セントラル・カセドラル三十層、そこから飛び立つ飛竜が一匹。
そう、霧舞である。
「ごめんね~。頑張って、霧舞」
私ことイーディスは愛馬ならぬ愛竜に声をかけると霧舞が唸って返してくれる。
うん、問題ないみたいね。
「悪いな、霧舞。こんなしっかりと装備を持ち込むなんて」
「まさか、日帰りで解決出来るなんて思ってないわよね?」
「・・・何だ?出来ないのか」
「出来るわけないでしょ!?今回は情報も足りてないからアンタ頼りな面もあるし、頑張りなさいよ!」
私は肩に掴まるシズクへ檄を飛ばす。
どうしてこう楽観主義と言うか、気軽に構えていられるんだろう?アンタの格好を見て
警戒しない民は居ないわよ?
「ああ、聞き込みについては任せろ。と言うか人攫いって禁忌目録に抵触しないのか?」
「すると思うわ。でも、人界の外に出てしまえば話は別よ。シズクの見立てを教えて」
シズクの疑問は尤もだ。私も思った事だから、互いの意見を交換し合っておく。シズクは変なところで鋭いから良いセン突けるかもって思ったんだけど。
「もし暗黒界の一軍が侵攻できていたとして、何で民を攫う必要がある?ゴブリンたちの台詞を思い返しても殺意しか感じられないからな。殺戮があったって言う方がしっくり来る」
「そうよね、私も同感。やっぱり、何かあるのかしら?」
霧舞の綱を握る手に力が篭る。
私は人界の平和を守る、この思いは誰にも負けない。負けてないと自負している。
ダークテリトリーからの侵攻なのか、はたまた別の何か・・・分からないけど咎は清算してもらうわよ。
東側の山脈付近、最初に俺ことシズクとイーディスが出会った東の大門に近い所にキャンプ地を設営する。
持ち込んだ天幕と霧舞がのんびり出来る水辺がある洞穴を根城に、地形を生かして天幕の設営を始めるイーディスと俺。
「天幕一つで大丈夫か?」
「大丈夫、アンタは襲うなんて度胸無いでしょ?」
にっこりと微笑みながらイーディスが言った。
信頼されているのか、それとも男として見ていないのか実に複雑である。天幕の中には
簡易ベッドと簡易的な椅子とキャンピングチェアのような椅子がある。
まぁ、椅子でも寝れない事はないし・・・いいか。
「霧舞、俺は今複雑な気分だ」
「ルゥ・・・」
霧舞の脇に腰を下ろすと思わずぼやく。すると霧舞はずしっ!と頭を乗せてきた。
普通に重い。けどコレはコレで「気にするな」と言っているような気がする。
「飛竜の所によく行っていたのは知ってたけど、霧舞凄く懐いたわね!?」
その様子にイーディスが驚く。
何でも人語を理解する飛竜は乗り手である騎士にしか懐かないらしい。
例外として兄妹竜の乗り手なら懐くこともあるらしいが、俺にここまで懐いているとは思わなかったそうだ。
そりゃそうよ、俺だって竜に懐かれるなんて初めての経験だわ!
「昔から動物とは長い付き合いだからな」
思い出すのは、アンダーワールドに迷い込む前に飼っていた我が家のペット達。
あ、ジーンとこみ上げてくる物がある。
「ふーん、そう言えばシズクのこと良く知らないわね。」
「え?」
「気になることが多いもの、剣の腕以前に何で時折悲しげなのかも。出会う前はなにを
していたかも知らない」
イーディスが霧舞に圧し掛かられ(頭部のみ)大の字になっている俺の目を覗き込む。
くすりと笑うイーディスに俺は視線を逸らして呟く。
「聞いても面白みなんてないぞ?」
「でも聞きたいのは本当よ? 自分の従者のことは把握しときたい」
「まだ話す時じゃないと思うし、到底信じられない話だ」
「信じるよ。シズクのこと」
まっすぐな言葉、イーディスは変なところで純粋だ。
騙さないか心配である。
あ、騙されるような玉なら整合騎士やってないか、と言ってもアドミニストレータは整合騎士の記憶を改竄している。
公理教会に疑念を抱かせることに直結する、そうなると何時リミッターで苦しむことになるか分かったモンじゃない。
「今は無理だ、話せる時がきたら真っ先にイーディスに話す。それで良いか?」
「私に聞かれたら困ること?」
「ん、まぁ・・・今は誰に聞かれても困る」
「はぁ。それ、約束だからね? 破らないでよ」
「ありがとうイーディス」
イーディスが生真面目な人間じゃなくて助かった、これくらいなら許してあげるって範囲が他よりは広いんだろう。
そういうのに今回は甘えるとしよう、話すことではないのも事実。
俺がどこから来たのか。何故世界の仕組みを知っているかも。それを教えたらイーディスは世界の仕組みを知ることになる。
どれだけ必死に戦おうと、向こうの人間が軽く操作するだけでここの全てが泡となって消えるということを。
比喩ですらなく、完全な無になる、文字通りアンダーワールドが消える。
生けるすべての命が他人の手に握られている。
そんな事を知ったら、イーディスはどうなるんだろうな。
「グゥ!」
「うげぇ!?」
重い物が落ちてきて苦悶の声を上げる。我ながら珍妙な声を上げたものだ。
なにやら抗議するように霧舞が行ったようだ。
霧舞が「主を守ってくれるんじゃないのか?」と目で訴えているように見える。
いや、守りたいとは思うけども。
ま、キリトたちが関わる以上菊岡さん達もアンダーワールドがただの実験場ではないと知ることになるだろうしな。
「霧舞の心配は杞憂だから、安心しろ。後・・・加減して、重いんだが!?」
ぺしぺしと霧舞の口元を叩いている俺と微笑むイーディスがいた。
シズクが情報収集に当たる間、私ことイーディスは拠点として洞穴で待機していることになった。
大丈夫かなぁ?アイツの格好って多分人界中探しても一人だけよ、きっと。
「でも、不思議と何とかしちゃうんだろうな」
あいつと暮らし始めてからと言うもの、私の人間関係は大分改善した。
元々騎士長とは馬が合ってたけど、シズクが絡んだことでまるで家族との会話ってこんなのだろうかと想像も出来るくらいフランクな物になったし、副長とも顔を合わせれば嫌味の応酬じゃなくなった。
ま、どっちの弟子が強いだろうとか言い合いは絶えないけど前よりは関係改善していると思う。
シェータとも話す機会が増えた。私自身も手合わせすることもあった。
レンリがアイツにアドバイスを求めに来ることもあった。
「と言うか霧舞、何時の間に懐いたの?」
私がふっと川の水を飲む霧舞に尋ねるとこちらを向いて首を傾げ、首を振るような仕草をして軽く唸った。
単純に愚痴をこぼしに来ていたシズクとソレを嫌々聞いていた霧舞と他の飛竜達。特別何かあるわけじゃないが、取り合えず懐きやすかった。
飛竜達は人語を理解しても喋れるわけじゃない。なので首肯とかそう言うボディランゲージで伝えるしかないのだが。
「ま、アイツが三十層に行っていた時よね。さて、私は私で騎士長から貰った情報を整理しておくかな」
そう言いながら私は天幕に戻る。
すると霧舞が唸るので様子を身に天幕から顔を出すとシズクが居て、
「意外と早かったわね。まさか、怪しまれて相手にされなかったとか?」
冗談めかして言うとシズクはムッとする。
あ、コレはちゃんと情報を仕入れてきたわね。
俺ことシズクが情報を集めに集落に訪れると男女比が可笑しい事に気がついた。
集落には男性と女性と言っても老人、あとは幼女しか見当たらず、攫われている民の年齢層と性別が一発で分かった。
15~20歳前後の女性ばかりだと推測がついた。
一様、集落の長に話を聞こうとしたところ衛兵に止められたがそこはソレ。
旅芸人と言う事にして、武器を預けるという条件の下集落入り。
衛兵が刀預けたら重い!と叫んでいたがそこは無視した。
武器庫にあるだけはあるな、無銘ながら優先度は神器に近いのか。
通された集会所、そこで長から聞いたのは近くにかつての戦争で使われた砦があって今はダークテリトリーに抜けることが出来るかもしれないという与太話があること。
職人の集落であるココを守る神獣の存在、そして、攫われた民達は決まって地面に沈んで消えたと言う。
(新手の神聖術か?イーディスに聞かないと分からないことだらけだな)
何故、攫われたと断言できるか尋ねた所、地面からゴブリンのような奴が飛び出してきたのを見た奴がいるという。
一応、目撃者にも話は聞いたけど・・・・うん、何だろう。何か大正時代で鬼を斬る話になかった?
俺はそんなことを思いつつ、帰路に着いたわけなんだ。
「ねぇ、一応聞いていい?」
「何よ?」
天幕に戻り、夕食の準備をしているというイーディスに尋ねる。
「イーディス、料理できるの?」
俺の目の前でイーディスがケバプ屋で見たような削ぐ前の肉塊を地面に突き立てている。
あ、霧舞は新鮮な川魚をタップリ食べている最中のようでザブザブ川の方から聞こえる。
「失礼ね、出来るわよ料理くらい。システムコール!」
いや、神聖術で焼いただけじゃねぇか!
思いの他、神聖術って用途広いんだなと実感した瞬間だった。
「どう、少しは見直した?」
切り分けて、何処か誇らしげに胸を張るイーディス。
確かに焼き加減は絶妙だけど、これはかなりアバウトだ、料理といえるのかかなり怪しい。
「・・・・おっとそうだ。イーディスのアバウト焼きに気を取られて忘れる所だった」
「あば?まぁ、いいわ。・・・その沈む神聖術を使うゴブリンのことでしょ、私も聞いたことないわ」
「となると根城かもしれない砦跡に乗り込んでみるしかないか」
「そうね・・・室内にいても攫われた。私達整合騎士が知りえない術式を使う相手か、本当にゴブリンなのかな?」
「分からん、一本角が生えていたという目撃情報も殆ど当てにならないだろうさ。後、ここいらに職人の集落以外に村ってあるか?」
俺の見てきた限り、あの集落に標的となる年齢層の女性はいなかった、隠れているという線も疑えるが室内にいても殆ど無音で攫う事が出来る。
その一点を考慮すると隠れるというのは大して意味はなく、そこに標的がいるということが大事なのでないか?
「無いと思うわ。元々この一帯はあまり人が立ち入らない物。加工職が天職の人だってそう多くないと思うし・・・」
イーディスが顎に手をあてて少し考えた後に答えてくれる、となると見た目年齢ならイーディスも丁度標的層に入るんだよね。
イーディスの存在が相手に露呈しているとは思えないけど、一応警戒するか。