「はぁ・・・はぁっ・・・!」
セントラル・カセドラルの最上階は、文字通り半壊していた。床は抉れ、壁は天蓋にかけて巨大な穴が空いていた。ところどころの石材が小刻みに震え、破損した壁や床の自動修繕に当たろうとしていたが、いかんせん破損箇所が大きすぎたのか、ほとんど意味を成していなかった。
「カーディナル・・・・キリト・・・ユージオ!!」
ダメージの残る体を引き摺りながら、シズクは先ずカーディナルを庇うように気を失っていたキリトとユージオに駆け寄るとステイシアの窓を開いた。
「おい、
大分減ってはいるが、三人とも天命値がゼロになっているわけではなく先ほどの衝撃で気を失っているようだ。シズクはキリトの頭を元に戻った左手で小突く。
「痛っ!お前っ!!?」
キリトが飛び起きると苦笑するシズクが目に入る。キリトがユージオの様子に驚いて揺するとユージオは夢みが悪そうに呻いた。生きていることにホッとしたキリトが、ぺたりと尻餅をついたシズクと視線を交えて力なく笑う。
シズクの存在はユージオの死とカーディナルの犠牲を回避させた。
何とか乗り切った、そう思っていた二人が気の抜けた笑顔を向けあっている中で絶望が舞い降りる。
「・・・・兵器は想定どおり動いてくれないとね。あと一歩でも物質変換が遅れていたら危なかったわ」
「ッ!?!?」
ありえない声がした。その女は、半壊した最上階の上空に、亡霊のように浮かんでいた。艶のある髪が夜空に靡き、透き通るような肌は一糸纏わぬまま曝け出されていた。アンダーワールドの絶対なる管理者は、莫大な威力を誇るシズクの左拳を受けても健在だった。
「流石にアレを受けたら死になさいよ、人として・・・・」
「一応ね。あの光拳が直撃するほんの手前で、ソードゴーレムを何重もの障壁に変換したのよ。まぁそれでも無傷とはいかなかったけど」
「ソイツは光栄だな、お前の呪縛から300の人間を解放したわけだ。」
「乱発できる物ではないでしょう、ソレ。それに開放と言ったわね?どちらかと言えば貴方が300ものユニットを一方的に破壊したのではなくて?」
「・・・・痛い事を言ってくれる!」
キリトの目の前で、アドミニストレータの一言がシズクの表情を悲痛な物に変えた。シズクは自分と同じく、この世界の人々を救いたいと動いている別世界から
突きつけられた変えようも無い現実と自身の無力感が彼から剣を取り上げた。
そう言うとアドミニストレータは大理石の床に降り立ちながら、肩口からごっそりとなくなった、元は右腕のあった場所に視線をやった。それから唯一大広間で立って絶望しているキリトと剣の魔人に変換されてしまっていたとは言え、300人を消し飛ばした現実にくしゃりと表情を歪めるシズクを見ると、死の淵から還ってきた彼女は狂ったように笑い始めた。
「あは、あははははは!やっぱり最後に笑うのはこの私!公理教会最高司祭アドミニストレータなのよ!どうかしら坊や達?まだ何か策があるのかしら?あなた達2人だけが取り残されたこの状況でぇ?」
左腕のレイピアを刃に付着した何かを払うように振りながら、アドミニストレータはなおも体を反らせて笑い続けた。キリトとシズクはこの状況をひっくり返す術が無い。完全な詰み。その悔しさを滲ませてキリトが諦めかけていた時、彼の横にふらつく足取りで黄金の少女と支えあいながらうっすらと灰色ががった鎧の少女が並び立った。
「ぜぇ・・・違うわ・・・っ!」
「はぁ・・・ええ、違います!まだ、これが最後などでは・・・ありません・・・!」
「イーディス!」
「アリス・・・!」
「・・・ふぅん」
息も絶え絶えに言ったイーディスとアリスは、膝をガクガクと震わせ、互いに寄り添うようにして立っているのがやっとの状態だった。誰がどう見ても限界、もはや戦力にならないのは明白だった。しかし彼女達は、一度深く呼吸すると、アドミニストレータに向けて叫んだ。
「最後に笑うのが自分?ふざけないでよ・・・!!」
「最後に笑うのは、幸せを噛みしめる民達です・・・!あなたの支配と呪縛から解き放たれ、真の自由を手にした民が笑う、その瞬間に・・・天に約束された我らの勝利は叶うのです!!」
「そんな状態で、何を言っているの?もう立っているのだってやっとじゃない・・・」
二人を嘲笑うアドミニストレータは、レイピアの先に熱素を生み出した。矢の形状を取った熱素が、真っ直ぐイーディスとアリスに向かって射出される。二人が限界を向かえて崩れ落ちるの同時に僅かにイーディスは前に出た。アリスを庇うように痛む身体に鞭打って抱きこむように自身を盾にする。
「・・・いつもと立場が逆だな」
「ははっ・・・何だ、動ける・・・じゃない」
「ふふっ・・・ソレでこそです・・・・。」
甲高い音と共に熱素の矢は握り潰された。アリスを受け止めたキリトとイーディスを受け止めながら左手で迎撃したシズク、二人のイレギュラーにアドミニストレータは不快だと表情で語りながら舌打ちをした。
「・・・流石にそろそろ不愉快になってきたわ。お前達は何故そうまでして無為に、醜く足掻くの?戦いの結末はもう明らかだというのに。決定された終わりに辿り着くまでの過程に、一体どんな意味があるというの?」
「なんでも諦めたらそこで終了なんだよ・・・」
キリトは力強い瞳でアドミニストレータを見据えながら、前に立つ一人の青年に同時になんでここまで余裕を持てるのかと疑問に思った。所々で余裕をなくしては、直ぐに余裕を見せる不思議な男を。対してアドミニストレータは勝ち目など無い戦いに敢然と立ち向かっていく彼の勇姿を目の当たりにして剥き出しの怒りを露わにして叫んだ。
「なぜだ!なぜそうやって愚かにも運命に抗うのだ!?」
「当たり前だ!敷かれたレールの先が死だとしても、辿り着くまでどう歩こうが自由だ!!」
「ここは私の世界だ!招かれざる侵入者にそのような振る舞いは断じて許さぬ!膝を付け!首を差し出せ!恭順せよ!」
レイピアを掲げるアドミニストレータを中心にして、負の心意とも呼ぶべき闇の波動が渦を巻いた。シズクはその爆風から三人を護る様に立つと身を盾にして、歯を食いしばって耐え抜くと腰を落として幻狼刀の柄に手をかけた。
「お前の世界?少し違うな。お前はただの薄汚い略奪者だ。この世界の人間を、誰かが支配するなんてことは絶対に出来はしない!」
「小僧があああぁぁぁっっっ!!!」
世界を支配する者と、世界に刃向かう者の叫びが世界の頂点で木霊した。アドミニストレータは残された左腕でレイピアを引き絞り、シズクは低く腰を落としたままの姿勢で駆け抜ける。