カールスラントの土は二度と踏めないな。それがブリタニアからの物資に紛れ込んでいた新聞を読んだエイラの感想だった。
「随分と難しそうな顔してるね。この後の事がそんなに憂鬱なの?」
無言で差し出された新聞のタイトルをハッセは口にした。
「バルクホルン大佐激怒?」
「わたしがアイツの教え子達を撃墜した事に怒ってるんだってさ」
今から約二週間前、エイラはカールスラントの義勇兵を撃墜した。その中にはバルクホルンの教え子達も含まれていたようで、それを知ったバルクホルンは自らバルトランドに赴き仇を討つと叫んだという。一体どこからその情報を得たのか、興味は尽きないが一応ブリタニアの大手新聞社が出した記事だ。信憑性は高いだろう。
「公式にはバルトランドに送ったウィッチは技術交流目的で、義勇兵じゃないよね。これってカールスラントで怒るんじゃないかな」
「怒るだろうな。だけど、怒ったところで所詮は他国の新聞社の話だし意味ないんじゃないかな」
いくら国でも、他国の新聞社にまで影響を及ぼす事は困難だ。ましてや、カールスラントと関係が良好とは言い難いブリタニアであれば尚更だった。
「あんまり興味なさそうだね」
「わたしが撃ち落としたウィッチが、アイツの教え子だったのは不幸な事だった。だけどそれは戦争の性質上仕方のない事だからな。お陰で友達を一人無くしたよ」
そう言うエイラはどこか寂しそうだった。
「ならまた失わないようにしないとね」
ハッセがそう言うのと同時に、部屋の扉がノックされた。
「じゃあ、私は一度席を外すよ」
ハッセと入れ替わる形で部屋に入ってきたのは、サーニャだった。
「久しぶりだな、サーニャ」
この戦いが始まってから、エイラは一度もサーニャと会っていなかった。何も会いたくなかったからではない。単純に時間がなかった事が理由だった。サーニャもそんな事は承知していたが、流石に今の状況でなんの説明もない状態で、もう間も無く三ヶ月になる。我慢の限界だった。
「やっと会ってくれたわね」
怒りを隠そうともせず、強い口調で言うのは親しさ故だった。
「ごめんよ」
忙しくて時間を取れなかった。そう言うのは簡単だが今この場でそれを言ったところで言い訳にしかならない。できる限り真摯に対応する事がサーニャの怒りを沈める結果になるだろうと考えたからだった。
「オラーシャに返して。お父様もお母様も不安がっているわ」
「ごめん、それはできない」
じっとエイラを見つめるサーニャに対して、エイラは目を伏せ、気まずそうな様子だった。
「……エイラが理由もなく拒否するとは思わないわ。理由を教えて」
感情のままに、怒りを露わにする事なく問いかけたのは、長い付き合いからエイラの事をよく知っていたからだった。理不尽ではあるが、ここで怒ったところでエイラがオラーシャに返してくれるはずがない。そう確信していた。
「……オラーシャは近々危なくなるんだ」
「どう言う事?」
「ネウロイとの戦い以降オラーシャ国内が不安定だったのは知ってるよな?」
「ウラルやペテルブルク、コーカサスで反政府的な組織がたくさん活動しているって言う話なら聞いた事があるわ」
反政府的な組織がノイエカールスラントにしか存在しないカールスラントと違い、オラーシャは複数の場所に散らばってそれが存在している。それらの殆どのは、ネウロイとの戦いの際にウラルに疎開した政府との連携が取れなかった事に端を発する。半ば独立した状態だったそれらの地方は、自らを守る事のできなかった現行政府に対する不信感と、自分達の力に対する自身から独立を企図している。
「今から約三ヶ月前、それらの組織が行動を開始するって情報を掴んだんだ。早ければ一ヶ月、遅くとも半年ってところだった」
ブリタニアからの情報と、スオムス独自に入手した情報からそれは確実なものと認識されていた。それ故にスオムスはオラーシャの混乱に備えて軍の大半をオラーシャ国境地帯に配備し、バルトランドに対しては無警戒に近かった。
「だけどバルトランドの侵攻で色々と変わった。当初はサーニャ達を返す事も考えたんだけどな」
考えたと言っても、それは頭をよぎったという程度のものでしかなかった。スオムスが戦争状態に入り、一時的にペテルブルクの反政府組織の活動は低下した。しかし他の組織の活動まで低下したわけではなく、そう遠くない未来にオラーシャが混乱に包まれるのは間違いのない事だった。
「戦争のせいで色々と情報が錯綜しているけど、まず間違いなく三ヶ月以内にオラーシャで反政府組織が行動を開始する。それは確かだと思う」
口にはしなかったが、おそらくそれとほぼ同時期にノイエ・カールスラントの民主独立勢力も事を起こすだろうとエイラは確信していた。オラーシャの反政府組織にどれほど彼の国の影響があるかは不明だが、オラーシャが混乱状態に陥る以上は、カールスラントも同じ状態にならなければ欧州のパワーバランスが崩れかねないからだ。
「スオムスはあと一週間もすれば予備役の動員が完了する。そうなればバルトランドを押し返すこともできる。そうなればオラーシャよりもスオムスの方がよっぽど安全だよ」
エイラの二度の出撃でバルトランドの航空戦力は大打撃を受けた。これにより前線では、部分的に航空優勢が取れるようになった。その優勢をニパ達が最大限に活かした。もはやバルトランドとスオムスの空の勢力図は開戦当初とは完全に逆転した。
地上兵力こそバルトランド有利だが、予備役の動員が完了すればそれも逆転する。カールスラントなど他の国が本格介入しない限りはバルトランドの敗北は時間の問題になりつつあった。
「……他でもないエイラの言う事だから信じれるとは思う」
目を伏せ、気まずそうにそう言うサーニャをエイラはじっと見つめた。
「だけど同時に、同じオラーシャ国民同士で争うなんて事が起こるはずがないって気持ちも存在するの」
「サーニャ、わたしは同じ国民同士だからこそ争いは起きるものだと思っていたんだ。国と言う一つの組織をより良くするために言葉で争い、それでダメな時は武力で争う。なんなら国と国同士で戦争する事の方が少ない。そう思っていた」
国同士の戦争など、誰にとっても不利益でしかない。それがエイラの考えであった。それを起こさないためにも裏で手を回し、外交努力で戦争を回避する。そのためにエイラは上がりを迎えたと誤情報を流し、自分が飛べなくなったと偽った。
「だけと、そんなことはなかった。この世界に絶対なんて事はないし、ましてや味方同士でさえ争いをするのに、明確な味方でない者同士なら尚更だよな」
バルトランドが戦争を仕掛けてくることはない。そう無意識に思い込んでいたエイラは、バルトランドのスオムス侵攻でその考えを改めることになった。
「オラーシャで事が起こった時に、サーニャがオラーシャ国内にいたら間違いなく巻き込まれる。いや、戦争当時ウィッチだった奴らは否応なく巻き込まれる可能性が高い」
「それは、私達がウィッチだから?」
「そうだ。たとえ上がりを迎えていようと、一般兵相手には十分な力を持つのがウィッチだ。この際だから言っとくと、私はオラーシャの元ウィッチには、できる限りスオムスに避難するよう呼びかけてる」
ここまでの情報を開示するつもりはエイラにはなかった。しかしサーニャからの信頼を得るためには、開示できる情報全てを出す必要があるとエイラは感じた。
「どうしても帰りたいと言うなら、あと三カ月でいい。スオムスにいてくれないか。そこまで待てばきっとなんらかの結果が出るはずなんだ」
それだけの月日があれば、バルトランドとの決着も、オラーシャの行く末もある程度の推測ができるようになる。そう言ってエイラは頭を下げた。
「……分かったわ。あと三ヶ月だけ待ってみるわ」
そしてエイラの願いは通じた。サーニャ自身、エイラが自分を裏切るとはかけらも思っていない。そのエイラがここまで頼み込むのだ、きっとその情報は確かなものなんだろう。祖国の行く末を憂い、半ば諦めにも似た感情を抱きながらもサーニャはスオムスに滞在することを決めた。
サーシャの固有魔法って魔法が発動している時だけ有効なのか、それとも魔法力が発言していない時のものも記録できるのか。どっちなんでしょうね。