モスクワ奪還作戦開始から20時間後
「サーシャ、そろそろ疲れただろ。指揮を交代するから休んでこいよ」
軽快なストライカーユニットのエンジン音と共に現れたエイラとサーニャにサーシャは驚いたような表情を浮かべた。
「お気遣いありがとうございます。ですが今はまだ必要ありません」
「気付いてないのかもしれないけど作戦開始からは20時間、起きてる時間で考えると丸一日はたつんだ。流石に寝た方がいいぞ」
作戦自体は20時間しか経過していないがサーシャは作戦開始と同時に起きて指揮をしているわけではない。それよりも何時間も前に起きて準備をしてこの作戦に臨んでいる。
「それは貴女も同じではないですか?」
「わたしはサーシャほど真面目じゃないからな。ちゃんと寝てるよ」
エイラの言葉にサーシャは疑うような視線を向けた。
「本当ですかサーニャさん」
「エイラはちゃんと寝てからここにきました。それじゃないとサーシャさんは休めないだろうからって」
サーニャの言葉にサーシャは頷いた。
「分かりました。サーニャさんが言うなら確かなのでしょう」
「わたしの言う事は信じなかったくせにサーニャの言う事は信じるのかよ」
「存外貴女は隠し事が多いですから」
含みのあるサーシャの言葉にエイラは肩をすくめた。
「それに何も善意だけで指揮を交代しにきたわけじゃないんでしょう?」
「どう言う意味だよそれ」
「おおかた前線に出てハルトマンさん、マルセイユさん達とのスコアアタックに負けないようスコアを稼ぎたいでしょう?」
「そうだな。だけどサーシャが疲れてるだろうからって言うのもわたしの正直な気持ちだよ」
エイラの言葉にサーシャは狐に摘まれたような表情を浮かべた。
「むしろサーシャのためっていう方が本心に近いな」
その言葉にサーニャからは怪訝としたような視線が向けられたがエイラにとっては幸運な事にサーシャからはちょうどその顔は見えておらず特に追求を受けずに済んだ。
「わたしが多少指揮を変わったくらいでサーシャがモスクワの奪還を指揮したって結果が変わるわけじゃない。だから安心して休んでこいよ」
エイラの言葉にサーシャは考えるような様子を見せたあと口を開いた。
「わかりました。確かにエイラさんの言う通り少し疲れています。それにまだまだモスクワの奪還まで時間もかかりそうですから最終局面で万全の状態でいるためにも一時的に部隊の指揮をお願いします」
「了解。ゆっくり休んでこいよ」
引き継ぎを終えてサーシャが立ち去るとサーニャが溜息混じりに口を開いた。
「うまくサーシャさんを言いくるめたわね」
「人聞きが悪い事言うなよ!」
思わずエイラは叫んだ。
「事実じゃない」
サーニャはサーシャと仲がいいためサーシャを騙すよう事をしたエイラに冷たい視線を向けた。
「サーシャさんが疲れているのは事実だと思うけどエイラは自分が前線に出たかったからじゃない。サーシャさんがエイラに恩を感じていると思うとなんだか騙されているのを見てるみたいで変な気持ちになるわ」
友人が悪い大人に騙されたのを見たような、そんな気持ちにサーニャはなっていた。
「騙したわけじゃないじゃん。サーシャの事を思っているのは本当だし」
「それはそれとしてスコアは伸ばしたいんでしょ?」
「そうだな」
この作戦が始まる前にエイラが得ていたリードはまだ保たれているがそれはこの20時間は502が主力となっていた。501は適宜予備兵力として投入されていたがその機会はほとんどなかった。しかしサーシャが休憩するにあたり502も一時後退して501が前線に出るためハルトマン、マルセイユのスコアは伸びることが予想された。
「だからこのままわたしも前進して最前線で指揮を取るぞ」
「指揮官がそんなことするのはダメよ」
「いくらネウロイの数が多いと言っても予定より少し作戦の進行速度が遅いから前線の様子を知りたいんだよ」
作戦全体から見れば誤差の範囲だが作戦の進行は確かに遅れていた。
「それってエイラがやらなきゃいけない事なの? ミーナ隊長とかラル隊長に確認して貰えばいいと思うわ」
「後ろにいるお偉方に便利使いされるのはわたしだからな。あの2人を信じてないわけじゃないけどやっぱり自分で見るのとじゃ得られる情報は違うからスコアの話抜きにしても前線に出たいんだよ」
上層部が使える優秀なウィッチは少ない。基本的にウィッチは自由気ままで軍人からは使いにくいと言う印象を受けられるため使い勝手のいいウィッチは少なくそれウィッチとしても将校としても優秀となると滅多にいない。エイラが便利使いされるのも道理というものだった。
「……指揮官が前線に出る以上は護衛の部隊が必要よ。近くにいる人に護衛してもらいましょう」
「そんなの必要ないよ。むしろわたしが護衛することになりかねないじゃんか」
エイラは航空ウィッチの歴史上で最上位に入る実力のウィッチだ。そんなエイラと同等の実力を持つウィッチはいても上回るウィッチはいない。
「近くにカールスラントのJV44がいるみたいだから護衛を依頼したわ」
そんなエイラの不満を他所にサーニャは近くを飛んでいた部隊に護衛を依頼した。
「JV44? 聞いたことない部隊だな」
「最近できたジェットストライカーで構成された部隊みたいよ」
「ジェットストライカーかぁ。あまりいい思い出はないけどベルリン奪還以降たまに戦果を上げてたな」
ベルリン奪還以後カールスラントではウィッチ総監のアドルフィーネ・ガランド中将の主導でレシプロストライカーからジェットストライカーに転換する動きが活発化していた。今はまだ配備数が少ないがこの戦争が終わる頃にはカールスラントからはレシプロストライカーの姿が消えるだろうと言われていた。
「主要な作戦にはまだ投入されてないけど各地の防衛や奪還後の残敵掃討とかで戦果を上げているわ」
ジェットストライカーはレシプロストライカーと比べると格段に速度が速く代わりに旋回性能にやや難があった。しかし一撃離脱が主流の現在においてそれはさしたる問題とはならずカールスラントではジェットストライカーでの一撃離脱で一定以上の戦果を上げていた。
ジェットストライカーの弱点としてエンジンの信頼性の低さと耐用時間の短さ、航続距離の短さが挙げられる。信頼性の低さと耐用時間の短さは前線での長期的な運用に支障をきたし航続距離の短さは最前線でのネウロイ占領地への侵入時間が極めて短くなる事から運用が難しかった。そのため奪還後に各地の飛行基地に配置することで防空戦力とすることがジェットストライカーの主な運用方法となっていた。
「ジェットストライカーはウィッチ個人の実力差による影響を小さなものにしたみたいだからな。レシプロストライカーだとドッグファイトも十分あり得たから各自の固有魔法も有効的に使われたけどジェットストライカーじゃあそんな事しないで済む。扱い方がわかればベテラン新人関係なくある程度の実力を発揮できる画期的なユニットだな」
エイラ自身はまだ扱った事はないがジェットストライカーがもたらした影響についてはよく知っていた。レシプロストライカーがジェットストライカーの下位互換になるわけではないがレシプロストライカーに比べて新人の戦力化が比較的楽なジェットストライカーは各国の興味を引いていてエイラも密かに注目していた。
「エイラも履きたいの?」
「当分はいいかな。なんせわたしには未来予知があるからな。あんなの使わなくてもネウロイくらい簡単に倒せるよ」
ジェットストライカーに興味はあるがバルクホルンの事故もありジェットストライカーに手を出すことに関してはエイラはかなり慎重になっていた。
「まぁいくらジェットストライカーが良くてもこの戦争が終わればそんなもの必要な機会は減るだろうし今更無理にジェットストライカーに履き替える必要はないな」
ネウロイとの戦いが終わればウィッチが戦う事はない。そう言うとエイラはJV44と合流すべく動き出した。
ジェットストライカー……。原点回帰して考えるとストライカーユニットと飛行機って結構違う、と言うか全然違うから元ネタの航空機にあった問題(引き込み脚の強度問題とか)がストライカーユニットに当てはまらないとか結構ありますよね。ジェットストライカーに関しては現状問題ないですけどこの先話を進めていくとその辺の問題にぶち当たりそうで戦々恐々としてます。