セキュリティ絶対突破するマン.EXE 作:エターナルマン.EXE
渡が毎週末に秋原町を訪れるようになってから、およそ1ヶ月。
全国のネットワーク犯罪は激しさを増し、少ないながら死者が出るほどの規模となった。
……
ある土曜日の朝。トイレに起きて冷蔵庫から麦茶を出してごくごくと飲んだ渡が、たまには二度寝するのもいいかと寝室に戻ると、PCのモニタに映された新しいメールニュースが目に入った。
"デンサンシティで原因不明の水道停止 水以外の飲み物もすべて品切れに"
「?」
半分寝ぼけたまま、頭の上の疑問符が増えていき。
やがてこの状況を
(来おった!)
指の背で目やにをこすり落とし、自室にダッシュで戻る。
クローゼットから服を引っ張り出して着替え、寝間着をベッドの上に放り投げ、机の鍵付き引き出しを開けて中身を鞄に放り込んだ。
外出の支度を済ませると、渡はリビングに見つけた父親へ向かって、
「出かけてくる!」
と叫んだ後、返事も待たずに家を飛び出した。
メトロの駅に向かい、駅横に自転車を停め、自販機で飲み物を2本買ってから、階段を駆け下りる。改札で電光掲示板を確認するや、発車直前の特急列車に乗り込んだ。
少ない乗客は誰も普段どおりという顔をしている中、渡ひとりだけが緊張していた。
窓の外を見て気分を落ち着かせようとしながら、頭の中で行動予定を何度も反芻する。
(科学省で待ち伏せて、水道局で身を隠して、ウォータークーラーを見張る。あいつが来た時は――)
……
学校が終わったその足で官庁ビル1階の科学省フロアへやって来た熱斗は、横から自分を呼び止める声を聞いた。
「こんにちは、光くん」
「えっ!? あ、渡!」
「大変みたいですね。話の前に、どっちかどうぞ」
渡がペットボトルのオレンジジュースとミネラルウォーターを差し出す。
「なんで飲み物持ってんだよ!? どこ行っても売り切れてるのに」
「デンサンシティの外はそうでもありませんから。来がけに買っておきました」
「そっか、サンキューな!」
言ってぱっとオレンジジュースを取り上げ、ごくごくと飲み干す熱斗。ペットボトルの中身はみるみるうちに減り、半分になった。
「ぷはーっ! 生き返った気分だぜ!」
「それはよかった。では本題ですが、光くんはなぜここへ?」
前世の知識と照らし合わせて確認するために、渡は熱斗の目的を問う。
「水が止まった原因を調べに来たんだ。でもIDカードがないと水道施設を見に行けないから、パパのがないかと思って」
「正式に調査に来たらしい
「いやいや、それってまずいでしょう。なんでズルして入る前提なんですか」
(まあ、入ってもらわなめちゃくちゃやばいんやけど、まずは話すだけ話して貰わんと、この先ついて行く理由付けが弱くなってまうからな)
熱斗とロックマンの言葉に渡は手を横に振り、否定のジェスチャーをするが、内心では、"吐け! 自分語りをしろ!"と強く念じていた。
「なんでって……うーん、どうするロックマン?」
「渡くんにも話そうよ! 力になってくれるかも」
「そうだな。渡、実はオレたち――」
熱斗は、自分の家がネット犯罪の標的になったこと、最近のネット犯罪の多くではWWWという犯罪組織が暗躍していること、その組織がどうやってか世界中を巻き込んだ戦争を起こそうとしているらしいことを語った。
先月のメトロのトラブルも、WWWの仕業だったと。
「それで、今回もそうではないかと睨んでいるわけですか」
「まだそこまではわからないけど、そうかもしれないだろ? だから知りたいんだ、何が原因なのか」
「わかりました。僕もついて行きましょう。水道局1階で話を聞いても何もわかりませんでしたから、僕自身煮え切らないところではありましたし」
(ってことにしとけば、まあ自然とちゃうかな)
「へへっ、よっしゃ!」
熱斗は小さくガッツポーズして、それから渡を連れて科学省の研究者フロアへ上がった。
光祐一郎の研究室に入ると、衝立の一つに白衣がハンガーでかかっており、その胸には職員用のライセンスカードがピンで留まっていた。
「パパ、ちょっと借りるよ」
……
光祐一郎のライセンスカードでエレベータを動かし、水道局上階へ。
壁や看板に書かれた案内に沿って、水道施設へ繋がる通路を探して進むと、浄水施設の入り口が見つかった。ただし、関係者以外立入禁止と書かれた扉は電子ロックされているようだった。
熱斗が、近くの白衣の男に話を聞くと、
「今忙しいんだ。用ならあっちの席にいる氷川さんに聞いてくれ」
と、何やらコンピュータに向かって作業をしている集団のいるスペースを手のひらで指した。
行ってみると、氷川と呼ばれた壮年の男は、忙しない他の職員に比べて落ち着いた様子だった。
「すみません、氷川さんですか?」
「確かに私は氷川だが、なんだ君は?」
邪険にするようではなく、あくまで疑問に思っているだけの様子だった。
「あのっ……秋原町の水道がストップしているんです!」
「ああ、うんうん。ポンプの吸水プログラムのちょっとしたバグでね。今、全力でバグを取っているところなんだ。ま、問題ないんじゃないかな」
「そうですか」
熱斗の横で2人の会話を聞きながら、渡は腿を指でトントンと叩いている。
「わざわざ来てもらって、済まなかったね」
「いえ、それならいいんです」
「そうだ、折角だから、見学していけばいい。あっちのドアから浄水施設の部屋に入れるから。今、鍵を開けるよ」
「ありがとうございます!」
「ありがとうございます」
熱斗と渡は礼を言うと、浄水施設の扉をくぐった。
役所の静かな廊下から一転して、ゴウンゴウンという低い駆動音が響く広い空間。そこここに黄色と黒の縞模様が躍り、手すりから身を乗り出せば、下は10メートル以上ありそうな深さの貯水タンクになっている。
貯水タンクといっても水はなく、聞けばポンプ室が機能停止しているためらしい。
渡が浄水施設の設備を眺めていると、熱斗がきょろきょろする内に何かを見つけ渡の肩を叩き、小声で話し始める。
「あいつ、さっき言ってたオフィシャルネットバトラーだ」
「あいつって、あそこにいる赤い服の男の子ですか?」
(おー、生炎山! でも正直、積極的に関わり合いになりたくはないなあ。一緒に遊ぶってキャラやないし)
「そう。あいつ、オレとそんな歳変わらないくせに、オレのことガキとか言ったんだ」
指差した先には、卵の殻を被ったような髪型の少年。
熱斗は水道局1階で、その少年が"オフィシャルネットバトラーの
「オフィシャルネットバトラーは中卒以上が採用条件ですから、飛び級生ということでしょうか。学年が違うからといって、そういうことを言っていいわけではありませんが」
「ウソ! 飛び級!?」
熱斗が大声を上げると、周囲の大人と、その炎山本人も何事かとこちらを見た。炎山は、熱斗のことなど覚えていないのか、すぐに浄水設備に視線を戻した。
熱斗は赤面しつつも、
「あんなヤなヤツが飛び級……」
と、どこか納得行かないようだった。
その後、部屋の様子を一通り見た渡と熱斗は、ドアから出て来た道を戻り始めた。
エレベータが見えた辺りで、不意に渡が、
「熱斗くん、ちょっとこっちへ」
と言って、熱斗をトイレの個室に連れ込み、鍵をかけた。
不思議がる熱斗をよそに、渡は問いかける。
「どう思います?」
「どうって、何が?」
「氷川さんの話のことじゃない? 確かに、単なるバグなら、オフィシャルネットバトラーが調べに来るのは何か引っかかるよね。それにほら、水以外の飲み物もなくなったのはやっぱりヘンだし」
「簡単に解決するような事件じゃない、ってことか……」
ロックマンの言葉に、熱斗が唸る。
(わざとらしい喋りになってへんやろか……全部知っとって知らんふりするのめんどくさいなほんま)
もどかしさを押し殺し、渡は頷いて話を進める。
「まとめると、理由はともかく、氷川さんは嘘をついてまで本当の原因を隠している可能性があるわけです。どうしますか?」
「話を聞いてもムダなら、ネットワークを調べるしかないよな……」
「ね、このままトイレに隠れて、12時を過ぎてみんながいなくなった頃に出ていけばいいんじゃない?」
「渦中のこの階は人の出入りも少なくありませんから、僕たちが残っていることを怪しまれることもないでしょう。いいと思います」
(というか、最初からそれが目的でトイレまで来たんやで。言わんけど)
「ん、それ乗った!」
蓋を閉めた洋式便器に二人で腰掛け、決議から待つこと数十分。正午を告げるチャイムがトイレの外から聞こえてきた。
「今日は土曜日、これでみんないなくなるはず。もうちょっと待ってから、水道のネットワークを調べに行こう!」
渡と熱斗は頷いた。