セキュリティ絶対突破するマン.EXE 作:エターナルマン.EXE
熱斗との通話が切れて以降も、渡は頬杖をついてモニタをぼーっと見ていた。デスクの上で開封されたスナック菓子を噛み砕く音を押しのけるようにして、広大なアジーナスクエア一帯でナビたちによって行われる種々の活動の雑音が、有線イヤホンを通して両耳に届いていた。
ことが始まっていないうちに頼んだ荷物が来てくれないかと何度も思っては、それに頼らずにやり果すんだろうと小さくかぶりを振った。
水分の取りすぎと緊張で度々トイレに立ち、バタバタと戻ってきては、何事もないアジーナスクエアを見てため息をついた。
ふと、アジーナスクエアに黒い風が吹き抜けた。多くのナビやそのオペレーターには、そのように見えていた。そこに別のものを見た渡だけが、跳ねるようにしてデスクの上のコントローラーを押し取り、ベータが黒い風を追いかけた。
黒い風を見たナビたちはデリートされるか、悲鳴を上げるかした。悲鳴を聞けば、心得のある者はプラグアウトし、向こう見ずな者は風を掴もうとして、その風に切り裂かれた。
どちらでもない多くの者は、わけもわからず、タンポポの綿毛のように吹き散らされる順番を待つ形になっていた。実際には逃げ散っていたのだが、風の速さに比べれば止まっているのとそう変わらなかった。
5、10、15……どこか新天地にたどり着くわけでもない綿毛たちが、ジャンクデータになって宙を舞った。アジーナスクエアの空にそれが立ち上っていくにつれて、助けを求めて叫んだりオフィシャルを呼べと喚いたりする声の混沌も拡大していった。
さっと流れ、つむじを巻き、ある時は直角に折れ曲がる黒い風を、風より速く飛来した頭ほどの大きさの
ラビリング系は単なる電気属性攻撃チップではなく、ダメージを与えると同時に対象の運動を停止、一時的に制限する、麻痺効果を備えている。
捕らえられた黒い風――暗い紫色の忍者装束を着たナビ、シャドーマンと対峙し勝利するため、今の渡が必要と見込んだうちの1つだった。
刀を抜いたままの姿勢で硬直したシャドーマンの眼前で、うつ伏せに倒れたノーマルナビが逃げていき、途中で光の柱になって消えた。プラグアウトだった。
スプーンの先を口に入れようとしたその時に横から引ったくられてそうするように、麻痺の解けないシャドーマンの視線だけがすっと後ろを向いた。その先にはベータがいた。
姿は大きくなっていく。近付いている。右前腕を剣に変じさせ、剣先を自身の左肩の方へ運んだ。さらに近付いて来た。
突如、天井裏から不意打ちを仕掛けるようにして現れた別の黒い忍者風ナビ数体が、シャドーマンとベータの間に立った。その全員が、シャドーマンに指一本たりとも触れさせまいとも、そのためならデリートされようが構わないとも考えていた。
彼らはゴスペルの構成員のうち、シャドーマンに充てがわれた親衛隊であり、いずれも元々が戦闘のプロ。組織内での立ち位置でいえば、エアーマンやクイックマンとは一線を画する者たちだった。そのそれぞれが、味方ごと踏み潰す勢いで駆け出し、ベータに殺到した。
予め両腕から換装してある白刃たちが、ベータを狙う。ベータの剣と親衛隊たちの刃、それぞれの間合いが重なる直前、ウラの住人やオフィシャルが見ても正解だと断言するようなタイミングで、親衛隊たちが左右に分かれようとした。
(なまじっかチームワークがええから、揃いも揃って考えが甘いんやな)
ベータが光の剣を横一線に振るう。開いて真横から見た傘に近い形状のそれが、あっという間に伸び、広がろうとした親衛隊を全て薙ぎ払い、ジャンクデータとなって溶けるだけの千切れた人形に変えた。
かつて見たドリームウイルスのように広く遠くまで届く一閃を可能にするのが、この剣、バリアブルソードだった。
使い手の体幹や腕の重心移動、振るう方向やその時の各関節の開閉度合いを敏感に感じ取り、技を認めて自らその姿を変えるその様は、"変幻自在のテクニカルソード"とも謳われる。
ただのソードと同じように使っても高い威力を発揮するというハイエンドチップだが、電脳世界の剣の道を行くならばと決意した者、剣が持つかつてない性質にロマンを見出した者、そして、絶対に使いこなして勝利するという意志を持つ者は、このチップの全てを引き出さんと修練する。
渡はそのうち3番目、威力と当てやすさを両立し得る強さ、コントロールさえできれば手に入る高い実用性に惹かれた者だった。
勿論、前世と今生では使い方は全く異なる。それでも、前世で一度は修めた技。この先戦い抜くならば、この程度できなければ話にならないと、既にウイルス相手の実戦の中でマスターしていた。
振り抜いた剣が役目を終えて消え、
ベータに体ごと向き直り、構える。まだアジーナスクエアの混乱は続いており、徐々に遠ざかる悲鳴やそれに混じるプラグアウト音など届いていないかのように、2体のナビは静かに相対していた。
「おぬしがベータ……いや、七代渡と呼ぶべきか」
「おや、ご存知で」
「当然だ。危険な相手の情報は持って置かねば、闇の道を生きて歩くことはできぬ。大方、ここにいるのも偶然ではなかろう。WWWの起こした事件にも度々居合わせていた不自然さ、お館様や拙者には隠し通せん」
初対面かと思いきや、シャドーマンは渡のことを知っていた。ウォッチングされたりウラ掲示板で話のネタにされていることは渡自身承知だったが、さも有名人のように扱われてむず痒かった。
渡にとってはシャドーマンの方こそ有名人なので、余計にそう感じた。頭をかこうとして、その間に何が飛んでくるかわかったものではないと思い直してやめた。
ナビを散々デリートしたさっきの今、真面目な話のように――本人としてはそうだ――芝居がかった言い回しをするもので、渡は毒気を抜かれたような気になった。
(なんかもう色々と大げさやな。そのくらいの感覚やないとやっとれへんのやろか。まあ全部偶然じゃないのは事実なんやけどな)
「偶然ですよ。少なくとも、偶然でないという証拠は出せないでしょう」
コントローラーを握る手は緩めず、心中で舌を出して、渡は表面上の事実で返した。
「ふん……ならば、逃げないだけの理由はどこにある?」
「僕にだって、人並みの正義感はあります。あとはちょっぴりの欲望、でしょうか」
「……この状況で、お館様へ依頼しようというのか?」
「おお、話が早いですね。まあ、とりあえず前金をどうぞ」
ベータが一時ストレージから
「……これほどの額を払ってまで、一体何を求める? よもや、退けとは言うまいな。金で雇われはするが、金で裏切りはせぬぞ」
「そうではなくて。僕もそろそろ、盗賊として割り切ろうと思いましてね」
マスクと手裏剣型の額当てに挟まれたシャドーマンの双眸は揺れず、読み取るべき表情はなかった。それでも構わずに続けるベータが、"盗賊"のところでエアクオーツを作って強調した。わざわざこのためにキーボードのキーを動作に割り当ててあった。
「これから実力行使するので、勝ったら弟子にして下さい」
「抜かせ、小童」
言ってその場で刀を振るうと見せかけ、シャドーマンが垂直跳躍。見上げる視線が追いつかないスピードで高度を確保し、真上から一抱えほどの大きさの手裏剣を生成して投げ下ろした。
リリースから着弾までの間に、ベータが左腕を丸みを帯びた砲身に変え、無反動で何かを撃ち出す。受け止めたシャドーマンの前腕の甲で、大小無数の泡が文字通り炸裂し、その視界を洗濯桶に変えた。
ショットガンと同じ最速級の弾速、ショットガンと同じ誘爆性能、ショットガンより1ランク上の威力、そして水属性。バトルチップ、バブルショットだった。
反動がなく、弾速が手裏剣よりずっと速いため、ほぼ同時に攻撃したシャドーマンは泡を被ったが、ベータは横に2歩ずれて手裏剣を躱せた。狙いは正確で、反応が遅れればベータの脳天に突き刺さるはずのコースだった。
バリアの保険こそあるが、それも貴重なもの。ツッ、と渡が歯の間から空気を押し出した。
飛び上がるのが速ければ、着地も速いのか、ベータのすぐ目の前にシャドーマンが現れた。砲口をコイルに変えてラビリング2を直撃させると、そのシャドーマンはふっと消えた。
消えたシャドーマンの足元から、くるぶし程の高さの草むらが広がり、その波があっという間にベータのいるところも抜けて行く。
(分身か――っ!?)
「バクエン!」
消えたその後ろにいたもう一人のシャドーマンが見得のような構えを取ると、その足元から爆炎の花が咲き、地を這い進んでベータを目指していった。一見青々と生きている草を爆炎は容易く飲み込み、火力を増して迫る。
電脳世界では基本的に植物は燃えるものと定まっており、それを利用した戦法がこうして存在する。そのためのバトルチップが、草むらを広く展開するクサムラステージや、限定的な範囲に地形変化を起こすクサムララインだった。
金太郎飴か何かのように続けてシャドーマンが現れたのに驚いたのもほんの一瞬のこと、渡はすぐ状況を飲み込み、コントローラーを動かした。
(多分これもやな)
2人目のシャドーマンも真っ向からベータがバスターで貫けばふっと消え、手裏剣に比べればなんとも鈍い爆発の波を悠々躱した。躱したからといって安全というわけではなく、本物のシャドーマンのことを、渡は忘れていない。
(そんで、ここで後ろなんやろ)
回避運動した先から、野球でボールを打つバットよろしく正面衝突するように刀が迫っており、まんまとベータを斬りつけた。降りてきていた、本物のシャドーマンの一太刀だった。
ベータが纏った青い球が身代わりとなって消え、その内側から炎が噴出した。炎は急速に広がってシャドーマンの目をくらまし、全身を包んで焼いた。回避しながら発動したバーニングボディだ。
「ムゥッ!」
(読み読みやで)
たまらず呻いて怯んだところへ、振り向きざまにバスターをチャージし、構えて撃つ。立ち直ったシャドーマンが刀を振るえば、躱して脇から2発3発と通常射撃。
(はよ降参してくれ、ミスりたくない)
焦りとは裏腹に渡のミスもないまま攻防は続く。攻防とはいっても、ベータは全ての攻撃をバリアと回避で対処し切り、シャドーマンだけが傷を負っていった。シャドーマンは格下のナビたちを素早くデリートして回るためのセッティングだったが、ベータに対しては自慢のスピードでも攻め切れなかった。
「おっと」
そうしてある時、ベータが攻撃を躱した後、わざとらしく背中を晒した。
(またバーニングボディか?)
「シャドーマン、もうよい……」
無防備さを罠と見たシャドーマンはチップデータ転送や指示を待ったが、オペレーターの若い男が交戦停止を言い渡した。
「お館様?」
「アドレスを渡してやれ。これ以上続けても何も得られん」
この主従も、強敵と戦うことを楽しみとする部分はある。しかし彼らはあくまで傭兵で、今は作戦の遂行途中。ゴスペルから貸し出された部下は全滅し、交戦してみれば旗色はベータ一色。
攻めきることを諦めてとことん時間をかけて渡の体力を奪う方法が残っているが、成功する保証もなければ、実行した場合は自身も体力を失い、そこをアジーナオフィシャルに囲まれることは必至。
ゴスペルの依頼を成功させることはもはや不可能で、退くことを決断するべき時だった。シャドーマンもそれを理解し、足を止めて刀を納めた。
「承知。そら、受け取るがよい」
シャドーマンがカード型のデータを手裏剣のように鋭く速く投げて寄越す。振り向いたベータがそれを体で受け止めると、HPがわずかに減った。
また、その左腕はラビリング2のチップデータでコイルに変化していた。バーニングボディを警戒したシャドーマンが射撃攻撃で対応することを読んでの選択で、これを当ててバリアブルソードで一突きするつもりだった。
シャドーマンに戦闘の意思がなさそうだと判断し、渡は武装解除した。落ちたカードを拾い、貴重な殺し屋とのコネを大事にベータの一時ストレージへ仕舞った。
「今ので傷を? ……今回のアップグレードも適用しておらなんだか。聞きしに勝る、β版ネットナビへの入れあげ振りだな」
「お褒めの言葉と受け取っておきます、師匠」
「……クク」
"師匠"をエアクオーツで強調すると、ミヤビは愉快そうに喉を鳴らした。
「シャドーマン、プラグアウトだ。雇い主に詫び状の準備をするぞ」
「御意!」
シャドーマンとベータが光の柱となって消えた。アジーナスクエアの恐慌はまだ終わっておらず、ようやく三々五々のプラグアウトでナビが目に見えて減り始めたところだった。
通報を受けて数分後にやってきたオフィシャルのナビたちが見たのは、避難が進んだ結果被害者も加害者もなくなった、がらんどうだった。
29話謎アンケートは
し:師匠になってもらう
や:雇って戦わせる
でした。
①シャドーマン襲撃の謎
結果としてアジーナが壊滅という話になっていますが、襲われたのはアジーナスクエアであって、現実のアジーナとか、ニホンのようなマザーコンピューターがどうこうみたいな話は出てきていません。
王様のナビを暗殺したことをもって壊滅したと取ることもできますが、王様は取り巻きがやられる前に「この国が壊滅させられるとは」と発言しており、壊滅の定義に王様は関係ないようです。
なので、アジーナスクエアは政府直営の大規模スクエアで、経済活動その他の規模もまた無視できないものであり、アジーナスクエアの機能停止とナビの一斉デリートによって請けた被害は甚大すなわち壊滅的と表現可能だった、と一旦解釈しました。
本当にアジーナという国が立ち行かなくなったわけではない(アジーナスクエアやアジーナエリアは消滅していないし、後の作品でもアジーナはけろっとしている)のは確かなので。
本文中でこの辺に触れていないのは、重要でもなければ後に続く設定でもないからです。時系列関連でも曜日とか考えると頭が痛くなるので、たまにぼかしています。基本的に設定はバシっと決めたいのですが、情報がなさすぎて決まらないとこういうこともあります。
戦闘シーンは具体的なHPを考えないようにしているのと展開が思いつかないのとで毎度中略しています。
②ミヤビはどこの人?
公式で国籍不明です。その設定のために服のデザインまで間違った和装にされています(オコワより)。
「2」では度々ロックマンが翻訳システムを起動しますが、シャドーマンに対してはしていないため、少なくともニホン語は堪能である可能性があります。ニホン人かどうかはさておき。
「5」では普段はどこかの里にいるというような話をしていたり、現実世界のミヤビがドロンと煙を出して消えたり、ますます日本の忍者っぽいのですが、それでもニホン人という証拠にはなりません。
ミヤビの話というわけではありませんが、エグゼ世界のニホンは世界の中心と言っていい国なので、我々の世界でいう英語に相当するのがニホン語である、と解釈しています。後の作品で出てくるキャラもだいたい普通に喋ってるはずですし。
渡はスルーしていますが、実は会食(X6~X6+1話)の時もプライドはニホン語を話していました。