エイラがヘルシンキに帰還するのは随分と久しぶりのことだった。オラーシャ領への侵攻以降、首都を離れペテルブルク奪取後はそこを拠点として利用していたためだ。大統領選の最中も前線から離れるわけにはいかず、結局スオムスの戦争が完全に落ち着いた大統領選後のタイミングになるまでヘルシンキに戻る事が出来ずにいた。
「はぁ」
ヘルシンキに到着し、大統領就任演説やその他行事をこなしたエイラはこれから住居となる大統領官邸ではなく、郊外にある自宅に向かっていた。その車の中で何度目かも分からないため息を吐いた。
「いい加減覚悟を決めたらどうですか。忙しい事にかまけてオラーシャに侵攻した直後に話した以降、一度も会ってなかったのはエイラさんでしょう」
「そうなんだけどさぁ」
サーニャからは度々手紙が届いていた。殆どは近況報告だったが、それに混じって時折故郷を懐かしむ言葉が綴られていた。
「最近の手紙はなんだか凄く楽しそうな様子だったけど、それってほら、なんか逆に怖くないか?」
「あー、確かに私もラル隊長があちこちで悪事をやらかした時は、むしろこの後どんな報復をするか楽しみで仕方なかったですね」
「ラルの奴、そんなに酷い事をしてたのか?」
「……そう言えばエイラさんには報告してませんでしたね」
サーシャの口から出た言葉にエイラは嫌な予感がした。
「ラル史上屈指の悪事を働いたのに揉み消したって事か?」
「そう言う事です。もう時効ですし、聞きますか?」
「家に着くまでの間まだ時間があるし、せっかくだから聞いとく」
恐怖と興味であれば、興味の方が勝った。連合軍でウィッチ隊の総司令官であった時ならともかく、今はラルの上司でもなんでもない。今更ラルの悪事を聞いてもエイラには何かする権限がない。
「あれは確かワルシャワ奪還作戦が始まる前、エイラさんがハルトマンさん達とスコア勝負をする事が決まった直後の事です」
「アイツわたしが忙しくなるタイミングでやらかそうとしたのかよ。抜け目がないな」
「ええ、本当に抜け目がありません。なんせエイラさんを総司令官から引き摺り下ろした上で、エイラさんとハルトマンさんとマルセイユさんとバルクホルンさんと宮藤さんを502に配属させようとしたんですから」
「ごめん理解できなかった。もう一回言ってくれないか?」
かつて部下だった人物が自分に反抗しようとしていた。そんな発言が飛び出しエイラは聞き間違いかと思いもう一度問い直した。
「ですから、エイラさんを引き摺り下ろした上でエイラさん、ハルトマンさん、マルセイユさん、バルクホルンさんの四名を502に配属しようとしたんですよ」
「……アイツは馬鹿なのか?」
ポツリと呟くと、サーシャは深々と頷いた。
「間違いなく馬鹿だと思います。それも無駄に仕事ができるタイプの馬鹿です。私が気がついた時にはエイラさん以外の転属に関する書類と、エイラさんの総司令官を辞すための書類一式が揃えられていましたから」
その言葉にエイラは思わず頭を抱えた。ラルに異常なまでの人材収集癖がある事は理解していたが、まさかエイラを引き摺り下ろしてまでそれをしようとするとは思っていなかった。
「統合戦闘航空団がまともに運用されるのはオラーシャで最後だろうと予想して、せっかくなら最高のメンバーを集めたいと思ったみたいですよ」
「他の面子に実力では劣る宮藤はどうして転属させようとしたんだ?」
宮藤はエースとしては上位に位置する実力だが、最強論争が巻き起こるようなエイラ達には劣る。
「ジョゼさん以上の回復魔法の使い手がほしかったみたいですね」
「確かに宮藤の回復魔法は世界最高峰だもんな。でもそれだとジョゼはお役御免って事か?」
「回復魔法の使い手を二人以上確保して、出撃する部隊と基地に常に一人の使い手がいる状態をキープするつもりだったみたいです」
「あー、なるほどな。高度な回復魔法を使える実力の高いウィッチは少ないもんな。たしか504のマルヴェッツィも使えたけど、重症を直す事は難しかったらしいしな」
ジョゼでさえ怪我を治す際には地震の体温が上がるというデメリットがある。宮藤のようにデメリットなしになんでも治せるというのは極めて稀な例だった。
「彼女も候補ではあったみたいで、書類を準備しようとしてましたね。どうせなら三人体制で休憩を挟みつつローテーションしようとか言ってました」
「やっぱりアイツ、クビにした方が良かったな」
「未遂で終わったんですし、そこまで後悔しなくても……」
呆れた様子で宥めるサーシャにエイラは鋭い視線を向けた。
「そもそもサーシャはなんで今更になってそれを言うんだよ! その時に言ってくれたらラルの奴に今までの鬱憤をぶつけられたのに!!」
「そう言われましても、当時の私はラル隊長直属の部下ですから。上司の不始末は外に出ないように内々に処理するのは部下の責務です」
「……そんなんだから戦闘隊長止まりだったんだぞ。もっと野心を持てよ」
負け惜しみのような一言に、サーシャは意地の悪い笑みを浮かべた。
「大丈夫です。私を評価してくれた人が、参謀総長にまで引き上げてくれたので」
サーシャの言葉にエイラは肩をすくめた。
「ちょっとは野心を持っておかないと、わたしが失脚したら道連れになるぞ」
今の所エイラは連戦連勝の軍人として国民から支持を集めている。だが政治的な失敗をすれば、それらは不支持に転落してもおかしくはない。スオムスでの後ろ盾がエイラだけしかいない状態よりは、多少の野心を持って活動しサーシャのスオムス国内での立場を盤石にする方が、今後スオムスで生活する上では間違いなく有利に働く。
「それは困りますね。オラーシャの内乱からスオムスに逃れてきたオラーシャウィッチ達の為にも、私の立場が危うくなるのは避けたいです」
サーシャの亡命以降、オラーシャからスオムスに逃れたウィッチは少なくない。それらのウィッチはエイラの加護の下にいるが、もしもエイラが失脚すればどのような処遇がなされるのか予想がつかない。
「そうだぞ。サーシャの立場が磐石なら、サーニャのスオムス国内での立場もある程度保証されるようになるからな。頑張って参謀総長としての信頼を集めてくれよな」
サーニャは開戦前からスオムスにいたが、その立場は他のオラーシャウィッチと変わらない。
「エイラさんがそう言うのなら、その地位を脅かすつもりでがんばります」
「その意気だぞ。今はカールスラントとオラーシャが内乱で不安定化して、両国からの亡命者が増えつつあるからな。前にも言ったけど、亡命先として安心できるって印象を与える意味でもサーシャには頑張ってもらいたいんだ」
「そう言えば言ってましたね。確か総参謀長に任命すると言われた時でしたね」
「あの時はあくまでも政府の考えだったけど、今はわたしもそう思ってる。なにせサーシャの立場が盤石になれば、その分だけ有望な亡命者が高い地位に就く事に繋がるからな。それは結局スオムスの発展に繋がる事だ」
当時は政府の考えだったが、今でもはエイラも同じ気持ちだった。アインシュタインと言う偉大な物理学者が大勢の天才を引き連れ亡命し、研究分野での人材は一気に潤った。
優秀な亡命者が亡命してくるのを実際に目の当たりにすると、軍事技術などの面でも優秀な技術者が亡命してくる事を期待したくなる。
「亡命者達の成果が実際の形となって現れるのは何年も先でしょうけどね」
「それでもいいさ。亡命者達の役割は今のスオムスをよくする事じゃなくて、将来のスオムスの発展に寄与する事だからな」
「その時にエイラさんが大統領だとは限りませんよ。それでもいいんですか?」
エイラが大統領でなければ、亡命者達の協力による成果はその時の大統領なものになる。将来の大統領の為に、戦後という一番重要な時期の貴重な時間と労力を使っていいのかサーシャには分からなかった。
「別に構わないよ。ネウロイとの戦争だってそうだった。その場限りの平和なら大陸にネウロイを閉じ込めて戦線の維持だけをしてたらいいのに、それをしなかったのは人類の未来のためだ。結局のところ、人は今のために何かをするのではなく、何者かの未来のために行動をするんだよ」
それはエイラにとっては何気ない言葉だったのかもしれないが、サーシャの心の中には深く刻み込まれる事となった。
ちょうどその時、エイラの家が見えはじめ門の前に一人の女性が立っているのが見えた。
「あら、あそこに立っているのはサーニャさんじゃないですか?」
魔法力の根源ってなんでしょうね。体内のどこかで作られるとして、そのエネルギー源はなんなのか。ウィッチは別に必ずしも大食漢ってわけではないですし、となると空気?それとも霞でも食ってるんですかね。