小鳥の囀りとカーテンの隙間から漏れ出る朝日が、この屋敷におけるペリーヌが起床する合図だった。
「新聞が届いたぞクロステルマン」
しかし今のペリーヌの起床の合図は心地よい眠りの中にいる暁時、乱暴に開かれる開かれる扉の音だった。
「んぅ。ルーデルさん、こんな時間に騒がないでっていつも言ってるでしょう」
眠そうに目を擦り、身体を起こして批難するペリーヌもなんのその。ルーデルは布団の上に新聞を置くと自身もベッドに腰掛けると何処からともなく牛乳瓶を日本取り出した。
「健全な肉体を作るためにも早起きは欠かせない。そして朝起きて搾りたての牛乳を飲む事は成長に繋がる。もう手遅れかもしれないがな」
ルーデルはペリーヌの胸元に視線を向け、小さく笑った。
「わ、私にはまだ成長期が来ていないだけですわ!」
「十八にもなって成長の余地などないだろう。事実、私はその辺の年齢で成長は止まったし他の連中も大体そうだ」
希望を打ち砕くような言葉にペリーヌは愕然とした。ルッキーニや宮藤に残念だのなんだなと馬鹿にされ、少しでも大きくなるにようにと努力は欠かさなかった。今更シャーリーやリーネほどなどと高望みはしないが、せめて同年代のエイラと同じかそれより少し大きいくらいは欲しいと思っていた。
「だが今からでも大きくする方法がないわけではない」
「そ、それはなんなんですの!?」
「完璧なプロポーションを自称していたマルセイユは牛乳が好物だったそうだ。そして同じく牛乳が好物の私も奴ほどではないが、プロポーション事態はそう悪くはない」
「つ、つまり牛乳を飲めば私の胸が大きくなるという事ですの!?」
食い気味に問いかけるペリーヌにルーデルは不敵な笑みを浮かべた。
「それはお前の努力次第だ。当たり前だが牛乳をただ飲むだけではダメだ。普段の生活を見直して健全な肉体を実現する事が寛容だ」
「つまり、牛乳を飲んで早寝早起きをすればいいと言う事ですわね」
身寄りのない子供を引き取り養育するというのは存外大変なものだ。朝は子供達より早く起き、夜は子供達よりも遅い時間に眠る。心に傷を抱える子供も少なからずいる事もあり、寝付くまで時間がかかる事も、突然夜起きて泣き出すような子供もいる。ルーデル達が来て人手が増え多少楽にはなったが、それでも規則正しい生活など不可能だった。
「そんなわけないだろう。私やマルセイユは最前線で戦っていたんだ。ネウロイが来たとなればたとえ寝ていようとも起きて出撃しなければならない」
「ではどうやって健全な肉体を作るというんですの?」
「クロステルマン、お前軍を辞めてから弛んでないか?」
ジトリと何処か疑うような視線をペリーヌに向けた。
「……どういう意味ですの?」
「軍人たる者、普段から身体を鍛える事を怠ってはならない」
「私はもう軍人ではありませんわよ」
予備役という扱いではあるが、ネウロイがいない今となってはその肩書きも無意味なものだ。軍に復帰する事はもうないだろうとペリーヌは考えていた。
「そうだな。だがそれが身体を鍛えなくていいという事にはならないだろう」
「それはそうかもしれませんけど……」
「私が早起きするのは、身体を鍛えるためだ。ただでさえ義足というハンデを背負っているのに、そこに運動不足などといういらぬ枷を好んで嵌める事もない。クロステルマンはそう言ったハンデとは無縁かもしれないが、放っておけばすぐに錆びつくぞ」
ルーデルに指摘され、ペリーヌはガリア奪還後にロマーニャで再び501部隊が結集した際、ペリーヌ、リーネ、宮藤の三人があまりにも鈍りすぎていると鍛え直す事になった事を思い出した。
サン・トロンではその時のことを教訓に前線を離れている時も最低限の自主訓練をしていたが、もう招集される事もないだろうと言う思いから自主訓練の文字は頭から離れていた。
「ルーデルさんの言いたい事は理解できますが、忙しい中何の目標もなく訓練に時間を割くというのは……」
訓練をする時間があるのなら、ゆっくりと休みたいと言うのが正直なところだった。そんなペリーヌの意思を汲み取りルーデルは頷いた。
「そうだな、確かに目標もなく訓練するのはしんどいものだ。かの戦争では軍隊では誰しもネウロイを倒すためと言う目標のために訓練をしていたが、その目標なくしてあれほどの訓練を積む事はできなかっただろう」
そう言うとルーデルは閃いた言わんばかりに手を打った。
「よし、なら登山をするのはどうだ」
「登山ですか?」
「登山では肉体的な強さだけでなく忍耐力のような精神的な強さも求められると聞く。それは軍においても必要なものだ。鍛えた身体を試すのに登山はもってこいだ」
これはルーデル個人が登山に興味があったからこその提案でもあったが、訓練の成果を発揮するのに登山が相応しい事もまた事実だった。
「確かに登山は軍の訓練にも使われる事がありますし、訓練の成果を発揮するのに相応しいでしょう」
ペリーヌの言葉にルーデルは我が意を得たりと満面の笑みを浮かべた。
「ですが挑戦する山にもよりますが、登山は一週間以上屋敷を離れる必要があります。いくらリーネさん達がいると言っても家主の私が個人の趣味で長期間離れるわけにはいきません」
「何も今すぐ登山に行こうと言っているわけではない。子供達が独り立ちしてからの話で構わんさ。戦争も終わった事だし、これ以上身寄りのない子供は減る一方なのだからな」
ペリーヌが養育している子供達はネウロイの被害に遭い身寄りのなくなった子供達だ。ネウロイがいなくなったからと身寄りのない子供がこの世から完全になくなる訳ではないが、それでもその数は戦争中と比較して格段に減る事になる。今が一番忙しい時期である事は明らかだった。
「そうですね。ですがルーデルさんには悪いのですが、私登山にはあまり興味がありませんの。子供達が独り立ちした後はガーデニングでもしながらゆっくりと過ごそうと思っていますわ」
軍という特殊な環境で過ごした事と、祖国の喪失と言う不幸な出来事などから、特にガリア失陥直後などはその性格は随分と棘のあるものになってしまったが、本来のペリーヌはアウトドアよりもインドア派の少女だ。アウトドア派のルーデルとは趣味の方向性が違った。
「クロステルマン、ガーデニングは子供達ほど目が離せない存在じゃないだろう。ほんの一週間くらいならビショップかプランシャールあたりに任せても問題ないはずだ」
「それはそうですが……」
屋敷の庭は広い。全てを一人で管理する事などできるはずもなく、ペリーヌが幼い頃の屋敷でも庭には専門の庭師がいた。
庭の片隅でガーデニングをするのであれば、ペリーヌが屋敷を離れる時は庭師に世話を任せる事も選択肢としては考えられた。
「いや、そもそも冬に登山すれば草花の事は気にする必要がない。殆どの草花は冬には咲かないのだからな」
「そんな危険な時期に登山をして怪我でもしたらどうするんですか」
「問題ない。二人いればどちらかが怪我をしても、無事な方が抱えて戻ればいいんだからな」
ペリーヌも一緒に登山する前提で話すルーデルに思わずため息が出た。
「私はまだ了承していませんわよ」
「聞かずともわかる。クロステルマンならなんだかんだ最後は着いてくる」
「……そんなに登山をしたければニールマンさんを誘えばいいんじゃありません事?」
ルーデルが信頼を寄せる元バディの名前を出すと、彼女は小さく笑った。
「誘えば着いてくるだろうが、アイツは記者の仕事にやりがいを持っている。アイツがやりたい事を邪魔したくはない」
「私だってやりたい事の一つや二つありますわ」
「ガーデニングが心の底からやりたい事か? 本当にそうならどうしていまそれをしない。本当にやりたい事なら多少し忙しくても時間を作ってやっているはずだ」
ルーデルの意見は極端なもののように思えたが、事実としてガーデニングはペリーヌが心の底からやりたい事ではなく、あくまでも趣味として空き時間にやりたい事でしかなかった。当分は子供達の世話が何を差し置いてもやりたい事だが、その後に何をやるのか将来の事は何も思いついていなかった。
「ここは一つ、私は今お前のやりたい事に協力している。なら将来において私のやりたい事に協力してくれてもいいんじゃないか?」
「……人の屋敷に押しかけておいて随分と勝手な言い分ですわね」
ルーデルの助力は助かっているが、それはペリーヌから求めた事ではない。勝手直しかけておいて随分と都合のいい話だと思わないでもないが、それも意外と悪くないかもしれないとペリーヌは思った。
「よろしいですわ。何年後になるかわかりませんが、貴女の登山に同行させてもらいます」
「そうか! なら早速訓練に行くぞクロステルマン!!」
「ちょ、ちょっと待ってくださいまし!!」
笑みを浮かべたペリーヌの手を取ったが、それをペリーヌは慌てた様子で引き留めた。
「この格好で訓練などできませんわ! せめて着替えるさせてくれません事!?」
パジャマ姿で慌てるペリーヌに流石のルーデルも反省した様子を見せ、素直に謝罪するのだった。
ウィッチーズがストライカーユニットに積載できる量ってどんなものなんでしょうね。
大きさの割に馬力がありそうですけど、そもそも積載する部分がウィッチ本人である以上物理的に持てる重さに限りがありそうですし、カタログスペックに対して実際のスペックが大幅に劣るとかありそうですね。バルクホルンみたいな馬鹿力なら話は別ですが。