セキュリティ絶対突破するマン.EXE 作:エターナルマン.EXE
世界各地を襲った災害が、早足の通り雨のように消えていった、すぐ後。
渡の机の上、PETのディスプレイの中で、ヒールナビがベータへと姿を変えた。かつてダーク・ミヤビから金で買った偽装技術による変装を解いたのだった。
(死人を出しまくる相手ばっかりは見過ごせへん。多少後が怖いけど、待ち伏せて即行で叩いといた。スムーズにガサ入れできるよう、コトブキスクエアにあったゴスペル本部のドアは開けっぱにしといたから、あとは……)
渡はPETを操作し、オート電話を発信した。3、4回ほどコール音がしてから、受け手の出る音がした。
『もしもし?』
受信側からは、熱斗の声がした。
「もしもし、七代です。少し話せますか?」
『ああ。もしかして、地震のことか? こっちは大丈夫だぜ。インターネットがおかしかったとかっていうのも、すぐ直ったみたいだし』
「その辺もそうなんですが、ちょっとゴスペル絡みの話で。今、周りに人は?」
『!』
数拍の無音の間に、渡自身も、階下の両親のことを思った。リビングのテレビに映されているらしいバラエティ番組の音声が、不明瞭に聞こえていた。
『1階にママがいるけど、大丈夫』
「わかりました。じゃあ、落ち着いて聞いてください。先程の地震ですが――」
渡は、フリーズマンとその企みごとについて、そしてその作戦を食い止めたことについて話した。
至って真剣な語り口ではあったが、ゴスペルがもたらし得た被害の甚大さに神経を尖らせていたというよりは、突拍子もない話を受け入れられるかどうかを心配していた。
「一番大事な点は、電脳世界上でのゴスペル本部はコトブキスクエアにあったということです。僕がオフィシャルにそう言ったところで、信じてもらうどころか怪しまれそうなので、光くんのお父さん
『そんなこと言われたって……』
急な頼みに、渡の想像通り、熱斗の声には困惑の色がにわかに滲んだが、熱斗は熱斗で、答えに窮している間に、別な疑問に思い当たった。
『っていうか、どうやって調べたんだよ? ゴスペルの本部の話なんて、これまで一言もしてなかっただろ?』
「説明できるものならオフィシャルにしてるんですよ。急を要する話で、かつ、事情の説明のしようがないから、こうしてお願いしてるんです。"夢で見たから庭を掘ったら埋蔵金が出てきた"みたいな話をして、大人が信じると思いますか?」
『そりゃ、思わないけどさ』
熱斗は、自分は違うだろう、と口を尖らせた。
『ホントに夢で見たのかよ?』
「僕としてはそうとしか言えないんですよ。ですから、どうかお願いできませんか? オフィシャルの動き出しはなるべく早くしないといけないでしょう。災害作戦を止められたゴスペルが次に何をしてくるかだって、分かったものではないわけですし」
『……分かったよ、パパに電話してみる』
「よかった、ありがとうございます」
PETを机の上に置いたまま、渡は椅子の背もたれと肘掛けに体を預け、鼻から息を吐いた。
『でも、それでダメだったらどうすんだ?』
「光くんのお父さんは光くんの言うことを無視できませんし、ニホンオフィシャルや科学省の人たちは光くんのお父さんの言うことを無視できませんから、きっと大丈夫です」
『そんなにうまくいくかな? 確かにパパはすごいけど、オレが言ったから信じてもらえるかだって……』
「いくんです。まあ、ダメだったとして、これ以上できることがないのも事実なんですが、そもそもオフィシャルの仕事ですからね。できないことを考えても仕方ないということで」
『なんか気が抜けるなぁ……それじゃ、すぐ電話してみる』
「はい。メール送っておくので、他にも何か訊かれるようならそれを転送してください。頼みましたよ」
手を伸ばして通話を切り、続けて、予め用意したメールを送信して、渡は力なく首を横に傾け、ぼんやりとPCのモニターを見た。
(ここ何日かずーっと家で地震待ちしてたのが、一気に暇になったな……お父さんの美術品のことあるから耐震めっちゃ力入れてて、地震で物落ちたり倒れたりしてへんくて片付けもいらんし。あー……)
……
デンサンシティ、骨董屋前。
家のことからこの店のことを連想した渡は、物的被害はなかろうかと、なんとなく気になって、様子を見に来ていた。
(お、開けてる)
道中で見かける飲食店やコンビニなどはいずれも通常営業だったため、恐らく大丈夫だろうと思っていた渡は、大事はなさそうだと判断して、ドアのガラス越しにざっと中を確認して帰ろうかと思った。
そうして一歩近付いたところで、いつもどおりカウンターに座っているみゆきと目が合った。
「……」
声も聞こえなければ、口元も動いておらず、互いに完全に無言だった。
何かしろともするなとも言われたわけではなかったが、あまり行儀のよくないことをしているところを見られたという後ろめたさからか、それとも何か別の力が働いてのことか、渡はドアの前から退けなくなった。
今立っている場所を元の道と切り離されたかのように感じながら、渡は、みゆきがゆっくりと目を細めるのを見て、観念して店内に入った。
「いらっしゃい……」
「はい、こんにちは」
渡は改めて堂々と店内を見回し、焼き物だの古い本だのに異常がないのを確認した。
「地震でひょっとして、と思って来たんですが、何事もないようでよかったです」
「……ありがとう。あなたの家は……?」
「そういう趣味のある金持ちの家ですから。片付けの手間もなくて助かってます」
「……そう。今、お茶を用意するから……好きに寛いでいて」
「いや別に、おかまいなく、って……」
渡がそう言うのを気にも留めず、みゆきは2階へ上がっていった。
(意味わかってへんのか?)
仕方なく、カウンター横、畳間に腰掛けて待っていると、戻ってきたみゆきが湯呑を2つ置いた。
「ありがとうございます」
(冷えた麦茶はありがたいけれども、特に話題とかもうないで)
どうしたものかと思って渡が湯呑を傾けていると、みゆきの視線がちらと腰の方、肩掛け鞄へ向いたのに気がついた。アイリスのことだろうか、と思った。
「もしかして、PETが何か?」
「……」
「……あっ」
そうだと答えないみゆきの反応を見て、渡は、アメロッパで土産物の相談をしたことを思い出し、ここへ来たことに対する後悔が少し強まった。
「えーと、特にお土産は買ってなくて……相談しておいて、すいません」
「……いえ、いいの。旅の話を聞かせてくれれば……」
みゆきの表情は読めなかった。
(意外と図太いというか踏み込んでくんな……まあ、他に何かする気分でもなし。ちょうどええか)
「わかりました、それでよければ。といっても、元々オフィシャルの呼び出しなので、部外秘なところもありますが」
……
口数の少ないみゆきを相手に、渡は、都度都度麦茶で口の中を流しつつ、アメロッパでの一部始終を語って聞かせた。
地震の影響があるのか客も来ず、話す中で肩の力も抜けてきたので、渡は靴を脱いで畳間に上がり、壁にもたれて脚を投げ出して座っていた。
みゆきも、カウンターの前から少しずれて、渡の真正面に、そのさらに後には渡の横に、座っていた。
2泊3日の旅の終わり、空港で熱斗と別れた後、そのまま帰って眠りこけたのだと話を締めくくると、しかしみゆきは何も言わないままで、暫しの沈黙が訪れた。
「……もう話のネタはないですね」
気まずさを紛らわせがてら、渡が念押しして反応を引き出そうとすると、みゆきは目だけを俯かせた。
「……羨ましいわ」
「?」
「……その、熱斗って子……とても仲のいい、気の置けない友達と、旅行に行けることが、羨ましくて」
「ああー……なんとなく分かります」
何度目かに空になった湯呑を盆の上に置き、渡は頷いた。
「僕も、友達らしい友達ができたのは、結構最近の方ですからね。昔から兄のように面倒を見てくれた人は、よく一緒にご飯を食べに行ったりしたんですが」
(今はおらんけど)
「……」
「……どうしました?」
同調して身の上を語る渡の顔を、みゆきが、ただ黙ってじっと見つめていた。
「……」
「……えっと、今度どこか遊びに行きます?」
「……!! ええ。是非、お願いするわ……七代くん」
わかりやすく目を輝かせ、そっと自分の手を渡の手に乗せるみゆきを見て、渡は、やはり来るべきではなかったとも、来て話をしておいてよかったとも、相反する気持ちを抱いた。
(まあ、何にしても目先のゴスペル壊滅が済んでからやな。羽根を伸ばすのは「3」までのインターバルに入ってからや)
帰り道、渡はこのことは絶対父には話すまいと心に決めた。
~渡の追加一問一答(オフィシャル向け)~
Q1.どうやってゴスペル本部に入った?
A1.特に障害となるものはなかった
(セキュリティドアはあったがベータの障害にはならない)
Q2.インターネット上に発生した氷はどうした?
A2.手持ちのデータでワクチンを作れたのでそれで破壊した
(事前に準備をしていないとは言っていない)
Q3.どこでゴスペル本部の場所や計画の内容を知った?
A3.回答不可
(全て前世の知識を頼みにした行動であり、今生でゴスペルがどこに本部を作ってどういう計画を練っていたかなどを調べたわけではない)