セキュリティ絶対突破するマン.EXE   作:エターナルマン.EXE

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54話 手足を切り離せ

 マリンハーバー駅の専用ホームに待機していた特別車両は直通でコトブキ町駅へと向かい、ものの数分で到着した。

 車両を降りて地下から出口へ向かうまでの間、すでに、PETの電磁波検知プログラムが通常の3万倍にもなる異常値を示していた。

 しかし、それでさえただの数字に過ぎないのだということを、熱斗やロックマンは思い知らされる。

 

「!!!」

「なに、これ……」

 

 そのリアリティの大半を喪失した町の光景に、2人は絶句した。

 道を覆うブロックやアスファルト、それに建物の外壁などは、電子回路や電車の路線図にも似た幾何学的模様を形成するようにして、互いが互いを侵食していた。街路樹などは葉と木の色が入り乱れると同時に、枝先が溶けてしまったかのように垂れもしていた。

 

 だが、何より目を引いたのは、町の中心にある最大のマンションの有様であった。外観の相互侵食はもちろんのこと、上階に行くにつれ電子的な虹色の光の格子(グリッド)に覆われていき、建物の一部が消しゴムで消したように消失していた。

 さらにマンションの周囲には、不定形気味の球電にモザイクがかかったような"何か"が、蛍の真似でもするかのように飛び回っていた。

 マンションが曇り空の下に聳えていることで、これらの異様さがいずれも強調されていて、もはや、ゴスペルの本拠地がどこかということは、火を見るより明らかだった。最も異様なマンションの、最も異様な最上階、それ以外になかった。

 

「光くん、呆けている暇はありませんよ」

「!」

「どう見てもあれが事態の中心です。光くんのお父さんの手を借りてここに来た僕たちには、果たすべき責任がある」

「……ああ!」

 

 渡と気を取り直した熱斗は道なりに、マンションの入り口へ回り込むようにして進んだ。

 異常は町を覆い尽くしており、正常な構造物はどこにもなかった。もぬけの殻となった町には、雑踏や人の声などもなく、空を舞う"何か"のバチバチという放電音だけが響いていた。

 

 道中には逃げ遅れた市民がわずかにいて、彼らは電磁波の影響で歩くこともままならないようだったが、それを駅の特別車両まで運んでいるだけの時間的余裕はなかった。楽な姿勢にして、呼吸や脈拍、意識などに問題がないことを確認することが精一杯だった。

 今は仕方がない、電磁波さえ止められれば何も問題はないはずだから、と渡は言ったが、熱斗は改めてこの町の惨状と、それを生み出したゴスペルの力を肌で感じて歯ぎしりをした。

 

 

 マンション入り口の自動ドアは正常に作動し、2人を招き入れた。内部もまた、壁や床などが外と同様に侵食していた。じっと観察すれば現実感を失いそうな光景だが、それを気にするだけの時間はなく、熱斗はすぐさまエレベータのボタンに飛びついた。

 1回2回、それから何回もボタンを押したが、小さなディスプレイも含め、うんともすんとも言わなかった。

 

 どうにかならないかと渡の方を振り返ったところで、エレベーターが動き出し、1階への到着を知らせるチャイムがすぐに鳴った。

 

「え?」

「熱斗くん、誰かいる!」

「ゴスペルの奴らか!?」

 

 熱斗がエレベーターから離れようとするが、渡が動かないことに気付くと、自身もその視線の先を目で追った。開くドアから徐々に姿を現したのは、ここにいるはずのない人物たちで、熱斗は目を見張った。

 

「デカオ! それに、メイルとやいとまで!」

「へっ! その面が見れただけでも、はるばる来た甲斐があったぜ」

「なんで!? こんなとこ来ちゃダメじゃないか!」

 

 防磁装備がなければまともに歩けもしないということを否応なしに理解させられてすぐのことで、熱斗は動転したが、その横で感心した様子の渡が口を開く。

 

「なるほど、とっくに対策済みというわけですか。綾小路さんらしい」

「七代くんこそ、中々いいコート着てるじゃない」

「今はお世辞にツッコんでいる時間も惜しいです。状況は?」

「話が早くて助かるわね、ほんと」

 

 やいとは、マンション内の大量のサーバーをまとめて1つのサーバーのようにしているらしいことと、電磁波により発生したマンションの電脳の異常を修正しなければエレベーターが動かせず、現状では2階までしか行けないことを説明した。

 

「ただ、アタシたちの防磁ウェアじゃ、ウイルスと何度も戦いながら電脳世界を進んでいくのは厳しいみたいなの。悔しいけど、後は任せるしかないわ」

「ここまでお膳立てしてやったんだ、負けて帰ってくんじゃねえぞ!」

 

 デカオが熱斗の肩を掴んだ。熱斗は、その手が震えているのを感じた。

 

「デカオ……みんな、ありがとう! 安全なところまで離れて、休んでてくれ!」

 

 熱斗の言葉に従い、3人が熱斗と渡の横を通り抜け、マンションから出ていく。一番後ろにいたメイルは何か言いたげに振り返ったが、何も言えないまま去っていった。

 気配が遠ざかってから、熱斗はエレベーターの方をまっすぐ見たまま口を開く。

 

「ロックマン、渡、行こう!」

「うん! みんなの努力、無駄にはできない!」

「まずは2階から、ですね」

 

 熱斗が、再度ボタンを押し、エレベーターで2階へ。

 このマンションは30階建ての1フロア3部屋という作りで、2階には電磁波異常のせいか扉の開かない部屋が2つあり、唯一開いたのは021号室だった。

 

 外やロビーも異常なら部屋の中もまた異常で、ゴスペルが設置したと思われる10余台の大型サーバーがスペースを浪費しつつも、何台かは床から生えるような形で存在していた。

 ごく普通のサーバーが床を突き破るようにして筐体の途中から顔を覗かせていて、かつ突き破ったならあってしかるべき痕跡、例えばサーバーとカーペットの間の切れ目などといったものが一切なく、とにかく"床から生えている"という他に一言で形容のしようがない状態だった。

 

 プラグイン可能な1台を見つけると、熱斗と渡はすぐさまプラグインした。

 ロックマンとベータがマンションの電脳に降り立ち、電脳世界の風景がPETの画面を通してオペレーターの2人に共有される。

 

 まず目が行ったのは、電脳世界そのものではなく、歩いていけない場所……見えない壁の外の光景だった。

 

「わ! 何だよそれ? 上の方に見えてるの、マンションか?」

 

 現実のマンションの一部が消失しているのと対応するかのように、そこにはマンションの一部が浮遊していた。切り口の部分は、マンションの電脳のデザインたる緑のグリッドに覆われていて、マンションの壁や窓の色がその中へ侵食していた。

 

「そうみたい……電磁波異常のせいで、こっちとそっちの世界が入り乱れてるんだと思う」

「信じらんねぇな……」

「まったく同感ですが、状況からそう判断するしかないでしょう」

「とにかく、ネットワークの異常を直して、最上階に乗り込もうぜ!」

「それなんですが、ここからは二手に分かれましょう」

 

 思わず、熱斗は渡の方を向いた。渡が注視しているPETの画面は、熱斗のそれとは異なり、電脳世界に関する詳細な情報が展開されて、半分以上を占められていた。

 

「このサーバー、プラグインするとマンションの電脳に転送されたわけですが……サーバー自体はゴスペルのもので、備え付けのネットワーク設備ではないはずです。たった今軽く確認しましたが、プラグインしたナビを誘導(リダイレクト)して、サーバーではなくマンションの電脳に飛ばす仕組みだと思います」

「それがどうしたんだよ?」

「マンション全体が1つのサーバーだというなら、きっとこの部屋のサーバーもバグ融合のために使われる……いや、今まさに使われているはず。戻りのリンクアドレスを細工してサーバー内に逆侵入、内部から安全に停止できれば、バグ融合そのものを足下から崩すことができる……!」

 

 これは渡にとっても寝耳に水の発見だった。プラグイン時の違和感からなんとはなしにチェックをかけて、熱斗に説明するのと事物の関係性を組み立てるのとが、渡の頭の中で並行していた。

 

「ほんとか!? だったらオレも!」

「ダメです。既にゴスペル側が動き出している以上、この作戦だけでバグ融合を阻止するだけの猶予があるかわかりません。このサーバーから直接停止できるのはどうせこの部屋の分だけでしょうからね」

「!」

「ですからどちらにせよ、ネットワークを復旧してエレベーターを直して、上階に行かなければならないんです。妨害工作の効果は、あくまで究極ナビ完成までのタイムリミットを引き延ばす程度のものと思ってください。本命はやはり、光くんが最上階に行って直接止めることなんです」

「なら、やっぱり最上階まで一緒に行けば!」

 

 効果が薄いなら、それこそ渡も直接最上階を叩いた方が速いはずだと、熱斗が声を荒らげた。対する渡は目を閉じ、またも首を振る。

 

「それまで電磁スーツが耐えられる保証は?」

「え……?」

「事前に聞いていた電磁波レベルは1万倍。実際に来て観測したのは3万倍。じゃあ、この後は?」

 

 熱斗は、ハッと息を呑んだ。それは、熱斗の身を案じる電脳世界のロックマンも同じだった。

 

「安全な停止さえできれば、失われたサーバーパワーの分だけ電磁波も弱めることができるはずです。だからこそ、これがベストなんですよ」

 

 我ながらこの土壇場でいいことを思いついたものだと、渡は得意げに笑みを浮かべた。熱斗なら自分がいなくてもうまくやっただろうとも思っていたが、この思いつきがどれだけうまくいって、結果をどれだけ変えられるだろうかという、冒険心のような気持ちもあった。

 

「渡……」

「さあ、早く行ってください。お互い心配は無用です。間違っても、様子を見に来ようなんて思わないでくださいよ」

「ああ。わかったよ」

 

 熱斗は、ここへ来て渡をひとり残していくのも、渡と別れて進むのも認めがたいところがあった。それでも、いつもと変わらぬ渡の自信と自分たちへの信頼に応えようと、自分も笑ってみせた。

 

「ロックマンも、それでいいな?」

「うん。サーバーのことは渡くんとベータに任せて、先に行こう!」

 

 画面越しに頷き合い、ロックマンが駆け出した。

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