東京喰種 √鬼   作:MM氏

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第七話 高槻

龍二が出て行った後,金木は大袈裟に大きくベットに沈み,そのままなんの色味もない無機質な天井を見つめていた。眠りこけていた三日間の間に金木の身体は大分回復していた。しかし身体は回復しているものの,心は同様ではなかった。彼の頭の中にあるのは大きな葛藤だ。自分が求める強さの先に本当に守れるものがあるのか。龍二の言葉を聞いてそう強く感じた。

 

『選択を間違えるな』

 

(選択を、間違えるな?僕の選択は本当に,正しいのだろうか)

 

選択という言葉が自身の脳を揺さぶる。あの時,自分がこうしなかったら,こうすれば。そうすれば今と少しでも状況は違っていだのだろうか。

 

(もし,僕がリゼさんと出会わなければ)

 

リゼというのは彼に悲劇を授けた人物だ。金木の人生は彼女との接触を境に大きく変化。人から喰種へと本来ではありえないような変貌を遂げた彼は常に悩みに悩み続けていたのだ。

 

たった一つ,パズルのピースが欠けただけで現在の自分ではなくなる可能性。金木は時々そんなことを考えていた。

 

「何を,考えているのかな?」

 

突如,自身の耳を声が通り過ぎて行った。金木は驚き,辺りを見渡した。本来この場にいるはずのない声が聞こえたからだ。幻聴と自身の耳を疑う金木だったが,部屋の角に小さく三角座りしている異質な者の姿を目にする。

 

「何で,君がここに」

 

「君」と金木がそれに問いただすには理由があった。部屋の隅で座り込んでいるそれの性別は女性。そして体型に至ってはコンパクトである。なので金木の中で彼女は勝手に少女と結びついていた。

 

「ふふふ,君があまりに戻ってくるのが遅いから迎えにきたよ」

 

 

 

「そうですか....アオギリには仲間を大切にする義理でも?」

 

 

「ふふ,なにそれ笑............君だからだよ」

 

 

「どうゆう意味ですかそれ」

 

金木は彼女に言葉に自然と身構えた。何故自分が身構えているのか。意図的ではなく意識的に金木の身体は動いていた。

 

 

「そんな警戒しないでよ。やっぱり君は病んでる顔がいいね」

 

 

「何を言って......」

 

 

その瞬間,彼女の左手は金木の右頬に触れていた。一瞬の出来事に対し理解が追いつかず金木は止まっていた。

 

(アオギリで僕より強いのはタタラ,ノロだけだと思っていた。だが,この子も警戒した方が....)

 

「あなたってとても寂しがり屋さんなのね」

 

 

「僕が,寂しがり?何を根拠に?」

 

 

「知ってるよ〜私とタタラさんは笑 君がアオギリに入った理由」

 

 

「そうですか。貴方はそれを脅し材料にでも使いたいのですか?アオギリにもっと忠義を尽くせと」

 

 

「ううん,そんな乱暴なことはしないよ。ただ貴方の本心が聞きたくて」

 

 

包帯に隠れていても彼女の表情は透き通るかのように確認できた。その表情は酷く歪んでいたのではなく,金木を心の奥底から震わせるような心にもない笑みを浮かべていたのだ。

 

(こんな表情をできる人が)

 

 

 

 

 

「私の可愛い欠落者」

 

その言葉を聞いたと同時に金木の頭に衝撃が走る。聞き覚えのあるフレーズ。彼は必死に記憶の中でこの言葉を探した。

 

「高槻泉」

 

それは金木が愛してやまない小説家であった。彼女の本の内容は独創的で他の小説家にはない物語や表現が多かった。それ故に万人受けではないがコアなファンが多いことで有名だった。そんな彼女の七作目の『黒山羊の卵』。

 

 

彼女の口から発せられたのはその作中で書かれていた言葉であった。

 

「確か,貴方とリゼちゃんを繋ぎ合わせたのも,この作家のおかげだよね」

 

「!!.............何故,それを?」

 

そう言った金木の言葉は酷く震えていた。何故か目の前の少女に全てを見透かされているような。

 

「確か,彼女(高槻泉)のその作品(黒山羊の卵)は殺人鬼とその息子をテーマにした親子劇。殺人鬼の母を持つ息子はその母の異常性に嫌悪しながらも,自らにも残虐な衝動が芽生えていることに気づく。やっぱり血は争えないのね」

 

金木は黙り込んで彼女の言葉を聞いていた。

 

「貴方のお母さんは,どうゆう人だった?」

 

「僕の,お母さんは.....」

 

金木は自分の母親を思い浮かべていた。金木は幼い頃父親を事故で亡くしていた。なので母親は金木を1人育てた。そんな母を金木は慕い,愛していた。しかし,母は伯母に金を無心されたせいで自身を追い込み,結果過労で死んでしまった。そんな母から金木が教わっていたのは「傷つける人よりも傷つけられる人になりなさい」という言葉であった。

 

 

「お母さんは,僕のために,働きづめで、僕のために」

 

 

「へぇ〜優しいお母さんだね」

 

 

「僕のお母さんは,.............優し」

 

「それは本当に優しさ?」

 

「え?」

 

 

金木に動揺が走る。

 

 

「それはね。優しさじゃないよ?笑 私が教えてあげる。あなたのお母さんはあなたを考えているようであなたを考えていない。ただ失うのが怖かっただけ......」

 

「嘘,だ。母さんは僕のことを....」

 

 

「じゃあ逆に聞くけど,あなたはアオギリの樹に入って何を守りたいの?」

 

 

「僕は,僕は,トーカちゃんや,あんていくのみんなを...」

 

 

「お仲間さん想いなのね。でも何のためにお仲間を守るの?」

 

 

「それは.........」

 

 

「自分のためでしょ?」

 

彼女の口調が変わった。その声には少し狂気が帯びていた。金木の脈拍がどんどん上がり,どくどくと大きく聞こえ始める。

 

「あなたは失った後の自分を考えるのが怖いんでしょ?失ってから救えなかった自分に絶望するのが怖いんでしょ?それは........みんなのためとは言えないよね」

 

 

「.............」

 

 

金木が言い返せないのには,おそらく自分自身で理解している部分があるからだろう。だから言い返せないのだ。

 

「あらよかったじゃない,ママと一緒だね」

 

その瞬間,金木の中で過去のフラッシュバックが起きた。遠い日の記憶。それは幼少期の頃,金木が母と暮らして場面に遡る。家でも内職に勤しむ母の姿を見て金木は心配していた。しかし,母親は心配している金木を抱きしめて..................いたのではなく絶え間のない暴力を行なっていた。

 

そう金木の母親は金木に日常的にDVを行なっていたのである。

 

「僕,もう欲しがらないから許して」

 

金木は下を向き俯いている。その目には光がともされてなかった。自身の中で母を良き母と錯覚することで自分を安定させていた。しかし現実を見たとき,彼はそのあまりのギャップに耐え切れないでいた。彼女は震えている金木の身体を優しく抱きしめた。

 

 

「可哀想な子,実の母からも暴力を受けて悲しかった?辛かった?。私がその痛みをわかってあげる。ほら,お母さんはここにいるよ」

 

 

その言葉を聞いて少女の顔を見た金木は驚いた。金木には少女の顔が自身の想像していた優しい母の顔に見えていたからだ。

 

「お母,さん。僕のお母さんは,やさ,しいんだ。僕のことを一番考えて」

 

「そうだよ。私は君のことを一番考えてるよ?」

 

 

金木の心の中が目の前の少女,虚偽の母の姿で埋め尽くされた。金木は彼女に問いただした。

 

 

「お母さん,僕,どうすればいいの?」

 

 

「ふふふ。お母さんはね,ある喰種を追ってるの。.........彼を見つけてね」

 

 

彼女が彼と呼ぶ人物こそ,もとVであり,そして元アオギリの樹のメンバーでもある,四方龍二のことだった。

 

 

私ね,あなたに嫉妬してるの

 

 

彼女は笑っていた顔を醜く歪めていた。

 

 


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