「バルトランドの動きは!?」
「バルトランドが国境に展開していた凡そ五個師団全てが動き始めたのと同時にカーリクスからは十個師団、カラショクから三個師団相当のバルトランド軍の進軍を確認したよ」
司令部に入室するなりエイラが問いかけると先に到着して情報をまとめていたハッセが答えた。
カーリクスはスオムスの西側国境地帯から三十キロ程の位置にあるバルトランドの都市でカラショクは北側国境から十キロほどの位置にあるバルトランドの都市だ。
ハッセが言うにはこの他にも国境地帯の都市や村から合計二個師団相当のバルトランド軍がスオムスに続く街道を進軍してきているとの事だった。
「まさかバルトランドが動くなんてね……、ブリタニアからの情報はオラーシャで内乱の気配があるって話じゃなかった?」
元々エイラはブリタニアからオラーシャで不穏な気配が、内乱が起きる予兆があると知らされたからサーニャをスオムスに呼んでいた。
そしてペテルブルクに住むサーシャには警告を送りもしもの際にはオラーシャに介入できるようにオラーシャ国境に軍の大半を配置していた。
「ブリタニアを信じすぎたかもしれない」
いくらブリタニアの諜報機関が優秀だからと全ての情報を渡してくれるわけでもなければその予想が絶対に正しいとは限らない。
もちろんバルトランドが動いた際の計画は策定しているが部隊配置が偏っている今、即応は難しい。
「予定通り空軍は輸送機以外、全機ラップランドに向かわせろ」
規模はそれほど大きくないが精鋭揃いのスオムス空軍の大半はカレリアなどオラーシャ国境に配備されている。バルトランドを侮っていたわけではなく単にオラーシャの方が脅威であったが故の配置だった。また、空軍であれば陸軍よりも素早く再展開が可能なためこの配置になっていた。
この空軍を用いて敵の進軍をできる限り遅くする事が、対バルトランドにおけるスオムスの作戦の第一段階だった。
「それとニパにはラップランドに24戦隊と28戦隊を連れて牽制するように伝えてくれ。ただし交戦は許可しない。あくまでも牽制だ」
ニパは上がりを迎えたが固有魔法は顕在だ。シールドがなくともある程度は戦えるためニパは24戦隊の司令官の任についている。
現在スオムスは三個中隊からなる戦隊が四つ、計128名のウィッチを保有している。それ以外にも訓練中のウィッチと教官を合わせて40人ばかり保有しているが戦力としては128名だ。その内の二個戦隊はカレリアに、一個戦隊がカウハバに、一個戦隊はヘルシンキに配備されていたが今回のバルトランドの侵攻で大規模な配置転換を余儀なくされた。
「……本当にそれでいいんだね」
「いい。ウィッチが戦争の道具にされるなんてあってはならない事だからな」
戦後、ウィッチの軍事利用は各国で考えられてきた。しかし多くの国では道義的にそれをする事はないだろうとも言われている。
エイラも同意見でウィッチはあくまでも怪異に対する対抗手段であるべきでウィッチを戦争の道具にするべきではないと考えていた。
だが同時にそれが全員の総意であるとも思っていない。どこかに必ずウィッチを戦争の道具にしようとする勢力が存在するとも思っている。だからこそニパをラップランドに向かわせた。
「陸軍はどうしますか!?」
陸軍参謀が問いかける。現在バルトランド国境では一個師団と幾つかの独立大隊が防備を固めているが到底守り切れる戦力ではない。
「オラーシャへの最低限の備えを残すならどれだけ動かせる?」
「七個師団程度が限界です」
スオムスは戦後も最低限の軍備は維持し続けていていた。陸軍は最盛期の約半分にまで数を減らしたがそれでもまだ二十個師団相当の戦力を有する。これだけならバルトランドのスオムス侵攻軍とほぼ同数だ。人口においてバルトランドの半分強しかないスオムスであれば頑張った方ではあるがこれだけだと到底対抗しきれない。
しかしネウロイとの戦いでスオムスは予備役も大量に確保している。それら予備役を含めると軍事力はバルトランドを大きく上回る。予備役を動員すれば最短で三ヶ月、遅くとも半年で陸軍は倍になるためそれまで耐えればスオムスが勝てる可能性は高い。
「七個師団は全てバルトランド方面に向かわせるとしてもまだまだ足りない」
これで規模としては八個師団と数個の独立大隊がバルトランド戦線に展開できるが戦力は倍以上の開きがありまだまだ足りない。
「この際カレリア以外はごく少数の守備隊だけでいい。それならどうだ?」
「……追加で三個師団までなら捻出可能かと」
オラーシャとスオムスの国境線は長い国境を守る為に多くの戦力が割かれている。しかしそこから引き抜きすぎればオラーシャ方面で何かあった際対応できない可能性があった。
「ならその内の二個師団をラップランドへ、一個師団はヘルシンキで予備として待機だ」
これでスオムスとバルトランドの戦力差は多少マシになる。スオムス北方はバルトランド国境の都市、大きな都市が少なく国土を犠牲にすれば長期に渡り戦線を維持できる。
「現有戦力で援軍が到着するまで耐えられると思うか」
「トルニオ、イナリが陥落するかどうかで大きく変わります」
トルニオは西側のバルトランド国境にある都市だ。ここからはラップランド最大の都市、ロヴァニエミへと続く幹線道路が通っている。イナリはラップランドの北にある村で周囲は湖や川で囲われ比較的守りやすい地形だ。イナリ近辺でバルトランドを止められなければ平原が多くバルトランド軍がどんどんラップランドを進軍してくる事が予想された。
「トルニオには一個大隊しか守備隊がいなかったな」
幸運な事に敵の主力であるトルニオに向かうバルトランド軍は国境より約三十キロ離れた地にいる。この部隊がトルニオに着くのは明日から明後日にかけてになるためそれまでにどれだけの援軍を送り込めるかがスオムスの明暗を分ける事になる。
「ですが戦車中隊と陸戦ウィッチが二名配備されています」
「援軍についてはトルニオに最優先で送る。それまで戦車中隊を使ってなんとか持たせろ。ウィッチは絶対に使うな」
「司令官は兵士に死ねとおっしゃるのですか!?」
「……そう言う事になるな」
エイラは苦悶の表情で頷いた。
「ウィッチを使えば助かる命もあるのですよ!」
「だけどウィッチを使えばバルトランドにも使う口実を与える事になる」
ウィッチを戦争の道具にすれば各国からの非難は避けられないだろう。スオムスはこの戦争を国連の調停により終わらそうと考えているが、もしウィッチを使えばスオムス側が調停で不利になる可能性があった。
「バルトランドがウィッチを投入してきた場合のみウィッチの投入を許可する。それ以外は絶対にダメだ」
エイラの言葉に参謀は渋々と言った様子で頷いた。
「政府の動きはどうだ?」
「国連安保理に調停とバルトランドに対する非難決議を出す準備を整えてる。一時間以内に決議を提出するってさ」
「どれくらい当てに出来るか分からないけど出さないよりはマシか」
「今回のバルトランドの件の対応次第で国連の価値がわかるね」
非難決議が通ればバルトランドに対して国連加盟国は様々な制裁を与える義務が生まれる。輸出制限は最低限で余裕があれば連合軍を組織して武力による介入さえも視野に入る。
安保理の常任理事国七つの内、半数の賛成があれば非難決議は発令される。スオムスは自国で一票確保されているため後は三票あればよかった。これまでの関係からブリタニア、そして曲がった事の嫌いな扶桑が賛成するとすれば残り一カ国。非難決議が通る可能性は高い。
しかしそれはバルトランドも承知している事。なんらかの勝算があって宣戦布告してきた事は間違いない。エイラはそれが不安だった。
「もしも決議が通らなかった時に備えて政府には予備役の招集準備をするよう伝えといてくれ」
杞憂で終わるよう願いながらエイラは言った。
Googleマップでフィンランドの地図見たりしてるんですけどラップランドなんもないですね。
国境地帯なら知ったとか森とかちょっとした山とかあるっぽいけど途中から平地が多いように見えるし国境地帯越えられると結構ヤバそう。