セキュリティ絶対突破するマン.EXE 作:エターナルマン.EXE
ディスプレイ内には、机や本棚、ベッドや壁掛け時計など、家具が増えていた。
ある時、勉強のモチベーションの足しになるかと、渡が欲しい物を尋ねて、アイリスが時間をかけて考えた末に思いついたのが、いつも見る光景――渡の部屋にある、家具だった。
その時、”どうして”とか、”家具なんかよりもっといい物があるのでは”とか、そういった気持ちも渡の中に生まれたが、まずは一度与えてみて、それでどう感じるかを見て考えよう、と黙って了承したのだった。
1つ設置する度に、いろんな方向から見たり、あちこち触ってみたりと物珍しがった後、1日もすればアイリスの日常に組み込まれた。
答えづらいだろうなと思いつつ渡が感想を訊くと、案の定固まったが、他のものにするかと問うと、必ず”これがいい”と答えた。
何度目かの時、いい子だなと頭に手を伸ばしかけ、アイリスに不思議そうに見られて、そのまま画面上のアイリスの頭をつついたことがあった。アイリスの首がほんの数度傾けられ、渡は目を伏せて自分自身を鼻で笑った。
そのように人間の部屋に幾分近付けられた空間で、アイリスは椅子に腰掛けていた。鞄の外の映像――今日は視覚に直接入力されていた――が途切れて間もなかったので、目を瞑っていたが、ディスプレイが点灯されたのを知覚して、首を動かして渡の方を見た。それから、椅子を回して座り直した。
「観光スポットらしい観光スポットを回ったわけではありませんが、アメロッパ旅行初日、どうでした?」
「……楽しそう、だった。市場には色んなお店があって、みんなが笑ってて……」
感想を語るアイリスの表情は、明るくはなかった。言葉にウソがあるわけではないのだろうと、渡は思った。
「何か気になったこととかありますか?」
「……いえ、何も」
「外に出たいと思ったとかは?」
「……」
図星だった。それでも、アイリスはは小さく俯いただけで、何も言わなかった。自分が渡の善意から守られている立場で、PETに押し込められたままの現状も必要でそうあると知っているからだった。我儘を言って渡を”困らせる”のを嫌だと感じる気持ちがそうさせていた。
実のところ、外に出たいと思ったのはこれが初めてではない。渡と出会って以来軟禁状態で、外に出られないのは、たとえ安全でもストレスだった。渡が情操教育目的で与えた本もあれば、テレビ番組を見ることもでき、外について知ることは出来た。
だが、それだけだった。人間と同じように、ネットナビもあちこち出かけて遊ぶのは普通のことで、アイリスにはそれが出来ないということに、変わりはなかった。こうして渡が鞄にカメラを仕込んでまで外の景色を見せても、アイリスの中に生まれた外への憧れが萎むことはなかった。
街の景色に楽しそうな人々がいて、渡も楽しそうにしていて、それを見ているとアイリスも暖かい気持ちになった。渡が自分を気にかけてくれていることへの自覚もあった。だからその分、我慢しなければいけない……と、どこかで思っていた。
「んーー……」
(そこそこ打ち解けてきたつもりやったんやけどなぁ。この手の話題になるとどうも反応がよろしくない。なんか言ってくれたらそれだけでも変えてけそうなんやけど)
渡とアイリスは、まだまだ心を通わせられていなかった。
最初からそのことへの危機感があった渡は、出会っておよそ一ヶ月、距離を縮め、同時にアイリスに物事を教える努力をしてきた。それはある程度実を結び、会話もいくらかスムーズになって来てはいた。ただ、アイリスの優しさの一端――控え目さが、ここに来て意思疎通を阻む壁になっていた。
(いや、焦るな焦るな。時間はある)
気持ちを切り替えようと、目を閉じて小刻みに頭を振った。アイリスにはそれが、何かを残念がっているように見えて、何かが良くなかったのだと、却って後ろ向きな気持ちになった。目を開けた渡はその変化を見て、話題を変えなければと思った。
「そういえば、今日は光くんも普段と違う相手とネットバトルをしてましたけど、見ててどうでした?」
「……よく分からなかった」
「やっぱりそうですか……」
アイリスは、武道や格闘技、ネットバトルなどを楽しむ気持ちが理解できなかった。傷つけ合うのは苦しく、恐ろしいもので、当人たちもそう感じていないわけではないからだった。
球技などのスポーツやゲームはそうではないのに、なぜ進んで戦うのかが分からなかった。
そもそも、勝ち負けを決めること自体へも否定的だった。
渡の提案でゲームを始めて、娯楽自体への理解は進んでいた。程々の困難に挑んで達成感を得るという気持ちも、自分の身で味わっていた。だが、アイリスが勝てるかどうかとは無関係に、対人戦だけは楽しめなかった。
(ナビとネットバトルは切っても切れへんし、アイリスも見て楽しめるようにはなって欲しい。でも、これも時間掛けてくしかないんかなあ。……なーんか思ってた感じと違うな。つら)
折角の海外。この機会にアイリスについても新たな成果が得られるのではないかと期待した渡だったが、少なくとも今日は好感触ではなさそうで、肩透かしを食った気分になった。
……
ミリオネアから伝えられていた時間になり、渡と熱斗がホテルの外に出ると、迎えの車が来ていた。普通の乗用車だった。金持ち趣味の車を想像していた渡が、なぜなのか運転手に尋ねると、無駄に目立たないようにとの配慮でわざわざレンタカーを借りてきていたとのことだった。
渡もそうするよう頼もうかと思ったものの、不要な手間だからとやめておいたことだったが、ミリオネアが渡の人柄から気を回していたのだった。
車に乗り、落ち着かない熱斗の隣で20分程ぼうっとした後、ドアが開く音で気がついて降りると、大きくはないものの、いかにもという装いのレストランだった。
(肉料理リクエストしたんやけど……あれっ)
渡は、表には本日のおすすめメニューが書かれた看板が出されているのを見つけた。ローストビーフのヨークシャープディング添え。恐ろしくシンプルなメニューに対し、価格は時価だった。
(おお、もう……)
「おーい渡!」
熱斗はそんなところには目もくれず、さっさとドアに手を掛けていた。呼ばれて渡がそちらを見ると、熱斗の手に力が籠り、ドアを開けようとしていた。渡を見る目にも必死さが滲んでいた。今、食卓へ着くことに対して全力だった。
「早く来いって!」
「ああ、すいません。行きます行きます」
レストラン内部は薄明るく、厨房から漏れる音がごくごく小さく聞こえていた。事前に言われた通りに渡がレジで名前だけ伝えると、予約席、2人用のテーブルへ案内され、好きに飲み食いしてよいこと、帰りには誰でもいいからスタッフに一声かけて欲しいことを説明された。
好きにとは言われたが、テーブルには既に水の入ったグラスが2つあり、プレートも2つあった。片方はハンバーグ、片方はフィレステーキだった。
それを見た熱斗が音を立てて着席する横で、渡が椅子に手を置いて店内を見回すと、客はスーツを着ているか、そうでなくてもビジネスカジュアルの範疇に留まる服装だった。
(まあ熱斗は気にせんみたいやしええか)
既にナイフとフォークを手にしている熱斗に目で急かされて席に着くと、いただきますをして、それぞれ食べ始めた。チーズインハンバーグの味に熱斗はいたく感動していて、実に幸せそうだったが、流石に場所を弁えてか、叫んだりはしなかった。
「なあ渡、ちょっと交換してくれよ」
「追加で頼めばいいじゃないですか」
「あ、そういやそうだっけ。……あれ、ボタンは? 大声で呼ぶのって多分ダメだよな?」
「店員さんを見つめるとこっちに来るシステムじゃないですかね。そういうの正直好きじゃないんですが」
実際に渡が目でスタッフを探すと、見つけるよりも早くやって来て、注文を取って行った。
「うっそー……」
「ちょっと引くというか、悪いことしてる気になりますね……」
それからも、熱斗はもちろん、内心楽しみにしていた渡も、時々今日のことを話したりはすれど、主に食べることに集中していた。渡は食べるペースも量も熱斗に負けていたが、十分に食べ終わったのは同じくらいのタイミングだった。
「ううーん、もう腹いっぱい……付け合せの野菜までうまいんだもんなぁ」
「僕もちょっと食べすぎましたね……」
オレンジジュースを飲んで一息つき、帰ろうかと思った所で、渡はなんとなくレストランについての話題を閃いた。
「光くんも、こういう所ってあんまり来ないんでしたっけ。綾小路さんと付き合いがあると読めないというか」
「えー、ないない。たまーに自慢話聞くくらいだし」
熱斗が手を振って否定したのを見て、渡がふっと笑った。
「ああ、じゃあ桜井さんもそうなんでしょうね。どうせ2人なら僕なんかより、桜井さんとの方がよかったんじゃないですか」
「な、なんでメイルの話になるんだよ。あいつは関係ないだろ!」
急な話題に声量が大きくなり、一部の客が渡と熱斗の方をちらと見た。渡は熱斗に手のひらを向けて、軽く押し下げる動作をした。
「光くん、声、声」
「あっ……なんだよもー!」
「ははは」
(いやーええ反応するわ。たまに隙見つけたらつつい
話題のせいか、声を上げてしまったせいか。熱斗は顔を赤くしていた。
「そうだ、それより昼に買ったやつ、お前が持ってったままだろ。帰ったらくれよな」
「はいはい。いいですけど、寝る前にちゃんと歯を磨いてくださいね」
「るせー。……んじゃ、帰るか」
その後、帰り際にスタッフから土産を持たされ、熱斗はすっかり機嫌を直したのだった。