペースを取っているくらいで、本気の趣味ということは渡もとっくにわかっていた。
それだけに、渡は自分に父ほどの審美眼があるとは思えず、父に対して難色を示す。
「そんな才能、ないと思うけどなあ」
「やってみなわからんやろ。いくらか小遣い持たしたるから、"これや"って思ったモン持って
「もっと不可能やんけ」
渡の母・
もちろん渡は母の絵を見たことがあるが、抽象画が専門ということもあって、それらが良いのか悪いのか、渡にはさっぱりわからなかった。
「渡な、ずーーっと家におるやろ。外の空気吸って来いって言うたりたかったんやけど、なんか目的があった方がええと思ったんや」
事実、渡は勉強とネットサーフィンとゲームに明け暮れ、たまに運動をするのも屋敷の中で済ませていた。
学校にも通わず、一緒に外で遊ぶような友人は家庭教師の二階堂くらいのもので、進んで外へ出ることはほとんどなかった。
「せやから別に今日明日に持って来いとは言わん。いろんなとこ回ってみ」
「そういうことね。わかった」
「ほれ、財布貸しい」
カード型の電子財布を手渡された翔が、自身の電子財布に接続して残高を移し、そして渡に返す。
「ああ、遠く行く時は気いつけや。なんや最近、物騒らしいやろ。つい今朝も、官庁街に新しくできたメトロが止まったとかなんとか、ネットワーク犯罪が増えとるいうニュースやっとったわ」
「大丈夫、なんかあったらちゃんと大人ぁ頼る」
「わかっとったらええわ。ほな、行ってき」
はーい、と返事をした渡は、自室から肩掛けカバンを持ち出す。
(まあ、どっちにせよ今日は出かける予定やったしな)
そして、どこかへ電話をかける父親を尻目に、そのまま外へ出ていった。
……
東ニホンの官庁街。渡はまっすぐここまでメトロラインで向かってきた。
渡が列車に乗り込んだ時には、ニュースになっていた秋原町・官庁街間を繋ぐ新規路線開通見合わせも解除されていた。
(西から東まで1時間かからん上に切符はタダ。流石は創作の未来世界やな、すばら……まぶしっ)
伸びをしながら地下の駅を出て、外の明るさに反射で目を細める。
視界には、かつてゲームで見たような小さく簡単な作りではない、官庁街らしいリアルな町並みがうっすら広がっている。
(そうでしょうなあ。家で地図見た時点で分かっとったわ。ゲーム通りやったら秋原町とか駅の近くに建物ほとんどないもんな!)
納得する渡をよそに、ピピピ、とPETがメールの受信を告げる。見れば、差出人は熱斗だった。
ゆっくり目を慣らしながら、メールを開く。
『今どの辺?』
渡は特急列車の中で、熱斗に"今日そっちに行くから、会って話でもしませんか"とメールを送っていたのだった。
熱斗もhassoなる友人にいつかは会いたい思っていたので、急な提案に驚きつつも二つ返事で了承し、官庁街の科学省1階で待ち合わせようということになった。
そして官庁街の中心。科学省や水道局にその他様々な役所が収まった巨大ビル(その名も官庁ビル)は、駅からすぐそこであった。
返事のメールを出すまでもなく、数分も歩けば到着した。
ビルに入って右、科学省の1階フロアには、手続き受付を行うカウンターの他に、テレビやソファの置かれた待合スペースがある。
(人少ないな?土曜でもこんなもんなんやろか。その分熱斗が簡単に見つかったから助かるけど)
そのソファの1つに、青いバンダナを額に巻いた少年がいた。渡のメル友、光熱斗に相違なかった。
(おお! 割と念願の生主人公……地道に電脳世界で人探しした甲斐があったなあ)
姿を認めた渡は、内心で感動しつつも、PETを持って持ちナビと何か話している様子のところに声をかける。
「すみません、光熱斗さんですか?」
「へっ?」
「僕はhassoというハンドルネームの者です」
渡が自分の名を明かすと、1、2秒遅れて状況に熱斗の頭が追いついた。
「あっ、ああ! そう、オレが光熱斗。で、こっちがロックマン。よろしくな」
「初めまして、でいいのかな。ボクはロックマン、よろしくね」
「こちらこそよろしくお願いします。本名は七代渡というので、テキトーに呼んで下さい」
「わかった、渡だな。ベータはいるのか?」
「もちろんいますよ。といってもいつも通り、話はできないんですけれどね」
PETを取り出して見せる渡。その画面には確かにネットナビ・ベータの姿が映っているが、微動だにせず、一言も話さない。
「わざわざずっと古いナビを使うなんて変わってるよなー」
「まあ、せっかく貰ったものを死蔵するのも勿体ないですから」
渡の言葉に、熱斗が首をかしげる。
「シゾー……?」
「使う予定もなくずっとしまっておくこと、だよ。国語……には出てきてないか」
「こんな時まで勉強の話なんてやめろよなー、それよりほら、パパの研究室に行こうぜ。渡も一緒に」
「そうですね。まさか光祐一郎さんの研究室を見学する機会があるとは思ってもみなかったので、楽しみです」
秋原町に住む熱斗は今日、開通したメトロラインで父・光祐一郎に会い、彼が作ったロックマン用の強化プログラムをついでに受け取るために来ていた。
という渡も聞いている事情の他、インターネットを通じて友達ができたことを報告したい、という気持ちも、熱斗にはあった。
上階・研究室フロアへの移動許可を取るために、受付カウンターで熱斗が二言三言話すと、エレベータを使うようにと職員に指示された。
("光祐一郎の息子とその友達だから"で通行が許可される辺り、やっぱこの世界のニホンは民度とか治安がめちゃくちゃいいよなあ。せやから人の悪意に弱いんやろうけど)
研究室に着いてみると、いくつかの衝立がある他は開けていて、壁際には大型のコンピュータが据え付けられている。
しかしどこにも本人の姿は見えず、この階の受付カウンターで話を聞いてみると、"詳しい事情はわからないが、朝からいないので、当分戻ってこないのでは"とのことだった。
では強化プログラムだけでもと、熱斗が机のPCにロックマンをプラグインさせたところ、強化プログラムは光祐一郎が持ち歩いていてここにはないらしいことがわかった。
「ちぇー、せっかく苦労して来たのに。しょうがねえな、じゃ、伝言だけでもしとくか……っと、ロックマン、これ渡しといて」
「オッケー!」
肩透かしを食って落胆しつつも、PCでメールを作成し、それをロックマンに持たせる熱斗。そのキーボードの操作への慣れ加減を見て、渡は密かにこの世界の教育事情に関心していた。
ロックマンがPC内のプログラムくんにメールを手渡すと、プログラムくんはお辞儀をした。
「パパサンヘノ伝言、確カニオ預カリシマシタ」
用が済んでロックマンをプラグアウトさせ、熱斗は次に渡の方を見た。
「どうする?パパいないけど、研究室見てくか?」
「いえ、やめておきましょう。ご本人がいないのに、勝手にあれこれ見て回るのもよくありませんから」
「そっかー。じゃ、この後どうする?」
渡はPETで時計を確認すると、顎に手を添える。
「秋原町を案内してもらう……と、流石に遅くなりそうですね。少し早いですが、今日は解散ということになりますか」
「ええー、なんだよそれ!ちょっとくらい遅くなってもいいじゃん!遊ぼうぜ!」
非難するような、わがままを言うような、そんな熱斗の態度に、渡は苦笑して答える。
「まあまあ。勉強にも区切りがついて余裕ができましたから、熱斗くんが呼んでくれればいつでも遊びに来ますよ。幸い、僕たちはメトロにタダで乗れますから、運賃の心配もありません」
「そっか、もともと勉強が忙しいって言ってたんだっけ」
「少しは熱斗くんも見習ったら?」
「うるせーやい」
「ははは……」
そのままメトロの駅まで一緒に行った後、ずるずると立ち話を続けて、ふと、渡は午後5時近くなっていることに気付いた。
「おっと、いけない。これ以上は本当に遅くなりそうです。急ですが、この辺で。また近い内に会いましょう」
「おう、またなー!」
慌ただしく改札へ駆け込む渡に向かって手を振った後、熱斗もまた家路についた。