予定よりも時間のかかるペテルブルク攻略に業を煮やしたのは、現場ではなく一番安全な後方の人間だった。
「政府の連中、ペテルブルクは最低限の部隊だけで包囲して、他の部隊前進しろって言ってきた」
「堪え性のない人達ですね。時間さえかければ確実にペテルブルクはスオムスの物になるというのに、その時間さえ待てないなんて」
「パーシヴィキ大統領に対する辞任の声は日に日に増しているし、ここで大きな功績が欲しいんだろうな」
バルトランドとの戦争が中途半端に終わり、スオムス大統領パーシヴィキにはまだ任期が残っている。スオムスには任期が残っている大統領を辞めさせる手段がなく、殆ど支持されていなくとも彼はまだ大統領だった。
「それで、どこまで前進するんですか?」
「……リバウだ」
「正気ですか? ムルマンスクだけならまだしも、リバウまで侵攻してしまうと流石のオラーシャも対応せざるを得ませんよ」
「そこはわたし達の腕の見せ所ってやつなんだろ」
どこか投げやりな様子のエイラに、サーシャは眉を顰めた。それは仮にもスオムス軍のトップが、これから行われる攻勢を指揮する人間がしていい態度ではなかった。
「おかしな事にこの攻勢計画、いや違うか。ペテルブルク臨時政府への攻撃とムルマンスクへの侵攻、そして今回のリバウ方面への侵攻は全てわたしの発案でなされた事になってるそうだぞ」
そう言ってエイラは今日の日付の新聞を取り出してサーシャに手渡した。
「まだ行動を開始すらしていないのに、もうリバウへ向かうことが報道されたんですか?」
ネウロイが相手ならともかく、人が相手の軍事作戦については徹底的に秘匿されて然るべきだ。作戦目標などが伝われば、その対策を立てられスオムスに大きな被害が出ることに繋がる。サーシャはそれを懸念していた。
「ここでスオムスをオラーシャに敗北させる事ができれば、わたしの少しばかりある名声は地に落ちる事になる。それが狙いなんじゃないか?」
戦争前のパーシヴィキ大統領であれば、エイラは絶対の信頼をおくことができた。ネウロイとの戦いが終わり、複雑な世界情勢において上手くスオムスの舵取りをし、内政外政ともに安定させていた手腕は見事としかいう他なく、彼でなければなし得なかっただろう。しかし今のパーシヴィキは大統領は無謀な戦争を繰り返し、国際社会におけるスオムスの立場を弱くしているように見えた。
「エイラさんの事を脅威に思っているから、今回の侵攻を失敗させて排除したいと?」
「じゃないとこんな風に責任を押し付けてきたりしないだろ」
政府が自身を軍から排除しようとしていると、エイラは確信していた。露骨に退役を促されたりしたわけではないが、先立って軍を辞めた後に政界に参入するつもりはないかと問い掛けられたからだ。エイラはまだ二十代前半で引退など当分先の話だ。ましてや、歴史上たった二人しかいないスオムス軍元帥には、定年というものが存在しない。
大統領には軍の最高司令官の任命権があるため、エイラをスオムス軍最高司令官から罷免することができる。しかし、エイラを辞めさせる事はできない。仮に最高司令官を解任したとしても、後任の最高司令官は元帥であるエイラが現役であれば、後任はエイラと政府の板挟みになる可能性が高く、まともに軍の運営ができなくなるだろう。それはエイラとしても本意ではなく、もしそうなれば軍を退役して軍を離れるつもりでいた。
もしもう一人の元帥、マンネルヘイムが現役でかつ存命であれば話は違っただろうが、彼はネウロイとの戦争終結直後、持病の悪化で病死している。
「民主主義国家のシビリアンコントロールというものに、私は馴染みがありませんが、本当にエイラさんを排除するつもりならいくらでもやりようがあるんじゃないでしょうか。例えば元帥に関する法律を変更して、退役について明記するとか」
「それたしか、マンネルヘイム元帥が生きてた頃に議論されたんだよな」
元帥には過剰なほどの特権が用意されている。本人が宣言しない限りは現役でいられるのはもちろん、退役後も現役時と同額のお金を年金として受け取る事ができる。改訂案が出たのはこの年金についてであった。当時はマンネルヘイム元帥の名声と、元帥という階級の特別性から改訂は見送られることになった。
「あの時は国民から政府への批判も多かったし、何よりマンネルヘイム元帥がもう長くないってわかってたからな。その議論はすぐに終わったんだ」
「ですが今回はマンネルヘイム元帥よりも名声も、実力も下のエイラさんが相手です。仮に元帥の特権を減らす法案が提案されれば通る可能性は高いのではないですか?」
サーシャはスオムス国内の事情にはそれほど詳しくないが、世界的にも高い評価がされているマンネルヘイムよりも、エイラの方が国内で人気があるとも考えにくい。前回は国民の反対も大きかったと言うが、今回はそれほど大きくならないのではないかと考えた。
「バルトランドとの戦争で勝利して、わたしの国民からの人気はかなり高くなったらしい。だけど詳しいデータなんてないから、それがどれくらいのものか分からないし、本気でわたしを排除しようとしているのなら民意なんて関係なくそうするだろうな」
「では私達としては、その政府の動きには全力で抵抗しなければなりませんね」
どこか楽しそうな様子でエイラに問いかけるサーシャに、エイラは思わずため息を吐いた。
「抵抗する気なんてないぞ。わたしはネウロイとの戦争が終われば退役してもよかったんだ。だけどマンネルヘイム元帥がいなくなった後のスオムスに必要だっていって留任させたのは、当時のスオムス首脳陣だ」
ネウロイとの戦争が終結した後の世界で、スオムスは極めて難しい立場になる事は当時のスオムス首脳陣の間では共通の認識だった。スオムスでもっとも有名で、侮れない人間とされていたのはマンネルヘイム元帥だったが、高齢で持病のあったマンネルヘイム元帥がそれほど長い間他国に睨みを効かせられるとは考えにくい。
そこでマンネルヘイム元帥達当時のスオムス首脳陣は、少なくとも軍事面ではマンネルヘイム元帥に次いで名声があり、他国からも傑物であると認識されつつあったエイラを軍のトップに置いた。実際、それはある程度は成功した。オラーシャやカールスラントはスオムスの軍事力は侮り難いと考え、バルトランドは脅威と考え容易に手を出さないと考えた。
「当時からパーシヴィキ大統領は政府の中枢にいましたよね。ならどうして今更強引にエイラさんを排除しようとするのでしょうか。ただエイラさんに辞めてもいいと言えばいいだけなのではないでしょうか?」
「わたしがこの立場にしがみつきたいと、権力を持ちたい野心家だと思ってるんじゃないか?」
「私個人としては、エイラさんには権力を持っていてもらいたいんですけどね」
一欠片の冗談も混じらず、心底残念そうに言うサーシャにエイラは困惑した。
「私は亡命者です。スオムス国民としての国籍は取得してますが、その立場はエイラさんによって担保されているものです。そのエイラさんが失脚した時、私も巻き込まれないとは言い切れないでしょう」
「一度決めたことを簡単に覆したりはしないと思うけど、絶対とは言い切れないな」
ましてやその相手が亡命者ともなれば、亡命を考えた時スオムスが亡命先の候補から外される可能性が出てくる。誰だって一度亡命を認めておきながら、突然それを取り消したりする国家に好んで亡命しようとは思わないだろう。
「そしてそれはサーニャさんにも言えることです。サーニャさんは私と違い、まだオラーシャ国民です。エイラさんが失脚すればスオムスから追い出され、オラーシャに戻る事になるかもしれません。そうなれば、彼女ほどのウィッチなら再び軍に連れ戻される事だったあり得ます」
「……それは困るな。サーニャにしろ、サーシャにしろスオムスの方が安全だと思ったからここにいるのに、そんな事になったら今までの苦労が全部水の泡だ」
「そうでしょう。ですから向こうが何かする前に、こちらから先手を打って行動を開始するべきではないでしょうか」
サーシャの問いかけにエイラは目を瞑り深く考えを巡らせた。
「……サーシャの考えはわかった。だけど少し考える時間が欲しい」
「もちろんです。ですが、あまり時間が無いことをお忘れ無く」
ネウロイが水を嫌うという性質上、ウィッチってどうしても陸と空に重きが置かれますけど、戦後だと水上歩行が可能な、艦これみたいな事ができるストライカーユニットとかも出てきそうですよね。まぁ、それがどれくらい役に立つか分かりませんけど。
真剣に考えるのなら、沿岸での船舶事故への対応とか、適当な船を母艦にして沖合でも活動できるようにしてこれまた同じように船舶事故が起きた時のレスキュー活動とかですかね。ただ水上での事故にわざわざウィッチを使う必要もない気もする。正直これなら普通の人でも十分だと思うし。
潜水可能なストライカーユニットなら役に立つかもですね。これについては潜水艦とか、沈没船等の救助に使えそうなんで前者よりはまだ活躍の余地があるかも?