皆さんはどの季節が一番苦手ですか?
ブリタニアの要求を受諾してから一ヶ月後、バルトランドの王族達は、ブリタニア海軍の海兵隊に護衛されてストックホルムを離れ、バルトランドを出国した。ストックホルムからのナルヴィクへの道中、バルトランドの王族は各地でバルトランド国民に対し、まるで戦争の勝者かのように振る舞った。
「私達は再びバルトランドの地に帰ってくる。それまで待っていてくれ」
手を振りながら各地で告げるバルトランドの王族達に、バルトランド国民の反応は冷ややかだった。しかし、仮にもバルトランドの君主である。出迎えないわけにもいかず、渋々出ていくと自らが歓迎されていると勘違いし、大きく手を振る王族達の姿を目の当たりにする事になった。これが、バルトランド国民から王族に対する忠誠心を奪い去った。
「彼らは自分を勝者だと思い違いをしている。現実を見る事ができない人達に私達の明日を託す事ができるのだろうか、だってさ」
バルトランドの、左派新聞社が書いた記事を読んだエイラは目の前に座る二人のウィッチに感想を尋ねた。
「ブリタニアのお陰で首の皮一枚繋がっただけなのに、って思いがありありと伝わってくる記事だね」
苦笑いを浮かべてそう言ったのはハッセだ。バルトランドは国王を国家元首としているが、国内では度々王政の廃止が検討されるなど不安定な状態が続いている。今回の事件を契機に、左派勢力は王政の撤廃を求めていた。
「バルトランドって国王が政治をするんだよね? こんな国王でバルトランドって大丈夫なのかな」
そう問いかけたのはニパだった。バルトランドとの休戦がなされ、ニパと第24、28戦隊はヘルシンキに戻ってきていた。
「大丈夫じゃないから、バルトランドは戦争に負けたんだろうな」
皮肉気なエイラの言葉に、ニパはそれもそうかと頷いた。
「バルトランドの議会では、政権を握っていた右派議員が左派に鞍替えする動きも出ている。前線の兵士を介してバルトランドには王族が逃げたって噂が流れているはずだし、王族はもうバルトランドに戻る事はできないだろうな」
バルトランド国内の動きは、自然発生的に起きたものではあったが、スオムスがいくらかの工作をしたためその動きはさらに加速することになった。
パーシキヴィ大統領は前線の兵士にバルトランドの兵士と積極的な交流を促した。同時に、前線の兵士に対してはバルトランド王族が自ら望んでブリタニアに渡ったと言う情報を流した。
元々スオムスとバルトランドの関係は友好的なものであった。バルトランド政府が不必要にスオムスの危険を煽ったが故に、今回の戦争は起きたのだ。兵士達の合流は、最初こそ戸惑いがあったがそれは次第になくなり最前線では兵士が酒を酌み交わし、遊びに興じるようになっていた。
「前線勤務だったから後方のことはよくわからないんだけど、あれって本当なの?」
「王族が逃げたって事なら本当だ。けど、自分から望んだんじゃなくてスオムスからの提案があったからだな」
バルトランドの王族の間でも、スオムスからの提案を飲むかどうかは意見が別れていた。しかしそれは、休戦を仲介したブリタニアに受け入れ準備はできていると言われた事で一つにまとまった。休戦の立役者からの提案を無碍にはできず、王族は揃ってブリタニアに行くことになった。
「せっかく確保した王族を、なんの見返りもなく渡しちゃうなんて政府もイッルもどうかしてるよ」
ニパもまた、前線で命懸けで戦った一人だ。王族を簡単に解放することに不満を持っていた。
「考えたのは私じゃないぞ。そもそもわたしはこれに反対だったんだ」
まるでエイラが政府に同調して王族を解放した。そんなあらぬ誤解を受けている事にエイラは顔を顰めた。
「けど大統領が失敗したら辞任するなんていったら、賛成せざるをえないだろ」
「大統領、辞任するなんて言ったの!?」
ハッセの問いかけにエイラは頷いた。聞いた当初エイラも驚いたが、同時にそこまでの覚悟があるのならばとパーシキヴィ大統領の意見に賛同することになった。
「もしブリタニアが受け入れ準備はできているって言わず、王族達がバルトランドに留まると言い出したら、政府は不本意な手段に手を出さなければならなかっただろうな」
おそらくバルトランドの王族の数が一人か二人、減ることになっていただろう。言外にそう言うエイラに、ハッセは息を飲んだ。
「少将になったハッセは、これからそんな世界を見ることになる。引き返すなら今のうちだぞ」
ハッセは昇進と同時に、エイラの副官から外れ魔導軍の司令官に着任することになる。これまではエイラがスオムス軍最高司令官と魔導軍の司令官を兼任していたが、総動員をして数が増えたスオムス軍を魔導軍の司令官を兼任して纏めるのは容易な事ではなくハッセに白羽の矢が立った。
「まさかと思うけどイッル、昇進を餌に承諾したわけじゃないよね」
今回の休戦に際し、エイラは大将から元帥への昇進が決まっていた。世界初のウィッチにして元帥と言う称号に、目がくらんだのではないかと疑うような視線を向けた。
「あのなニパ、お前とわたしは何年の付き合いになると思ってんだよ。わたしがそんな事で意見を曲げると思うのか?」
二人が出会い、なんだかんだで十年にもなる。お互いの性格はよく知っているはずだった。
「イッルって意外と強かというか現金なところがあるし、階級でって痛い!」
十年の絆を感じられないあんまりな言い草に、エイラは無言でニパの頭を殴った。
「軽い冗談だよ。何も本気で殴らなくてもいいじゃん!」
「真剣な話をしてるのに冗談を言うニパが悪い」
もう一発食らいたいかと拳を握ると、ニパは青ざめて謝った。
「それで、大統領は何を考えているんだい。知っているなら教えて欲しいな」
「イッルが階級に釣られたわけじゃないなら、大統領の命令に従った理由教えてよ」
ハッセとニパの言葉に、しばし考えた後エイラは口を開いた。
「大統領は王族がブリタニアに行けば、バルトランドは自壊するって考えているんだ。いくらかスオムスからの工作が必要だろうけどそれほど大変なものじゃない」
「王族が出て行ったくらいで国が崩壊したりするかな?」
ニパの疑問に答えたのは、意外な事にハッセだった。
「意外とあるんじゃないかな。バルトランド政府に対して軍、特にウィッチからの信用はなくなっていたし」
「それをウィッチ以外にも広めるために、スオムスからは虚実入り混じった情報をバルトランドに提供したんだ。左派の新聞社が批判記事を書いたのもその影響だな」
スオムスの狙い通り、バルトランド国内では王族達を批判する声は日に日に大きくなっている。しかしそれがバルトランドを崩壊に追い込むほどかと言うと疑問があった。
「多分、王族はもう二度とバルトランドには戻れない。負けただけならまだしも、逃げ出した王族なんて誰も認めたくないだろうからな」
バルトランドが以前のバルトランドに戻れないように、スオムスもまた戻る事はできない。それに気がついたハッセが小さく呟いた。
「……この戦いで、スオムスは何を手に入れたんだろうね」
「お金じゃないか。政府としてはバルトランド軍の大幅縮小と、賠償金を要求するみたいだからな」
「たったそれだけ? 前線では何人も死んでるんだよ!」
この戦争の悲惨さを三人の中で一番よく知るニパが強い口調で問いかけた。
「わたしが大統領の考えに賛同したのは、バルトランドの崩壊を期待しての事じゃない。後方地帯の安全がある程度確保される事を期待しての事だ」
「どう言う事?」
「ハッセは知っているだろうけど、オラーシャ、カールスラントで反乱の兆しがある。今回、バルトランドとの戦争で後ろから刺される心配がなくなったから、事が起きればそっちに集中できる」
「前線の兵士や国民には実感しにくい利益だね」
「だけど確実にスオムスの利益になる。二人とも、今のうちによく休んでおけよ。そう遠くない未来に、スオムスとオラーシャの国境でなんらかの騒動が起きるぞ」
頭痛で後書きなしです。