ダンまち ~孤高の剣士の英雄譚~   作:キリト・クラネル

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 筆が進んだ。やる気って凄い()




第三章 ~前世の記憶(まほうのみなもと)

 

 

「みんなー! 夕食の前に、ちぃとこっち見てやー!」

 

 神の恩恵を刻まれ、晴れてキリトがロキ・ファミリアの一員になった日の夕方。主神に連れられたキリトは、ベルと共に食堂に集まった面々の前に立った。

 見知らぬ子どもが立っているのを見て、席に座る先達達は察した顔をしていく。つい二週間前も似たような事があったからだ。

 

「こっちの黒い子はキリト・クラネルって言ってな、二週間前入ったベルの義理の弟や! ベルの二つ下の11歳! これでも少し前から行商人の護衛に出てたらしいから、腕はそれなりらしいで! みんな、よろしゅうしたってな!」

 

 ロキの紹介を受け、キリトがぺこりとお辞儀をする。

 11歳で傭兵稼業をしていた事に驚きを見せる者も多かったが、それも僅かに、少しずつ拍手と歓迎の言葉が投げかけられる。

 ロキ、キリト、ベルらが席に座ったのを契機にフィンの音頭が掛かり、食事が始まる。

 最初こそ空腹を満たすべく食事に手を付けていた面々は、程なくしてキリトを囲い始め、自己紹介を交わす。その中にはアイズの姿もあった。その傍らには褐色の肌を惜しげもなく晒す姉妹の姿もあった。

 

「私、アイズ。レベル5……改めてよろしくね」

「やほー! あたしはティオナ・ヒリュテ! アイズの友達で、レベルは5! 二つ名は【大切断(アマゾン)】! よろしく!」

「私はティオネ・ヒリュテ、ティオナの双子の姉でレベルは5。ちなみに私達はアマゾネスよ。よろしくね」

 

 快活な妹ティオナ、怜悧な姉ティオネのアマゾネス姉妹が早速とばかりに挨拶をする。

 その後ろに、声を出さず、しかしそこはかとない敵愾心を抱きながら機会を伺っている少女がいた。アイズがそちらに顔を向ける。

 

「レフィーヤも」

「あぅ……分かってます、しますからそんな顔しないでくださいアイズさん……――――コホン。私はレベル3のエルフ、レフィーヤ・ウィリディスです。よろしくお願いします」

 

 アイズの促しを受け、渋々とばかりに前に出た少女レフィーヤは、一つ咳払いをしてから丁寧に挨拶をした。しかし口調こそ丁寧だが表情は決して友好的ではない。

 何かしただろうか、とキリトは純粋に困惑した。

 

「レフィーヤってば、そんな威嚇する事ないじゃん。相手は年下の子供だよ?」

「う~……わ、分かってますよ。でもそこのヒューマンの近親者と思うとどうしても……」

 

 そう唸りながら、レフィーヤがキッと眼を鋭くしてベルを睨む。

 レフィーヤはベルに敵愾心を抱いていた。自身が慕う美麗で強いアイズに矢鱈馴れ馴れしい光景を見て、嫉妬しているのだ。それは美しい絵画を汚されているのを見る不快感に近しい。たとえアイズの方から距離を詰め、ベルがたじろいでいるとしても、それはそれである。

 無論、レフィーヤとてその感情をキリトに向けるのが筋違いであると分かっていた。

 だが――堅物と揶揄される事もあるエルフの性か、それとも若さ故か、レフィーヤの思考はそこまで柔軟ではなかった。

 

「……む」

 

 しかし、それはそれとしてもキリトからすれば面白くない事である。

 レフィーヤから謂われなき敵意を向けられた事ではない。理由はともあれ、大切な義兄に敵愾心を向けられたという事実が気に喰わなかった。

 キリトが、レフィーヤを睨む。柔らかな円を描いていた双眸が鋭く眇められた。

 その変容にレフィーヤはたじろぐ。

 

「な、なんですか」

「血縁こそないけど、ベル兄は俺の義理の兄。家族に敵意を向けられていい気はしない」

「あ……し、しかし、それはあなたのお兄さんがアイズさんに対して馴れ馴れしいからです! 新入りが第一級冒険者と無暗に距離を詰めるのはよろしくないと思います!」

 

 そこで、レフィーヤはカッと声を張り上げた。上げてしまった。

 内心は、違うそういうつもりじゃなかったのにぃ! と涙目である。いや実際そう思ってはいるが流石に状況を考えれば今の発言は完全に不適切だったとレフィーヤ自身が分かっていた。これでは火に油を注ぐだけだと。

 事実として、キリトの目は更に眇められている。

 細目になった瞼から垣間見える瞳が剣呑な色を帯び始めているのは幾らかの死線を潜ってきた経験から理解していた。これはヤバい、と。

 

「き、キリト、僕は気にしてないから落ち着いて!」

「――む」

 

 そこで、義兄ベルから制止が掛かる。

 キリトの目が開かれる。瞳にあった剣呑さは鳴りを潜め、辺りを包んでいた緊迫感が一気に和らいだ。

 

「実際、アイズさんに指導を乞うのも、僕は弱すぎる訳だしさ。レフィーヤさんが言ってる事は正しいんだよ」

「……俺には客観的事実よりも個人の感情が優先されてるように思えたけど」

 

 ベルの窘めに対し、キリトはジト目をエルフの少女に向ける。

 ――実際のところ。

 第一級冒険者に教えを乞う事自体は、ファミリア内で禁止されている事ではない。フィンやリヴェリア達からすればむしろ奨励しているほどだ。事実レフィーヤはレベル1の時からリヴェリアから直々に薫陶を賜っている。他にもアイズは、多少特殊な事情があるとはいえ、フィン、リヴェリア、ガレスら幹部三人から直接指導を受けて育った。

 冒険者を志し、ファミリアに入った者も少なからず先達から教えを受けている。

 しかし近年、ファミリア内でフィンらが直接指導する事は少なくなっていた。理由としては人数が増えたレベル2やレベル3など、いわゆる後進らの育成のため、後輩指導を任せるようになったからだ。例えばベルがダンジョンに潜った時、パーティーを組んだメンバーはレベル1だったが、全体の監督を担ったのはレベル2やレベル3になりたての冒険者だった。幹部には幹部の仕事があり、その負担を軽減するため、また後進育成のシステムを構築するための新たな手法だ。

 それが徐々に定着し始め、新入り達からすれば、実力者であるフィンやアイズ達は高根の花に等しく思えてしまう。

 オラリオに存在する冒険者の平均レベルは1。多くの者がランクアップ――すなわち偉業を為す事なく、人生の幕を閉じる。その中で複数回ランクアップを経験する者は極めて少ない。

 そうなれば、偉業を幾度も為した者達が讃えられ、遠い存在に感じてしまうのは必然と言えた。

 そしてロキ・ファミリア内では、後輩育成システムが確立された後に入ってきた者達はフィンやアイズ達に畏敬の念を抱き、距離を置くようになってしまっていた。

 レフィーヤの場合、リヴェリアの指導を受け続けてきたためその忌避は無いが、畏敬や尊敬の念はかなり強い。アイズ自身が持つ美麗な容姿や強さに惹かれている部分もある。

 それに、ベルを始めとした他者、特に異性の存在は異物であり、邪魔でしかない。

 ましてやアイズが親し気に、自ら距離を詰めようとしているほどだ。嫉妬の念に駆られて余計攻撃的になってしまっていた。

 キリトはファミリア内の事情を知らないし、アイズとレフィーヤ周りの関係性も知らないが、先の一幕だけでレフィーヤの感情や思考をある程度把握するほどには人生経験が――前世含め――豊富だ。

 それ故、先のレフィーヤの論の大部分が感情に基づいたものだと察していた。

 

「う、うるさいですよ! まったく! 新人のクセに生意気ですね!」

 

 それを察されていると分かったレフィーヤは、ツンと顔を背けながら、そんな事を言ってしまう。素直になれないところが仇となってしまっていた。

 

「……損な性分だな、あんた」

「う、ううううるさいですよ?!」

 

 仇となった部分も見透かされ、レフィーヤの声が裏返った。

 

「なんや~? キリ坊、もうレフィーヤのツンデレに気付いたんか? 見かけによらず結構鋭いなぁ」

 

 そこで割って入ったのはロキだった。しばらく食事に舌鼓を打った後、キリトを揉みくちゃにする眷属の様子を遠巻きにみていたのである。そこでレフィーヤが地雷を踏みかけたのを見てフォローに入ろうとしていた。

 しかし予想外だったのは、キリトがレフィーヤの本心を見抜き、怒りを鎮めた事だった。

 ベルが諫めたのもあろうが、レフィーヤの言動の幾らかが素直になれない性分から来ていると気付き、半ば看過する事が出来るのは、かなり人間観察に優れた者や交流の深い者が多い。交流の浅いベルは元の性格も相俟って全て馬鹿正直に受け取っているし、裏表のないアイズも、レフィーヤの親愛の情を正確には受け取れていない。

 ヒリュテ姉妹は理解しているが、それも年上であり、先輩冒険者としての余裕を持って接してきたからこそ。

 未だレフィーヤによる過激な発言の真意を読み取れる者は決して多くない。

 しかしキリトはほぼ初対面でそれに気付いた。これはもうツンデレが何たるかを理解しているに違いないと、ロキは思考を切り替え、悪戯心に従う事にした。

 肩を組み、うりうりと絡み始めるロキ。

 キリトの鼻孔を、明らかな酒精が刺激した。

 

「……まさかロキ様、酒を飲んだ?」

「ん? まぁなー、でもそこまで強い酒やないで? ウチら神は一般人と変わらんから普通に二日酔いするしな」

 

 ちなみに、冒険者としてランクアップを繰り返したとしても酒に弱く、酒乱の気が治らない者も居たりする。

 とはいえ臓器含め一般人より耐久性が上がるのは確かであり、二日酔いになりにくいのも事実だった。酔うまでの量が増える訳ではないが、酔ってから回復までの時間が短縮される事が多い。無論中には根本的に強くなる者もいる。その辺は一概に語れないのも、神を愉しませる要因だった。

 ――閑話休題。

 

「な、ろ、ロキ様! ツンデレって……意味はよく分からないですけど、多分それ褒めてませんよね?!」

 

 そんなやり取りも関係なく、レフィーヤは主神に対しても激昂する。その大半は羞恥が占めていた。言葉の意味こそ知らないが凡そ言いたいこと――素直でない性格――を指しているのは話の脈絡から理解していた。そしてその批評が己にとって好ましくない事も。

 その文句に、ロキがにんまりと笑みを深くする。

 

「ん~? 褒めとるで? ツンデレってぇのは可愛いモンやからなぁ。ウチはレフィーヤのそーいうトコ、大好きやで」

「な……な、ん……!」

 

 ロキの言葉に、レフィーヤは顔を真っ赤に、口をぱくぱくさせながら固まった。堅物エルフには些か過剰な発言だったらしい。

 

「レフィーヤ、固まっちゃった……」

「えっと……ど、どうすればいいんでしょうか」

 

 無表情ながら困ったように言うアイズと困惑を露わにするベルが、ロキに問う。未だキリトと肩を組みながら酒を煽る赤髪の道化神はんーと虚空を見上げ……

 

「面白いからそのままでええんやない?」

「……いいのか、それで」

「――いい訳ないだろう」

 

 ロキの言葉に、キリトとリヴェリアの呆れた声が重なった。

 

「お、ママ登場」

「誰がママだ、誰が……挨拶がまだだったな。私はリヴェリア・リヨス・アールヴ。一応はエルフの王族だが、今は一族の地を出た身なのでな、一冒険者として接してくれると助かる」

「あ、僕はリヴェリアさんって呼んでるよ」

「えと……じゃあ、俺もリヴェリアさんで。キリト・クラネルです、兄ともどもよろしくお願いします」

「ああ、よろしく。お前は魔法を扱えると聞いているからな。一魔導士として魔法指導を担当する予定だから、顔を合わせる機会も多いはずだ。ああそれと、こっちのレフィーヤもお前の指導を担当する」

「――え?! 私もですか?!」

 

 固まっていたレフィーヤが現実に復帰し、驚愕の声を上げた。まさかこのヒューマンと?! と内心の驚愕が全面的に表出されている。

 先の会話で、レフィーヤにとってキリトは少々接し難い第一印象が出来た。更にベルの義弟というマイナス要素もある。同じファミリアの者として接するのならともかく、魔法指導をする事になるとは思ってもみなかった。つい先日レベル3になって以降自分の訓練に勤しんでいたレフィーヤからすればあまり嬉しくない話だ。自分に割く時間が短くなるという事は、それだけ憬れのアイズから遠退く証左なのだから。

 しかし、それを見透かした上でリヴェリアも予定を組んでいた。

 

「お前ももうレベル3、思えば今まで私との訓練ばかりで、本来ならレベル2で経験する後輩監督も未経験だ。そろそろ後輩指導も経験すべきだと思ってな。キリトは魔法を発現させているからちょうどいいだろう」

「う……」

 

 そう言われると強く出られないと、レフィーヤがたじろぐ。

 実のところ結構前から計画そのものはされていたのだ。

 しかしレフィーヤの素直になれない性格が災いし、新入りとのトラブルが懸念されたため、魔法指導を言い訳に先延ばしにしていた。ベルの監督にする事も考えたが、アイズとベルの関係を妬んだレフィーヤの攻撃的な言動を見て保留にした。

 近々ベルの義弟が来る事も聞いていたから、その時に再度考えようと先延ばしにしたのだ。

 結果的にそれは功を奏した。ベルに向ける敵愾心こそネックだが、それを除けばキリト自体は善良な性格で、レフィーヤの難儀な性格も理解し、看過する寛容さもある。更に言えば魔法まで発現しており、これはレフィーヤに与えた薫陶がしっかり身に着いているかの確認にもなる。なによりレフィーヤ自身、他者に何かを教える事自体が初なので、いい経験になるとリヴェリアは踏んでいた。

 それもこれも、レフィーヤを自身の後釜として相応しくなるよう育てるため。

 世界を旅する事を夢に掲げているリヴェリアはロキ・ファミリアをいつか出るつもりでいる。その際に自身の穴を埋められる強力な魔導士を据えるつもりでいた。それがレフィーヤであり、直に指導をしているのもそのためだった。

 今回新たに入ったキリトの指導はその一助になるだろうと、リヴェリアは当たりを付けたのだ。

 

「なによりこのままではお前が成長出来ない。他者に物事を教えるというのは、存外自分のためにもなるものだぞ。経験しておいて損はない」

「む、ぅ……そう言われると何も言えませんよ、リヴェリア様ぁ……」

 

 へにょりと耳を垂れさせながらレフィーヤが言う。

 しかしそれもすぐに終わった。冒険者の先輩であり魔導の師が言うのであれば、値千金とはいかずとも価値があるのは事実なのだろう。そう思えばキリトの指導も嫌なものではなくなる。

 

「そういう訳ですので……その、あなたの魔法、見てあげます。よろしくお願いします」

「あ、受けるんだ……こちらこそ指導のほど、お願いします」

「はい」

 

 ツンと表情をキツくしていたレフィーヤが、最後に僅かに微笑み、頷いた。

 

「――ツンデレ来たコレぇ! 萌えー!」

「ろ、ロキ様ァ!」

 

 即座に茶々を入れたロキによって、その笑みが羞恥に染まり、食堂に笑いが起きたのだった。

 

    *

 

 時は移り、翌日。

 朝早くから身支度を整え、朝食の後すぐにリヴェリア、レフィーヤ、そしてキリトが《黄昏の館》を出立した。行く先には天高く聳える白亜の塔――バベルが屹立していた。

 バベルには鍛冶を生業とするファミリアの出店の他、ギルド関係の施設、汚れを落とすための施設の他、上層に行くと神々のための絢爛豪華な施設が各種取り揃えられている。冒険者が立ち入れるのはファミリアの出店くらいまでだが、キリト達が向かっているのは上ではない。下である。

 下、すなわち地下には、オラリオが誇る世界唯一の地下迷宮【ダンジョン】がある。

 最深部は不明。階層も不明。ただただ魔物を、外の世界にない特有の動植物が跋扈する謎深き地下迷宮。地形こそ変化しないものの、内部を闊歩するモンスターの数は限りが無く、倒した端から産み落とされる魔の迷宮だ。

 冒険者達は己の命を賭けてダンジョンに潜り、魔石や希少なドロップアイテムを集め、それを金品に変えて生活している。産業系ファミリアに売り払う事で強力な武具を生産する一助になる事も少なくない。回復薬や万能薬の素材を集める事もフィンやアイズのような第一級冒険者の役割だった。

 無論、冒険者の全てがオラリオのため、経済を回すためと使命感に駆られている訳ではない。各々にも理由があり、ダンジョンに潜るのはその手段として最適だからでしかない。

 だからと言って、ベルのように出会いを求めて冒険者になる者は少数派だろうが。

 それでも富、名声、酒池肉林を求める者は数知れず。

 そんな冒険者がこぞって魔石やダンジョン産のアイテムを持ち帰り、オラリオに還元する事で、この迷宮都市は栄えてきた。

 

 ――そんなダンジョンに、今日初めてキリトは足を踏み入れる。

 

 バベルの塔はダンジョンの蓋の役割を果たしている。中からモンスターが出てこないための蓋だ。しかし出口そのものを塞がれている訳でなく、塔内部には大きな穴が丸く口を開けていて、その中に石造りの階段で降りていく光景が広がっている。

 その階段に長蛇の列を作るように、今から稼ぎに入る冒険者と、夜型で帰途に着く者とがすれ違っていく。

 階段を降り、洞穴に踏み入り、暫く進む。洞窟のそこかしこの分岐で冒険者達が三々五々に散っていくこと暫くして、ようやくリヴェリア達は三人になった。

 その時点でエルフ二人は杖を、キリトは剣を抜いており、臨戦態勢を取っている。

 

「さて、これから本格的にダンジョンに潜る訳だが、注意事項が幾つかある。キリト、お前は絶対に手を出すな」

「……一応聞くけど、なぜ?」

「ダンジョンについてまだ何も教えていないから勝手に動かれると対応が遅れかねない。それに、魔法が発動しても困る」

 

 一応、道すがら教えられる事は教えている。

 しかしそれも常識的な範囲でしかない。

 傭兵として数年前から働いていた経歴から腕は立つだろうが、オラリオの外とダンジョン産のモンスターとでは強さに大きな差がある。時に挟み撃ちのような事態に陥る事もあり、休息を取るなら壁を破壊し、小さな部屋に限定される。ダンジョンならではの感覚を知らないと死にかねないのだ。なまじ外で戦っていた経験があるから余計危惧する。

 また魔法に関しては、心意魔法というものが不鮮明に過ぎるのも懸念材料だった。

 キリト本人の話によれば、心意とは『確信に至るほどの強固な想像・思念』の事を指しているという。数多の魔法とスキルを纏めて発現させた経緯を考えれば、キリト自身にその気はなくとも、知らないうちに心意魔法を発動させる可能性もある。そうなると(マイ)(ンド)(・ダ)(ウン)による気絶、最悪魔力収束に失敗した魔力暴発(イグニス・ファトゥス)を起こしてしまいかねない。前者はともかく後者は外部からの干渉でどうにか出来るものではなく、死に至る事もありから、リヴェリアはまだ率先して戦わせたくなかった。

 

「あの、リヴェリア様。魔法が発動しても困るって……詠唱さえしなければ良いのでは?」

「ん? ああ……それについては練習場に着いてから話そう」

「あ、はい……」

 

 リヴェリアは、どこから聞かれているか分からない第一層で話す事を忌避し、先送りにした。レフィーヤもその意図を察して素直に従う。

 魔法は有名な冒険者ほど代名詞として知られる傾向にある。しかし中には秘匿している者も少なからずいた。過去にひた隠しにするべく秘匿している者もいれば、その特異性から敢えて秘匿している者もいる。

 魔法を発現しやすいエルフの多くから慕われ、交流を多く持つリヴェリアは、その知己と長年の経験を基に、キリトの魔法が異常なものであると理解していた。

 蘇生魔法。

 武装完全支配術。

 記憶解放術。

 いずれもリヴェリアの知識には無い魔法ばかりだ。その効果に関してもユニークなもの。しかしキリトが転生人であり、異界の英雄であったのならそういうものなのだろうと納得する。

 ならばこちらの常識で見るだけであり、そしてそう見た時、一際異彩を放つものが二つ目の魔法――心意魔法インカーネイションだった。強力な想像を現実に具象化する、具象強度は想像の強度に依存する、とだけ書かれたそれは、魔法関係では異例のもの。

 詠唱式が無いのである。

 すなわち、速攻魔法。

 否、後に続いた武装完全支配術、記憶解放術の項目にあった『想像の強度によっては詠唱破棄可』の一文を鑑みれば、無詠唱発動すら可能とするだろう。かつて存在したオラリオ最高峰の魔導士ですら持ち得なかった無詠唱魔法の可能性があるのだ。

 これが他ファミリアに知られれば、瞬く間にオラリオ中に話が広まり、ロキ達との話し合いが無駄になる。

 なにしろオラリオ一と謳われるリヴェリアと、その直弟子のレフィーヤが同伴しているのだ。キリトが既に魔法を発現している事は察されているにしても、その内容までは知られないように気を配るのも当然と言えた。

 ちなみにその意図はあらかじめキリトも知らされているので、練習予定の魔法のカタチは既に決めていた。

 蘇生魔法は隠すつもりであり、リリース・リコレクションは使う予定なので、実質空きは二つ分。隠れ蓑として暫く使う予定なので前世の知識、経験と吟味し、必要そうなものをピックアップ済みだった。

 度々現れるモンスターをレベル6、レベル3のポテンシャルで撲殺していくエルフ達を見ながらキリトも後を追うこと暫くして、目的地の第五層へと到着した。そこから六層へ続く道から敢えて外れ、リヴェリア達が練習場としてよく使う人気のない、大きめの広間に到着する。

 

「さて、ここならいいだろう。周囲に気配もない」

「……ではリヴェリア様、キリトの魔法について教えていただけますか?」

「ああ」

 

 一つ頷いたリヴェリアが、レフィーヤにキリトの魔法について教える。

 教えた内容は蘇生魔法以外の二つ。心意魔法インカーネイションと、心意魔法リリース・リコレクションだ。効果を聞くにつれレフィーヤの真面目な顔が渋面となり、最終的には得も言われぬ奇怪な表情でキリトを見つめた。

 

「……なにか」

「常識外れだと思っただけです。無詠唱に加え、形のない千変万化の魔法とか……記憶解放術とかも聞いた事ありませんし」

 

 まぁ、効果はインカーネイションに比べればマトモそうですが、とレフィーヤは言う。

 それに対し、キリトが転生人であり、異界の英雄であった事を知っているリヴェリアは、いや絶対マトモじゃないと確信を抱いていた。なにしろ自分たちの知らない異世界の理と経験だ。自分たちの常識で当て嵌めて考えては、いくら驚愕しても足りないだろうと既に思っている。

 キリト自身、記憶解放術がどういうものか、心意という単語に聞き覚えがある以上ある程度察しがついていたため、微妙な表情をしていた。

 多分だけどセブンと戦った時の心象風景の展開、技術再現、武装召喚、あとは対ホロウ戦時の状態を完全再現するのだろうなぁと当たりをつけている。

 当然であるが、いくら魔法とは言え他人の武装を再現する事はまずない。

 他人の魔法を借りて使う者ならいるが。

 

「しかし、想像が直接効果に直結するという点は珍しいですね。元々魔法は術者の強固なイメージに左右されやすいところがありますが、ここまでダイレクトに表れるというのは初めて聞きます」

「む、そういうものなんですか」

「そういうものなんです。本来魔法は決まった一つの形、決まった詠唱を持ち、術者のイメージを魔力と共に練り上げ、言霊に乗せる事で完成する奇蹟の一種。それを想像力一つですっ飛ばせるなんて初耳ですよ。想像力で詠唱破棄が出来ればどれほどの魔導士が泣いて喜ぶことか……」

 

 通常、魔法は詠唱が長いほど強力な傾向にあり、リヴェリアとレフィーヤはその傾向が顕著に表れている一例だ。詠唱を覚える事はもちろん、目まぐるしい戦闘中にそれを噛まずに唱える事は相当の練習を重ねなければならず、だからこそ長文詠唱は疎まれやすい。

 詠唱が長ければ長いほど集中しなければならないが、戦闘中に足を止めていれば良い的になってしまう。

 詠唱しながらの防御・回避行動をする技術――平行詠唱――をレフィーヤはまだ体得していないからこそ漏れた言葉だった。

 

「……とは言え、浮かれて連発なんてしちゃダメですよ。冒険者になりたてではすぐ精神疲弊で気絶しちゃいますから。特にあなたの魔法は無詠唱で、想像力で効果を決定する以上、魔力の消費量が定まってない筈です。何回まで使えるという上限が決まらないから常に魔力残量に気を配る必要があります。連発しやすいなら猶更です」

「ふむ……そういえば、そうか」

 

 想像力に左右されるという事は、使う度に魔力消費も変わるという事。少ない時もあれば多くなる時もある。それはメリットであり、同時にデメリットでもあった。

 キリトは目から鱗だったと思い、視線を左上に向ける。

 

 ――キリトの視界には緑と青のゲージが存在していた。

 

 それはキリトがプレイしていた《アルヴヘイム・オンライン》のUIと同一のもの。緑が体力、青がマナポイント――いわゆる魔力――であり、今は全快状態である事を顕している。スキル【具現英雄(イロス・リアリゼーション)】のステータス視覚化の効果だろうと当たりは付いていた。

 この青のゲージの減量が毎回異なるとなると、戦闘に集中し過ぎるあまり注ぎ込みすぎる可能性もある。

 ゲーム時代の定量消費、割合消費と異なる点は少々厄介だなと思うと同時、今後の要検証対象として脳内メモにリストアップする。

 

「そういう訳で、まずは軽めにしましょう……ちなみにエンハンス・アーマメントってどういう魔法なんです?」

「俺が記憶している自身の、あるいは他人の武装や技術を限定的に呼び出し、模倣する魔法……だと思う」

 

 推測なのは使った事が無いからだ。しかし対セブン戦でユウキの技術を用いた経験と、魔法の説明文から類推するに、そう大きく外れていない予感があった。

 

「なるほど、まぁ武装完全支配術っていうくらいですしね……ではリリース・リコレクションは?」

「複数の武装、技術の再現……だと思う」

 

 恐らく【黒の剣士】時代の、愛剣達を含めた完全再現だとは思うが、そこは敢えて暈しておく。心象風景の展開は実際どうなのか不明なので口にもしていない。

 

「ふむふむ……とりあえずエンハンス・アーマメントから使ってみてはどうでしょう。インカーネイションがどういうものになるか分かりませんし、最初は形がハッキリしているものからという事で」

「了解」

 

 今朝のいがみ合いはどこにいったのか、リヴェリアにも意外なほどにレフィーヤが先輩らしく指導をしていく。

 

「――()()()(つるぎ)で出来ている。エンハンス・アーマメント」

 

 短文詠唱を加え、魔法名で結ぶ。

 その間、キリトは脳裏に、浮遊城で手に入れた無骨な直剣を思い浮かべていた。第四層序盤まで使い続けた無骨なそれは、色々とあって思い出深い《森の秘薬》クエストの報酬として手に入れたものであり、キリトにとって真に《剣士》の始まりとなった片手直剣だった。

 冒険者となり、初めてダンジョンに足を踏み入れた今日、改めて再現するのに相応しいだろうと、キリトは強くその姿を想起する。

 ――そして、幻想は現実のものへと結実する。

 キリトの空だった右掌に、無骨な直剣が収まっていた。

 第一層最強の片手剣《アニールブレード》。

 最早手にする事も無いだろうと思っていた愛剣が、世界を超え、いま再びキリトの手に納まった。

 

「――――……」

 

 その時、キリトの胸に去来したのは、抑え込んでいた郷愁か、悲哀か。無骨な剣を見つめるキリトの目は、長らく生きたリヴェリアにも読み取れない複雑な色が浮かんでいた。

 キリトが引き出す大本の《記憶》とは、それすなわち前世の事。

 キリトは魔法を唱え、力を、武具を、技術を再現する度に、二度と手の届かない前世への郷愁を募らせる事になる。

 戻ろうと思えばいつでも戻れるリヴェリアと、戻りたくても戻れないキリトの間には、天地ほどの差がある。リヴェリアはキリトの胸中を慮ったが、終ぞその内心を推し量る事は出来なかった。

 

 ベル関係で悪感情を向けられなければ反感を抱く事もないため、レフィーヤによるキリトの魔法指導は、以降も恙なく進んだ。

 

 






 キリトの【ステイタス】がかなり規格外になってますが、これには理由があります。
 強すぎかなぁとは自分も思いましたが、キリトには前世分があります。スタート地点が他の人より違うのです。更に強い意志や願い、経験がスキルなどで発現するダンまち設定を考えると、これくらいある方がいいのかなと。
 それに『強い意志や願い』の強さは、本人の主観的なものなのです。
 なので他者と純粋な比較は出来ないし、キリトが強いから、魔法やスキル数で劣るフィン達が弱いという訳でもありません。

 そもそもキリトとフィン達では戦った環境、冒険した理由や環境が異なります。
 フィン達は多少の差はあれ『自分の意志』で恩恵を刻み、ダンジョンに挑み、仲間を率いていますが、キリトはデスゲームに理不尽に囚われ、理不尽に虐げられながらも戦っていましたからね。『自分の意志』で戦う環境に身を置いたか否かは大きな差でしょう。
 しかも目の前で黒猫団や、第百層では仲間全員全滅して、試練超えないとって強迫観念に駆られてた訳ですし。
 生還した後、ALO編でみんなを守るために四日四晩戦い続けて、心意をものにしてますし。

 ……原作キリトが入った場合、もっとすごい事になる気しかしないんですけどね(アニメ見つつ)

 これでもこのキリト君、アイングラウンドとGGO、アンダーワールドは未経験だから……()


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