バルトランドとの戦争を終結に向かわせるための作戦、ウコンバサラ作戦が発令されたのは第三次ポルカッラ半島沖航空戦が終結した直後だった。
「ちょ、ちょっと! イッルが前線で指揮する必要はないんじゃない!?」
ストライカーユニットに片足を突っ込んでいるエイラに、ハッセは必死の形相で食い下がった。
「今回の作戦はこの戦いの趨勢を決する作戦だ。万が一にも失敗するわけにはいかないだろ?」
「それはそうだけど……」
「それに、この作戦に投入できるスオムスウィッチの数は決して多くはないんだぞ」
この作戦は、当初予定していたものから大幅に変更を加えられている。そのため、本来投入予定だった数ではウィッチに対する負担が大きくなりすぎた。
「だからって、第一次攻撃から参加しなくても……」
「第一次攻撃だからこそだ。第一次攻撃は第二次攻撃と違って急拵えだから、粗があるかもしれないだろ。現場で不測の事態に備えるためにもわたしは必要だよ」
本来、この作戦は第二次攻撃のみで構成された作戦だった。しかし開戦後、エイラのある一言で急遽変更されることになり現在の二つの段階にわけられる事になった。
「そもそも第一次攻撃の必要性自体が私には疑問だよ。開戦直後の予想と違って、ブリタニアが北海に本国艦隊を出してくれたおかげでバルト海のバルトランド海軍の数は想定よりも少ないんだから」
スオムス、バルトランド両国ともにブリタニアは積極的な介入をする事はないだろうと予想していた。バルトランドの背後にはカールスラントがいて、もしも何かの間違いでバルトランド、ブリタニア間で戦闘が起きればカールスラントも黙ってはいない。そんな間違いを起こさないためにもブリタニアが介入する事はないだろうと見られていた。
しかし予想に反してブリタニアは本国艦隊をバルトランドの勢力圏ギリギリに繰り出してきた。それは、バルトランド海軍が艦隊行動を取れるギリギリの距離であり、沿岸の警備が基本のバルトランド海軍では、積極的に手の出しにくい距離だった。
「それでも、その後の事を考えたらやらない訳にはいかないだろ」
エイラの主張も、ハッセには理解できた。人材の少ないスオムスには、動けるウィッチを使わない余裕などない。
「だけどそれなら投降したバルトランドの……」
「分かりきった事を聞くなよ。いくら投降してわたしの部下になったって言っても、故郷を攻撃する事なんてさせられるわけがないだろ」
「……ごめん。軽率だったよ」
ハッセが止めようとする理由はエイラもよく理解している。だからこそハッセがある種、非人道的な提案をした事に対しても軽く苦言を呈するだけですませた。
「アイツらの出番が来るのはこの戦いが終わった後になるだろうな」
「やっぱり、オラーシャで騒動が起こると思う?」
「バルトランドに勝てるとしても、決定的な場面でカールスラントが介入する可能性があるからな。ブリタニアにとって、最悪の事態はバルトランドの勝利で戦争が終わる事だ。それを防ぐためならなんでもするさ」
「だからってオラーシャにまで手を出すなんて……」
「ヨーロッパに、超大国が作られる事は誰も望んじゃいないからな。カールスラントの力だけが削がれると、ヨーロッパの勢力図が一変しかねない。オラーシャとカールスラントの力、その両方が削がれるのなら何の問題もない」
ブリタニアの思惑は思いの外単純なものだった。オラーシャ、カールスラントのいずれかがヨーロッパで力を持ちすぎる事を許さない。ただそれだけの為に、ブリタニアはこの二カ国で騒動を起こす。
「その間にスオムスがバルトランドに勝って、カールスラントやオラーシャに匹敵する国力を手に入れたらどうするつもりなんだろうね」
「そんな事、あり得ないと思ってるんだろうな。だけどわたし達にはブリタニアに伝えていない、戦争終結に直結する作戦がある。そのための部隊もある。後必要なのはそれを確実に遂行できる指揮官だけだ」
それはエイラが前線で指揮を取る必要があると言っているようなものだった。
「それはそうかもしれないけど……」
「理由はもう一つあるんだ。この作戦が成功した後に占領する場所のことを考えたら、部隊の暴発を防ぐためにも私がいた方がいい」
「爆撃機隊が市街地に攻撃しないようにって事?」
今回の作戦には空軍の大型爆撃機全てと、急降下爆撃機の一部が投入される。大型爆撃機の爆弾の命中精度は急降下爆撃機と比べて高くない。少しでも爆弾の投下位置を間違えれば民間人に被害が出る可能性があった。
「爆撃機隊を信用してないわけじゃないけど、今後のことを考えると少しでもリスクは減らしたいからな」
エイラは、スオムスは既に戦後を見据えている。他国からも今の状態はスオムスが有利と見られてはいる。しかしそれは、一気呵成にバルトランドを平らげる事ができるようなものではない。このまま少しずつ、バルトランドが総動員をかけるまでは、スオムスが徐々に戦線を押し上げるだろう。しかし、バルトランドが総動員体制に移行すれば互角か、スオムスの動員前に逆戻りする。所詮、スオムスの国力ではその程度の優勢しか確保できないのだ。
「ブリタニアが北海に艦隊を出してくれたのは、本当に嬉しい誤算だった。お陰で今回の作戦の成功率が格段に高くなる」
「……この作戦が成功すれば戦争は終わるよね?」
「少なくともバルトランドとの戦争は終わるな」
今回の作戦はそれほどまでに強力なものだった。構想としてはありふれたものだった。しかしそれを実現するためにかけられた時間と物資は、スオムスにとって失敗すれば取り返しのつかない物になる。そんな熱量が込められた作戦だった。
「問題は他の国がどう出るか……」
「今回動員した部隊の一部を、この作戦が終了次第オラーシャ方面に再展開する」
「オラーシャに備えるんだね」
一歩間違えば、スオムスはオラーシャからも脅威と認定されかねない。スオムスとオラーシャは、比較的有効な関係を築いているがバルトランドを瞬く間に平らげたとあってはオラーシャとしても多少の警戒が必要になる。
「問題は間に合うかどうかだな。間に合わなければスオムスはこの戦争でただ人と金を失うだけで終わることになるかもしれない」
オラーシャもカールスラントも、ヨーロッパに大国が増える事をよくは思わないだろう。スオムス政府もそれを理解しているし、それ故に今回の戦争でスオムスが大きな領土を獲得することもないと考えている。
「結局、間に合ったところで今回の戦争に見合ったモノが得られるかどうかは怪しいけどな」
「少なくとも、賠償金くらいは貰わないと割に合わないけど……」
「できればバルト海以外の、北極海に面した港を一つ欲しいな。そうすればカールスラントの影響なく貿易を行う事ができる」
スオムスにはバルト海からしかし直接的な海上貿易のルートはない。しかしそのルートは、カールスラントの思惑次第で簡単に閉じる事ができるものだった。カールスラントの、他国の影響が皆無に近い港は今のスオムスにとっては悲願とも言えるものだった。
「それもこれも全部この作戦が成功して、無事他国の介入を退けられたらの話だな」
「ウコンバサラ作戦は成功すると思うけど、その後は行き当たりばったりに近いからね」
ハッセの言葉に、エイラはため息を吐くと叫んだ。
「あーあ、バルトランドが戦争を仕掛けて来なければなぁ」
スオムスは平和だった。オラーシャ国境できな臭い動きがあったり、バルトランドが軍事力の増強をしていたりと不穏な動きはあった。しかし戦争が起きていないのならばそれは平和と定義すべきだろう。
「今更言ったところで仕方がないよ。もう平和だったあの頃には戻ればない。なら今はネウロイとの戦いの時同様、平和を勝ち取るために戦わないと」
「ならその平和を勝ち取るためにも、わたしの出撃は止めるなよ」
エイラの言葉にハッセは苦笑いを浮かべた。
「わかったよ、もう止めない。だからバルトランドの奴らに、ストックホルムの奴らを驚かせてやってきてよ」
バルトランドって意外と歴史を調べると面白いのかもしれない。いわゆるバルト帝国がそのまま残っている形だとすれば実は結構な強国なのでは?