ダンまち ~孤高の剣士の英雄譚~   作:キリト・クラネル

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第四章 ~異界の英雄も冒険者は新人で~

 

 

 

「……本当に、生意気な新人ですね」

 

 

 

 ポツリと、静かに緑衣金髪のエルフ《レフィーヤ・ウィリディス》が漏らす。その視線の先には大部屋の宙を浮き――いや、自由に舞い飛ぶ黒ずくめの剣士の姿があった。

 

 ――時を遡る事、およそ十五分。

 

 ロキ・ファミリアが誇るオラリオ随一の魔導士リヴェリアと、その直弟子レフィーヤは、新入り冒険者キリトの魔法指導のため、ダンジョン第五階層の、六階層へ降りる道から外れた場所にある大広間を訪れていた。魔法を口外する事は忌避されており、またキリト自身の特異性を危惧し、秘匿する事を幹部が決めたからだ。

 しかしリヴェリアは、キリトの魔法指導にあまり口出しをせず、見守るに留めている。後釜として見ているレフィーヤが他者にどれだけ教えられるほど習熟したかを見るためだ。

 そのためレフィーヤによる実質マンツーマンの指導をキリトは受ける事になった。

 途中まで、レフィーヤはキリトの指導をどうすればいいか悩んだ。オラリオでいう常識の通用しない無詠唱魔法、ほぼ想像力だけで効果が左右される心意魔法は寡聞にして聞いた事が無く、他者に初めて教える身には少々荷が重く感じられた。

 だが、レフィーヤは生真面目にして、エルフ特有の堅物さを顕した少女である。

 生来の勤勉さ、また冒険者特有の負けず嫌いを発露させ、多少時間を掛けながらもレフィーヤは少しずつ己が教わった事をキリトに伝えていく。魔法の定義、常識から始まり、それによる危険性とメリット、デメリット、キリトが持つ無詠唱魔法がいかに型破りであるか。逐次それを教えつつ、魔法指導は進んでいく。

 

 武装完全支配術エンハンス・アーマメントを使い、マインドと引き換えに嘗ての愛剣を具象化させた後、ステップは心意魔法インカーネイションへと移った。

 

 まだ第二階位魔法の記憶解放術リリース・リコレクションがあったが、そちらはまだ使うには魔力が少なすぎるだろうと判断しての事だ。

 それに対し、インカーネイションはまだ調節が利くはずという予想があった。

 『具象強度は術者の想像の強度に依存する』。

 この文言はおそらく、想像が確固たるものであるほどそのイメージ通りに魔法が発動するという事を意味するのだ。掌ほどの炎を強く思い浮かべた時、森を焼くほどの劫火が出るのではなく、想像通りの規模で発現するのだろうと。

 従来であれば効果範囲が広がるのは術者の発展アビリティやスキルによる補強以外にはあり得ない。強固なイメージは魔法を完成させるための過程の一手であり、結果の大小を左右するものではなかった。だからこそ、詠唱中にイメージを練りつつ言霊に魔力を乗せなければならない詠唱は短縮や破棄が不可能とされた。

 しかし心意魔法は結果の大小にまでイメージが及ぶ魔法。強ければ強いほどその影響は顕著に表れるが――強いほど効果が大きいかと言えば、おそらくそうではないとレフィーヤは想定している。強固なイメージが結果を左右するからこそ、言霊に魔力を込める《詠唱》というプロセスが時に不要なのだろうと分析した。

 だから戦闘中の魔法行使は困難と思われた。眼前の敵を相手取り、様々な予測と反応を加えながら強固なイメージを練るのは、回避しながら詠唱する平行詠唱より何倍も。

 下手すれば落ち着いた環境の今ですら発動もままならないのでは……と、レフィーヤは己の三つ下の子供を見ながら思った。

 

 その直後、抱いた懸念が誤りだったと見せつけられる。

 

 予想に反し、キリトは無詠唱で風を纏い、宙へと身を投げた。あろう事か敬愛するハイエルフ・リヴェリアと会話してもその挙動に然したる変化が見られない。

 ともすれば、既に平行詠唱も可能な域にあるのでは……

 ――そして時間は、冒頭に戻る。

 自身でも未だ習得できていない《平行詠唱》を既に行えているかもしれない。それ以前に、尊敬する剣士アイズと同じ風の使い方をしている時点で、レフィーヤからの評価は『兄と同じいけ好かないヒューマン』になった。別に本人達が悪いわけではないが、こう、なにか気に入らない。

 

「……それにしても、風、ですか」

 

 二度、レフィーヤが言葉を漏らす。

 レフィーヤにとって風とは、生まれ故郷である里の自然であり、生まれた時から親しんだものであり、そして尊敬する剣士を象徴する”力”である。炎、氷、雷などと異なり、目に見えやすい脅威ではないが、しかしレフィーヤは知っている。アイズが操るそれは嵐や暴風の如き破壊力を秘めたものである事を。同時に、それがアイズを守る盾であり、足である事も知っている。

 同じ風とは言え千差万別。

 さて、あの少年はどのような種類の風なのか。

 本人の想像の範疇内でしか起こり得ない事だが――逆に言えば、想像さえ出来てしまえば、アイズと同じ事も出来てしまえる理屈になる。

 無論暴風の如き風を放つアイズを見れるのは階層主や深層の敵などが主で、そんなところに新人が行ける筈もないので、見れるとしてもかなり先の事になるだろう。持ち運びに便利な不可視の倉庫のスキルもあるというが、サポーターにしても深層への遠征同行を許されるのはレベル3以上が通例だ。

 ランクアップするのは年単位の時間を要する。あのアイズですら、レベル2へのランクアップに一年を要し、それは世界最速記録とされている。いや、以降のランクアップ期間すら全てアイズが最短記録を更新し続けているのだ。

 よってキリトが深層に足を踏み入れられるのは早くて二、三年先の事だろう。

 その間に自分も力をつけ、よりアイズに追いつけば関係ない。

 

「……なんで新人に張り合ってるんですかね、私」

 

 ふと今の自分を客観視して、どうしようもなく惨めな気持ちになった。些か伸び悩んでいるからとは言え新人に対しマウントを取ったところで何の意味があるというのか。

 

「――ウィリディスさん?」

「ひぅわぁ?! ちょ、な、なんですかいきなり?!」

 

 思考に没入していたためか、キリトが接近していた事に気付かず、レフィーヤは素っ頓狂な声を上げてしまった。

 風で滞空しながら顔を覗き込んでいたキリトは、あまりの驚きように目を瞬かせる。

 

「はぁ……レフィーヤ、気を抜き過ぎだ。ダンジョンでは気を抜くなとあれほど教えただろう」

「あぅ、申し訳ありません……で、ですが無関係の事を考えてたわけじゃありませんよ。キリトの魔法は想像力で補強されるなら、同じ系統の魔法を見ればもっとその幅が広くなるのではって、それでアイズさんの風を思い出してたんです」

「ほぅ……」

 

 やや呆れた様子だったハイエルフの表情が一転、感心したものになる。

 レフィーヤのアイズに対する感情は相当なもので、時にその暴走に頭を悩ませるリヴェリアだが、それが良い方向にも働いていると知ったのは収穫だった。同時、キリトの心意魔法に対する考察も次々出てくる点でも感心していた。

 

「そうなると、キリトは一度見た魔法は自分のものとして再現してしまえる……という可能性も出てくるな。防護・回復魔法は分からないが、攻撃魔法はどれも模倣出来るかもな」

「えぇ……もしそうだとしたら常識外にも程がありますよ」

「お前の《エルフ・リング》も似たようなものだろうに」

「詠唱なしで! 想像だけで! どの種族の魔法でも再現し得るのが問題なんです!!!」

 

 《エルフ・リング》は召喚魔法(サモン・バースト)と言われているレフィーヤの魔法の一つ。同族、つまりエルフの魔法の詠唱、魔法の効果や実態の詳細を把握した場合にのみ、《エルフ・リング》固有の詠唱から他者の魔法の詠唱に繋ぎ、唱え切る事で他者の魔法を発動できる――という、一時は魔導士界隈を震撼させた超絶魔法である。

 これによりレフィーヤは自身の攻撃魔法二つと、《エルフ・リング》を用いたリヴェリアの九つの魔法、すなわち最低でも十一の魔法を扱える過去例に無い数の魔法使いという事になる。

 同族のみという制限、また使うまでの条件は中々に厳しいが、それでも破格。

 しかしキリトはその制限が全てない。一度見たものであれば、詠唱が無く、他種族の魔法だとしても、キリトの想像そのままに魔法は具現する。

 流石に自動追尾だとか回復だとかの特殊効果までは見ただけで再現出来るとは思えないが……

 ――ついでに言うと、連結詠唱とは言え実質九つの魔法を単独で扱えるリヴェリアが言える事ではないと思うレフィーヤだった。

 

    *

 

 その後、風を纏う心意魔法に続き、雷による長射程魔法を披露したキリトは、そこで強い脱力感を覚え、今日の魔法指導は終了となった。

 リヴェリアはキリトがスキル【怨嗟悲憤(ビーター)】に精癒があり、微量とはいえマインドが継続回復すると知っているため、魔力回復薬などは与えず、二十分ほどの休憩を指示。

 

(……魔力回復薬(マジック・ポーション)も無しって、新入りにはスパルタ過ぎません……?)

 

 それにレフィーヤは内心引いた。

 魔力指導で魔力疲弊を起こした時、ダンジョン内での特訓の際にはいつも魔力回復薬を貰っていた。レフィーヤの場合はある程度経験を積み、ダンジョンに幾度か潜った後だったからだろう、帰路の遭遇戦でも自身が戦うよう指示されていたのだ。

 しかしキリトにはそれが無い。確かに帰路もモンスターは自分達が倒すとは言え、さすがに魔力疲弊状態で歩かせるのは酷ではないかと思った。

 

(……まぁ、リヴェリア様の事です、なにか考えがあるのでしょう)

 

 しかしそれは言わない。

 相手は高貴なハイエルフであり偉大な先達だ。きっとこれも魔力疲弊の辛さとダンジョンの過酷さを教えるための授業なのだろうと、レフィーヤは自分で納得する。

 

(……なにか勘違いしている気がするな、この馬鹿弟子(レフィーヤ)は)

 

 その表情の変化を見ていたリヴェリアは、なんとなく勘違いしている事を察していた。おそらく魔力回復薬を与えない事が妙な誤解を生んでいる事も察している。

 しかし、それを言及はしない。キリトがファミリア内に公開しているスキルはストレージ視覚化、荷重時補正のみを書いた【具現英雄(イロス・リアリゼーション)】一つだけ。他のスキルは何一つ公開していないのだ。だから魔導士が泣いて喜ぶほどのレアアビリティである精癒を有するスキルの存在を匂わせる訳にはいかない。

 

(すまない、キリト。これもお前のためだ)

 

 壁にもたれ、ぐったりしている少年を見ながらリヴェリアは内心で謝罪する。

 

(MP残量がバー全体の1割を下回って、脱力感が出現。それで3秒につきおよそ1%回復……回復量は1分で2割、5分で全快か。まぁ戦闘中だと少なくなるかもしれないが)

 

 翻って、キリトは休憩中も思考を懸命に回し、視覚化された自身の状態から検証を行っていた。

 今の魔法行使で魔力の【ステイタス】が幾らか向上したが、現状誤差のレベルだろうと考え、概算を割り出し始めている。今後魔力最大量が増えた時の回復量がどれほどになるかが気掛かりなくらい、見た目以上に余裕があった。

 無論それは既に魔力疲弊状態から脱しているためだ。

 脱力感は未だ残っているが、それは軽い倦怠感という程度である。

 

(問題は魔法だな。レフィーヤが言っていた通り、確かに連発すると危ない。雷魔法は一回につき三割は使っていた。エンハンス・アーマメントは三割強だ)

 

 思考は使用した魔法へと移る。

 雷魔法は一回使って全魔力の三分の一を削られた。その分だけ威力は高いのかもしれないが、これはこれで由々しき事態である。風魔法は補助的な使用だったからか減りが緩やかだっただけにちょっと衝撃を受けていた。

 

(うーむ……検証の間はインカーネイションは補助くらいにして、エンハンスを中心に使った方がいいかもな……)

 

 ――ちなみに、この感覚はキリトの方が異例である。

 リヴェリアやレフィーヤも攻撃魔法はそう何度も使えない。詠唱が長く、強力であるほど魔力を喰うため、強力な魔法が多い二人は一日に両手の数は撃てない。

 キリトの雷魔法が最大三回というのは、恩恵を受けたばかりで魔力アビリティが伸びていない事も加味して常識的な回数なのだ。無詠唱、範囲が狭いという点で言えば少な過ぎるが、強固な想像が威力を高めているとすれば消費魔力が大きくなるのはむしろ必然。レフィーヤとリヴェリアも数回でダウンしたキリトを見て不思議に思わなかったのはその観念があるからだった。

 

 キリト・クラネル。

 

 異世界に生れ落ちて十一年経つが、まだまだこの世界の常識を知らなかった。

 

 






・キリト
 新人冒険者。
 経験は豊富だが冒険者としてはニュービーなので右も左も分かっていない。なんなら前世の経験も通用しないところがあるため手探り状態。
 傍から見ればエルフに育てられてる幼子です()
 現状は武器を魔法で作り出し、それを振るう変則的な魔法戦士スタイル。移動補助の風、攻撃補助の雷、エンハンス&リリースの三つで今後は戦っていく予定。


・レフィーヤ
 Lv.3冒険者。
 アイズ信奉者。リヴェリアの直弟子。
 後輩指導と魔法指導の二つをこなすよう指示された。よくある二次ではベルとぶつかったり魔法指導で仲良くなるが、本作ではキリトの指導を担当している。
 華奢な見た目だが素手でゴブリンを撲殺出来る事を考えると中々のギャップを感じる。


・リヴェリア
 Lv.6冒険者。
 【九魔姫(ナイン・ヘル)】の二つ名を持つ。後輩指導や魔法指導はかなりスパルタらしく、アイズはトラウマで泳ぎがてんでダメになってしまったらしい。
 ダンジョン関係の講義、厳しいテストを通して後輩指導を繰り返す。
 間違いなく素手でミノタウロスも撲殺出来る魔導士。



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