「エイラさん」
中庭でサーニャと楽しく談笑していたエイラに声をかけたのは扶桑から来た坂本少佐の後任、服部静香を連れた宮藤だった。
「なんだ?」
せっかく久しぶりにサーニャと話せたのにと思いながらエイラは返事をした。
「静香ちゃんがエイラさんにまだちゃんと挨拶してないからしておきたいって言ってるんで連れてきたんですよ」
「数々の武勲をお持ちのユーティライネン大佐と同じ部隊に所属できて光栄です!ご指導ご鞭撻の程よろしくお願いします!」
そう言って頭を下げた服部にエイラは苦笑いを浮かべた。
「そんな堅苦しくしなくてもタメ口でいいぞ。今わたしは501ではただの平隊員、服部と立場は同じだからな」
エイラの場合501の上位組織にも籍を置いているため501内の立場はかなり複雑なものとなっているため同じとは言えないがその部分をエイラはあえて無視した。
「そんなわけにはいきません!ユーティライネン大佐程の人にタメ口なんてそんな大それた事できません!!」
坂本少佐や宮藤とは違って伝え聞くような典型的な扶桑人だなとエイラは思った。真面目で融通が効かず頑固。悪いとは言わないが堅苦しいのが苦手なエイラからすれば面倒な事この上なかった。
「堅苦しい言葉ってさ軍事面では意外とデメリットの方が多かったりするんだぞ」
「デメリット…ですか?」
服部はエイラの突然の言葉に困惑した様子だった。
「例えば挨拶する時Helloって言うのとHiって言うのだとHiの方が短いみたいに基本的に英語は丁寧に話した方が文章は長くなる。戦場では一分一秒を争うんだからわざわざ丁寧で長い文章を話すよりはフランクで短い文章を話す方がいいと思わないか?」
「けど私も静香ちゃんも英語を学び始めたのが最近だから違いがわかりませんよ?」
エイラの言葉に宮藤がそう言った。
「だったらせめて名前ぐらいはエイラって呼べばいいだろ。自分で言うのもなんだけどユーティライネンって長いうえに言い間違える奴が多いんだから」
幸いにも服部は言い間違えなかったが言いにくい名前で呼ばれるよりは言いやすい方がいいだろうとエイラは思っていた。
「大丈夫です!ユーティライネン大佐の名前を間違えたりなどしません!」
服部の返答に思わず肩をすくめてサーニャと目を見合わせた。
「そう言う問題ではないのよ服部さん。間違える間違えないではなく単純に長い苗字を言うより名前で読んだ方が時間も短縮できるし連携も取りやすいって言ってるのよ」
「しかし…」
尚も言い募る服部にエイラが説得のために口を開いた。
「503のフーベルタ・ファン・ボニン少佐は空の上では実力が上のものが正義だと言って憚らなかったそうだ」
「ですがそれでしたらやはりユーティライネン大佐の方が全てにおいて上ですから私なんかがそんな軽々しく接しては良くないのでは?」
「わたしの方が上だってのはわかってるのにどうして分かんないんだよ」
呆れたと言わんばかりにエイラは首を左右に振った。
「いいか、上位者であるわたしがいいって言ってるんだぞ。言うこと聞けよ」
「そうは言われましても…」
そもそもボニン少佐はあくまでも空の上ではと言う話であって地上では話が変わってくるはずだがその事に服部は気付いていなかった。
「そもそも明確に役職が上ならともかくそうでないならウィッチ同士はあんまり丁寧な言葉は使わないぞ」
隊長の私物を勝手に持ち去るような規則の緩い部隊もあるくらいにはウィッチは自由だ。主な理由は普通の軍隊とは設置の目的からして違うこと、上がりを迎えれば軍隊を離れるものが大半であり遠くの学校で親元を離れて寮生活をしているくらいの感覚でいた事がウィッチ達に軍隊にいるという事を半ば忘れさせていたという側面があった。
「けどニパさんはクルピンスキーさんに敬語使ってるわよね」
「菅野には思いっきりタメ口だけどな」
あんな性格だが意外とクルピンスキーはニパにとっては尊敬の対象になっているのだろうか。
「それでも階級まで言う事はまずないだろ?」
「そうね、わたしも聞いた事ないわ。基本はさんをつけて呼ぶし…」
「呼ばれる側からしたら階級とかどうでもいいんだよなぁ」
結局のところは呼ばれる側の気持ちに帰結するわけだがエイラのように比較的、というよりウィッチ自体が全体的に緩い傾向にあるためたとえ呼び捨てにされたとしても気にするものは少なかっただろう。
先にも述べたように寮生活をしているような感覚でいたためウィッチ同士の関係は上司と部下というよりは寮の先輩と後輩というような限りなく友人関係に近い存在であり日常生活での最低限のモラルと戦場で上官の指示に従いさえすれば後は何をしてもいいという雰囲気があった。
「わたしも階級付きで呼ばれなくても別に気にしないわ」
「リトヴャク中尉もですか?」
「だってわたし達は上司と部下である前に一緒にネウロイと戦う仲間なのよ。ならそこにはエイラの言う堅苦しい関係よりも先に仲間として、あるいは友人としての気楽な関係があってもいいんじゃないかしら」
「上司と部下じゃ話せないような事も話せるだろうしな」
そこまで言っても服部はよくわかっていないような表情を浮かべていた。
「まぁ今分からなくてもいいさ。こうして一緒に戦っていたらそのうち理解できるようになるだろうからな」
そう言うとエイラは宮藤に視線を向けた。
「ところで宮藤は魔法力が回復してないって聞いてるけどどうなんだ?」
ヴェネツィアでの戦い以来、宮藤は魔法力の回復に不調をきたしていた。保有できる魔法力そのものの量は変わっていないがその生産が追いついておらず前ほど強力なシールドを使った大胆な戦いできなくなっていた。
「一応3日くらい休めば空になった魔法力も完全に回復するんですけど…」
「安静にする必要があるって医者に言われてただろ?もっとちゃんと休めよ」
ヴェネツィアの巣を破壊した後、精密検査を受けた宮藤は医者から魔法力の生産量を元に戻すためにしばらく魔法を使わないよう言われていた。
「けどここは頻繁にネウロイが来るから私も出撃しないと皆んな休む時間もありませんよ」
「少なくともカールスラントの3人は欧州からの撤退を経験している古参のエースウィッチだぞ。数日寝るまも惜しまず出撃したところでなんの問題もないから安心しろよ。それよりも一番重要なベルリン奪還にフルメンバーで行かないことの方が問題になるから宮藤は回復に専念しろ」
「でも…」
「それにお前の後輩の服部もいるだろ。なんの問題もないさ」
「わ、私ですか!?しかし私は宮藤さんの足元にも及ばない実力しか…」
「わたしに言わせりゃ宮藤も服部も大して変わんないよ」
エイラの言葉に服部が驚いたような表情を浮かべた。
「ハルトマンやバルクホルンクラスならともかくそうでないなら個人単位で見た時に大きな違いはないさ。並みのエースウィッチ一人がいたところで大幅な戦力アップには繋がらないんだからな」
「エイラ、ハルトマンさん達と比べるのはどうかと思うわ」
「そうですよ!あの二人に匹敵するのなんて501だとミーナ中佐とエイラさんくらいじゃないですか!!」
サーニャに続いて宮藤もエイラを非難した。
「だからそのクラスじゃないと戦局に影響を与える事はできないんだよ。それでさえ大きなものじゃなく限定的な局面で極めて小さな影響に過ぎないだろうな」
「ユーティライネン大佐はエースウィッチなのにどうしてそんなにウィッチに対する評価が低いんですか?」
「評価が低いと言うよりはお前達がウィッチに対する評価が高すぎるんだよ。坂本少佐はウィッチに不可能はないなんて言ってるけどウィッチにも不可能はあるからな」
エイラの言葉に宮藤と服部が目を見開いた。
「何驚いてんだよ。そもそも不可能がないってんならどうしてカールスラントはネウロイに奪われたんだよ。もし本当に不可能がないならウィッチがネウロイからカールスラントを守りたいって思って実行すれば守り切れてるはずだろ」
「しかし坂本少佐が…」
「何かを成し遂げるために成功するよう強い気持ちを持つ事は大前提だ。そこに結果が出るかどうかは本人がどれだけうまく行動するかにかかってくる。けどネウロイとの戦争は個人の力だけではどうにもできない事も多い。その時は軍や国の判断によっては自分自身が正しい行動をしてもうまくいかない時だってある。ウィッチにも不可能はあるんだ」
エイラの発言に何も答えられないでいる二人にさらにエイラは続けた。
「そう落ち込むなよ。不可能はない、今の場合はカールスラントを絶対に奪還できるって強く信じてるって事だろ?ならカールスラントは必ず奪還できる」
「意味がわかりません。さっきウィッチにも不可能はあるって言ってたじゃないですが。ならカールスラントが奪還できない事もあり得るんじゃないですか?」
「そんな事ないよ静香ちゃん!カールスラントは必ず取り返せるよ!!」
「そうだな、宮藤の言う通りだ。何事も強い気持ちを持たないとモチベーションが維持できない。心のどかで不可能だと思っていると作戦中ピンチになった時簡単に諦めてしまうかもしれないだろ。愚直に作戦の成功を信じる事ができるって言う点で坂本少佐の教えはある意味正しいんだよ」
もっとも、それはあくまでも平隊員に対してのみであり指揮する部下がいれば話が変わってくるがエイラはその事を口にする事はなかった。
インド周辺の国ってどうなってるんでしょうか?
史実だとイギリスの植民地ばっかりですけどこの世界だと違うんですかね。インドのウィッチでも出てきてくれれば話は簡単なんですけど…。