SAO イーディスと逝くアンダーワールド   作:難波01

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「ありがとう、イーディス。お蔭で助かった」

 

「当然!今の私達なら何とかなるってものよ、相手が最高司祭様でもね」

 

シズクが言うとイーディスは微笑んで答えた。そのままキリト、ユージオ、アリスに振り向くと勝利したと事を分かち合う様に笑う五人。しかし、宙に浮くアドミニストレータがチュデルキンの氷片に手を差し向けた瞬間に、五人は一斉に身構え直した。

 

「うふっ、そう怖がることでもないわ。ただそこのが邪魔だから片付けるだけよ」

 

そう言ってアドミニストレータが無造作に左手を振ると、部屋にばら撒かれた氷が軽々と吹き飛んだ。そして氷の欠片が壁に叩きつけられると同時に、中のチュデルキンごとさらに細かく砕け散った。

 

「な、なんということを・・・!?」

 

「あら。元々アイツを粉々にしたのはアリスちゃん達じゃない。まぁ退屈なショーではあったけれど、意味のあるデータはいくつか取れたわね」

 

「そういう事じゃない!人としての感情が殆ど希薄なのは知っていたけど、自分の為に命をとした人間に対する仕打ちかと聞いたんだ。あんたの仲間だったんだろう!?」

 

その光景に絶句したアリスをアドミニストレータが笑うと、シズクが彼女の態度に怒りを露わにしながら低く強い口調で言う。しかし彼女はそれでも態度を変えることなく、涼しげに両足を組みながら唇に指を添えて言った

 

「あっははは!仲間?最初から私にそんなものないわよ。それとも他人を大切に思うことがそんなに大事?ねぇ…『イレギュラーの坊や達』?」

 

「「・・・・・」」

 

「分かってないとでも思った?詳細を参照できないのは、非正規な婚姻から発生した未登録ユニットだからなのかな・・・って思っていたんだけれど、違うわよね?あなた、あっちから来たのよね?つまりは『向こう側』の人間。そうなんでしょ?特にシズクに至っては面白い(スキル)までその(アバター)に内包してね」

 

可愛げな子どものようなあどけなさを演じながら、アドミニストレータは首を傾げながらキリトとシズクに訊ねた。この女は、もう自分の素性を全てを理解している。そう実感したキリトは、否定することもせずに真っ直ぐ答えた

 

「そうだ・・・・」

 

「ま、俺に至っては調べる時間は嫌って程あったから仕方なしだな。だけど一つ違うぞ、アドミニストレータ。俺がカミングアウトしたことも聞いていたんだろう?」

 

ユージオにとっては何のことがわからなかった。

唯一ついえるのは、キリトは最初から記憶を失っていなかったかもしれないという事実。親友の眼がこちらに一瞬向けられた。黒い瞳に入り混じる感情の中で大きいのは俺を信じてくれと言う物だとユージオは受け取る。

 

「そうね、“転生者”って言葉は“向こう側”じゃ創作物に良く使われるものじゃないかしら?」

 

「お~そこまで分かってるなら話が速くて助かるよ。ひらたく言うと“向こう側”の更に“向こう”から来たんだ。俺は、フィクションに迷い込んだのさ」

 

ある程度説明を受けたイーディスでも、アドミニストレータとシズクの会話にはついていけなかった。ユージオとアリスは何を言っているのか分からない様子で、キリトは唖然としていた。

 

「とは言うが、権限レベルや力量(スペック)は知っての通りだ。アンタとは比べる必要も無い、多少の未来を知っていても不確定だからな」

 

「へぇ・・・例えば?下らない世間話じゃないわよね?」

 

当たり前だろと言わんばかりにシズクは溜息を一つ挟むと、険しい表情になって話し始める。

 

「近い将来、この世界は滅びるだろう。他でもないアンタの手によって」

 

アドミニストレータはそれをおかしそうに鼻で笑うと、宙で頬杖をついて呆れたように言った。

 

 

「私が?私の可愛い人形ちゃんたちを散々痛めつけてくれた坊や達じゃなくて、この私が滅ぼすって言うの?」

 

「コレは本来、キリトの役回りなんだけどな・・・・」

 

シズクがそう言ってキリトに眼を向けると、キリトは「続けてくれ」と眼で返答した。仕方ないとシズクは口を開く。

 

「簡単な話、アンタの勘違いだ。最初のミスは整合騎士を作ったこと。ダークテリトリーの侵攻に対して抑止力として整合騎士を生み出した事が最初のミスだ」

 

「ふふ、うふふふ!面白いわね、ソレもそちらで描かれた物語(ストーリー)なのかしら?」

 

唇を指で押さえながら漏れそうになる笑いを堪えるアドミニストレータは、シズクを見下しながら言った。するとシズクの横で、黄金の鎧を凛と鳴らしながらアリスが一歩前に出た。

 

 

「お言葉ですが、最高司祭様。来るべき闇の軍勢の侵攻に現在の騎士団では抗しきれないとお考えだったのは、騎士長ベルクーリ閣下もご同様でした。そして、私もです。無論、我ら騎士団は最後の一騎までも戦い抜き、最後には散り果てる覚悟も有りました」

 

 

「ですが、一つお聞かせ下さい。最高司祭様には騎士団なき後、無辜の民を守る手立てはおありだったのですか!?よもやお一人で、かの大国勢を滅ぼし尽くせるなどとお考えだったわけではありますまい!」

 

イーディスとシズクは、否。シズクはシンセサイズ前のアリスと少し話したことがあった。おてんばそうで頼れる人のいないカセドラルの廊下を歩くアリス・ツーベルグは心配になる程小さく見えて、シンセサイズされた後に出会ったアリスとのギャップは今でも覚えている。

事務的で感情を伺わせない、イーディスとじゃれ付いているのを見て見せた寂しげな表情を見て、根っこは同じだと確信できた。

アリスは、なおも表情一つ変えないアドミニストレータに対し、柄を逆手に握った金木犀の剣を突き立てて言った

 

「最高司祭様。私は先刻、あなたの執着と欺瞞が騎士団を崩壊させたと言いました。執着とはあらゆる武器と力を奪ったことであり、そして欺瞞とはあなたが我ら整合騎士をすら深く謀っていたことです!あなたは我らを家族や愛すべき者から無理やりに引き離し、記憶を封じ、ありもしない神界より召喚されたなどとという偽りの記憶を植え付けた!」

 

 

「私はそれを、民たちを守るために必要な行為であったと言うのであれば咎めますまい。ただ!どうして我ら整合騎士の公理教会と最高司祭様に対する忠誠と敬愛すらも信じてくださらなかったのです!?なぜ我らの魂に、服従を強制するような術式を施されたのですか!?」

 

 

思いの丈を吐き出し切ったアリスの隻眼からは、涙が溢れ出していた。右に立つキリトにそれは見えなかったが、ユージオとイーディスはその涙を拭いもしないアリスの姿に心を痛めた。

イーディスが胸のうちに秘めた“言いたい事”の大筋はアリスが言ってくれたので、沈黙を貫く。

 

「ここで余計な事を言う必要は無い、率直に言ってアンタの“造った”と言う言葉は不快だ。」

 

アドミニストレータが喋ろうと口を開きかけるとシズクが遮るように言う。

 

「そう、でも心外だわ。とっても信頼していたのよ?私の可愛いお人形さんですもの。あなた達にプレゼントした敬神モジュールこそ、私の愛の証だわ。あなた達がいつまでも綺麗なお人形さんでいられるように、下らない悩みや苦しみに煩わされずに済むように、そう願ってね」

 

「小父さまが・・・騎士長ベルクーリ閣下が整合騎士として生きた300年という長き日々の間に、僅かでも悩み、苦みもしなかったと・・・最高司祭様はそうお考えなのですか・・・?」

 

絞り出すような声でそう言ったアリスは、顔を俯かせながら奥歯を噛み締めていた。黄金の柄を握るその手は、力むあまり血管が浮き彫りになっている。

 

「誰よりも深い忠誠をあなたに捧げた人が!その心中に抱き続けてきた痛みを知らないと!あなたはそう仰るのですか!?」

 

「ええ、知ってたわよ。もちろん」

 

勢いよく顔を上げ叫んだアリスとは対照的に、アドミニストレータはさも当然であるかのように言った。そしてやれやれと言った具合に手を広げると、鋭い瞳のアリスに冷酷な視線を向けた。

 

「かわいそうなアリスちゃんに教えてあげるわ。一号・・・ベルクーリがその手の話にうじうじ悩むのは、初めてじゃないのよ」

 

 

「な、なんですって・・・・・・?」

 

「実はね。100年ぐらい前にもあの子は同じようなことを言いだした。だからね。私が直してあげたのよ」

 

「ッ!?」

 

「あの子だけじゃないわよ。100年以上経ってる騎士はみーんなそう。辛い事は何もかも忘れさせてあげたのよ。安心してアリスちゃん、今あなたにそんな悲しい顔させている記憶も消してあげる。何も考える必要のないお人形にちゃーんと戻してあげるわ」

 

 

歪んでいる。と、アリスを蔑んだ目で見下しながら語るアドミニストレータを見てユージオとキリト、イーディスは思った。もはやこの女は、何を言っても感情が動くことはない。そう思ったのはアリスも同じだったようで、これ以上は語るまいと最後に深く息を吸って言った。

 

 

「確かに、私は今胸を引き裂かれるほどの苦しみと悲しみを感じています。けれど私はこの痛みを・・・初めて感じるこの気持ちを、消し去りたいとは微塵も思いません。なぜならこの痛みこそが、私が人形の騎士ではなく一人の人間であることを教えてくれるからです!最高司祭アドミニストレータ!私はあなたの愛を望まない!あなたに私という人間を直してもらう必要はありません!」

 

「残念だけど、あなたがどう思うかなんて関係ないの。私が再シンセサイズすれば、今のあなたの感情なんて最初からなかったように、何もかも消えちゃうんだから」

 

「自分にしたように、か?・・・コイツが人だった頃の名前なんだっけ?キリト」

 

呆れたように後頭部をがしがし掻きながらシズクがキリトに尋ねた。

 

「クィネラだよ。・・・アンタは一体?」

 

「おっと、答えてやりたいが時間も無いから生きてでれたらな?」

 

カーディナルから聞いたキリトしか知りえぬ情報を言い当てるシズクを心底不思議そうに、そして怪訝な表情を向けていた。

キリトにウィンクして、アドミニストレータに向き直るシズクはコレまで笑みを崩さなかったアドミニストレータの怪訝な表情を初めて見た。

 

「・・・ねぇ、昔の話はやめてって言わなかったかしら?」

 

「聞いてないな、人間の子は人間だ。いくら半神半人だと名乗った所で人間として生まれた事実は消えないんだ。」

 

「人間、ね。じゃあ何?同じ人間なら向こう側から来てる俺の方が偉いぞ・・・ってことが言いたいのかしら貴方は?」

 

「何でそうなるかね?」

 

「人は間違えながら進む生き物だ。だけど、残念なことにアンタのミスは修正不可能な域まで来てしまっている・・・騎士団が半壊した今、ダークテリトリーの侵攻が始まったら、人界は滅ぶぞ!!」

 

 

沈黙を守っていたキリトが呆れたように言ったシズクの後を継ぐように言い放つ。

 

「・・・騎士達を壊して回ったのは坊やなのに、なんだか随分な言いようね」

 

 

これまでただ冷ややかに語っていただけのアドミニストレータだったが、キリトに向けて話す言葉には少しトゲのようなものがあった。しかし、キリトは彼女の高圧的な物言いや風格に気圧されることなく、なおも言った

 

 

 

「自分だけ生き延びられれば、その後で最初からやり直せばいい・・・どうせ貴女はそう思っているだろう?ところが、残念ながらそうはならない。向こう側にはこの世界に対して、真に絶対の権限を持つ人間がいるんだ。多分ソイツらはこう思うだろう。『今回は失敗だった。最初からまたやり直そう』ってな。そしてボタンが一つ押され、この世界の何もかもを消してしまうんだ。街も、山も、川も、空も・・・・貴女を含めた全ての人間もまた、一瞬で消滅するんだ!」

 

ユージオとアリス、イーディスは、またも自分達には理解の追いつかない会話を始めたキリトとアドミニストレータをただ見ていることしか出来なかった。彼女は退屈そうに息を吐くと、押し黙る四人の視線を無視して言った。

 

 

「それなら、あなた達向こう側の人間はどうなのかしら?自分達の世界がより上位の存在に創造された可能性を常に意識し、世界をリセットされないように上位者の気に入る方向にのみ進むように努力でもしているの?」

 

 

 

「・・・それは・・・」

 

「誤魔化すことないわよ。そんなはずないわよね?戯れに命と世界を創造して、いらなくなれば消し去ろうなんて連中だものね。そんな世界からやってきた坊やに、私の選択をどうこう言う権利があって?」

 

 

 

 

 

アドミニストレータの言い分は、実に正論を射ているとキリトは僅かながらにも思ってしまった。ただ一人だけ外部の存在を知覚し、その世界を意識して来た。そんな立場に立ったことのないキリトには、今の彼女の気持ちを推し量る術はなかった。

 

 

「そんなのゴメンだ、とでも言いたそうだな?」

 

「当然でしょう!?創造神を気取る連中に、存在し続ける許しを請うなんて惨めな真似はしない。私の存在証明はただ支配することにのみある。その欲求だけが私を動かし、また私を生かすのよ。この足は、踏みしだくために在るのであって!!決して膝を屈するために在るのではない!!!」

 

「ならば!貴女はこのまま人界が蹂躙されるに任せ、名ばかりの玉座で滅びの時をただ待つ心算なのか!!!」

 

「そんなわけないわよ。私はこのアンダーワールドをリセットさせる気はないし、最終負荷実験さえも受け入れるつもりはないわ。そのための術式はもう完成しているの。そしてその先にある・・・この世界の更なる上のステージだって私はすでに見据えているんだから」

 

「・・・何?」

 

「言い換えるなら、整合騎士なんてただの中継だったのよ。真に私が求める武力は、記憶や感情はおろか考える力すらいらないの。単純に最終負荷実験を乗り越える為なら、ただひたすらに目の前の敵を屠り続けるだけの存在であればいい・・・つまりハナっから人間である必要はないの。シズク、貴方ならこの後の展開を知っているんじゃないかしら?」

 

「未来は限りなく不確定だ。その通りになるとは限らない!!」

 

 

 

シズクが語気を強くして怒鳴る。そこまで言われて、キリトはぞわりと背筋を這う恐怖に寒気を覚えた。ニヤリと不気味な微笑を浮かべながら、アドミニストレータは天高く右手を掲げた。その仕草だけで五人の全身から血の気が引いていき、それを助長させるように永遠の若さを保つ手が怪しく光った

 

「さあ目覚めなさい!私の忠実なる僕!魂なき殺戮者よ!リリース・リコレクション!」

 

 

どこから取り出したのか、アドミニストレータの手の中には敬神モジュールが握られていた。そして彼女の口から紡がれたのは、記憶解放の意味を成す二つの単語。その三角柱に解放するような記憶があるのか?キリトがそう考えていると、部屋から響く微かな音を耳にした

 

 

「なんだ、これ・・・・?」

 

 

 

それが金属音だと気づくのに少し時間がかかった。なぜなら、部屋を見渡す間にその音が連続してずっと聞こえていたからだ。広大な広間を取り囲む何本もの柱に、それはあった。実に30本にも及ぶ模造の剣が次々に浮かび上がり、星のように煌めく天蓋の真ん中に集約していく。それを最初に見上げたユージオは、言葉を失いながら後ずさりした

 

 

「あ、あぁぁぁぁぁ・・・・・・!」 

 

「チィッ!!」

 

神聖術に精通したアリス、アリスほどではないがその理を一修剣士よりも理解しているイーディスが、ユージオにならって集約していく構造の剣を見上げる中で一人だけアドミニストレータが持つ敬神モジュールを破壊せんと動いた人物がいた。

 

「あはははっ!僅かな希望に縋る、それが貴方の甘さ!!」

 

アドミニストレータが持つ敬神モジュールに刃が届く瞬間、その間に黄金の剣が割り込んだ。大小30本の剣は時に形を変え、実に巧妙に組み上がった。2本の腕、4本の足どころか顔や肋骨に至るまで、体の全てが金の実剣で出来ていた。黄金に輝くその巨体は、先にチュデルキンが召喚した炎の魔人には及ばずとも、それ以上の威圧感を放っていた。

 

 

 

「嘘・・・でしょ!?」

 

「あ、ありえない・・・同時に複数・・・しかも30もの武器に対して、これほど巨大な完全支配術を使うなど・・・術の理に反しています・・・!」

 

 

 

 

 

アリスとイーディスは眼に映る光景を疑いながらも、半ば呻くように呟いた。一際剣が密集する体の上部に紫の光が灯り、そこがこの剣の巨人の瞳なのだと分かる。そしてアドミニストレータは剣の巨人の頭部の上に浮かび、満足げに微笑みながら言った。

 

 

「ふふ、うふふ。どう?これこそ私の求めた力。永遠に戦い続ける純粋なる攻撃力。名前は、そうね・・・『ソードゴーレム』とでもしておきましょうか」


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