ラップランドでの戦い。その一番最初の戦闘が始まったとの知らせが届いたのは開戦翌日の事だった。
「カリガスニエミの国境警備大隊が敵に捕捉されたようです」
通信兵が伝えてきた情報に司令室はざわめいた。国境の村、カリガスニエミは民間人の数が少ないため国境警備大隊には民間人を引き連れて後退するように命令が下されていた。その大隊が捕捉されたとあっては民間人に被害が出る上に大きく戦力を減らす可能性があったからだ。
「敵の数は約一個師団との事ですが詳細は不明です」
国境警備の二戦級の部隊とはいえ一個大隊は貴重な戦力だ。ここで失うようなことがあれば今後の防衛計画に影響を及ぼしかねず陸軍参謀達は焦りをあらわにした。
「司令官、この上は輸送機と鉄道をフル稼働させてカリガスニエミ方面に援軍を送るしかありません!」
「そんなことすればトルニオ防衛に支障が出るだろ。却下だ」
「しかしそれでは一個大隊という貴重な戦力を失う事になりかねません! 我々は予備役の招集が終わるまで圧倒的に劣勢の中、防衛戦をしなければならないのですよ!!」
「国境警備大隊は無事撤退してくれるはずだ。ネウロイよりおっかないのがいるからな」
国によって基準は様々だが概ね各国は上がりを迎えていない現役ウィッチをウィッチとしてカウントする。
これはネウロイとの戦いで上がりを迎えたウィッチは、一部例外を除いて前線から退いた名残だ。戦力として数えられない上がりを迎えたウィッチは退役するか、後方で教官などの任務に従事するしかない。それは戦争が終わった今も変わらない。
しかし例外というものは存在する。例えばスオムスでは教官にも向かず、かと言ってオラーシャとの最前線に置いておくには性格的に扱いにくいが、予備役にして一般人にすることができない最凶のウィッチがカリガスニエミに半ば厄介払いの形で配属されていた。
エイラの姉、アウロラ・エディス・ユーティライネンだ。魔導軍が創設された時、上がりを迎えていたウィッチは魔導軍に入るかそのままの軍に残るか選択することができた。アウロラは後者を選んだが、陸軍はアウロラを持て余した。エイラが魔導軍の司令官だった事もあり安易に予備役送りにする事もできず、かと言って重要な部隊の指揮官にするわけにも行かないため、窓際部署のカリガスニエミの国境警備大隊の大隊長にする事でお茶を濁していた。それが今回大いに生きた。
「わたしの姉、アウロラ・ユーティライネンがカリガスニエミにいた事は幸運だった。各国は現役のウィッチを兵士として使う事に難色を示しても上がりを迎えた元ウィッチの兵士を使う事に関しては文句を言えないだろうからな」
この時のエイラはまだ知らなかったが、もう一つの幸運がカリガスニエミには訪れていた。
それは前日、ちょうどバルトランドが宣戦布告してくる前のことだった。
「アウロラ隊長、お久しぶりです」
カリガスニエミの国境警備大隊司令部を訪れたのは真っ白なコートを着た、頬に大きな傷のある女性だった。
「おお、来たか!」
普段は酒以外に興味を示さないアウロラだが、彼女を見た途端嬉しそうに椅子から立ち上がり駆け寄った。
「本当に久しぶりだ。いつ以来だ?」
「私が最後に顔の手術を受ける前の事なのでおそらく五年ぶりになります」
「そうか、そうか。もうそんなに経つのか」
彼女の名前はシニ・ヘイヘと言い、アウロラの元部下だった。彼女はネウロイとの戦いが始まった当時は予備役だったがネウロイの本格的な侵攻が始まる直前に招集されアウロラの部下として多数のネウロイを葬ったウィッチだった。
ネウロイのビームで顔に大怪我をしてからは度重なる手術で戦線復帰は叶わなかったが、アウロラには特に印象に残っているウィッチだった。
「久しぶりに会った事だしさっそく一杯どうだ。こんな辺鄙なところでもヴィーナくらいは振る舞えるぞ」
「いただきます。それとこちら、ヘラジカの塩漬け肉です。私がとって塩漬けにしたものなのでお口に合うかはわかりませんが……」
「塩漬け肉とは気が利いているな。ヴィーナにピッタリだ!」
渡された塩漬け肉を美味そうに頬張るアウロラな様子にシニは小さく笑った。
「隊長がお元気そうで安心しました」
「そう見えるか?」
「……違うのですか?」
「イッル、私の妹のおかげで軍を去らずに済んだとはいえこんな辺鄙なところに送られて元気なままでいられるものか。ここのスーパーときたら一週間に一回はヴィーナが売り切れているんだぞ」
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるアウロラにシニは苦笑した。相も変わらずヴィーナが好きなアウロラを見て現役時代もそうだったと、少し懐かしい気持ちになった。
「ところでシニはどうしてこんな辺鄙なところに来たんだ。今の時期は農業は暇でも猟師の方は暇というわけでもないだろう」
「狩猟がうまくいかないのでこちらでヘラジカを狙おうと思いまして」
「……原因はオラーシャか?」
シニの腕はアウロラもよく知るところだ。彼女の腕で獲物が取れないとは考えにくかった。
「ご存じでしたか」
「噂くらいだがな。なんでもオラーシャの反政府組織の連中やスオムスへの亡命希望者が国境付近をうろついているとか」
ネウロイとの戦いが始まって以来、オラーシャからスオムスに密入国する者は多かった。戦争が終わりそれも少なくなっていたが今年はその数が急激に増えていた。
シニはオラーシャとの国境付近を狩場に猟師をしているが、オラーシャ人の影響で獲物が逃げてしまい今季は不作だった。
「お陰で獲物が逃げてしまって仕事になりませんでした。少しでも取り返すために僅かばかりのツテを頼ってこちらでヘラジカを狙おうとおもいまして」
「なるほど、私に会いに来たのはそのついでと言うわけだ」
「そんな、隊長がついでなど……」
「いやいや、ついでで構わないさ。ついででも会いに来てくれただけ嬉しい。ここには何もないからな。暇でしょうがない」
「ここは自然が豊かです。せっかくですから隊長も狩りをしてみませんか?」
シニの提案にアウロラはヴィーナを一口、口に含んで思案すると口を開いた。
「この暇な時間が紛れるならそれもいいかもしれないな。差し当たっての問題は猟をするための銃がない事だ。戦争中ならともかく平和なこの時分に軍の銃を私用で使えばイッルの奴に小言を言われるからな」
「隊長なら銃の一つや二つ、待っていそうなものですけど……」
「必要がないからな。もっていない」
「ではまずは銃を手に入れることからしなければなりませんね」
「残念だが銃を取り扱っている店なんてこの辺にはない。買うなら二日ほど休暇を取って遠出する必要があるな」
そう言ってアウロラは肩をすくめた。
「貴重な休暇をそれだけのために使うのも馬鹿らしい。暫く猟はやめておこう」
それから暫く、二人は酒を飲みながら談笑を続けていた。
しかしそれはノックもなしに入ってきたアウロラの部下によって崩された。
「大変です隊長!!」
「なんだ騒々しい」
不機嫌そうに傾けるヴィーナの瓶を部下はアウロラから取り上げた。
「酒なんて飲んでる場合じゃありません!」
ただならぬ様子にアウロラも真剣な表情を浮かべ何事か尋ねた。
「バルトランドの連中が宣戦布告してきました!」
その言葉に流石のアウロラの顔も青ざめた。
「そんな馬鹿な話があるか!」
「事実です! 先ほど司令部よりB1号計画の発令が指示されました!!」
B1号計画はバルトランドからの宣戦布告に対する防衛計画の事である。この時エイラはまだ司令部に到着していないが、事前計画で宣戦布告があった場合は即座に状況に応じた防衛計画を発令する事になっていた。
「大隊は民間人を引き連れて即時後退する。シニ、お前にも協力してもらうぞ」
「分かりました」
シニは引退したとはいえスオムス陸軍に予備役として籍は残っている。本来なら召集令状が必要だが防衛計画が発令されれば大隊以上の部隊は司令官の判断で予備役を編入する事ができた。
カリガスニエミの地に世界でもっとも多くのネウロイを狙撃銃で撃破したウィッチ、シニ・ヘイヘが偶然アウロラを訪ねてきていた事はバルトランドにとって最大の不幸であり、スオムスにとっては最大の幸運だった。
当初互角の状態で推移するであろうと予想されたスオムスとバルトランドの紛争は、この事で大きく天秤が傾く事になる。
タイトルは『勝ったな、風呂入ってくる』にするか迷いました。
シモヘイヘがモデルのウィッチいないな〜と思ってオリキャラにしてしまいました。