ダンまち ~孤高の剣士の英雄譚~   作:キリト・クラネル

2 / 6


 お久しぶりです!

 ちょっと時間が空いて申し訳ありませんでした。

 今話はベルがファミリアに加入するまでの話になります。

 ではどうぞ。




第一章 ~英雄の卵~

 

 

 迷宮都市オラリオ。

 オラリオにはあらゆる人種が混在し、共存している。人間、エルフ、ドワーフ、アマゾネスなど種々様々だ。

 なにより、オラリオは世界で唯一、魔物が巣食う地下迷宮【ダンジョン】を有する地上都市。およそ千年前に降臨した神々が最も多く暮らす都市であり一つの国家と言っても過言ではない。

 そしてその街一つの中には様々な勢力が存在していた。

 【ダンジョン】に潜ってモンスターを討伐し、生計を立てる冒険者に恩恵を与える神を頂点とする【ファミリア】。

 冒険者が取ってきた魔石その他を取り扱う仲介者にしてオラリオの実質的な運営組織【ギルド】。

 ギルドは一つだけだが、ファミリアは神の数だけ存在する。所属人数が数人の零細ファミリアもいれば数百人規模の大規模勢力ファミリアもいた。商業や産業系専門もいれば【ダンジョン】に潜る事を活動の主とする探索専門など種類も豊富。

 必ずしも協力体制にあるわけではない。ほとんどの場合は相互不可侵が暗黙の了解なほど、ファミリア間の交流は少ないと言える。

 

 無論、個人の交流は別だ。

 

 あくまで所属ファミリアが別である事を除けば個人的な範疇に留まる交流までは特に制限されていない。そこまで縛られるとなれば、よっぽど険悪なファミリア関係か、あるいはどちらかに余程問題があるかくらい。

 ケースとして少ないが、血を分けた兄弟姉妹が産業系と探索系ファミリアに別々に入り、一般人の親元へ仕送りする事も少なくない。

 

 また、オラリオに夢を抱き、冒険者を志す者もいる。

 

 英雄譚に憬れ。名の売れた冒険者に憬れ。

 あるいは巨万の富を。

 あるいは数多の名声を。

 ――あるいは、出会いを求めて。

 どれだけ時が進もうと、下界の子らはオラリオを目指して集う。

 

 

 

 一千年の歴史を持つオラリオはそれだけ混沌としていた。

 

 

 

「ここが、オラリオ……! 凄いなぁ! 色んな種族の人がいる!」

 

 そんなオラリオにまた一人、足を踏み入れる若者がいた。

 名をベル・クラネル。地図にも載っていないような辺境の村から、祖父の遺言に従い、出会いと夢を抱いてオラリオにやってきた少年である。

 無論、現実を見ていない訳ではない。

 ベルは数ヶ月まで義理の弟と祖父の三人で暮らしていた。厳密に言えば、義弟は行商人に護衛を依頼されて村を出る事が多かったため、ほとんど祖父と二人暮らし。

 しかし村を出立する一ヵ月前、祖父はモンスターに殺された。

 ベル自身はその現場を見たわけではない。同じ村に住む男性から教えてもらっただけで、その実、遺体すら拝めなかった。

 だが日常から祖父が消えたのは事実。

 

 そしてベルは、あまりにも世間の事を知らなさ過ぎた。

 

 畑仕事、家事など、生活するのに必要なスキルはある。しかしお金の稼ぎ方に疎かった。ベルは生まれてこの方、村から碌に出た事も無かったのだ。

 祖父を亡くした今、頼れるのは傭兵稼業をしている義弟だけ。

 ベルは義弟の帰りを待った。しかし来る日も来る日も音沙汰はなく、ついに家にあった金銭も残り少なくなり、ベルの不安はいよいよ限界を迎える。今後の生活に不安を覚えたストレスが、祖父を喪ったストレスと合わさった結果だった。

 そうして命の危険がある冒険者を志したのは、それがベルの知る稼ぐ方法だったからだ。

 祖父が寝物語に聞かせた英雄譚への憬れと、登場する英雄への憬れ。同時に、現実として行商人の護衛に出向き、幾度となく帰還しては報酬と土産を持って帰る義弟の生活。その二つが合致したために、ベルは冒険者として身を立てる事を決意した。

 オラリオを目指したのは、祖父が遺書として残した手紙に『オラリオを目指せ』と書かれていたからである。

 

 ――純粋無垢な少年は、モンスターに殺されるという突発的事故で死んだ祖父がなぜそんな手紙を残せたのか、疑問に思う事はなかった。

 

 その純粋さと、少年らしい夢に正直になり、長旅の末にオラリオに到着したベル。まずは冒険者になろうと都市の警備をしている者に聞き込みをし、ギルドに向かうといいという助言に従って動き出した。

 

「えっと……君が、冒険者志望の……」

「ベル・クラネルと言います!」

「そう、ベル・クラネルさん、ね」

 

 ギルドに到着したベルは、受付の者にまた話を聞き、案内された先で一人の職員と対面する。尖った耳が特徴的な女性、エイナ・チュールだった。

 エイナは合っているかの確認をし、本人であると分かると、困ったように眉を寄せた。

 その理由は、ベルは冒険者に向いていないと思ったからだった。

 エイナは人間とエルフの間に生まれたハーフエルフだ。長命なエルフの血を引く彼女は、しかし見た目相応の年齢であり、ギルドに務め始めて十年は経っていない。その数年の間にも自身が担当した冒険者、あるいは同僚の担当が何人も帰らぬ人となった事を経験している。ある意味冒険者という職の危うさをエイナは思い知っていた。

 だからこそ、ベルには向いていないと思った。

 ほんのわずかな受け答え、表情から見て取れる少年の純粋さ。優しい性格がこれでもかと表にむき出しなそれは、荒くれ者のイメージが付き纏う――勿論例外はあるが――冒険者には不向きだ。

 冒険者同士のいざこざは日常茶飯事。神の恩恵を受けた者は、受けていない者と比べてあまりにも大きな力を得る。一般の大人と冒険者の子供では後者が力で勝ってしまうくらいの理不尽な差が表れるのだ。だからこそ冒険者は一般人に力を振るう真似はしないし、たとえ同業だろうと所属が別ならファミリア間の問題にならないよう自制する――が、同じファミリア内となると話は別になる。

 それ以前に、命のやり取りにこの子は向いていないと、エイナは直感していた。

 むしろよくオラリオに来るまで無事だったなと、人攫いに遭わなかった事に対するベルの剛運に感嘆を抱くほどだ。

 

「あのね、冒険者って、危険な仕事よ? 冒険者の誰それが死んだって枚挙に暇がないの。それにダンジョンに常識は通用しない、予測不能な事態とかザラで、それで命を落とす人は少なくない。色々と荒事も起きるというし……それでもなりたいの?」

「はい! 僕はそのためにオラリオに来たので!」

「そう……」

 

 これは意志が固そうだ、とエイナは半ば諦観した。

 元より職員のエイナに強制力はない。冒険者の担当というのも、魔石を持ち帰る人物のサポートをしてオラリオ全体の経済を回す事が目的であり、それが結果的に冒険者を死なさないための行動に繋がっているだけのこと。ギルドの存在理由を考えればむしろ冒険者が増える事は喜ばしい事なのだ。

 そう感情を押し殺しながら、エイナは職務を遂行する。

 ベルの意向はあらかじめ聞いていた。いまエイナの手元には探索系――ダンジョンに潜り、戦闘を生業とする最も危険度の高い――ファミリアのリストがズラリと並ぶ用紙があった。恩恵を授かってからでなければダンジョンに潜る事は危険だと言われたベルがファミリアに入団申請をして回るべく希望したリストだ。

 ちなみに冒険者志望が訪れるのはザラなので、ギルド側でそのリストは幾つも作られていたりする。

 エイナは職務故にそれを渡したが、兎のように跳ねながら立ち去る少年の姿を見送りながら、いやしかし……と思うのは止められなかった。

 出来ることなら、あの少年が無残に死ぬことにはならないでほしいと、少年に恩恵を与えるであろう未来の神に祈りをささげたのだった。

 

    *

 

 ――しかし。

 

「お前みたいな貧弱なヒューマンが冒険者になるぅ? 寝言は寝て言いやがれ!」

 

 現実は、ベルの夢を真っ向から否定していた(夢への門戸がまた閉じられた)

 オラリオに到着して三日、ベルは広大な都市に点々とあるファミリアを行脚し、入団希望を宣誓した。その数、およそ100。大勢力のファミリアだけではない、数人だけの零細を含めたファミリア――エイナに渡されたリストの全て――を歩いて回った末の数であり、ベルが入団を拒否された数であり、そしてベルの夢を否定された回数でもあった。

 親身になって話を聞き、その上で拒否したファミリアの方が少なかった。大半はベルの夢を嘲笑い、兎を連想させる細身を笑い、まともに取り合わない者ばかり。あるいは話を聞かず、文字通り門前払いしたファミリアもあったほど。

 ベルは打ちひしがれた。思っていた事と違う、と。

 

 ――ベルにとって、冒険者とは英雄である。

 

 英雄とは、英雄譚や童話に登場する憧れの存在。話によっては泥臭く、敗北するものもあったが、どれだけ苦しかろうと最後は勝つ。その勝利が仲間との団結、あるいは努力の応報であるほどにベルの心は燃えた。

 そして現実として存在する英雄のような存在が、冒険者だったのだ。

 ベルは祖父から多くの英雄譚を聞いた。

 その中で、オラリオに関する話も聞いた。英雄譚ほど詳細は教えてもらえなかったが、魔法を操り、剣を振るい、仲間と共に怪物を倒す僅かな話に、ベルは英雄との共通点を見出したのだ。苦楽を共にした仲間と偉業を為していく話にベルは魅入られていた。

 だからこそ、失意は大きかった。

 時刻は既に遅い。相手も夜遅くで気が立っていたのだろうと、心優しいベルは考える。

 それでもあんまりじゃないかと、そう不満を抱くのは仕方が無かった。むしろ食いつかないベルが優し過ぎた。非力に見えるベルに相手がまともな対応をしたとは思えず、事実ベル自身もそう思ったからこそ下手に食らいつかなかったが、だからこそ不満は積もり積もっていく。

 夜の帳が訪れた街中を、ベルはひっそりと歩いていく。気持ち道の端っこを歩いているのは気持ちの沈みよう故か。

 

「はは……ダンジョンに出会いを求めるなんて、間違ってたのかなぁ……」

 

 ダンジョンに入れてすらいないし、入るためにファミリアに入らないといけないのに渡されたリストのファミリアは全滅だし、とベルは肩を落とす。

 

「でも、もうお金も殆ど無いしなぁ……」

 

 そう呟いて、ベルはとうとう足を止めた。

 かき入れ時なのだろう酒場から聞こえる陽気な声がイヤに耳につく。しかしベルはそこに向かえない。元々オラリオに向かったのも、理由の一つにお金を稼ぐ手段として数えていたからだ。そして今から村へ戻るにも金が要るが、それすら足りない。

 オラリオの出入りに金は不要だが道中が持たない。

 現地調達の手もあるが、ベルは護身用のナイフしか持っておらず、更に村で狩りをした経験もロクにない。あっても祖父の手伝いで罠を仕掛けたくらいだが、今はその罠の材料すらない状況だ。

 

「……あ、そっか」

 

 最早進退窮まったところまで来たベルは、ふと頭を上げた。

 

「別に恩恵が無くてもいいよね。お祖父ちゃんも、農具でゴブリンを倒してたし」

 

 ベルは知らない。オラリオのダンジョンに巣食うモンスターと、オラリオ外のモンスターの強さは、かなりの差がある事を。

 エイナはそれを知っていた。否、オラリオに住まう者も、オラリオ外でも冒険者なら、その常識は知っていた。だから誰も『恩恵なしでダンジョン探索』を考えない。そもそも恩恵と神、ファミリアの存在を知るのなら、モンスターと対峙するなら恩恵を得なければと考え、行動する。

 ベルとて、オラリオ内外のモンスターの強さの差について知らないとはいえ、やはり対峙するなら強くなれる恩恵があった方がいいとは思っている。

 しかし――ベルは、行動してもファミリアに入れず、恩恵を得られなかった。

 なら仕方ない、恩恵なしで挑んでやると決断してしまう。祖父が自身を救い出し、英雄に強い憬れを抱く事になった過去がそれを後押ししてしまった。

 そうしてベルは、極度のストレスと追い詰められた状況――そして、今は亡き祖父がベルを助け出した一幕という不可抗力がミックスした、オラリオ材住民からすれば『どうしてそうなった』と頭を抱えること間違いなしの考えを実行に――

 

 

 

「おう、そこのヒューマン、ちょい待ちや」

 

 

 

 ――移そうとした時、横から声を掛けられる。

 今まさに決断し、動き出そう(過ちを犯そう)としていたベルが、胡乱な目をそちらに向ける。

 そこには酒精を漂わせ、顔を赤くした赤髪の女性が立っていた。

 

「えっと、なんですか?」

「なんですか、やないわ……いや、ウチも耳を疑ったんやで? でも恩恵無しにダンジョン潜ろうとする子とか初めてやで。言葉だけでなくガチでやろうとしてたし……」

 

 ベルに近寄った女性が、ぐちぐちと言い募る。

 酔った人の話長そうだなぁと、今にもダンジョンに潜る気でいたベルがちょっとだけ億劫に思った――その時。

 

「まーでも、あんさん面白いやっちゃなぁ。ウチ面白いのは大歓迎やねん。見た目も好みで、性格も難無さそうやし……なぁ、もし良ければウチのファミリアに来んか?」

「…………えっ。い、いいんですか?」

 

 ベルが求めて已まなかったファミリア加入の希望が見えた。あまりに予想外からの、しかも自分の容姿と夢を笑われ傷心していた時の思わぬ話に、反応が遅れるほどの驚愕を覚えた。

 理由を思うとちょっとどうかと思ったが、この際それは些事だった。

 

「ええでええで。ホントは時期外れなんやけど、主神権限で入れちゃるわ。やないとホンマにダンジョンに恩恵なしで潜りかねんし、それで死んだら寝覚めが悪くなるしなぁ」

 

 酒精を漂わせ陽気に笑う女性の言葉に、ベルの思考が再度止まった。

 

「……ん? しゅ、しゅしん? という事はあなたは、神様……なんです、か?」

 

 ベルは、信じ難い気持ちでいっぱいだった。

 なにしろ目の前の人物は酒精を漂わせ、陽気に笑う酔っ払いである。軽薄という印象がどうしても拭えなかった。ベルが神に抱いている理想像――神々しく、また威厳ある姿――とはまるで真逆だった。

 

「ん、そやで。ウチはロキ言うんや」

 

 よろしゅうなぁ、と気軽に挨拶する女性。

 ベルは沈思する。

 

「ろ、き……ろき…………――――ロキッ?! まさか二大巨頭の片割れの?!」

 

 聞き覚えがあるな、とは思った。そしてすぐ思い出す。

 思い出すのも苦痛な三日前。オラリオに来て、エイナから探索系ファミリアのリストを渡され、ファミリア加入行脚を始めた初日。この都市の二大巨頭とされる探索系ファミリアに、ベルは夢と希望を抱いて足を運んだ。

 片方は美の神を主神とするフレイヤ・ファミリア。

 そしてもう片方は、道化と言われる策謀と悪戯を好む神を主神とする――ロキ・ファミリア。

 ベルが最初に足を運んだ巨大な館の主にして、ファミリアを纏める神。

 その神がいま、目の前にいる。

 

「な、ん……な……――――きゅぅ」

 

 あまりの事態と、夢が破れる最初になったファミリアの主神からのお誘いに、ベルの思考はショートした。

 簡単に言うと、気絶した。

 

『えっ。ちょ、いまのやり取りのどこに気絶する要素が……ま、ママ――――ッ!』

『誰がママだッ!!!』

 

 遠のく意識で、まるで水底から聞いているかのようにくぐもった声で聞こえたやり取りが、気絶するベルの最後の記憶だった。

 

    * 

 

「あっはっはっはっは! いやー、まさかウチの名前聞いて気絶するとか、予想外にも程があるでぇ! 思わず面食らったわ!」

 

 浮上したベルが最初に聞いた声は、酒場の喧騒でも、自身を案ずる声でもなく、神ロキの陽気な笑い声だった。酒を並々注がれたジョッキを片手にテーブルを叩く姿はとても神とは思えない。ひょっとすると揶揄われたかもなぁ、とここ三日で若干人間不信気味のベルは胡乱に思った。

 ベルが目覚めたのを契機に、ロキがいる席の者達の目がベルに集中する。

 

「ははは……なんか、ウチの主神がすまないね。ロキは面白いコトに目が無いんだ。大目に見てやってほしい」

「い、いえ、気絶したのは僕が悪いんですし……気にしてないです」

 

 どちらかというと、自身の醜態を大勢に知られた事が恥ずかしく、それどころではないというのが正直なところだった。

 それを察したか不明だが、ベルに話しかけた小柄な男性が苦笑を浮かべる。

 

「そう言ってもらえると助かるよ……さて、目が覚めたところで、ちょっと真面目な話をしようか。自己紹介も兼ねてね」

 

 片目でウィンクしながらの言葉に、ベルは気を引き締め、鈍い思考が本格的に回り始めた。

 

「僕達はロキ・ファミリアだ。主神ロキの事はもう知ってるとして……僕が、ロキ・ファミリアの団長を務めている小人族(パルゥム)のフィン・ディムナだ。レベルは6。槍を扱うけど、多くは指揮を担当することが多いかな」

「同じくレベル6の魔導士、ハイエルフのリヴェリア・リヨス・アールヴだ」

「儂もレベル6、ドワーフのガレス・ランドロックという。重戦士として前衛を務めておる」

「ちなみにファミリアの最初期メンバーがこの三人やで」

 

 子供くらいの背丈の男性、美麗なエルフの女性、そして大柄で筋骨隆々としたドワーフの男性が順に名を告げていく。威圧されたわけでもないのに、ベルは思わず息を呑んだ。

 レベル、というものの意味をベルは深く知らないが、二大巨頭と呼ばれるファミリアの最初期メンバーなのだ。凄いに違いないと先輩冒険者への尊敬を強くする。

 

「わぁ……! あ、えと、べ、ベル・クラネルです! よろしくお願いします!」

 

 その尊敬と緊張でカチコチになりながら、ベルは頭を下げた。フィン達は柔らかく微笑みながら頷きを返す。

 

「さて……ロキから君の話は聞いた。恩恵も無しにダンジョンに行こうとして、面白かったから勧誘した……とね」

「う……」

 

 気絶し、一度落ち着いた今のベルは、それが非常に愚かな事だと理解していた。確認するフィンや、それを聞いたリヴェリア達の表情が呆れを滲ませているのを見て、呻きを漏らす。

 

「まったく、聞いた時は驚いたぞ。ロキが風に辺りに出たからよかったものの、そうでなければどうなっていたか、お前は分かっているのか?」

「まあまあ、リヴェリア、どうやらベルも反省しているようだし……ちなみに、一応聞いておくけど、なんでそんな事をしようと?」

「えっと……」

 

 その問いに、ベルはどう答えたものか悩んだ。

 この三日間で門前払いを喰らった記憶は苦いものだ。青臭い、馬鹿らしいと詰られた夢や、自身の体の事について悪し様に言われた事は正直口にしたくない。それはベル自身の虚栄心によるものだった。

 だが――

 生来が素直で純粋、ウソを苦手とするベルだ。当然隠し事も大の苦手である。というより今まで隠し事をしてきた事がなかった。言いたくないと思っても、悪い事をすれば素直に申し出、謝罪出来る素直さを持っていたのである。

 ベルは話した。オラリオに来た経緯から、ファミリア加入を求めて歩き回った事、拒否された経緯に至るまで包み隠さず打ち明けた。

 ともすれば、ベルは労わりと慰めを欲しかったのかもしれないが。

 純粋さがそうさせた事だけは確かだった。

 フィン達は、途中――というより祖父の死(ほぼ最初)から――涙を流しながらも話すベルを止める事なく、ロキに呼び止められるまでの全てを聞き遂げた。

 

「……ロキ。今の話は」

「嘘やない。全部、マジや」

「そうか……ベル、すまなかった」

 

 聞き終えた時、フィンがベルに向けて放ったのは謝罪だった。座ったままではあるが頭を下げてまでいる。

 

「え、な、なんで……」

「それはなベル、ウチのファミリア、加入希望者は必ず試験をする事になっとるからや。やけどベルは門前払いされたんやろ? それについて謝罪しとんよ。ウチからもごめんなぁ、門番の子が勝手やらかしてしもて」

「い、いえ、そんな……!」

 

 眉を寄せ、ロキまでもが謝罪する状況にベルは困惑に陥った。

 

「そりゃ、僕だって悔しいですけど……でも、荒事に向かない体だっていうのは、なんとなく思ってましたから。反論出来なかった僕が悪いんです。僕の夢だって、子供っぽいって……」

 

 ベルからすれば、悪いのは自分、という思考だった。門番を認めさせられなかった自分が悪いのだと。

 

 

 

「――それで、諦めるのかい?」

 

 

 

 その思考を、フィンの言葉が断ち切った。

 ドクン、とベルの心臓が震える。強いそれは自身の芯から震わせるかのようだった。

 

「君は英雄に憬れ、出会いを求め、生きるための糧を求めてオラリオに来た。しかしこの三日間は君を否定する事の連続だっただろう――――そうさ、それが現実なんだ」

 

 二大巨頭のファミリアの団長が、厳かに、冷淡に告げる。現実を突きつける。

 長年命を張ってきた一人の戦士が若輩者に説いていた。

 

「ある人は巨万の富を。ある人は数多くの名声を。またある人は、酒池肉林を夢見て、このオラリオにやってきた。けれどその多くが夢半ばに散っている。現実はそう甘くないって事だ。冒険者(ぼくたち)はそれを知っている。なにせ、ダンジョンに希望なんて無いからね」

「……」

「でもね、それでも僕達は、冒険者をやっている。なぜか? ――譲れない夢があるからさ」

「フィンさん達の、夢……ですか?」

 

 ベルの弱々しい問い。

 フィンは、苦笑を滲ませた。

 

「そうさ。恥ずかしながら、僕にだって夢がある。そのためにオラリオで冒険者を続けてる。小人族(パルゥム)は他の種族より力に劣り、能力に劣り、決して冒険者向きとは言えないけれど、それでも続けるほどの夢があるんだ」

 

 小人族は、その小柄さ故の敏捷性こそあれ、往々にして力に劣る。それは耐久力もであり、敏捷に優れているとはいえ(スタ)(ミナ)が少ないのではそれも活かし切れない。故に冒険者になっても、偉業を為すのが他種族より困難とされていた。

 しかし――フィンは、その偉業を五度為している。

 ベルより小柄で、種族的に非力な体躯ながら、だ。

 ベルはフィン・ディムナの夢を知らない。目標を知らない。だが、それでも分かる事はあった。いま自分は試されている――と。

 

「馬鹿にされる事もあった。幾度となく夢を否定されてきた。生意気な小人族のクセにと言われる事もあったさ」

「ふ……」

「む……」

 

 フィンの言葉に、リヴェリアとガレスが息を漏らす。ベルはフィンを見ていたから気付かなかったが、表情はどこか柔らかく、懐古するかのようだった。

 

「けれど、僕は諦めなかった。自分の夢のためにね……ベル、君はどうなんだい?」

 

 フィンが、まっすぐに問いかける。

 

 

 

「君の憬れは、夢は、君にとって()()()()()()()なのかい?」

 

 

 

「違うッ!!!」

 

 

 

 ――ベルの答えは、速かった。

 五人がいる酒場が、大通りから外れた寂れた場所であった事が幸いし、部外者は店主一人だけだった。人気のところなら多くの客がベルに目を向けていた事だろう。

 しかし仮にそうだとしても、ベルは頓着しなかっただろう。

 それだけ激情に駆られ、ただまっすぐ《勇者(ブレイバー)》を見返していた。

 ベルとフィンは無言で見据え合う。片や一般人、片や一級冒険者。それを知っているベルは、そうでないと分かっていてもフィンから不可視の圧力がかかっているように思えた。

 少しの震えがある。

 それは己より強大な存在に対する畏怖。ファミリア加入が帳消しになるかもしれない――そんな恐怖以上の、畏怖。

 だが、譲れない思いがあった。幼いころからの夢。青臭い、子供の戯言と否定されてきたそれは、しかしベルにとって全てである。

 祖父との想い出。

 己の想い出。

 小さな頃からの夢。

 冒険者になる理由。

 冒険者を続ける理由。

 

 それらは全て、ベル・クラネルを構成する過去。

 

 己を構築した過去に、どうして命を賭せないというのか。

 ――違う、英雄はそうじゃない。

 誰かを助ける力を持つ英雄は、そのすべてが最初から称賛されていたわけではない。人々の理解を得られず、最初は孤独な英雄だっていた。けれど彼らは己の努力に自信を持ち、己を信じ、偉業を成し遂げた。

 その在り方に憬れた。

 その在り方を求めた。

 

 ――ベル・クラネルの全ては、そこに帰結する。

 

 下心はあるのだろう。生きる上で、種として当然の本能だ。

 しかしそれを命を賭す理由にまで昇華させている。なぜか。英雄につきものだからだ。

 英雄に憬れ、英雄になるべく、出会いを求めた。

 出会いがあって英雄になるのか。

 英雄になって出会いがあるのか。

 そんな事は些細な違いでしかない。

 ベル・クラネルにとって、英雄への憬れは全ての行動原理。それ故に命を賭すに値する。たとえ恩恵が無かろうと、英雄のように思った祖父と同じ事をしようと考えたのもそれが理由。

 ベルにその自覚はない。

 だが、認識があり、自負があった。『英雄への憬れ』という理由は、命を賭すに値するという認識。

 

「……良い眼だ」

 

 睨み合うこと約十秒。

 酒場に漂う異様な空気に、フィンの一言が沁み込んだ。

 

「僕は合格だと思うけど、ロキ達はどうだい?」

「ええと思うで? こんなに良い眼をした子は久しぶりやしなぁ。ほんまベルは純粋やな~」

「最初は出会いを求めてというところでどうかと思ったが……うむ、私もいいと思う」

「問題無いじゃろう。燻ってる連中にもいい影響がありそうじゃし」

「……え、えっと、合格って……つまり……」

 

 いきなりの流れに呆気に取られたベルは、それでも希望を感じ取り、問いを発する。

 それにフィンがああ、と悪戯めいた笑みを返した。

 

「君にロキ・ファミリアに入る気があるのなら、僕達は君を歓迎する……という事さ」

「や……やったぁ!!! 入る入ります入らせてくださいお願いしますッ!!!」

「お、おおおっ、感情激し過ぎやで!」

 

 手を握りぶんぶんと上下に強く振る少年に、さすがのロキも面食らった。内心ホント面白い子やなぁと微笑ましくも思っている。

 

「ははは……ロキじゃないけど、ここまで素直に喜ぶ子は中々いないね」

「というより初めてじゃないか? 感涙を流すヤツは確かにいたが……」

「むぅ、見た目以上に幼い印象が……待て。そういえばベルは幾つなんじゃ?」

「そーいや年齢聞いてなかったな。ベルたん、いま幾つなんや?」

「た、たん……? えっと、今年で13歳になります!」

「……若いのぉ」

 

 ガレスが顎髭を撫でる。冒険者を志す者は十代後半から二十代前半が多いが、ベルは十代前半。幼く見えるだけかと思っていたが本当に幼かった事に内心唸ってしまう。

 その幼さで、フィンを真っ向から見返したあの強い眼をするのだ。

 冒険者になった時、下手に”冒険”をしないよう目を光らせておかなければ早死にするだろうと、ガレスを含む四人が経験的に思った。

 

    *

 

「お前にしては珍しかったな?」

 

 ベルの加入が決定した後、それを祝うべくロキが酒を飲み、ベルに勧めるのをリヴェリアが止める光景を見ながら、ガレスがフィンに水を向ける。

 

「今までの入団試験で初めてじゃろ、あそこまで他人に言ったのは。何の気まぐれじゃ?」

「ん……いや、ね。昔を思い出したのさ」

 

 ふ、とフィンが酒場を見渡す。

 フィン達以外に客のいない閑散とした酒場。そこは知る人ぞ知る場所。有名どころでは決してなく、ただ古いだけが取り柄の酒場だが――フィン達にとっては、思い出深い場所だった。

 お気に入りの場所が《豊穣の女主人》であれば。

 思い出深い場所は、この古びた酒場だった。

 

 フィンは、ベルの境遇と経緯に少しの共感を覚えていた。小人族として避けて通れない体格への誹謗中傷と、夢に対する侮辱の言葉は、己に幾度となく投げられたものだった。

 挫けそうな時もあったが、それでも諦める気にはならなかった。

 同胞のため、命を懸けると決意した過去を、自ら否定したくなかったのだ。

 

「今日はロキ・ファミリア結成の日。久しぶりに初期メンバーで飲みに来たせいか、柄にもなく熱くなってしまったみたいだ」

 

 今日はその決意が形になった日でもある。己に近い境遇の少年が夢半ばに折れる様を、見たくなかったのかもしれない。

 

「ふん……生意気なパルゥムめ」

 

 その答えに、ガレスはニヤリと口角を吊り上げ、昔からの言葉を投げかける。

 幾度となくフィンに投げた侮蔑の言葉。

 しかし今は、侮蔑ではない。同じ言葉、同じ音だが――そこに込められた意志は、まるで違う。

 それでこそ、と。昔から知るからこその激励だった。

 

「はは、分からずやのドワーフには、言われたくないなぁ」

 

 それにフィンも、昔に口にしていた言葉を返す。

 ――時が過ぎ、自分達もかつてより強くなった。

 しかし未だ夢半ば。

 今宵、フィンは己の夢を強く再認識した。

 

 






 フィン達が使っていた昔ながらの酒場というのはオリジナルです。

 フィン達に認められるところは特に力を入れました。他のロキ・ファミリア加入シーンと似たような感じですが、あんまりアッサリし過ぎていると、フィン達の夢や覚悟が軽くなるような、そんな気がしたので。

 ベルも幼いころからの夢とか自分から軽んじるのはイヤだろうなぁと思いました。この分だと憧憬一途が別の形で発現しちゃいそうな勢いですね(真顔)

 ちなみに原作ベル君は14歳ですが、本作は13歳です。原作より一年早いという事で一つ……

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。