「なぁ本当にワール川を遡上するのか?」
大和の甲板からネーデルラント海岸を眺めながらエイラは不安げに坂本少佐に尋ねた。
「さっきからそう言っているじゃないか」
ライン川に向かうと聞いた時、エイラは特に疑問に思っていなかった。ライン川の河口付近に移動して洋上で待機するのだろうと思っていたからだ。しかし何気なしに大和艦内にあった地図をみて、扶桑の狂気に塗れた計画を知ることとなった。ライン川はカールスラントを流れる大河でネーデルラント王国でワール川とレク川に分岐している。船でライン川に向かうと言う事はこの二つの川のうちいずれかを遡上しなければならないが、戦艦大和では吃水が深く座礁するだろう。そのため、大和両舷に巨大なフロートを設置して強引に吃水を下げる事で対応した。
エイラは船のことに詳しくないため、坂本少佐に吃水を下げる事に危険性はないのか直接問いただした。そして帰ってきた答えがこれだった。
「我が国には龍驤という重心が高いところにある空母がある。かの空母は旋回する時はエレベーターの穴から水平線が見えるほど傾くそうだ」
「そんなに傾いてよく転覆しないな……。で、その龍驤が大和とどう関係があるんだ?れ
流石に大袈裟だろうと思いながらエイラはこの話題が大和とどう関係があるのかわからず困惑し尋ねた。
「吃水が下がるという事は重心が上がり安定性が欠けるという事だ。欠けた安定性は左右のフロートにより多少マシにはなるがあまり巨大すぎるものでは接着が緩くなることも考えられるからやや安定性は心許なくなるがやや小型のものを取り付けた。それでも龍驤よりはマシだがな」
海と違って波はないとはいえ川幅という制約の下、慎重な操艦を求めらる。空軍のわたしにはその難易度はわからないけど簡単ではない事だけは確かだ。
「けど普段航行する海じゃなく川だぞ?そんなうまいこといくのか?」
「はっはっはっはっは、安心しろ!扶桑海軍は精鋭揃いだ!何も問題はない!それに川の方が海より波も穏やかだ、転覆することなんかない」
と、坂本少佐は言ったものの不安は尽きない。
だからネーデルラントに近づくまでまで何度も何度も坂本少佐に本当に大丈夫なのか問いただしていた。
「エイラ、少佐もこう言っているんだし大丈夫に決まっているわ」
不安げなエイラとは対照的にサーニャは大和が遡上できると信じているようで余裕を持った表情でしきりにエイラを宥めていた。
「それにもし座礁してもわたしたちにはストライカーがあるわ」
いや、やっぱり信用してないのかもしれない。なぜならサーニャはネーデルラントが近くなりフロートの装着準備を始めて以来サーニャはずっとユニットの側から離れようとしていないからだ。
「ちゃんと動けばな」
エイラの言葉にサーニャは途端に不安そうな表情になった。
「大和に配備されているのよ?動くに決まっているわ」
「そもそもあれが川で使うことを想定しているとは思えないな」
大型艦に装備するカタパルトの想定される使用場所は海だ。川では海と違った不具合が起こる可能性もあり、フロートで重心が上がった大和ではなおさら何が起きるかわからなかった。
エイラの不安をよそにフロートの設置は順調に進みワール川へ侵入するための水門に大和は到着していた。
ここで一つ問題が起こった。
「通信障害?」
「そうだ、パリの司令部と通信ができなくなっているから少し作戦を延期しようと思う。エイラ達が望むなら今カタパルトで飛ばす事もできるが…どうする?」
「設備的な問題なのか?」
「いや、水門の方の通信設備も借りて確認したが繋がらなかったから違うだろうな」
「設備の問題じゃないならそんな長いこと続かないだろ。ここで待つよ」
元々余裕を持って予定は立てていたからそんなに急ぐ必要もないし、仮に大和をカールスラント奪還に投入するのなら遡上を見学する事にも意味があるからだ。頭ではそう思いつつもエイラは大和から降りたくてしょうがなかったが。
「そういえば宮藤がヘルウェティアの医学校に入学するんだってな」
「ああ、ちょうどいまガリアのペリーヌの屋敷に滞在しているだろうな」
「少佐が色々手を回したんだろ?よくツテがあったな」
「遣欧艦隊に所属して欧州各地で戦ったからな。自分で言うのもなんだが人脈はかなり広いぞ」
「わたしなんか基本スオムスにいたから殆ど自国内で人脈が完結してるから羨ましいな」
「ああ、確かにエイラは医務室の世話になったりしないからこの手の人脈はできにくいかもな。
だがブリタニアとロマーニャでは軍や政府のお偉いさん方と交流があったんじゃないか?」
無傷のエースと呼ばれるエイラはネウロイの攻撃により怪我を負った経験はない。自然医務室に近づく事はなく医療関係者との繋がりは他のウィッチと比べて希薄だった。
「年寄り連中と顔を繋いだところでなぁ。そこから若手の有力株とかと知り合えるならいいけどそうでないなら5、6年で付き合いも終わるだろうな」
エイラの人脈は50代後半から70代が大多数を占めている。もちろん若い知り合いもいるがそれはウィッチに集中していてかつエイラの方が階級が上である事から大抵の場合力を借りる必要がなかった。
「それにその手の人脈が通じるのって結構限定的だしな。軍や政府が関わることならともかくヘルウェティアの医学校みたいな場所にはあまり通じないだろうな」
「それもそうか」
「ところで宮藤って英語と扶桑語以外話せるのか?」
「さぁ、無理なんじゃないか。それがどうかしたのか?」
「ヘルウェティアって結構いろんな言語が話されてるけど英語は公用語じゃなかった気がするんだけど」
ヘルウェティアカールスラント語と呼ばれるカールスラント語から派生した言語やガリア語、ロマーニャ語などが主に話されていて英語が通じないわけではないが少数派だった。
「……まぁ宮藤はブリタニアに来た時も一ヶ月くらいで英語をマスターしたから問題ないんじゃないか?」
ストライカーユニットで飛ぶ事に比べると外国語学習に適性があったようで宮藤は坂本少佐にスカウトされ赤城でブリタニアに行くまでのおよそ一ヶ月の間で日常英語をほぼ完璧にマスターしていた。
「たしかに宮藤はブリタニアに来た時日常会話はほぼ問題なかったけどさ、医学用語とか大丈夫なのか?」
「それは別に覚える必要はないんじゃないか?それを学ぶために行くわけだし」
「いや、普段あまり使わないけど時々聞くような言葉とか。たとえば壊死とか日常言語とはいえないけど医療現場だと頻出しそうだろ?
一年位言語学習の期間をおいてから留学した方がよかったんじゃないか?」
坂本少佐は視線を左右に彷徨わせた後一度目を閉じエイラの両肩に手を置くと言った。
「エイラ、お前は宮藤を信じていないのか?」
「いや、信じる信じないの問題じゃ…」
「宮藤は一ヶ月で英語をマスターした。ならヘルウェティアの言葉だって一ヶ月もあればマスターできる。そうは思わないか?」
「いや、だからそれと」
「思うよな」
「そ、そうだな。宮藤なら一ヶ月でヘルウェティア語をマスターできる」
実際のところ、宮藤は送られてきていたヘルウェティア語の教材を必死に辞書を弾きながら勉強し、かなり理解できるようになっていたから坂本少佐の考えは間違いではなかった。エイラの言う通り一年くらいの言語学習の期間があった方が留学後より学びやすくなったこともまたたしかであり、必死にヘルウェティア語を勉強していたであろう宮藤に心の中でエールを送るのだった。
宮藤って外国語に強くないですか?
ブリタニアについた時点で普通に501のメンバーとやり取りしてるしヘルウェティアに関しても問題なく留学できてるし。ヘルウェティアに関してはブリタニアに行く時より多少余裕があったと思いますけどそれでも2ヶ月あるかないかでしょうしよく医学校で学べるほど言語に習熟できましたよね。