それはスオムスの予備役動員が完了する前日の出来事だった。
「イッル、バルトランドがまたヘルシンキに向けて部隊を飛ばしてきたよ」
「また来たのか?」
「バルトランドもスオムスが予備役の動員を完了すると同時に、大きな作戦を発動させる事は簡単に予想できるからね。それを止められる、あるいは延期させるためにはなんでもやるんだろうね」
「もう兵士の殆どは前線に送られてるんだぞ。今更こんな事したって何になるんだよ」
「無駄な足掻きだとしても、バルトランドはこのままだと負けるんだよ」
「だけどそれは、バルトランドが総動員をかけた話とは別だ。その瞬間兵力の優劣は動員前に逆戻りになる」
戦力比自体は開戦前よりも小さくなるが。それほど広いわけではないスオムスとバルトランドの前線であれば、その数を活かしてただ進軍してくるだけで厄介な存在になる。
「いまだにバルトランドの世論ではスオムスに侵攻した事に対する懐疑的な意見が多いんだよ。そんな事したらバルトランド政府が破綻しちゃうよ」
バルトランド政府はスオムスを危険視し、軍事力の増強を急いできた。国民もスオムスを危険視していたが故にこれは容認されていたが、だからと言って先制攻撃をする事までは理解を得られていなかった。仮に、バルトランドが優勢であればバルトランド国民からの理解も得られたかもしれない。しかし自分から仕掛けながら勝利を得る事ができないとなれば、バルトランド国内で政府に批判的な意見が流れる事も仕方のない事だった。
「わたし達からすれば、そうなった方が都合がいいけどな」
バルトランド政府が破綻すれば、その瞬間にスオムスの勝利は確定したも同然になる。
「そうだね。だけどそんなこと起こるわけがないんだし、今は眼前の脅威をどうするか考えよう」
仮にヘルシンキを攻撃されても、バルトランド国境地帯に送られた兵士達にマイナスな影響は殆どない。寧ろ首都を攻撃された事で士気が上がる可能性さえある。
「いつも通りだ。わたしがいる限り、ヘルシンキの空はスオムスの物だ」
「今更止めはしないけど、悪い知らせがあるよ。今回はウィッチ隊の数が過去二回より多い」
「一度目の襲撃でスオムスとバルトランドのウィッチの数が互角になるくらいまで叩き潰したんだぞ。そんな事したら前線の兵力が足りなくなるだろ」
「ついさっき、ブリタニアからの情報提供で判明した事なんだけど、どうやら叩き潰された後互角になった事にカラクリがあったみたいだよ。バルトランド上層部は自分達が同じ事をされるのを警戒して、かなりな数のウィッチを前線から引き上げて首都の防衛に回していたみたいだ」
「言われてみれば、わたしとニパ達がいくらたくさんのウィッチを撃破したと言っても、戦力比が互角以上になるのはおかしい。バルトランドが自分達で前線の兵力を縮小させていたのか」
オラーシャ方面に備える必要のあるスオムスと違い、バルトランドは後ろの事を考える必要が殆どない。全力に近い戦力をぶつけられるバルトランドと、それができないスオムスでは、いくら初戦に大勝利を収めてもその戦力差をここまで縮める事は難しい。
「このタイミングでそれを出してきたって事は、いよいよ追い詰められてきたんだろうな」
「ここでこの敵を撃退できれば……」
バルトランドの総力を結集したであろう今回の攻撃を撃退できれば、スオムスの勝利は確実なものになる。なんとしても今回の空襲を撃退する必要があった。
「いや、それたけじゃ済まさない。ウコンバサラ作戦を発動させて一気にこの戦争を終わらせに行く」
「前線に兵力が到着してないから危なくない?」
「この作戦の肝は開戦当時からヘルシンキに待機させていた予備兵力の一個師団と、陸軍と海軍の特殊部隊だ。前線兵力は陽動のためにいるだけで、必ずしも必要じゃない」
「だけど作戦と同時にその兵力で戦線を一気に突き崩すよね」
ハッセもエイラの言う作戦がどんなものかは当然把握している。それがエイラの言うように前線兵力が必ずしも必要ないというものではないと言う事も知っている。
「作戦の第一段階の影響が、前線に出たタイミングで発動するからな。一日早めたくらいで作戦に影響はない」
「それじゃあ……」
「うん、このまま終戦まで持っていくぞ」
そう言ってエイラは出撃準備を整えるため、部屋を後にした。それから数時間後、ポルカッラ半島沖でエイラは予想外の展開に直面する事になった。
「お久しぶりです、ユーティライネン大将」
戦闘の意思はない。そう言って近づいてきたバルトランド軍ウィッチ隊の指揮官にエイラは見覚えがあった。
「ピア・ホーン大尉、いや今は昇進したんだったな」
「はい、今は昇進して中佐になりました」
彼女は過去、バルトランドで歓待を受けた際に挨拶したバルトランド唯一のエースウィッチだった。
「戦闘の意思はないって事だけど、どう言うつもりだ?」
「一つ提案したい事があります。その返答いかんによっては私達は、これまで同様にユーティライネン大将に挑む事になります」
提案を聞かぬようならば戦う。つまるところそれはエイラに対する降伏勧告であろう、そう判断しエイラは手に持つ銃を構えた。
「待ってください! ユーティライネン大将が想像するようなものではありません!!」
銃を下ろしてくださいと懇願するホーン中佐に、エイラは訝し見ながらも銃口を下げた。
「先に話しておきますと、3分もしないうちに後続の爆撃機隊が到着します。タイムリミットはそこです」
たとえ相手がエースウィッチであろうとも、彼女くらいの実力なら軽く捻る事ができる自信がエイラにはあった。3分のタイムリミットとやらを無視して今攻撃する事もできたが、エイラはそれをしなかった。
「私達は心底バルトランド政府に呆れています。勝手に戦端を開いた上に、私達ウィッチを悪戯に消耗させ死なせる政府にこれ以上従う義理はないとも思っています」
「降伏するのならスオムスは喜んで受け入れるぞ。わたしとしてもウィッチ同士の殺し合いは望まないし、これまで戦ったウィッチ達もできる限り生かして捕虜にしているからな」
「その事は私の耳にも届いています。ですがそれを聞いて、上層部の中には捕虜になるなど情け無い、たった一人の上がりを迎えたウィッチに負けるなどなんたるざまだ、と心無い言葉が飛び交っています」
ホーン中佐達はエイラがウィッチをできる限り殺さず捕虜としている事に感謝をしている。だが、上層部ではそんな捕虜になったウィッチを批判する声も多く、ホーン中佐達は内心かなりの憤りを感じていた。
「私は上層部の連中の為に戦う義理はないと思っています。ですが、私達の後ろにはバルトランドの民がいるのです。自分の身可愛さに戦わずして降伏などできません」
「真面目な奴だな。お前くらいの階級なら戦わずに降伏しても誰も文句は言えないだろ」
エイラは閣下と呼ばれるほど責任のある立場になったが、ホーンはまだ中佐だ。戦わずして降伏しても文句は言われないだろうとエイラは思っていた。
「こう見えても、バルトランドのウィッチの中で階級が一番高いんですよ。戦わずに降伏などできません」
「なら、どうするつもりだ? 部下に死人が出る事を覚悟で戦うつもりか?」
エイラの問いかけにホーン中佐は目を閉じ、深呼吸を一つすると言った。
「私はユーティライネン大将に一対一での決闘を申し込みます」
まさか今の時代、決闘などという言葉を聞くことになるとは思わず、エイラは言葉が出なかった。
「私が勝てば当然、ヘルシンキは爆撃されます。もし私が負ければ、バルトランド軍ウィッチ隊39名が貴女の部下になります」
「……破格の条件だな。だけどお前の部下たちは納得しているのか? 投降するならともかく、部下になるってことはバルトランドに牙を向く事になるんだぞ」
「当然です。私が負けたらその瞬間、反転しバルトランド軍の爆撃機隊を攻撃する事になっています」
ホーン中佐とその部下の覚悟に、エイラは何も言わず黙って頷いた。
「ですが、ただ勝ち負けだけで勝敗を決めるのでは私が不利です。五分の勝負をするためには、私の勝利条件には爆撃機隊の合流を追加しますがよろしいですか?」
「それでいい」
「では早く始めましょう。もう1分もすれば合流してしまいます」
その日、バルトランド空軍は一人のウィッチと3機の爆撃機を失った。
本作、完成自体はしてたんで被害ないですけど後書きはまだだったんですよね。
後書き書いてる最中に障害起きたら嫌なんで今回後書きなしで行きます