ペテルブルク臨時政府からの攻撃があったのは、スオムスが不干渉の立場を表明した翌日のことだった。それに対してスオムスは即座に応戦、ペテルブルクに軍を向けた。
その時、ハッセとニパは最前線から少し離れた、ネウロイとの戦争時に司令部として使われていたミッケリにいた。
「最近は戦争ばっかりで嫌になっちゃうね」
「そうだね。だけど戦争に備えるために軍隊はあるんじゃないかな。だからいざ戦争になったからって私達が文句を言うのは違う気がするな」
「それはそうかもしれないけど、そうならないのが一番じゃん。イッルもせっかく権力があるんだから、もっと戦争を減らす努力をしてほしいよ」
不満を漏らすニパに、ハッセは苦笑いを浮かべた。
「私達から仕掛けたわけじゃないし、ましてや今回の相手は正規軍じゃないから事前にどうにかするって言うのは難しいんじゃないかな」
「そうだけどさぁ、実際に戦うのはわたしたちでしょ。そこのところ上層部や政府の人達は忘れてるんじゃないかな」
スオムス大統領パーシキヴィの支持率はバルトランドとの戦争終結後、下落の一途を辿っている。未だバルトランドからの賠償金額が定まらず、あの戦争の成果が手に入っていない事、そして今回のペテルブルク臨時政府からの攻撃などから政府に対する不信感が高まっていたからだ。
「忘れてるわけじゃないよ。特にイッルなんかはバルトランドとの戦争では積極的に前線で戦ってたし忘れるわけがないよ」
「それもそうだね。だけど政府は忘れてるんじゃないかな。そうじゃなかったらあんな終戦のしかたしないよ」
例に漏れず、ニパもバルトランドとの休戦に不満を覚えている一人だった。
「終戦じゃなくて、休戦だよ」
「どっちも一緒じゃないの?」
「全然違うよ。休戦は交渉が決裂したら再び戦争になる可能性があるけど、終戦は降伏とか諸々の条件が定まってその戦争が完全に終わる状態のことだよ」
休戦とはあくまでもお互いが停戦を受け入れて、一時的に戦闘を停止している状態だ。終戦はそこから一歩先に行く。戦争終結の条件についてお互いに話し合い、同意して戦争が終われば終戦と言える。
しかし、そう言った定義は暗黙の了解、あるいは伝統という形では各国が共有しているだけで厳密に国際法などで明記されているわけではない。
「バルトランドとの戦争って、軍の大幅解体が進んでるよね。それって条件を受け入れたからじゃないの。それなら終戦って言っていいんじゃないの?」
「それは少し違うよ。バルトランドは軍の大幅解体と、それを監視する為のスオムス軍のバルトランド入国を認めはしたんだけど、賠償金に関しては交渉が難航しているんだよ」
「負けを認めたんだよね。ならどうして賠償金を拒否するんだよ」
負けを認めたなら素直にその代償を払うべきだ。敗者が勝者に対してできる事は悔し紛れに毒を吐くか、地面に這いつくばるくらいしかない。それが賭け事に弱く、散々その代償を払ってきたニパの持論だった。
「バルトランド復興、と言うかストックホルムを復興させる為にもできる限り賠償金は抑えたいんだろうね」
バルトランドが受けた被害はストックホルム周辺に集中している。基本的にバルトランドは攻めていた側であり、まともな攻撃を受けたのはストックホルムだけだったからだ。対してスオムスはラップランドに深刻な打撃を受けている。首都ヘルシンキこそ無傷だが、インフラの悪さから復興にはかなりの時間が必要だと予想された。
「ブリタニアはバルトランドからの賠償を多くするって約束してたんでしょ。ブリタニアに圧力をかけさせたらいいじゃん」
「それが、戦争が終わったらブリタニアは途端に無関心になったみたいなんだよ」
「無関心? 自分達が休戦を主導しておきながら?」
スオムスにバルトランドとの休戦を矯正したのは他でもないブリタニアだ。そのブリタニアが交渉に無関心というのはニパにとって驚きだった。
「多分ブリタニアの目的は王族だったんじゃないかな。親戚らしいし」
「そんな事で一国が動くの?」
私情にまみれた理由に、ニパは驚いた。多くの人間は戦争被害にあっても他国から個人に対して救いの手が差し伸べられることはない。ましてや一国が総力を上げて一つの家族を救うなどそうそうある事ではないだろう。
「実際にブリタニアは私達視点だと理由も分からず戦争に介入しているよ。もしかしたら他に理由があったのかもしれないけど、王族をスオムスに断りなく一人回収した時点で目的の一つが王族だったことは間違い無いよ」
ブリタニアが戦争に介入してきた理由はいまだによく分かっていない。しかし戦争当初はスオムスに好意的な行動をしていたのに、突如として敵対的な行動をとった事からある程度の予測を立てる事はできた。
「散々支援しておきながらよくそんな事ができるね」
心底軽蔑したと言う様子のニパにハッセは頷いた。
「私もそう思うけど、それが政治ってものなんじゃないかな」
「うへぇ、わたしはそんなのには関わりたくないなぁ」
「私だって嫌だよ。こう言うのは専門家のイッルとか、得意そうなルーッカネン隊長にでも任せておきたいよ」
ハッセよりも将官に相応しい人物はいる。元24戦隊の隊長であるルーッカネンなどはその筆頭だ。しかし彼女は戦争序盤に活躍したウィッチであり、エイラやハッセほどの実績はない。バルトランドとの戦争でも飛行学校の校長で、戦場に出ていないため昇進はしていない。
「ルーッカネン隊長は飛行学校で楽しくやってるみたいだし、何よりもう飛ぶことすらできないみたいだし打診しても引き受けないんじゃないかな」
上がりを迎えたと言っても、大抵のウィッチは完全に魔法力を失う事はない。エイラのようにシールドだけが使えなくなるものもいるし、坂本少佐のように完全に魔法力を喪失するものもいる。ルーッカネンは完全に失いこそしていないが、自身の身体能力を強化するくらいの最低限の魔法力しか残っていなかった。
「なんならニパがやってくれてもいいんだよ」
「そしたらハッセはどうするんだよ」
「大人しく引退するか、参謀としてニパをサポートするのもいいね」
揶揄うような口調で言うハッセに、ニパは顔を顰めた。
「わたしはまだ大佐なんだよ。少将のハッセが下につくのはおかしいんじゃないかな」
「優秀な人が上に来る分には問題ないよ。ニパが望むのなら私は喜んで参謀をするよ」
以前のニパなら優秀などと褒められたら照れてこの提案をつい承諾した事だろう。しかし流石に20歳を超えてそんな詐欺まがいな手法に引っかかる事はなかった。
「褒めても引き受けたりしないよ。第一、イッルが許さないとわたしが司令官なんてなれるわけないじゃん」
「まぁ、それはそうかもねニパが後方に来たら、ウィッチ達の様子を知る手段がなくなっちゃうし」
エイラがブリタニアにいた頃からニパは頻繁にエイラと手紙のやりとりをしていたが、それは今も変わらなかった。むしろ今はお互いに階級が上がった分、手紙など使わずに軍の無線機や電話を使って戦争前は毎日のように連絡を取り合っていた。
ニパと話したいというのも理由の一つだが、その何気ない会話からウィッチ達の様子を聞き出し不満を見つけ出す事にも使っていた。
「……昔は考えもしなかったな」
「司令官になる事?」
突然鎮痛な面持ちで呟いたハッセに、ニパは問いかけた。その問いかけに、ハッセはゆっくりと首を横に振った。
「ネウロイとの戦いが終わっても、戦いが続いてる事」
その言葉に、ニパの表情も暗くなった。ネウロイを倒し、領土を奪還すれば世界は平和になる。そう信じて戦い続けてきたのに、現実はそうならなかった。ネウロイと言う共通の敵を失った人類は、新たに
一部の人間からはネウロイとの戦争中から認識されていた事だったが、多くの人々は考えてもいない事だった。ネウロイを倒して世界は平和になると言う幻想は、自国の発展あるいは自らが豊かな暮らしを手に入れるためと言う欲望により打ち砕かれた。果たしてこの戦争の先に平和はあるのか、平和が幻想である事を知ってしまったニパには分からなかった。
ウィッチの実力に個体差とでも言うべき大きな開きがある以上は、兵科としての運用ってかなり難しそうですよね。
現代の兵器はその性能で、個人個人の差を無くして来ましたけど、ウィッチって人によって強力な固有魔法を持っていたりするから、それぞれにあった運用をしないといけないしかなり難しそうですよね。
特殊部隊のような運用をしようにも、固有魔法によってそれぞれの部隊の実力や得意分野は変わるだろうし、そもそも再現性がないから上がりを迎えたら二度と同じ部隊は作れないし。ほんと、運用が難しそうですね。