シズクとイーディス、二人が反旗を翻すことをアドミニストレータが予見していないはずもない。
天蓋に映る二つの光景、先ほど整合騎士に仕立て上げたユージオと戦うキリトと見守るアリス、その後を追うように95階層から消える二人を写す術式を消した。
シズクがベルクーリに勝つために練り上げた“
シズクが神聖術を使い続けること、神聖術で他者の命を奪って権限レベルが上がることに気がついた所で自分とは生きた年月に大きな隔たりがある。
どんなに足掻こうと埋まらない絶対的な差があるにも拘らず、アドミニストレータに安心の二文字は無い。彼女が培った術の全てが敵の前では無力でなのだから。
シズクとイーディスは先に上った二人を追う事を優先する、シズクとしてはしっかりイーディスの右目の治療を済ませた後に動きたいが生憎と時間が許してくれなかった。
最低限出血が止まるまで治癒術を施し、右目を閉じたイーディスが手巾で顔に付着した血を乱暴に拭き取った。
「俺が言えた義理じゃありませんがもうチョイ丁寧に拭きません?」
「良いから、さっさと追うわよ!」
ぐいっ!と力強く引っ張るイーディスにシズクは黙って懐から灰色の布を取り出すと急ぐイーディスを止める。
「イーディス。」
「ちょ、近いっ!こんな時に何するの!?」
振り向いた彼女に布の両端をもってシズクは近づいてイーディスの右目を覆った、シズクの胸を叩いて抵抗していたイーディスは直ぐに察したのか叩く事を止めてなすがままになっている。
「少し動くな、直ぐに済むから・・・気休めだけど眼帯だよ」
結び終えたシズクがそう言って離れた。右目部分を覆う布に触れてイーディスはぼそりと言う。
「清潔よね、コレ?」
「と、当然だろうが!伊達に転生してないんだ、こんな事もあろうかと準備は怠らな
い。・・・清潔云々ならアリスが使っていた眼帯のほうが心配だ」
「・・・そうだね、収監されてたキリトが清潔な眼帯に使える布持ってるとは思えないもんね。」
「と言うわけで急ぐぞ!飛ばすから掴ま・・・首に手を回す事無いんじゃないですかね?」
「何をいまさら、頼んだわよ。シズク」
一陣の風となって駆ける二人、シズクに抱えられて不謹慎だがまんざらでもないと思うイーディスだった。
「・・・最高司祭様。栄えある我らが整合騎士団は本日をもって壊滅いたしました。私の隣に立つ、わずか2名の反逆者の手によって。そしてあなたがこの塔と共に築き上げた、果てしなき執着と欺瞞故に!」
「ふぅん。それで?」
「我が究極の使命は、公理教会の守護ではありません!剣なき民の穏やかな営みと、安らかな眠りを守ることです!然るに最高司祭様・・・あなたの行いは、人界に暮らす人々の安寧を損なうものに他なりません!」
「だ、黙らっしゃ〜い!こ、この・・・半壊れの騎士人形風情がぁー!!」
アリスが一歩踏み出して金の鎧を鳴らし、青のマントをはためかせながら高らかに宣言した。その宣言が終わるや否や、チュデルキンが左手でアリスを指差しながら耳障りな金切り声で喚き散らし始めた。
「お前ら騎士どもは所詮、アタシの命令通りに動くしかない木偶人形なんですよっ!大体騎士団が壊滅したとか、ちゃんちゃらおかシィィィーンですよゥ!使えなくなったのはポンコツ一号二号を含めて10人足らずじゃないですかっ!つまり、アタシにはまだ20も駒が残ってるんですよゥ!お前一人がガタガタ抜かしたところで、教会の支配はピクリとも揺るぎゃアしねェんですよこのバカ娘ェ!」
「馬鹿はお前です、カカシ男。その丸い頭には、脳味噌ではなく麦ワラやボロ布が詰められているのですか?」
「なっ・・・・なぁぁぁにぃぃぃ!?」
なおもギャアギャアと喚き散らすチュデルキンと冷静に切り返すアリスを他所に、アドミニストレータが独り言のようになにかをブツブツと呟いていることにキリトが気付く、僅かに漏れ出す吐息に耳をすませ、口遣いに目を凝らしていた。
「白熱中失礼する!」
そんな努力を他所にシュッ!とキリト達の後ろに現れた二人、シズクがイーディスを下ろして、イーディスはアリスに並び立つ。
「お、どうやら親友は取り戻せたらしいな?」
緊張状態だったキリト達三人にとって、まるで旧友との再会を喜ぶような口調のシズクにユージオは混乱した。投獄中に世間話と姿を見せた男はアドミニストレータの危機にはせ参じたわけではなく、味方であることに疑問を抱く。
「貴方は!?」
「ああ、おかげさまでな!」
場違いなほどリラックスしたシズクとは対照的にキリトは気を張り詰めてアドミニストレータを睨んでいた。キリトとしてもシズクが何でリラックスしているか理解できない。
「最高司祭様、私は色々と聞きたいことがあります。」
「・・・・でしょうね。」
イーディスがはっきりと断言した。今まで頭をたれてつくばう事しかしなかった彼女が正面から異を唱えた瞬間だった。
「きぃーーー!何なんですかさっきからァァ~~!!」
耳障りな金切り声を上げて、チュデルキンを一睨みする一同。
アドミニストレータは鼻を鳴らしながら不敵に笑い、艶めかしい長髪を後ろに払いながらチュデルキンに言った。
「さて、チュデルキン。私は寛大だから、下がり切ったお前の評価を回復する機会をあげるわ。あの五人をお前の術で無力化してみせなさい。天命は・・・そうね、残り二割までは減らしていいわよ」
「ッ!?ささ、最高司祭陛下ぁ〜〜〜!!」
そう言って身を翻し、その場から離れようとしたアドミニストレータを、チュデルキンが必死に呼び止めた。するとチュデルキンは、突然両足を揃えて座ると、これでもかというほど額を地面に擦りつけながら叫んだ。
「元老長チュデルキン!陛下にお仕えした長の年月におきまして、初めての不遜なお願いを申し奉り上げまする~!小生これより身命を賭して反逆者共を殲滅しますゆえに!それを成し遂げた暁にはへ、陛下の・・・陛下の尊き御身をこの手で触れ!口づけし!い・・・いっ・・・一夜の夢を共にするお許しを!何卒!何卒!何卒頂戴したく~っ!」
「黙れ変態肉達磨」
チュデルキンが言い終わるより早く、どん引きするキリト達の中で一人つっこんだシズク。
「ふふっ、はは・・・あっははははは!!!いいわよ、チュデルキン。創世神ステイシアに誓うわ。役目を果たしたその時には、私の体の隅から隅まで一夜お前に与えましょう」
真実には実在しない神の名を語りながら、アドミニストレータが豊満な胸に手を添えながら言うと、チュデルキンは目、話、口から体液をぼたぼたと漏らし、嗚咽を混じえながら歓喜に打ち震えていた。
「おっ、うほおおおおっ!小生ただいま無上の歓喜に包まれておりますぅ〜・・・!もはや・・・最早小生!闘志万倍!生気横溢!はっきり言いますれば・・・無敵ですよぉ~!!」
金切り声を張り上げてチュデルキンが叫ぶと、赤と青の帽子を投げ捨て、綺麗に髪が禿げたスキンヘッドを軸にして逆立ちすると、チュデルキンの顔を濡らしていた体液がジュッ!と音を立てて一瞬で蒸発した。
「システムコォォォル!ジェネレィトォ!サァァマルゥゥゥ!エレメントォォォゥッ!」
チュデルキンが不自然なほどに式句の語尾を引き延ばしながら発音すると、靴と靴下を脱ぎ捨て、足の指、手の指全てを限界までかっ開いた。するとその直後、合計20本に及ぶ指先にルビーのような赤い輝きを放つ熱素が宿った。
「お見せしましょォォォウ・・・!我が最大最強の神聖術!出でよ魔人ッ!反逆者共を焼き尽くせェェェ!!」
そのあまりの熱量に、チュデルキンの眼窩が炭のように黒ずんだ。短い足、ありあまる腹、やたらと長い腕、そして頭には王冠。チュデルキンの熱素から作り出されたそれらが燃え盛りながら形を成した巨人は、まさに『炎の魔人』と呼ぶに相応しかった。
「来るぞ・・・っ!」
「コレ・・・本当に・・・・神聖術なの?」
「どうやらそのようです。あやつにこれほどの術が扱えるとは、私も知りませんでした」
「私もかな。ちょっと不味いかも・・・あの魔人相手にするにはアリスと私の武装完全支配術じゃ厳しいかなぁ~」
「すまん、アレは一発で消せない奴だ!」
息を呑む五人、うち一人は完全にチュデルキンを舐めていた。
アニメで、ゲームで知っているから対策はあると高を括っていたツケ、過去に一度消しきったと言う事実がこの慢心に繋がった。
それでも、炎の魔人を前にして飄々とした態度を崩さないシズクを見ていて頼もしいとすらイーディスは感じる。
目の前に立っているだけで、その暑さに全身が汗ばんでくる。まるで太陽そのものを相手にしているような張り詰めた空間の中で、やがてアリスが金木犀の剣を鞘走らせて言った
「残念ですが・・・あの実体なき炎の巨人は、私の花たちでは破壊できそうにありません。防御に徹しても、そう長くは持たないでしょう」
「アリスだけにやらせないからね?」
「つまり、その間に僕たちの内誰かがチュデルキン本人を攻撃するしかない・・・ってことかいアリス?」
「そうなります。ただし、剣の間合いにまで接近してはいけません。最高司祭様はその機会を伺っているのですから」
ユージオが長年の時を超えて再会を果たした幼馴染に訊ねると、アリスは彼を一瞥しながら頷いた。アリスが防御に徹するなら自分もと名乗りを上げるイーディスに苦笑しつつ、シズクがアリスとユージオの肩を叩いて提案する。
「よし、少年の武装完全支配術は凍結系だな?」
「え、うん」
「・・・使えるか?」
「う、うん。心意技は無理かもしれないけど、青薔薇の剣があれば完全支配術は使えると思う」
「よし、キリトも来い・・・作戦を思いついた」
シズクの耳打ちに不安そうになりながらもユージオが頷くと、シズクはアリスとイーディス、キリトも交えて四人に自分の考えた作戦を小声で伝えた。そしてそれを伝え終わった瞬間、なおも逆立ちの状態を維持したチュデルキンが吠えた。
「ヒョ〜ホホホッ!作戦会議は終わりましたかぁ!?まぁそんなものしたところで、オメェ達が丸焦げになるのは変わらねぇってンですヨゥ!!」
「忘れたか?その術は一度
炎の魔人が巨体をゆらゆらと揺らしながら迫り、躊躇なく豪腕を振り下ろした。シズクが臆することなく、四人を守る様に躍り出た。
ズドムッ!とサイズに見合う重量が左手に圧し掛かる。押し負けそうな左手に右手を沿えて堪えている、初めてシズクの表情から余裕が消えた。
「言わんこっちゃ無い!エンハンス・アーマメント!!」
世話を焼くような口調で、イーディスが闇斬剣の武装完全支配術を発動した。渦巻く闇がシズクを起点に渦となって支えに入る、発生源である闇斬剣を操るイーディスが必然的にシズクと寄り添う形になった。
優勢ではない、一息に潰されてもおかしくない状況でもシズクとイーディスの口角は持ち上がっていた。
何でだろう、二人一緒なら負ける気がしない!
「ユージオ、今だ!」
キリトが受け止めきった事を見るや親友に向けて叫んだ。
「エンハンス・アーマメントッ!!」
掛け声のようなキリトの叫びと共にユージオは逆手に持ち替えた青薔薇の剣を、最上階の床へと突き立てた。そして武装完全支配術の最後の式句を口にすると、バシィッ!という音を反響させながら永久氷塊がチュデルキンに伸びていく・・・ハズだった
「オ〜ホホホ!ちょっとは頭を使えってんですヨォ!そんなナヨっちい氷が、この私の神聖術の前に通用する訳ないでしょうが!バーカバーカ!」
「「ッ!?」」
「ヒィ〜ッヒヒヒヒ!これで最高司祭陛下の御身は私の・・・ヒョ〜ホホホホホホ〜!」
青薔薇の剣を中心に広がっていく氷の海は、支配術の起動とほとんど同時に溶解してただの水に変わり、瞬く間に蒸発してしまっていた。予想だにしていなかった事態に、キリトとアリスは最悪の展開を脳裏によぎらせた。そんな2人の青ざめた顔を見て、チュデルキンが揺るがぬ勝利を確信し高笑いする中、ユージオだけが青薔薇の剣の柄を握りしめて声高に叫んだ
「まだだっ!」
「ウヒョッ!?」
「僕の青薔薇の剣は!世界創生の頃から、果ての山脈で極寒の吹雪に鍛えられてきたんだ!こんな炎なんかに!負けてたまるかあああぁぁぁっ!!」
ユージオの瞳に、光が宿る。敵の手で植え付けられた剣の記憶を、懸命に自分の意思で塗り替えていく。太古より極寒の吹雪の中で孤独に佇む白銀の剣は、万物を凍てつかせる奇跡を持つ。その奇跡は、紛れもなく自分の手の中にある。そして、今隣に立っている最愛の幼馴染の懐かしい笑顔を守りたい。ただそれだけを願って、ユージオは武装完全支配術の、さらなる神髄である『記憶解放術』へと手をかけた
「リリース・リコレクション!!」
「ぎひっ・・・・!?」
バガァンッ!!という轟音が最上階全体を揺るがした。ユージオの手の中で青薔薇の剣が一際強く震え、灼熱で包まれていた熱気が、肌をピリつかせるほどの極寒に豹変した。地面から伸びる図太い氷柱には道化師じみた金切り声が悲鳴をあげる間も与えずに彼の矮小な全身を氷の檻へと封じ込めたチュデルキンの姿がある。
「今だっ!」
キリトが剣を水平に構え、ソードスキルを発動させる。
重突撃技・ヴォーパルストライク、それもただのヴォーパルストライクではない。
心意。仮想世界の事象を、感情の力、意志の力、明確なイマジネーションによって制御し『事象の上書き』を引き起こすことで、事象そのものを覆すシステム。その力が、本来の射程を大きく凌駕した物へ昇華させる。
「捉えましたっ!エンハンス・アーマメント!」
刹那、アリスも金木犀の剣の武装完全支配術を発動した。黄金の刀身が瞬く間に光り輝く数百の花弁に分離し、花吹雪のごとく舞い上がった。
「ーーー吹き荒れろっ!!」
金木犀の花弁は万物を砕く黄金の風となり、チュデルキンを封じた氷を飲み込んだ。そして金木犀の風と鋭いビームのような赤黒い突きが氷の海を通り過ぎる頃には、シズクとイーディスが食い止めていた炎の魔人は跡形もなく消え、後にはバラバラに砕けたチュデルキンの氷塊が転がっていた。
原作を読んでます。