「作戦開始を延期してほしいだと!?」
「はい。10日経てばここにいる宮藤曹長の魔法力が回復する。そうすれば」
「冗談ではないぞ!既に作戦は延期につぐ延期で莫大な金と物資を消費している!!これ以上は待てん!我が軍は単独でもベルリンを奪還するぞ!!!」
これを言ったのはロマーニャ公国陸軍元帥、バスティコだ。
「貧乏軍隊に何ができる。ネウロイをベルリンから排除できるのは我が軍くらいのものだろうさ」
ブリタニア海軍大将、ラムゼー提督が鼻で笑った。
「貧弱な陸軍しか持たぬ島国国家に何ができる。せめて我が国のような強力な陸軍を持ってから言ってくれ。冗談にしか聞こえん」
カールスラント陸軍、元帥ライヒェナウが言った。
「なっ!」
「今やるべきことは作戦を延期するのか、しないのかを決めることではないかな?」
ラムゼー提督が反論しようとするのをスオムス陸軍元帥マンネルヘイムが遮った。
「元帥の言う通りですな。今は一分一秒が惜しい。方針はすぐにでも決めるべきでしょう」
カールスラント陸軍元帥、マンシュタインがマンネルヘイムの意見を後押しした。
「さて、私個人としては宮藤曹長の魔法力が回復した後の方が良いと言うのであれば待つのはやぶさかではない。元帥はどうですか?」
「私も同感だ。だがそれには金と物資が必要だ。備蓄している物資はあくまでも明日のために用意してきたものだ。それが10日後に延期となると一体どれほどの物資を消費するかわからないわけではあるまい」
マンシュタイン元帥の問いかけにマンネルヘイム元帥が答えた。
「物資なら手配する。それで良いだろう。頼めるかなユーティライネン大佐」
部屋の隅で話を聞きながらコーヒーを飲んでいたエイラにパットン将軍が言った。ベルリン奪還の総指揮を取る連合軍西ヨーロッパ戦域統合作戦司令部の名代としてこの会議に参加していたからだ。
「Haista paska」
カチャリと小さな音を立ててカップを置くとエイラは言った。
「大佐!」
エイラが放った言葉にマンネルヘイム元帥が目を剥いた。
「失礼しました。では改めて……承服しかねます」
「なに!?」
「理由は二つ。一つ目は幸か不幸か本作戦に投入する兵力が減少したことで宮藤曹長のシールドが必要ない」
エイラの言葉にパットン将軍は苦々しげな顔で黙り込んだ。
「二つ目は10日後、ベルリンを奪還できるだけの物資を用意できるか不明瞭だから。以上」
そう言うとエイラは再びコーヒーを口にした。
「10日後に物資を用意できるか不明瞭だからだと!?それを何とかするのが貴様らの仕事ではないのか!」
「御言葉ですが現在虚空の彼方へと消え去った爆撃機一個大隊の補充と、それと前後して消失した多数の物資を補填している最中です。それを出していただけるのでしたらいくらでも待ちますとも」
「貴様!」
「落ち着けジュディ」
いきりたつパットン将軍をブラッドレイ将軍が押さえた。
「大佐、何とかできないか?現有戦力でも何とかできなくはないだろう。しかし宮藤曹長がいないのはあまりにも痛い」
「ウィッチが1人かけた程度で破綻する作戦を立てるほど司令部は無能ではありませんよ」
「けっ!実戦指揮の何たるかも知らぬ小娘がよく言うわ」
「ウィッチの何たるかも知らない貴方にウィッチの戦力不足云々について言われる覚えはありませんよ」
再び立ち上がろうとしたパットン将軍をブラッドレイ将軍が押さえつけた。
「だが501の指揮官であるヴィルヘルミーナ中佐が言っているのだぞ。一考の価値はあると思うが?」
「確かに彼女はウィッチとして優れた才覚を有しています。しかし彼女とわたしでは与えられる情報も見るべき範囲も違います。たしかに宮藤曹長がいない事は痛手ですがラーテの装甲を考えればその存在は絶対に必要という訳ではありません。寧ろ消え去った爆撃機隊にこそ必要な存在だったといえるでしょう」
どこかつまらなさそうにエイラは言った。
「なにより、わたしにそんな事を言っても作戦の決行が延期される事はありませんよ。わたしはあくまでも司令部から派遣された一参謀将校に過ぎません。延期するしないの決定権はないんですよ」
その言葉にどの口が言うのか、と言おうとしたのは何人いただろうか。少なくともミーナ中佐とマンネルヘイム元帥は喉まで出かかったその言葉を飲み込み、他にも疑うような視線を向ける者が数名いた。
実際、エイラが時折アイゼンハワー元帥から意見を求められそれが取り入れられているのは司令官クラスの間では有名な話であり、彼女と少しでも関わった事のあるものはその聡明さをよく知っていた。
「そもそも、今ここでその議論をする事に意味があるんでしょうか。方面軍の司令官が集まって延期について話したところで、できるのは司令部への陳情まで。結局全ての決定権は司令部にあります。せめて意見が纏まっているならともかく、そうでないのに司令部に対して物を申すなどいささか早急にすぎるのではないですか」
「兵は神速を尊ぶ。次の行動へとつながる為にも早急なくらいな方がいいだろう」
「その結果が爆撃機隊一個大隊の喪失ですか。神速とは兵を失う速度のことですか?」
そこまでは言われて黙っているパットン将軍ではなかった。
「何だと貴様!」
ブラッドレイ将軍の静止をものともせずに机を飛び越えエイラに詰め寄った。一触即発の気配に流石に他の司令官達も慌てだしパットン将軍を止めるべく動き出した。
「なにを考えているのか知りませんが、他の迷惑も考えずに悪戯に兵を動かし喪失するような司令官、本来なら更迭ものですよ」
パットン将軍をさらに煽るようなエイラの言動にミーナ中佐がエイラに目を向けると、さらに驚くような光景が目に入った。
いつのまにかエイラの頭には狐の耳が生えていた。魔法力を発現したウィッチは大人の男性くらいなら軽く捻るくらいの力を得ることができる。
バルクホルン程ではないにしろエイラも相応に強化され、相手をするには魔法力が必須になる。
慌てて止めに入るミーナ中佐と殆ど同じタイミングでマンネルヘイム元帥もそれに気付き止めに入った。がしかしそれが悲劇の始まりだった。
エイラが振り上げた拳は偶然マンネルヘイム元帥の顎に命中、元帥はよろめき倒れ込んだ。
そしてパットン将軍。こちらは静止に入ったバスティコ元帥の頬に右ストレートが入り、これに対してバスティコ元帥は右フックで返したが不幸な事にこれは空振り、その拳は同じく静止に入ったラムゼー提督に命中した。
「何をする!」
お返しと言わんばかりにラムゼー提督がアッパーカットを放ち、会議室は収集不能な状態へと陥った。
尚、この状況を引き起こした原因の一人であるエイラはいつの間にか会議室から姿を消していた。
公式記録によると、この日501部隊の隊長ミーナ中佐、宮藤軍曹、ユーティライネン大佐以外の全員が治療を受けたと記録されている。傷の度合いは様々で軽いもので打撲、酷い者では意識不明で一時は治療室を騒然とさせたとされる。原因については偶然本棚が倒れて司令官達が下敷きになった事による不幸な事故とされる。
尚、会議室には本棚など一つもなかったという記録が後世に対しては残され、当時の連合軍内では司令官達が殴り合いの喧嘩をしたという事実不明の噂がまことしやかに囁かれることとなった。
実際問題パットン将軍はなかなかの戦犯だと思います。