セキュリティ絶対突破するマン.EXE   作:エターナルマン.EXE

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 誤字報告ありがとうございます。
 元栓だから開け"締め"かな? と思っていたんですが、開け"閉め"が正しいんですね。


30話 鑑定と感謝

 風吹アラシの逮捕と時を同じくして、浴室の換気扇はロックマンによって正常化された。後で逮捕について聞いた渡は、"人が死なないに越したことはない"と静かに息をついていた。

 やいとは軽症と判断されたが一旦病院まで搬送された。その後すぐに意識を取り戻し、検査だけしてそのまま帰されたという連絡がグライドからあったのは、夕方頃のことだった。

 事件が終わった直後は誰しもやいとが心配で、遊ぶような気分ではなく、その日は解散となった。渡は駅に向かう途中までデカオについていき、大山宅の鍵を開けた。

 

 デカオと別れ、メトロに乗車して向かった先は、コートシティではなくデンサンタウン。まだ日は高いので、ついでにもう一つ用事を済ませておこうという考えだった。

 渡がデンサンタウンで行く場所といえば、飲食店とゲームセンター、そして夜間を含む外出のダミー行き先になりがちな骨董品屋である。

 

「こんにちは」

「いらっしゃい……?」

 

 今日も客がいないな、と視線を左右に動かしながら近付く渡を見て、みゆきが小首をかしげた。渡自身とその周囲に見える魂の数が違っていたからだ。

 

「……あなた、ナビを増やしたの?」

「今日はそのことで来ました」

 

 鞄に手を突っ込み、黒のごついPETを取り出し、開いてカウンターに置く。画面が点灯すれば、木の椅子に座って本を読んでいるアイリスの姿が映し出された。アイリスは、2人の会話は聞こえてこそいるが、関心は持っていないようだった。

 

「このナビの魂は黒井さんから見てどうなのかな、と……」

 

 みゆきが画面を覗くと、それに気付いたアイリスも開いた本を膝の上に置き、少しだけ首を動かして、画面の外――みゆきを横目に見る。

 互いに表情はないが、アイリスは黒井が何者かも知らなければ、今何をしているのかもわかっていない分、ぼーっとして見えた。

 

「……」

「……?」

 

 目が合ったまま、二人の時間だけが止まったかのようになった。数秒すると、アイリスは再び本を手に取って、そこに目を落とした。みゆきも顔を上げ、感じたままを渡に伝える。

 

「……起きているけれど、目覚めていない……スカルマンやベータに似ているように見えて、でも、確かに違う……不思議なナビね」

「それだけですか? 魂が半分になってたりとかはしませんか?」

 

 渡の発した"半分"という言葉が耳に入り、ページをめくろうとしたアイリスの手が一瞬止まった。

 

「半分に?」

 

 みゆきは再びPETを見る。先ほども、そして今も、半分になった魂などそこには見えなかった。どういうことだろうと疑問に思いつつ、今度も見えたままを伝える。

 

「……いいえ、そんなことはないけれど……?」

「そうですか。それはよかった」

(もしそうならどうにかカーネルに戻した方が良さそうやったけど、ちゃうなら別にええかな)

 

 渡は、アイリスがカーネルから分かたれたデータをベースに作られた存在である、という点に引っかかりを覚えていた。アイリスがどうあるべきか、カーネルの一部分に戻ることこそがそうではないのか、という考えも持っていた。

 みゆきにアイリスを見せに来たのは、アイリスにとってのベストを模索する過程の一環としての確認だった。カーネルに戻った際のリスクを考えずに済むことなどを思い、渡は人知れずほっとした。

 

「……ベータからナビを換えるの?」

「いえ、一時的に預かってるんです。本当は人に見せてはいけないナビなので、このことも内緒にして下さい。事後承諾で申し訳ありませんが……」

 

 PETを畳んで片付けながら頼むと、みゆきは目を細めた。

 

「そう……秘密、なのね」

(……?)

 

 普段、渡によってここを行き先のダミーにされる時などは、みゆきに詳しく説明されることはなかった。より具体的な秘密を共有するという体験を通して、みゆきは胸に温かいものを感じていた。

 渡はその表情の意味はわからなかったが、とりあえず悪いことにはならないだろうと思い、何も言わなかった。いつもどおり周囲の骨董品に目もくれない様子に、もう帰るのだろうか、とみゆきは思った。

 

「今日の用事はそれだけかしら……?」

「はい。すみません、冷やかしみたいになって」

 

 まともに買い物をした覚えがない渡は、多少申し訳無さそうな顔をして、軽く頭を下げた。

 

「構わないわ……友達と会うのに、特別な用事なんて必要ないでしょう?」

「あ……」

 

 気を遣うでもなく当たり前のようにみゆきが言うと、渡は不意をつかれて頬をかく。

 

「そうですね。それじゃあ、また」

「ええ。また……ね」

 

 みゆきに見送られて、渡は店を後にした。

 

 

……

 

 

「友達……って、なに?」

 

 家族での夕食後、ひと風呂浴びて自室に戻った渡は、PETからアイリスの声を聞いた。デスクまで歩き、PETを手に取って、ベッドに寝転んだ。

 渡に保護されて以降、度々耳にする単語。渡に与えられた絵本や教科書でも、何度も読んだ。"優しさ"と同様、辞書通りの意味はインプットされていても、感覚として掴むことができない言葉だった。

 

「一緒に遊んだり、誰かが困った時は助け合う関係、でしょうか。例えば、僕と光くんや大山くん、綾小路さんや桜井さんが友達ですね」

「"困った"……?」

「苦しいとか悲しいとか……そう、ちょうど、今日の昼過ぎにありましたね。綾小路さんがお風呂から出られなくなって、僕たちで助けに行ったのも、友達としての行動です」

 

 アラシの起こした事件の最中、アイリスのPETは鞄の中だったが、会話は聞こえていた。

 大きな声が何度も聞こえたり、不穏当な単語が出たり、聞こえてくる様子が日常と離れていたのは確かだが、アイリスは自分でも理由がわからないまま、外の様子を気にしていた。

 

「……ガスは、危ないわ……なのに、どうして行ったの?」

「もし自分が綾小路さんの立場だったら、助けて欲しかったはずだからです」

「……?」

 

 アイリスはわずかに首を傾げた……ように、渡には見えた。

 

「えーっと……」

 

 切り口を変えようと、声を出しながら考える。

 

「アイリスさんは、僕たちがガスだらけの家の中に入ってまで綾小路さんを助けようとした時、どんな感じがしましたか?」

「……」

 

 アイリスは、何を言えばわからないといった様子で目を伏せ、考える。

 

 外の様子が気になった理由は、自分でもわからなかった。わからなかったが、漠然とした嫌な感じがあってのことなのは確かだった。

 その嫌な感じが最初にしたのは、やいとが風呂から出てこないという話を聞いた時だった。渡たちがやいとを助けると決めた時やそれを実行した時に、更に大きくなっていったことも、アイリスは思い出した。

 

「……あなたが行った時、いやな……感じがした」

「仮に僕が行かなかったら、その感じはしたと思いますか?」

「……しなかった、かもしれない……けど……」

 

 目を伏せたまま、自信がなさそうに答えたアイリスに対し、渡は頷く。

 

「誰かが危ない目に遭うと、嫌な感じがする。それはきっと、心配していたんでしょう」

「"心配"……」

「そう、心配。綾小路さんの家に入る前、綾小路さんがお風呂から出てこないという話を聞いた時、同じ感じがしませんでしたか?」

 

 アイリスが僅かに顔を上げる。

 

「……した。と思う」

 

 今度の返答には、もう少しだけ力が籠もっていた。

 

「それも、心配です。僕たちも綾小路さんを心配していました。心配するというのは、危険な目に遭ってほしくないという気持ちです。それが嫌だから、助けに行ったんです」

 

 友達が危ないから助けに行く。当たり前のように語る渡の言い分を、アイリスは理解できない。

 

「……あなたたちは……どうして助けに行ったの? 行けば、自分も危ないのに……」

「そこまで来ると、もう理屈ではありませんね。そうしたいと感じたからそうする、というだけです」

 

 渡が苦笑すると、アイリスは何度か瞬きした。そうそう、と渡が付け足す。

 

「心配する、助ける。こういった気持ちや行動も、"優しさ"なんですよ」

「……自分が傷つくことも、"優しさ"なの……?」

 

 それは不合理ではないか、と問うアイリスに対し、渡は大きく頷く。

 

「ええ。誰かが困った時に嫌だと感じられること。その人を助けたいと思えること。優しさとは、自分がどうというものではなく、他者に向けるものです」

「……」

「もちろん、闇雲に自分が傷つくようなことをしてはいけませんが……」

 

 アイリスが動かなくなった。返事をするでも本を読み始めるでもなく固まった姿を見て、渡は首を傾げる。

 

「アイリスさん?」

 

 目を合わせないまま、アイリスが小さく口を開く。

 

「……"ありがとう"……」

「!?」

 

 渡は、驚きで口から空気が漏れそうになるのを喉で押し留めた。

 

「……何かして貰った時、この言葉を使うって……読んだから」

 

 アイリスは、本に書いてあった通りにしただけのつもりだったが、また、自分の中の何かがざわつくのを感じた。だが、決して昼のような嫌な感じではなかった。

 

(なんや、来るもんがあるよなあ。明日からも頑張ろって気持ちになるわ)

 

 驚きが抜けていくにつれ、渡は、アイリスに教えてきたことへの手応えを感じ始めていた。PETのじっと画面を見つめ、言っておこうと口を開く。

 

「こちらこそ、ありがとうございます」

「……」

 

 感謝の言葉に、アイリスは何もリアクションを返さなかったが、渡はそれでよかった。

 

 その日にアイリスが話したのはこれきりで、渡は寝るまでの間に何度か様子を見たが、ずっと読書に没頭していた。

 文章の中に"友達"という言葉が出てくる度に、アイリスは何度もページを捲ったり戻したりして、読み込んでいるのだったた。




 犯人としてはネットバトルに応じず逃げるのが正着のはずなので、アラシが犯人としてネットバトルを何度もしてきたというような記述はおかしいということに気付きました。29話の記述を修正しました。
 話の流れは変わりません。
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