農家なセーラー服っ子のスターデューバレー   作:馬汁

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見慣れない空と見慣れないごはん

「ぜーっ、ぜーっ……。きっつぃ。肉体労働なんて何時ぶりだろ」

 

 長い髪をストレートからポニーテールにまとめて、家の中から引き出した斧で木を切り、ツルハシで岩を砕き、カマで雑草を切り払う。

 マラソンの後の様に消耗した訳ではないけれど、それぐらい疲れたのかと思えてしまう。やっていることの方は地味だけど、消耗する体力はとんでもない。

 

「……これだけ、やって、25メートル平方。いやちがう、へいほメートぼえ」

 

 少し遠目から見ようとして後ろ向きに歩いて、足になにか引っ掛けて転んだ。

 

「いたい……」

 

 気付けば足から頭まで土まみれ。

 これで出勤でもしようものなら、電車に乗る前に水を頭から掛けられかねない。いや全身ずぶ濡れの方がまだいいかもしれない。

 

 ああ、いや。そんな考えをするのはやめよう。

 ほら、空があんなにも綺麗じゃないか。高層ビルやタワーも、一切見当たらない空。あるのは北に見える山ぐらいで、なんなら南方は海だからとても見晴らしが良い。

 空と言うのは地上の生き物にとっては身近な存在だというのに、この景色は僕にとってすごく馴染みのないものだった。

 

 

「おやおや、だいじょうぶ? お嬢さん、地べたで横になって」

 

「……うぇ?」

 

 陽光とそよ風を感じながらずっと空を見上げていたら、誰かが声をかけてきた。

 目線をその方にずらすと、目があった。お姉さんかお婆ちゃんかと言えば3:1でお姉さん寄りだな、と勝手にそう思ってしまった。

 

「はじめまして、私はマーニー。ここから南にある牧場で、動物たちのお世話をしているの」

 

「まーにー……」

 

 しかし口が回らない。小学校にも入っていない様な子の喋り方だ。だと言うのに思考だけはやけに回る。疲れているのは主に肉体だった。

 

「まあ、お疲れみたいね。牛乳の差し入れを持ってきたけど、飲む? 冷えてるわよ」

 

「ん……」

 

 渡された牛乳を受け取る。まだまだ意識はあるからそれぐらいは出来る。

 瓶の蓋を開けて、容器から伝わる冷気を感じながら一気に飲む。

 

「ん……く……ぷは」

 

「どう? マーニー牧場産の牛乳は」

 

「はい……美味しい。すごく」

 

 水とコーラ、そしてエナジードリンクやコーヒーぐらいしか飲まない社会人時代だったものだから、子供時代以来の牛乳なのかもしれない。だからか、美味しい。すごく美味しい。

 

 それに、力がみなぎってくる。

 体に栄養が行き渡るのを感じる。エナジードリンクの不健康な感じじゃなく、もっとこう、優しさのある行き渡り方で。

 

「ありがとうございます。……これでお昼まで頑張れるかな」

 

「冗談じゃない! 休んだほうが良いと思うよ。ご近所だからこのあたりの荒れ具合は知ってるの。大変だったでしょうに」

 

「うーん……でも」

 

「やーすーみーなーさいっ! ほら、もう一杯あるから飲みなさいな!」

 

「えっちょ、まだ飲み終わってな」

 

 言い切る前に押し付けられてしまって、仕方ないから座ったままの足の上に乗せておく。久しぶりの牛乳だから、あんまり一気飲みすると怖いんだよ……。

 いや、飲みやすいんだけどね。また一口牛乳を飲んで、一本目の中身を減らす。

 

「……あ、そうだ。差し入れありがとうございます。僕はノア」

 

「いい名前ね。それと、差し入れはコレだけじゃないわよ! えーっと……お、いい感じの切り株があるじゃない」

 

「……?」

 

 よく見ると、マーニーと名乗った女性は片手にカゴを持っていた。被せられていた布をマーニーが取り除くと、次々と食べ物を取り出し始める。

 パン、スライスされたリンゴ、そして皿に乗った料理。

 

「これは……」

 

「はい、牧場主のランチ! 引っ越したばかりだからご飯の用意が難しいと思って、作ってきたのよ」

 

「料理……あ、でもそんな、なんだか申し訳ないです」

 

 紙皿に乗った料理という見慣れない見た目で、呆気にとられてしまった。コンビニ弁当がランチやディナーのお供だったから、なおさら。

 しかも初対面なのにここまでの物を用意してくれるなんて、驚きを通り越してしまう。

 

「いいの! それに栄養満点だから、お昼からの作業も進むと思うわ。ただし、ちゃんと休むのよ」

 

「うん、わかってます」

 

「それとかしこまらない! ご近所なんだから、仲良くしましょ」

 

「……わかった。本当にありがとう、マーニーさん」

 

「ええ」

 

 お昼まで一時間もないから、今すぐに食べても変わらないかな、と早速食事に手を付ける。

 まず最初に食べてみたパンは、皮が抵抗なく裂けて、中身は柔らかく直ぐに千切れた。小麦粉の香りがして、なんだか懐かしいような感覚を得た。

 

「ほんのりあったかい……。もしかして」

 

「ええ、もちろん焼きたてよ。あたし、料理にはけっこう自信があるから」

 

 すごい……。料理ができるというのもそうだけど、ここまで美味しいパンが焼けるなんて。

 

「すごい。本当に美味しい」

 

「そう言ってくれてうれしいね」

 

 この牧場主のランチというのも気になる。名前からしてマーニーオリジナルの料理なのだろうか。

 見た目は、拳大のオムライスと脇にある幾らかの野菜が盛り付けてある。

 よく見ると、オムライスで何か挟んでいる様で、刻まれた野菜が見え隠れしている。試しにフォークを刺してみれば、一見するとペーストの様なソースが一緒に溢れてきた。

 

「それはチーズ風味の甘めのソースよ。それ程強い味じゃないから、疲れた体でも食べられる筈」

 

 フォークでオムライスを切って、一切れのそれを口に含んでみる。

 オムライスの弾力ある食感の向こう側から、一気にソースが流れ込んできた。堪らず咀嚼を早めると、それに巻き込まれた野菜が砕かれて香りを解き放つ。

 オムライスによる卵の味が、チーズ風味のソースを纏ってきて突撃したかと思えば、伏兵の野菜が追い討ちをかけたかの様だ。しかその伏兵には玉ねぎも含まれていたらしく、その香りと共に残された僅かな辛味が、舌に刺激を与える。

 

 疲れた身体を労ってくれているみたい。と言うのは、これを食した状況がそう思わせただけかもしれないけども。それでも身体は元気を取り戻している様だった。

 

 

 

「美味しかった。ありがとう、マーニー」

 

「どういたしまして」

 

 食べ終えた料理の紙皿を、包みと一緒にまとめてカゴの中へ詰められた。

 早速土地の開拓に励もうと思ったけれど、マーニーに休みを勧められたばかりで、そしてご飯を食べただけで仕事に戻るというのも、休み時間としてはどうかと思い直す。

 

 どうも、昔の働き方が身に染みてしまっているみたいだ。今のところは納期や期限は無いのだ。ゆっくりしていても、それを咎める上司や同僚は居ない。

 幸い、そんな生活を続けていた僕でも世間話をやり方ぐらいは覚えている。確かマーニーは牧場をしていると言っていたか、と思い出しつつ口を開く。

 

「マーニーって牧場やってるんだ。やっぱり牛とか飼ってるの?」

 

「ええ。さっきあなたが飲んだ牛乳は、スピーって名前のお牛さんが作ったのさ。他にもぺテルって子も居るねえ」

 

 ……ついさっき飲んだ牛乳を作った牛の名前を聞くのは、少し妙な気分になる。

 

「羊、鶏や豚も飼ってるよ」

 

「勢揃いだ……大変じゃないの?」

 

「なあに、子守と似た様な物だよ。むしろ窮屈な思いをさせてないか、あたしが心配」

 

「そうなんだ」

 

 面倒見が良い牧場主だ。だから私のところにも挨拶に来たんだろう。

 

 ……挨拶? 

 

「あ」

 

 今となってはようやく気付いた。隣人はもちろん、町に住む住民たちにも挨拶しなければ。

 町の規模は小さく、大体の住民が町の全住民を覚えていられる程度だ。

 そこへ挨拶もなく引っ越すというのは、言うなれば、そんな人数で構成されたコミュニティに、土足でとまでは言わないけれどいきなり踏み込む様な物だ。

 

「この後、挨拶回りとかしないと」

 

「挨拶ね? 確かに大事だけれど、あんまり無茶しない様にね」

 

「大丈夫。体に鞭を打つ様な真似はしない」

 

「なら良いのだけど……貴方ならきっと大丈夫ね。残念だけど、あたしは店のほうに戻らないと」

 

「……お店?」

 

「あたし、普段は畜産物を売ったりしているの。興味があったら好きな時に来てね」

 

 と言うと、さっきの卵や牛乳もその気になればお買い求めできるんだろうか。

 それなら……と思ったが、そもそも今の我が家にはキッチンがない。

 

「……うん。そうだ、その時は牛さんと会っても良い?」

 

「勿論!」

 

 屋外の荒れ様もそうだけど、屋内の設備も整えないと。

 前途多難とはこの事を言うんだろうけど、それは決して乗り越えられない道ではないと、この大きな空が教えてくれている気がした。




意外と書けた。
2桁程度の閲覧数でも、その数字を見るだけで元気を貰えるらしい。
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