表向き、ペテルブルク臨時政府の降伏条件は指導部を含む生存者全員の身の安全であった。この条件はスオムス政府も了承していたものだったが、実のところ決定打となったのは別の条件があったからだった。
スオムス政府が了承して提示した条件の他に、サーシャが提示していた別の条件により、ペテルブルク臨時政府は降伏を決めた。サーシャ自身、後にこの決断を後悔する事になる上、後世になってこの条件を提示した事を様々な人物から批判される事になる。そんな難しい判断を伴う条件だったが、少なくともペテルブルク臨時政府との終戦というただ一点においては、この判断は正しかった。
「わたしが大統領になった時、ペテルブルク臨時政府の連中に閣僚ポストを用意する事を条件に降伏か。共産主義者とか言う、よく分からない連中をスオムスに入れたくないんだけどな」
万人の平等を謳い文句にしているが、そんなものは到底不可能だ。何より、自分達の主張を通すために国に対して反乱を起こすような人物達を閣僚に迎え入れたくはなかった。
「スオムス政府とバルトランド政府両方の意向に逆らう以上は、こちらも相応の力を用意しなければなりません」
「政治経験のないわたし達に必要なのは、それを補える人材だろ。あの連中がそれほど政治に強いとは思えないけどな」
「幹部連中は元々地方政府の役人上がりです。老獪なスオムス政府やバルトランド政府の人間に勝てるかどうかともかく、閣僚として働かせる分には問題ないでしょう」
スオムス政府とバルトランド政府、その両方と政治的に対立するにはエイラ達では力不足だ。しかしだからといって、自分達が信奉する信条の為に反乱を起こすような連中とは簡単に手を組む事などできなかった。仮に彼らと手を組み、主導権を握れたとしても自分達の思う通りに行かないと見るや、再び反乱を起こさないとも限らない。外にはスオムス、バルトランドの現行政権。内には共産主義者という敵を抱える事になる今回の選択は、いくらそれ以外に良い手がないからと言って簡単に受け入れられるものではなかった。
「向こうが条件を飲んだから、今更方針を変える事ができないのはわかってる。だけどあの連中を味方にするのは抵抗感があるんだよな」
「それは私も同感です。なんせ言うことを聞かないとなれば、味方になるまで監禁しようとするような輩ですから」
サーシャはペテルブルク臨時政府により監禁されていた過去がある。ペテルブルク臨時政府に対して良い印象は欠片もないが、現状これ以外で対抗する手段も存在しなかった。
「ですがペテルブルクを中心に十万以上の兵士を集め、それを維持するだけの経済基盤を用意した手腕は本物です。たとえそれが、大都市だったペテルブルクありきのものだとしても、その経済力を殆ど損なう事なく引き継いだのは大したものだと評価せざるを得ません」
「それはそうだな。おかげでバルトランドとの戦争以上に手こずる事になった」
ペテルブルク側が防衛であった事も大きいが、それにしてもバルトランドとの戦争とは比べ物にならない被害がでたのがこの戦争だった。
もしも講和が成立せず、ペテルブルク臨時政府が徹底抗戦をするようなら、エイラは政府の意向を無視してでもリバウ方面から撤退するつもりだった。オラーシャでの反乱はまだまだ鎮圧する様子はないが、いくつかの戦線ではオラーシャ側が有利になりつつあった。余剰戦力がスオムス側に差し向けられるのも時間の問題という事情もあり、この戦争を早期に終わらせてスオムス側の支配領域を確実なものにしておきたいという考えがあった。
「私にはどうしても一つ、腑に落ちないことがあるんです」
唐突に難しい表情をしてサーシャは言った。
「ペテルブルク臨時政府にはウィッチも所属していました。いくら私が魔法力を隠していたといっても、あまりにも警戒が薄すぎたように思うんです」
「あいつらが意図的にサーシャを見逃したってことか? いったい何のために」
「そこまではわかりません。ですが監禁場所が彼らの本拠地であったことはあまりにも不用心すぎます。現に私は脱出の際、彼らの重要資料を幾つも確認してスオムスに伝える事ができました」
サーシャの固有魔法であれば、現物を奪取する必要はない。伝えられる側がサーシャを信じられるかどうかという問題はあるが、エイラのように全面的に信頼できると判断していればその情報の精度は現物の資料を持ってきた事に等しい。
「単純にサーシャが仲間になると本気で信じていたのか、それともサーシャが逃げ出すことまで想定していたのか。だけどサーシャが逃げると想定したのなら、尚更どうしてそんな杜撰な体制だったのか分からないな。まさかわたしと合流すると考えていたわけでもないだろうし」
「そのまさかです。私がエイラさんと交流がある事は多少調べれば分かる事です。あの場所で私が何らかのトラブルに巻き込まれ、オラーシャ政府を頼れないとなると取れる手段は限られてきます」
「上手くフルシチョフに転がされたってか。そんな馬鹿な話があるか」
そうは言ったものの、エイラ自身サーシャの意見にも一理あると考えていた。オラーシャ政府が頼りにならない以上、サーシャが頼れるのはエイラだけ。その考えに至った時点でサーシャの行動をある程度コントロールする事は可能だ。問題はコントロールしたとして、一体何の目的で逃したのかという事だった。
「あるいはこの状況を作り出す事こそが、彼の目的だとすれば私達は見事に敵の作戦に乗せられた事になります」
「それで、わたしとサーシャを会わせて何がしたかったっていうんだよ。まさか今の状況を作り出す事が目的だったなんて言わないよな?」
「そのまさかです。もし仮に彼の目的がこの状況を作り出し、一国の中で強大な力を持つ事だったとしたら、私はとんでもない過ちを犯したのかもしれません」
もしも共産主義者が、フルシチョフがそれほどの傑物ならば仮にエイラが連邦のトップに君臨したとしても、その裏では旧バルトランド、スオムス政府の人間とフルシチョフ達を相手にして政争を繰り広げる事になる。その考えに思い至ったサーシャは顔を青くしていた。
「考えすぎだサーシャ。いくら何でもそこまで先は考えてないはずだ。もしフルシチョフがそれほどの傑物なら、今頃ペテルブルクは戦争を終わらしてオラーシャ方面に領土を拡大しているはずだ」
交渉次第ではスオムス政府はペテルブルク臨時政府に対してもっと早期に講和をする事ができたはずだった。スオムスにとって重要なのはスオムス湾の安全であり、ペテルブルク臨時政府がスオムスに敵対せず、オラーシャ方面に勢力を伸ばすのなら一時的に見逃される可能性は十分にあった。
スオムスはリバウを早期に奪取し、その間ペテルブルク臨時政府がオラーシャと戦いオラーシャの国力をすり減らすのなら、スオムスとしては万々歳だった。なによりそうすれば、ペテルブルク臨時政府は今のように消滅の危機に瀕することもなかった。
「……そうですね。そうですよね」
どこか納得できない様子ではあったが、考えすぎたというエイラの意見が客観的見てもっともである事は事実だ。理屈では理解しても感情の面ではどうしても受け入れ難かった。
「だけどフルシチョフという男が油断ならない人物だって事は間違いない。スオムスに敗れたとはいえ、ペテルブルクを丸々奪取した上でオラーシャと戦争をしようとして、その半分は達成したような奴だからな」
「そうですね。彼らに対して閣僚ポストを用意することを約束しましたが、数についてはこの後の交渉次第。私達のような小娘を手のひらで転がすことなど造作もない事だけは確かですから」
「まったく、とんでもない条件を提示してくれたよ」
エイラは疲れた様子で息を吐いた。
「エイラさんを信じているからこそですよ」
事もなげに告げるサーシャにエイラは胡乱な視線を向けるのだった。
これは考察とかっていう話じゃないんですけど、いわゆるVtuberとかって非現実的な要素をアバターを使って再現しているわけですけど、この世界って犬耳猫耳などケモナー歓喜の要素がウィッチで再現されているわけで……。その手のVtuberってちょっと数を減らすのかな? なんせ本物がいるわけだし。いや、まあ現実とアバターは違うみたいな考えであまり変わらない可能性もありますけど、どうなんでしょうね。