ダイヤのエースが飛ぶ理由   作:鉄玉

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やっと調子が戻ってきて執筆速度が元に戻ってきました。


サッラ

ペテルブルクでの反乱を受けて、オラーシャがとった対応は消極的なものだった。ペテルブルクの物流はムルマンスクを経由するものとモスクワ方面から来るもの、それとスカゲラク海峡を通る三つが主なルートになる。その内の二つ、モスクワとムルマンスクからのルートを遮断し物資の流入を制限するとともに、カールスラント及びバルトランドに対してはヘルシンキに向かう船舶の通行を制限するよう要請した。もっとも、バルトランドにはそれをする力はなく、カールスラントもまたノイエカールスラントの反乱でそれどころではない。

苦肉の策としてオラーシャはスオムスに海上封鎖を依頼する事になった。この海上封鎖はその時すでに不干渉の立場を決定していたスオムスはオラーシャからの要請に対してこう答えた。

 

「今の我々に、それをする余裕はない」

 

あるいは泥舟になぞ誰が乗るものか、と言うのが本音だったのかもしれない。遠いノイエ・カールスラントが戦場となったカールスラントと違い、オラーシャは本国のあちこちで反乱が起きている。たとえ鎮圧できたとしても他の列強国から遅れを取る事は間違いなく、沈みかけた船と形容すべき状態になるのは間違いなかった。

しかし沈みかけのオラーシャと手を切ったところで、スオムスの現状が良くなるわけではなかった。むしろオラーシャと言う後ろ盾を失った分、窮地に立たされているかもしれない。スオムス政府がどういった考えでその方針に至ったのか、詳しく知るものは軍部には誰一人としていなかった。

 

しかし一つ確かのは、この頃からスオムスは外交方針を大きく転換したという事だった。スオムス最後の大統領パーシキヴィは、それまでオラーシャにはブリタニアの、ブリタニアにはオラーシャの、それ以外の国にはオラーシャとブリタニアの意向を盾にスオムスに決定的な不利益をもたらさぬよう立ち回ってきた。

その方針転換が形となって現れたのは、ペテルブルク臨時政府がスオムスに対して攻撃をしたという報告を受けた三日後の事だった。

 

「おいおい、これはまた随分と無茶苦茶な命令だな」

 

アウロラはバルトランドとの戦争後、オラーシャとの国境近くにあるサッラと言う街に配置転換されていた。中佐に昇進したアウロラは連隊を与えられ部下の数は三千名を超えていた。任命された当初は急激に増えた兵士に対して指揮官の数が追いついていないからだろうと考えていた。しかしその命令を受けて、実は最初からこの作戦を実行するためだったのではないかと思わず勘繰った。

 

「どんな命令だったんですか?」

 

シニの問いかけに、アウロラは無言で命令書を手渡した。

 

「……これはまた、随分と大胆な」

 

「こんな馬鹿なことを考えた奴を殴ってやりたいと、素直にそう言ってもいいんだぞ」

 

絶句した様子のシニにアウロラは一口ヴィーナを呷ると吐き捨てるように言った。

 

「流石にそこまでは言いませんが、果たしてこの作戦が本当にうまくいくのでしょうか」

 

「私に聞くな」

 

「考えたのは隊長の妹なのでは?」

 

アウロラの妹であるエイラはスオムス軍の最高司令官だ。この馬鹿げた作戦の立案に全く関わっていないとは考えにくかった。

 

「イッルは時折抜けているところがあったりはするが、馬鹿じゃない。こんな馬鹿げた作戦を立てるはずがない」

 

シニが反応に窮していると、アウロラは首を横に振り違うかと小さく呟いた。

 

「イッルは意外と流されやすいんだ。今は私の言う事をあんまり聞いてくれないが、昔はねーちゃんねーちゃんと後ろをついてきて可愛いもんだった」

 

その頃を思い出すように目を瞑り頷くアウロラに、シニは胡乱な視線を向けた。

 

「妹自慢ですか?」

 

「それもあるが、私が言いたいのはイッルは案外上からの指示なら素直に従うタイプだという事だ」

 

「そうですか。それが今回の件と一体何の関係があるんですか?」

 

「私が思うに、この作戦は高度に政治的な理由で立てられたように思う。と言うより、作戦内容が政治家連中の許可なくしては実行の許可が降りないだろう」

 

アウロラの言葉に、シニは同意するように頷いた。彼女の目から見ても、その作戦は軍部だけで実行を裁可するにはあまりにも政治的な混乱が大きかった。

エイラはネウロイとの戦争では、ウィッチでありながら軍の中心人物として各国の利害関係の調整も行っている。その道の専門家からすれば拙いもの作りかもしれないが、ウィッチの中では最も精通していることは間違いなかった。そんなエイラがこのような作戦を軍部の独断で立案するとは考えにくく、まず間違いなく政治家達の意向があると考えられた。

 

「ではこの馬鹿げた作戦に基づき、我々は行動を開始するわけですね」

 

「不本意だが、そうすべきだな」

 

誤解されがちだが、何もアウロラは戦争が好きなわけではない。平和こそが一番だと思っているし、そのための努力は惜しまない。しかし同時に、自分がもっとも役に立てるのが戦場だという事もよく理解していた。

ネウロイとの戦いが終わり、長い平和な時代が訪れる。そうなると自分のような軍隊でしか生きられない人間は、公費を貪る無駄飯食いに成り下がる。上がりを迎えたウィッチは早々に軍から引退して、好きに暮らせばいいと思っていた。

アウロラと違い、エイラは案外なんでも器用にこなしてしまう。階級は高くなってしまったが、同じ階級の非ウィッチの軍人の方が平時は使える事は明らかだ。だからアウロラは戦後になってから、エイラに早く除隊して平和を謳歌すればいいと言った事があった。もっとも、何でもかんでも器用にこなしすぎたせいで、エイラが戦後もいいようにこき使われる事はアウロラにとっても想定外だった。

 

「スオムスが平和を手にするには力が必要だ。それが上層部の考えなんだろうな」

 

「スオムスよりも圧倒的な力のあったカールスラントとオラーシャでさえ、平和な時間は長くありませんでした。力こそが平和を手にする鍵だとして、一体どれほど強大な力が必要になるのか……」

 

「その第一歩がこの作戦なんだろうな」

 

「こんな作戦でスオムスが強くなるとは思えません」

 

むしろスオムスを弱くするのではないか。そんな疑惑さえ出てしまうような作戦だった。

 

「だが既に賽は投げられたと見るべきだ。ペテルブルク臨時政府とやらの攻撃に対し、スオムスはペテルブルクを占領する事で当面の安全を得ようとしている。それをオラーシャが快く思うだろうか?」

 

スオムスが中立の立場を表明した翌日、ペテルブルク臨時政府はスオムス国境地帯の街に航空機で爆弾を落として行った。幸い被害は建物のみだったが、この攻撃に対して応戦する為にスオムス軍が即座に国境を超えている。

 

「ですが、スオムスからすれば攻撃を受けた以上は反撃しなければなりません。ペテルブルク臨時政府を抑える力がオラーシャにない以上、それを非難するのはあまりにも滑稽ではありませんか?」

 

「だからと言って、他国に土地を荒らされるのを黙って見ているわけにはいかないだろう」

 

反乱軍に支配されているとはいえ、ペテルブルクはオラーシャの都市だ。そこを他国に占領されて良い気分な訳がない。ましてやペテルブルクは首都モスクワに次ぐ大都市だから尚更だ。

 

「ですが軍部からも反乱に加担している者も出ていると聞きますし、実際問題何も出来ませんよね」

 

「何も出来ないことはないだろう。例えばムルマンスクからの輸送を止めるだけでも、多少の影響は出る」

 

バルトランドとの戦争が終わり、バルト海を使っての輸送ができるようになったが、それでもスオムスにとってムルマンスクから来る物資が重要なことに変わりはない。カールスラントとの関係を損なえばバルト海の貿易ルートは使えなくなる為、それに備えてムルマンスクの物流ルートはある程度確保しておく必要があるからだ。

 

「……なるほど、それでこの作戦ですか」

 

「バルト海が大国の影響を受ける事は仕方ない。ムルマンスクはそもそもオラーシャのものだから、これもまた影響を受けるのは仕方がない。だがそのどちらか一方でも、あるいは一つでもいいから他国の影響下にない港が手に入れば、スオムスの発展に寄与する事は間違いない」

 

「ムルマンスクでも反乱の兆しがあると言いますし、そうなればスオムス経済に与える影響は大きいです。そうならない為にもという事なんでしょうか」

 

もしバルトランドとの戦争で、北海に面した港を手に入れる事ができていれば、こんな強硬手段に打って出る必要はなかっただろう。しかし現実はそうならなかった。スオムスが生き残るためには、ここでリスクを負ってでも強くなる為に必要なモノを得なければならなかった。

 

「ムルマンスクでの反乱勃発に備えてオラーシャ領に侵攻、ムルマンスク及びスオムスに続く全ての鉄道線の確保。オラーシャを敵に回すようなそんな馬鹿げた作戦、それくらいの理由がないと実行するはずがない」




投稿済みの話を見直して文章直したりしてたらアウロラを出したくなったのでこんな話になりました。

スオムスって場所が悪すぎますよね。別に内陸国って訳でもないのに貿易ルートは全部他国の影響下にあるから周辺国の気分次第で成長を阻害されるし、下手をすれば経済が破綻しそうになるかもしれないし。そう考えたら、戦後のフィンランドって本当に偉大だなと思いました。
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