サーニャのいないエイラの執務室、代わりに1人の男がそこにはいた。
「取り敢えずリベリオン本国の協力は得られることになったぞユーティライネン」
エイラの執務机に腰掛けてそう言ったのはパットン将軍だった。
「そうか……」
露骨にテンションの低いエイラにパットン将軍は眉を顰めた。
「なんだ、元気ねぇじゃねぇか。一体どうしたってんだ?」
「サーニャを盗られた」
ため息混じりにエイラは答えた。
「サーニャ?……あぁ、お前の副官か」
サーニャはあくまで愛称であり付き合いの短い相手ならサーニャと言ったところで通じなかっただろう。
だがパットン将軍はエイラと会う機会が多く、エイラが副官らしきウィッチをサーニャと読んでいた事を見聞きしていたため少し考えただけでそれが誰を指すのか気付いた。
「盗られたって一体誰にだ。仮にもウィッチ隊の総司令官の副官だろ?」
考えられるとすれば彼女の所属する国であるオラーシャだろうかとパットン将軍は考えた。
「502部隊の司令官のラルに盗られた」
パットン将軍自身は502との関わりはないが、その指揮官の手癖の悪さは噂で聞いていたため、納得したように頷いた。
「だが自分の上官から部下を奪うたぁ、中々肝が据わってやがるな」
感心半分、呆れ半分といった様子でパットン将軍は言った。
「アイツとはなんだかんだ長い付き合いだからな。今のタイミングならわたしが取り返す事も、制裁を加える事もできないって確信してたんだろうな」
統合戦闘航空団各隊に対してラルの危険を伝えていたのに、その場でまさか自分自身がラルの毒牙に掛かると言う失態を演じた事と、サーニャを奪われたショックからエイラは未だに立ち直れずにいた。
「で、まさかやられっぱなしってわけじゃねぇんだろ?」
「まぁな。たしかに制裁を加えるのは難しいけど、できないわけじゃない。
手始めに502部隊への酒の配給を無くした」
エイラの言葉を聞いてパットン将軍は困惑したような表情を浮かべた。
「それは制裁になるのか?
俺達みてぇな大人ならともかく酒を飲むウィッチはそう多くはねぇだろ」
パットン将軍の言う通り酒を飲むウィッチは少ない。
嗜好品と言う点ではやはり酒よりも甘いものの方が好まれるし、仮に飲むウィッチがいても1人2人だ。それが多数集まった部隊などそう多くはない。パットン将軍の言う通り普通の部隊ならあまり効果があるとは言えなかった。
「502部隊は隊長含めて酒好きが3人もいるからな。うち1人は部隊の中でも発言力の大きいウィッチだ。さぞラルの奴は居心地の悪い思いをするだろうな」
ラル、クルピンスキー、ロスマンの3人が502の中で酒を嗜むウィッチだが、クルピンスキーはともかくロスマンについてはラルでさえ手を焼く事は間違いない。
上がりを迎え魔法力が日に日に衰えているロスマンは出撃する機会はなく、暇を持て余している。今まで集めたキャビアやイクラを肴に毎日を楽しそうに過ごしている事を、ニパからの手紙で知っていたエイラはラルへの制裁にこれを利用する事にしたのだ。
「自業自得と言えばそれまでだがくれぐれもやりすぎるなよ」
「やるなら徹底的にやるぞ」
「502の隊長が後ろから撃たれたとかなれば洒落にもならんだろうが。程々にしておけ」
パットン将軍の言葉にそれはそれで面白いと思いながらもエイラは渋々頷いた。
「話を戻すがルミナス・ウィッチーズの件だがリベリオン政府は俺達に全面協力してくれるそうだ」
それはエイラにとって意外な話だった。
「あの部隊の隊長はリベリオン陸軍の元ウィッチ、よくリベリオン政府がこちらに味方したな」
「ブリタニア政府への意趣返しだ」
「意趣返し?」
「そうだ。あの部隊はリベリオンの元ウィッチが中心になりブリタニアの連中が資金援助をする事で作られた。今は各国から資金援助されているがそれでもブリタニアの影響は大きい。
今回のベルリン奪還の式典に際して行われる公演もブリタニアが否と言えばそれでしまいだ。だがあの国はYESと答えちまった。
貴様のウィッチ隊の総司令官への就任、それに対する意趣返しを込めて今回リベリオン政府はブリタニアとは真逆の立場を行く事にしたみたいだぜ」
「意趣返しという点ではリベリオンを出し抜いたスオムスも……」
「スオムスはブリタニアと違って元々リベリオンの味方じゃねえだろ」
ブリタニアは数十年渡ってリベリオンの同盟国として親密な関係を築いてきた。
なのに今後の連合軍の行末に関わりうるウィッチ隊の総司令官の決定でブリタニアは歩調を乱した。リベリオンの怒りは推して知るべきだろう。
「してやられたとは思っても怒りはしねえだろうよ。大人げねぇしな」
大国リベリオンが中小国家のスオムスに出し抜かれたからと言って本気になって叩き潰したとなれば面目丸潰れもいいところだろう。それよりも最も身近な裏切り者に制裁を加える方が先だとリベリオン政府は判断していた。
「しかしこれで後には引けなくなったぞ。中途半端な結末じゃあリベリオン政府は納得しねえ」
「ルミナス・ウィッチーズのベルリン奪還式典への不参加は絶対条件か」
実のところエイラはルミナス・ウィッチーズのベルリン公演には反対だが公演そのものは許可してもいいと考えていた。
ただそれベルリンから遠く離れたネウロイの危険のない場所でひっそりと公演をすると言う条件のもとではあるが。
「面倒な事になったな」
「思った以上にリベリオン本国が乗り気だったせいで、俺も止められなかった」
そしてパットン将軍もまた、ベルリン以外で公演をする分には問題ないと考えていた。
式典そのものはベルリンで行い、ルミナス・ウィッチーズはキールやヴィルヘルムスハーフェンと言った重要都市で行う。それなら彼女達が危険に晒される事はないし、ベルリンにもしもがあっても通常通り対応するだけでいい。
しかしリベリオン政府は協力するにあたり、ルミナス・ウィッチーズの完全な不参加をブリタニア政府の顔に泥を塗りたくるために望んだ。これは同時にカールスラント政府の面目も丸潰れになるが、リベリオンは既に手を打っていた。
「既にカールスラントの主要な元帥、将軍連中に接触して協力を呼びかけているらしい。佐官クラスの参謀はともかく、将軍クラスともなれば今ベルリンで奪還記念式典をする事にいい顔をする奴はいねえ。殆どが協力を約束したらしいぜ」
カールスラント軍の中にも記念式典の実行は反対派と賛成派がいた。カールスラント政府が乗り気だったこともあり反対派は表立って行動していなかったがリベリオン政府の行動により近々前線指揮官の連盟で反対意見がカールスラント政府へ提言される事になっていた。
「もはや引くに引けなくなっている。ルミナス・ウィッチーズのベルリン公演はない。俺達の勝利と言っても過言ではないが……」
「……やりすぎだな」
エイラの言葉にパットン将軍は頷いた。
本来、ベルリンでの公演が無くなりさえすれば2人はそれでよかった。リベリオン政府が動いた結果、ルミナス・ウィッチーズの公演は完全に潰える事は間違いない。しかし世界中にファンの多いルミナス・ウィッチーズの公演が中止になったとなれば、ファンの怒りの矛先は当然それを主導した人物、つまりパットン将軍とエイラへと向かう事になる。
今後も軍の中心で活躍する事になるエイラにとっても、中心に返り咲く事を狙っているパットン将軍としても、方々から恨みを買う事は避けたかった。
「なんとかリベリオン政府が主導した事にはできないか?」
「無理だろうな。俺とお前がルミナス・ウィッチーズの公演に反対している事は上層部では有名な話だ、いずれ兵士達にもその噂は届くだろう。
噂をコントロールするには俺達には人手が足りねぇ」
噂をコントロールする方法としては新聞やラジオなどの媒体を用いる事が一般的だがそれはある程度の財力と人脈があなければ使うことができない。
「このまま流れに身を任せるしかないか……」
溜息混じりのエイラの言葉にパットン将軍もまた溜息を吐く事で答えた。
ふと思ったんですけどヴィルヘルムスハーフェンとかってどうなっているんでしょうか。
キールよりもベルリンに近いですしここを使えるなら使うべきですよね。ネウロイに無茶苦茶にされてるのかなぁ。