セキュリティ絶対突破するマン.EXE 作:エターナルマン.EXE
ほぼ渡一人だけ、地の文ばかりの説明回ですが、存外オマケ的な内容でもありません。
(200X年! 電脳世界は、アップグレードの炎に包まれた! ってかあ)
「あーあー……」
科学省HPからダウンロードした、ネットワークそのもののリリースノートをモニタ一面に表示し、気の抜けた声を出す渡。
(……ほな、やろかあ)
気だるげにコントローラーを手に取る様は、さながらゲームオーバーにされてやり直しを強要されるプレイヤーのようであった。
PETからベータを電脳世界に送り出す。渡のPCの電脳からリンクを踏んで、インターネットへと出ると、その景色は様変わりしていた。地形そのものから、数々のリンクの位置関係さえもが変化している。現実世界でいうと、山が谷に、北が南になるようなものであり、とんだ天変地異である。
その天変地異も、アップグレードの一端に過ぎない。渡にとってはむしろ些事である。
ベータを走らせ、ウイルスを探す。
ネットワーク全てを巻き込んだアップグレードは、天変地異の中でも、神によって引き起こされる大洪水に近い。初期化と再設定の波濤が隙間なく電脳世界を覆い、その過程で全てのウイルスは一度死滅する。
だが、人間によるリセットでは不完全だとでもいうのか、新生した電脳世界には単純で低レベルなウイルスがあらゆる場所で自然発生し、電脳世界の持つ性質やウイルス同士の競争といった要因で変化・進化を繰り返す。
すると、人為的にウイルスを培養するまでもなく、1日もあれば以前までとそう変わらない生態系が出来上がる。
もちろんアップグレードの影響も小さくなく、それまでとそれからで発生するウイルスの種類が変わるのはよくあること、一部の種類のウイルスがその日で絶滅というのもよくあること。
電脳"世界"とはよく言ったものである。
アップグレード当日たる今日でも、メットールが1匹、あっさり見つかった。小さく丸っこい、愛嬌さえあるウイルス。最弱のウイルスとして知られ、小学校の教材にも用いられる。
メットールはベータを前にして敵意を表した。ツルハシを振り上げてジャンプし、地面に叩きつける。ゆっくりとした衝撃波が地を這う。ベータはそれを避けずに受け止めた。
Dアーマーをインストールしている今、ダメージは無いに等しい――というのは、昨日までの話。直撃を受けたベータは、爆弾でも爆発したかのように吹っ飛ばされ、無様に地面の上を転がった。
にも拘らず、渡に驚きの色はない。黙々とチップデータを送信する。
(被ダメ検証よし。パラディンソード!)
立て直したベータが、のろのろと再度ツルハシを振り上げるメットールに接近。右腕を最強の大剣に変え、これまでと変わらない鋭い踏み込みから、冴えた太刀筋で振り抜く。今までならメットールが5回死ねるコースである。
剣はシャープペンシルの芯のように折れた。断面から順に、溶けて流れるように粒子に還元されていく。メットールへのダメージはほとんどなかった。
(旧チップ検証よし。次)
ベータがメットールの周辺を走り回る。直進するだけの衝撃波では捉えられず、目を回しそうになりながらいたちごっこを余儀なくされるメットールに向かって、ベータが
無反動の軽い一射がメットールのメットを打ち、その背後の誰もいない空間で誘爆が起きる。間髪入れずに2発目が撃ち込まれ、メットールは消滅した。
(いつも通りやな)
ベータはくるりと反転し、一目散に渡のPCのある方へ逃げていった。
これをウラの狩人だと言っても、誰も信じないであろうという程の、気持ちのいい逃げっぷりであった。
……
「ふう」
PETに戻ったベータの修復が開始されるのを見て、ため息をつく。
この流れは、渡がベータを手にしてから、ネットワークの仕組みがアップグレードされる度に幾度も繰り返されたことだった。
ネットワークに合わせてアップグレードしないことで幽霊体質を守っているベータは、相対的に性能が低下し続けるという体質を持っていると言い換えてもよい身の上。
技術者に金を積んで基礎性能を上げることはできる。思い通りに体を動かす膂力、立ち回り逃げ切る機動性・推進力、バトルチップを100%の性能でロードするのになくてはならない基礎出力。
これらに関しては、世に言う高性能ナビの基準をなんとかクリアできるだけのものが、金に糸目をつけなければ、いつでも揃う。
だから、パラディンソードが折れたのはベータのせいではない。
チップデータはナビの出力で電脳世界上にロードされ、電脳世界のバックアップを受けて効果を発揮する。この理屈は、ナビが種を植え、電脳世界が水をやるようなもの、と例えられる。ナビの出力が低い、つまり種が小さいと、充分な水があっても大きく育たない。
また、古いバージョンのチップは新たな電脳世界において基本的に効果が低下し、無理に使用すると使用したナビ自身が危険な不具合に晒される恐れがあるため、バックアップ自体を打ち切られている。
水やりをしないのであれば、種から芽は出ない。そういう原理で、パラディンソードはハリボテに成り下がったのだった。
新たな電脳世界に適合していない古いバージョンのチップが使用不可であるというのは、科学省やオフィシャル、各所のバトルチップ販売店が毎度知らせていることで、もはや市民の常識。
下取りや新バージョンとの交換などサービスも手厚く、目くじらを立てる者はほとんどいない。
チップに関しては、ただ試しただけで、渡にとっても問題というほどのことではなかった。
真の問題は、最弱のメットールに吹き飛ばされたこと。
自身の存在を維持し、傷つけさせない防御力だけは、他の点のようにはいかないのである。
ネットナビは常時、電脳世界そのものからのバックアップによって、電脳世界上に存在することを保証される身である。バージョンが異なるほど、電脳世界の加護を失っていく。
そこにナビ自身の性能を加えて、総合的な防御力となる。
つまり、防御力に限っては、ネットナビの純粋な性能だけでなく、バージョンも関わってくるのである。
ベータの場合、バージョンの乖離はネットワークのアップグレードが行われる度に進み、アップグレードしないことによる他のナビとの相対的な性能低下もまた進んでいく。
金を積んで解決できるのはナビ自身の性能のみ。よって、ベータの総合的な防御力は、電脳世界とのバージョン差が開くほどに低下し続ける。
そのような事情があるので、かつてベータに太刀を浴びせたブルースが"脆い"と感じたのも、当然のことだった。
ベータの運用が今日で限界になると断じた二階堂から渡の手に渡った、Dアーマーというイレギュラーな鎧も、新たなネットワークには対応しておらず、たった1日で芯まで錆だらけになったようなものだった。
もしかしたらと期待していた渡だったが、もはや有用性はない。
「ハードモードって感じになってきたなあ」
「……?」
呟いた渡を、国語の教科書を読んでいたアイリスがPETの中から見上げた。
アイリスのようなオペレーターを持たないナビであっても、電脳世界にいる場合、いつでもどこでも自動的なアップグレードを受けられる。
ベータと同じ理由で性能が低下してウイルスから逃げられなくなったりしないのには、そういうからくりがあった。
「ああ、いや、なんでもありませんよ。どうぞ、続けて」
「……」
笑顔を作って軽く手を振ると、アイリスはまた教科書に目を落とす。
円滑なコミュニケーションは、まだ遠い。渡は椅子を半回転させて、その前のベッドに倒れ込んだ。
(100%当たらん自信があっても、また絶対に負けられん戦いになった時、それは油断にも焦りにもなり得る。"2"の時点でこんなに苦労するのは想定外やったなあ……なんか手はないやろか)
可能性があるとすれば、やはりDアーマーだろう。渡はそう考えていた。
ベッドの上で二度三度と転がるうち、ポールハンガーにかけられた銀一色のペンダントが目に入った。
ロケットが吊り下がっているそれは、以前クリームランドへ行って帰ってきた後に郵送――わざわざ局留めで――されてきたものである。
ロケットの中には、二人きりの会食の終わり際に押し切られて撮らされた、プライドとのツーショット写真が収められている。
ニホンに来てから身につけたことはないが、今それが、渡に閃きを与えた。
(勇者呼ばわりするんやったら、旅支度をしてもらわんとな)
2に向けての準備回にして、2までのインターバルの終わりです。結構長かった。
アイリスとの会話形式にしようかとも考えましたが、まだ早いと思ってやめました。次の育成回をお待ち下さい。
エアーマンが死んだ頃にやると思います。
チップ関連で妙な話が出ていますが、これは「4」のモブナビが使うチップの威力が低いことの理由付けです。キャノンが10ダメージで、しかも瞬間着弾じゃないというやつですね。
逆にロックマン含めネームドは誰が使っても同じ威力なので、上限はあるということにしました。ユニゾンやフルシンクロ等が絡むと事情が変わりますが、それはまた別の問題ということで。
この話に出てくる設定に無理を感じた場合、どんどん指摘して下さい。自分でも悩んでいるので……