セキュリティ絶対突破するマン.EXE   作:エターナルマン.EXE

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 これでもかという程の説明回です。


37話 餅のレシピ

 教えることが決まった後、シャドーマンとベータは、手近にあったU字通路の片端まで移動していた。なにもない幅数メートルの空間を挟んだ向こうにもう一本の道が見えていて、シャドーマンはそのなにもない空間に向かって立っていた。

 

 シャドーマンはまず、そのなにもない空間と道の境目、見えない壁をノックした。そこには確かに壁があった。その上で、助走もつけずに軽くひと跳びすると、なにもない空間を越えて、向こうの道へ着地した。そして、同じようにして戻ってきて見せた。

 

「これが、おぬしの言う”空を飛ぶ方法”。我々が壁跨ぎと呼ぶものだが、これは理屈が分かっていればできるというものではない」

「でしょうね。もしそうならやってるナビはもっと多いはずですし。何が必要なんですか?」

「金だ」

「えっ」

「更に言えば、ベータにやらせるには金で解決せん可能性がある」

 

 予想外の回答に言葉もない渡に、シャドーマンは追い打ちをかけるように補足した。できる保証がないとは思っていた渡だが、望み薄と分かって、やや体の力が抜けるようだった。

 

「結論から入ってみたが、そもそも吹けば飛ぶようなβ版ネットナビのことなど考慮しかねるというのが実のところ。最終的におぬしがやってみなければ、どうなるか分からん」

「まずは知らないと始まりませんし、講義をお願いします」

「いいだろう。早速質問だが、先程の往復を見てどう思った?」

「どう、とは?」

「率直な感想でいい。言ってみろ」

(回答の自由がありすぎると何答えてええか分からんって話なんやけど)

 

 渡は、左の手のひらを右手の指で数回弾きながら考えた。一応の答えは思いついたが、その表情には冴えや閃きといったものはなかった。

 

「随分簡単そうに飛ぶなあ、と思いました」

 

 そう答えた渡自身、恐らく期待されている内容ではないだろうと感じていた。だが、シャドーマンはその言葉に対して確かに頷いた。

 

「簡単なこと、楽なことに見える。それでいて実際は困難。つまり、直感に反しているわけだ」

「ああー……なるほど。直感に反するようなルールの中で飛んでるんですね」

 

 シャドーマンの返しに、渡は素直に感心していた。

 

「壁跨ぎではそこに壁がないかのように移動するが、本当に壁がなくなっているわけではない。壁は確かにあり、しかしその中を移動する。それでいて、壁を破壊するわけではない」

「これがドリルで掘りながらとかなら直感に反してませんでしたね」

「実際にそういうアプローチもある。だが、それでは飛んでいるとは言えんだろう?」

「違いないですね」

「では、本題だ。これを見ろ」

 

 シャドーマンの横に、長方形の画面が出現した。画面には、簡略化された線一本の地面と、右端には真っ直ぐ縦に流れ落ちる滝が表示されていた。

 左の画面外から紙飛行機が右に向かって飛んでいき、滝の表面に触れた途端、くしゃくしゃに形を失って墜落した。

 

「紙飛行機がナビ、滝が壁ってことですよね」

「無論、厳密に壁と滝の性質が同じというわけではないが、そうだ。滝はその流れの力で内部への進入を阻む。しかも、この滝は滝口や流身を塞ぐことはできん。では、軟い紙飛行機が滝の中へ入るにはどうすればよいか。分かるか?」

「……本物の紙飛行機なら無理ですけど、全体を金属でコーティングして、飛ばすスピードをものすごく速くするとか?」

「正解だ」

 

 もう一つ、黒くていかにも素材が違いそうな紙飛行機が飛び出した。見やすさを損なわないためか画面上での速さはさほど変わらないが、先端に衝撃波のようなものがあり、いかにも速そうに見える。

 黒い紙飛行機が滝に近づくと、画面が右方向へスクロールし、滝の向こう側が見えた。黒い紙飛行機は滝を通過し、そのまま右の画面外まで飛んでいった。

 

「え、これで終わりなんですか!?」

「そうだ。後は紙飛行機をナビに置き換えて考えればよい」

「えー……」

 

 机に肘をつき、顎に手を添えて頭を支える格好で、渡は息を吐いた。

 

(置き換えるっても……あ、シャドーマンは別に猛スピードって程でもなかったから、そのまんまではないんか。純粋に向こうまで跳べるだけのジャンプ力だけやったから、代わりのもんが何か要る。代わりの……力? いや――)

「――エネルギー。鉄の鎧を着てロケットエンジンを吹かしたようなエネルギーをナビの体に持たせる。そんな感じじゃないですか?」

 

 この答えにも、シャドーマンは頷いた。

 

「正解だ。適切な形と量のエネルギーを纏って移動することで、壁がないかのように振る舞うことができる。そして、そのエネルギーはナビが負担するのだ。十分な出力を持たなければ、壁跨ぎはできん。故に、条件を満たすだけのカスタマイズにも相応の金をかけなければならん。ひとかどの専門家であれば話は別だが、おぬしはそうではない」

「お金の話まで戻ってきましたね。それで、ベータには無理かもしれないというのは?」

「では訊くが、お前に鉄の鎧を着せて後ろにロケットエンジン取り付けたとして、無事に済むのか?」

「あっ」

 

 これまでの文脈とは異なる比喩だったが、他ならぬベータのオペレータである渡だからこそ、それが何を意味するか、すぐに理解できた。

 

「……電脳世界に守られてないベータでは、そのエネルギーに耐えられずにぐちゃぐちゃになると」

「あくまで予想だがな。しかし、よしんばそれでナビがデリートされなかったとしても、ひとたび壁の中で制御不能になれば、最早自力では抜け出せんぞ。壁の中を落ちてPETとの繋がりを失う前にプラグアウトするしかない」

「壁の中なのに落ちるんですね」

「滝の中で無防備になれば押し流されるのみよ」

 

 渡はさらに十数秒は考えたが、手立てを思いつけなかった。頭の中でいくつもの紙飛行機がふやけて千切れ飛んでいた。

 

(絵に描いた餅……って程やないけど。餅食いたいのにレシピしかないって感じやな)

 

 今悩んでも仕方がないと頭を振り、考えを切り替えた。すると、新たな疑問が浮かんできた。

 

「どうするかは自分で考えてみます。あといくつか質問というか感想に近いんですが、お訊きしても?」

「言ってみろ」

「壁ってもうちょっと絶対的な進入不可領域というか、空間自体がないようなものだと思ってました。力技で通れるものなんですね」

「ああ、そんなことか。考えてもみろ」

 

 シャドーマンは向こう側の道を指差し、ベータの方を向いた。

 

「こちらからあちらが見えるには、あちらの景色がこちらの目まで伝わって来なければならんだろう」

「あっ、そっか。少なくとも視覚の通り道にはなってますね。普通に歩いて通れないだけで、情報の行き来している空間であると。もう1つ、壁の力ってどこでも同じなんですか? もしそうなら出力さえ足りてれば誰でもできそうですけど」

「そうだ、壁の力は場所ごとに異なる。事実、力が極端に弱い場所であれば、特別な工夫のないナビでも越えられる場合もある。だが、場所の問題だけではない。力の強さは一定ではなく、常に変化し続けている。先程言った通り、エネルギーの形や量は壁に対して合わせなければならん。そのためのプログラムを手に入れるのにもまた金がかかる」

 

 ではそのプログラムをどこで買うのか、いくらかかるのか、金さえあればすぐに手に入るのか、そうではなく他の条件があるのか――などと、渡が何を質問しようか考え始めるより早く、シャドーマンが指を鳴らした。

 それを合図に、ベータの目の前、その目線の高さに、一抱えほどの箱が現れて、足元に落ちた。

 模様で飾らないただの板張りに、黒い鉄の縁取りに鋲打ちがあった。秘密箱とは異なり、大きめの錠前がこれ見よがしに取り付けられていた。

 

(はあ、千両箱。随分グレードが上がったな)

 

 背もたれに体を預け、肘掛けに頬杖をついて見ている渡の反応はそんなものだった。

 

「それがそうだ。といっても、結局はナビに合わせて組み込める形にしてやる必要があるが……この手のウラのツテの1つや2つ、自分で探せんようであれば、壁跨ぎを身につける資格はない」

「で、いくらですか?」

 

 売ってやるからここで買えと言うんだろう、と察した風でいた渡に、しかしシャドーマンは首を横に振った。

 

「教材費ということにしておいてやる」

「……あ、ありがとうございます」

(はした金ってことか。いや、前払いした金に比べて小さいってだけで、一般的には大金なんやろうけど。そうやとしてもなんか優しないか? いや、仕事に対して無駄に高い金は受け取らん主義とか、そう()うやつかね。えーと、鍵は後で開けてまう(しまう)として、とりあえず持って帰るか)

 

 ベータが箱をきちんとストレージに収め、シャドーマンはそれを確認した。

 

「以上だ。壁跨ぎについて、拙者が教えること、与えるものはもうない。後はおぬしの勝手にするがいい」

 

 そして、話を終わらせた。渡の口から、へえっ、と気の抜けた声が出た。

 

「シャドーマンさん、あの、ナビを偽装する方法は?」

「後でメールで送る」

 

 渡の心の中に、ただ6文字のツッコミがこだました。

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