鬼殺隊本部に召喚されたドラ治郎は、当主・産屋敷と9人の柱たちの前で、禰豆ミが鬼であった頃に人を襲ったことがないと証明した。
ついでに鬼舞辻無惨の姿を公開した。
「ドラ治郎のおかげで今までにない前進となった。鬼舞辻無惨にたどり着く日が、そう遠くはないと思えることは喜ばしい」
心地よい産屋敷の声に、ドラ治郎は頭がふわふわするような感覚を覚えた。
「禰豆ミも人を襲わない鬼という快挙を皆に示してくれた。これも我々にとって大きな希望になるだろう。よくやったね」
禰豆ミもまた、不思議な高揚感に包まれ笑みをこぼしていた。
「皆もどうだい? ドラ治郎と禰豆ミを認めてもらいたいのだが」
産屋敷の呼びかけに、柱たちは1人1人返答していく。
「こうもハッキリと見せられては納得せざるをえない。全力で肯定します!」
「私はお館様の望むままに従います」
「鳴呼・・・お館様の慈悲に異論は挟みませぬが、証明を目でしか確認させてもらえぬとは口惜しい」
「鬼血術の類の可能性が残っている以上、俺は信用しない」
「派手な色の絵を俺の目は嘘とは思わん。後でもっと見せてくれ」
「認めるかどうかは、僕はどちらでも・・・人のことなんてすぐに忘れるので」
「私は気になることは残っていますが、お館様の言う通りに」
「・・・」
ストレートな物言いこそ少ないが、ドラ治郎と禰豆ミの存在は鬼殺隊として受け入れられる様子であった。
だが、そこに断固として異論を挟む者がいた。
一際鋭い眼光でドラ治郎たちを睨む全身傷だらけの男、風柱・不死川実弥であった。
「お館様! 俺は納得いきません。禰豆ミという妹の方はわかりますが、そっちの女のほうは鬼だった頃の悪逆非道を否定できますでしょうか!?」
不死川に豪語され、元・鬼の女性は酷く狼狽した。
「さっきの“てれび”とかいう写真にちらりと映っておりました。この女によく似た鬼が出していた糸と、よく似た糸で操られた瀕死の隊員たちの姿。報告にあった同士討ちは間違いなく、この女の仕業だ!」
不死川の指摘したことは、他の柱たちも薄々気付いていることであった。
柱たちの鋭い視線が女性の背に刺さる。
「ちょっと待ってよ。この人はボクと最初に会った時に言ってましたよ。殺し合いなんか嫌だって。嫌だけど酷い目に遭うから仕方なくやってたって」
「そんなもの、どの鬼も言っていることだ。保身のために嘘をつき、同情を誘い油断した人間を殺す」
吐き捨てるように断言する不死川を、ドラ治郎はグヌヌと睨みつける。
そこに割って入るように、産屋敷は小さく指を口に当てた。
その仕草に不死川は素早く反応し、黙って座り直す。
「実弥。その件について、私は不問にするつもりだよ」
「!? お館様!」
産屋敷の言葉に女性は不思議な安心感を少しだけ覚えたが、それでも『不問にする』という言葉の裏に何か隠れているのではと勘繰り、心からは安心できなかった。
「ですがお館様。今から“お確かめ”になるのでしょう? 禰豆ミの写真だけでは無惨の姿は十分に確認できたとは言えませんから。であるならばその際に、この女の本性が分かるはずです」
不死川がギロリと女性を睨みつける。
ドラ治郎はその言葉の意味がすぐには分からなかったが、彼の取り出した“タイムテレビ”という鏡台を見てその意味に気付いた。
「そうだね。ドラ治郎。今からその“てれび”で、そちらのお嬢さんの過去を見せてもらいたい。もちろんその時にお嬢さんが鬼だったころの所業が映し出されるのはキミたちとしては不本意かもしれないが、それでも無惨の情報を得ることは私たちにとって重要なんだ」
ドラ治郎は迷った。
女性はおそらく鬼だった頃に何人もの人間を殺して食べてきている。
その映像を見た人間が、彼女の事をどう思うか。罪を不問にすると口では言っても、心の中で彼女をいくらでも責めてしまうだろう。
「・・・分かりました。見ましょう」
「ドラ治郎さん!?」
「お兄ちゃん!?」
ドラ治郎は決意を固めていた。
たとえ鬼殺隊の全員が彼女を嫌ったとしても、自分だけは味方になってあげようと。
たとえどれだけおぞましい映像をこれから目にしたとしても。
「では、流します」
ドラ治郎は鏡台を操作し、女性の過去の映像を流し始めた。
まず最初に映し出されたのは、彼女の体が人のモノから、白塗りで妙な文様を顔に刻んだ鬼のモノに変わる・・否、戻る瞬間であった。
そこから鬼であった彼女は蜘蛛の糸を駆使し、隊員たちを操って同士討ちさせていった。
『やはりな』
不死川だけでなく、他の柱たちから蔑視にも似た視線が針の筵のように彼女に刺さる。
彼女は自分の体を抱きかかえ震えはじめた。
禰豆ミは彼女を哀れに思い、やさしくその背を抱きしめる。
だが、彼女が震えているのは、柱たちの視線を怖がっているからだけではない。
「キャアアアアア」
鏡台の巻き戻し映像から音声が流れることは無い。
だが、その悲鳴は確実に映像を見ている者たちの耳に感じられた。
「こ・・・・これは・・・」
不死川は目をカッと開き、思わず声を漏らしていた。
そこに映し出されていたものは、鬼であった彼女の身に降りかかった暴力の雪崩であった。
殴られ
切られ
千切られ
弄られ
引きずられ
砕かれ
炙られ
裂かれ
歪められ
鬼であるから時間が経てば傷は治る。死による解放も無い。不毛な虐待に終わりなど無い。
その凄惨な光景にドラ治郎は思わず目を伏せていた。
柱たちも眉をひそめ、その光景を直視できる者は少なかった。
辛うじて全ての映像を睨む者もいたが、その光景が何回繰り返されたのか、数えることはできなかった。
暴力の日々。それが毎日続いていた。彼女は助けを求め続けていた。
だが、誰も彼女を助けてはくれなかった。
早戻しの映像は数秒で1日分が戻っていったが、その映像は永遠に終わらないのではと思うほど長く流されていた。
どれほどの時間が経過したか分からなくなった頃、ようやく彼女は森から後ろ向きに出ていった。
森に逃げ延びる前の頃の映像になったのだ。
彼女は森に来る前も、ひたすら鬼殺に追われていた。
安息の無い日々が続く。
ようやく人を喰らう場面が映し出されたが、彼女は悲しみの涙を流しながら人を喰っていた。
喰われていたのは大人の女性。それが誰かは分からない・・・
「待て! 行き過ぎだ!」
人を喰う場面が終わり、鏡台にチラリと“彼女が鬼に変わった瞬間”が映り、不死川が叫んだ。
ドラ治郎が映像を止めた時、彼女の姿は小さな子供に戻っていた。
「あっ、ごめんなさい。早送りするね」
そう言ってドラ治郎が鏡台を操作すると、幼い彼女が先ほど喰われた大人の女性と仲睦まじく手を繋いでいる場面が映し出された。
それは至って平和な、どこにでもある親子の風景であった。
そして・・・その時は訪れた。
「こいつが無惨!」
鏡台に男の姿が映し出されていた。禰豆ミの時とは性別が全く違うが、醸し出す妖艶な雰囲気は非常に似ていた。
ミシッ!
その時、ドラ治郎たちの背後で何かが握り潰される音が聞こえた。
それは憎き無惨の姿を目にし怒り狂った不死川が、足元の畳を指で握り毟った音であった。
「不死川・・・落ち着け」
宇髄がたしなめると、不死川は小さく「すみません」とつぶやき顔を落とした。
「はい。ここまで」
部屋中に沈黙が漂う中、産屋敷の一言に柱たちは顔を正した。
「分かったことが2つあるね。1つは無惨は自分の姿を変えていることだ。男や女、もしかしたら年齢も。どうりで今まで鬼殺隊がその尻尾を掴めずにいたというわけだ」
産屋敷の言葉に柱たちは頷く。
「そして2つめ。彼女もまた鬼の犠牲者。たしかに隊員の同士討ち、人を殺し喰ったことは事実。だが、その罪を今さら裁くことなど誰ができようか。そうだね実弥?」
「御意」
産屋敷は映像を見る前から分かっていた。女性が悲惨な過去を持っているであろうということを。それ故、最初に罪を不問にすると言ったのだ。
「お嬢さん、すまなかったね。キミの辛い記憶を晒してしまって」
「・・・いいえ、私が悪いんです・・・お母さんを食べてしまったことも、今の今まで忘れていましたから・・・」
女性は自分を責めながら答えた。
「そんなことない! だって、仕方なかったんだよ!」
「そうだよ。悪いのは鬼の体だよ。あの無惨ってやつが全部の元凶だ! 大丈夫。ボクが必ずやっつけてあげるから」
禰豆ミとドラ治郎が彼女を必死に慰める。
「その通りだよ。だから今、柱たちもお嬢さんのために怒っている。血が逆流するほど強い怒りで、無惨を滅ぼさんと思いを昂らせている」
産屋敷の言葉の通り、柱たちは怒りに震えていた。
「ところでお嬢さん、キミのことを何と呼べばいいかな? 鬼から戻った人と呼ぶわけにもいかないだろう?」
産屋敷に指摘され、女性はハッとなった。
映像から自分の境遇は思い出せたが、名前までは思い出せなかったのだ。
「もしよければ私が名前をつけてあげよう」
「えっ!? あっ、えっ!?」
「お館様から御名前を頂けるなんて、とても名誉なことですよ」
女性が困惑する中、そんな彼女に胡蝶が優しくフォローを入れる。
「おっ、お願いします」
「じゃあ、皆から信じてもらえるよう願いを込めて、“信代”というのはどうだろうか?」
「“のぶよ”さん? いい名前だねぇ」
ドラ治郎がニコリと笑うと、彼女の胸に安心が満たされた。
「はい。信代の名、是非使わせてください!」
「決まりだね。皆が信代の事を信じ、守ってくれると思うよ」
信代の心は不思議な昂揚感に包まれていた。
先程まで死の恐怖に潰れそうだったことも、哀しい過去を思い出し押し潰されそうだった心を今、多くの人が支えてくれている気分にあるのだ。
勿論、その心を一番に支えてくれているのは彼女の隣に座るドラ治郎と禰豆ミである。
「ドラ治郎と禰豆ミ、信代の話はこれで終わり。3人とも下がっていいよ。そろそろ柱合会議を始めようか」
「でしたら竈門くんや禰豆ミちゃん、信代さんは私の屋敷でお預かり致しましょう」
胡蝶がニコーッと手を挙げ提案すると、産屋敷は静かに「そうしてくれ」と承認した。
「へっ?」「えっ?」「??」
3人が困惑する暇もなく広間の襖が開き、隠たちが現れテキパキとドラ治郎たちを連れだし、広間からそそくさと退散していった。
津波が過ぎ去った後のようであった。
無惨の姿を知り、鬼の苦しみを知り、守るべき心を思い出し。
柱たちにとっても、産屋敷にとっても、ドラ治郎たち3人が今日示してくれたことは心に大きな決意を生み出すものであった。
が、同時にドラ治郎という不思議な少年の雰囲気に飲まれる時間でもあった。
『そういえばアイツ、無惨を絶対にやっつけるとか言ってたな。派手に馬鹿だろ』
『相変わらず、身の程知らずにもほどがある』
『いい心掛けだ!』
『結局最後まで血鬼術じゃないって証明はしていかなかったな』
『ドラ治郎くん、天然っぽくてカワイイ』
『やっと会議が始まる』
『アオイが何とかしてくれるわね』
『悪鬼どもをぶっ潰す』
『また何一つ見れなかった』
【22世紀コソコソ噂話】
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