「ねぇエイラ。スオムスは平和になったけど、オラーシャやカールスラント、ガリアはまだ内戦状態よね。カールスラントにはハルトマンさん達がいるし、ガリアにはペリーヌさんがいるわ。わたしみたいにみんなもスオムスに避難させられないの?」
「それは難しいと思いますよ。クロステルマンさんはガリアの要人ですし、カールスラントはこの間のアインシュタイン博士亡命以来、国境警備と出入国管理を厳重にして人材の流出を防ごうとしています」
サーニャの質問に答えたのはサーシャだった。サーシャ自身、ラルやロスマン、クルピンスキーと言ったかつての仲間を亡命させる事を考えた事がある。だがアインシュタイン亡命以降、カールスラントは更なる人材の流出を懸念し監視を強化した。これはスオムスが積極的に海外の人材を登用する姿勢を見せた事も影響していた。
「サーシャの言う通りだな。スオムスとカールスラントは、公式には戦争状態になかったとはいえ、武力衝突があった。これまで類を見ないくらい両国の関係は悪化してるからな」
スオムス側公式記録においてカールスラントのリバウ侵攻は国境侵犯、カールスラント側は大規模軍事演習と記録されている。
「それでもカールスラントから亡命してくる奴はいるけど、スオムスが手引きしてっていうのはいない。それをするとカールスラントとの本格的な戦争に発展しかねないからな」
「カールスラントとしても本意ではないでしょうが、多少苦しくとも圧力をかける事を選ぶでしょうね。そんな事を許してスオムスが増長するよりはよっぽどマシですから」
ノイエ・カールスラントの反乱はいまだに鎮圧されていない。それはあわよくばリバウを奪い取ろうと言う欲と、スオムスに対する警戒から必要以上にノイエ・カールスラントに戦力を送れないという事情があった。
「今のスオムスは大統領選が終わって連邦国家になった。元々バラバラな国と地域が合体して一つの国を作るんだから、問題は山積みだ。国内の安定の為に内政に注力する必要がある」
「結果的にカールスラントとしては軍事力を国外に対して振りかざす可能性が低いスオムスよりも、目下の脅威であるノイエ・カールスラントの対処に戦力を割ける事になります」
カールスラントが本気で注力すればノイエ・カールスラントの反乱は簡単に鎮圧される。それが二人の共通見解だったが、サーニャの見解は少し違った。
「本当にそうなの? ノイエ・カールスラントってものすごく広くて、カールスラント本国から距離も離れているわ。東海岸側に主要な都市は集まっているけど、中央から西海岸も全く都市がない訳じゃないわ。戦線が広がるにつれてカールスラントの補給に支障が出るんじゃないかしら」
「その時はノイエ・カールスラントの施設を使えばいいだろ。反乱を起こしたとはいえ元はカールスラント。武器弾薬の規格は一緒だしなんの問題もないはずだ」
「反乱を起こしたのよ。カールスラント本国から再占領されたからといって、大人しく物資を提供するとは思えないわ」
「……確かにサーニャさんの言う通りかもしれませんね。カールスラント本国に不満があるから反乱を起こしたのに、武力で鎮圧されたからと言って大人しく従うとは思えません」
武力による鎮圧が、すなわち反乱の終結に繋がる訳ではない。結局のところ武力とは自分の主張を押し倒すための手段であり、相手を納得させる為の手段ではないからだ。
「それにスオムスが内政に注力するからと言って、カールスラントがスオムスに対する警戒を緩めるとは思えないわ」
「どうしてだよ。なんならスオムスは動員を解除して軍縮するつもりでさえあるんだぞ。警戒する理由がないじゃないか」
「何を言ってるのよ。スオムスは散々いろんな国に侵攻してきたじゃない。それなのに内政に注力するからって理由で警戒しなくていい事にはならないわ。その気になれば総動員だって半年あればできるのに」
いまだ部外者意識のあるサーニャと違い、エイラもサーシャもスオムス側の人間だ。その視点はあくまでもスオムス視点での考えになってしまう。スオムスからすれば安全だというアピールも、周りの国々からすれば簡単に警戒を解く要因にはなり得ない。
「カールスラントは国境の部隊を多少縮小するかもしれないけど、きっとエイラ達が期待するほどは縮小しないわ」
「スオムスってそんなに危ない国に見えるか?」
「どう見ても危ない国じゃない。攻め込まれたとは言え戦争に勝ってバルトランドを併合して、オラーシャに侵攻してペテルブルクやリバウを含む広大なオラーシャ領土を手に入れた。客観的に見てこんなに怖い国はないわ」
そしてこれらの戦果が同じ司令官の指導により得られたものである事も、カールスラントが警戒を解けなくなる一因だった。これはエイラの実力が高い事の証左であり、スオムスで着実に若い目が育っている証拠であった。
「そっか。サーニャの方がスオムスを客観的に見れるだろうし、多分それが外から見たスオムスの姿なんだろうな」
納得できた訳ではないが、自分が完璧でない事をエイラは知っている。自分が思っている事と違うからと言ってその意見を受け入れないと言う愚かな選択をするような事はしなかった。
「となると次に平穏が訪れるのはガリアになるんでしょうか」
「ガリアか。ペリーヌとルーデルが上手くやってるみたいだけど、どうだろうな。アイツらの所に大量のウィッチが集まってるから上手くやらないとガリア政府が過剰反応するんじゃないかな」
ガリアウィッチからの絶大な支持を集めたペリーヌは、文官の身分でありながらウィッチ隊を直接指揮している。共和国家においては極めて異例な事態であり、共和国首脳部からすればその武力を元にして独裁者になるつもりではないかと警戒感を持つのも無理からぬ事だった。
「過剰な反応ってどんな反応をするの?」
「警察を使って逮捕するか、一番過激なのは暗殺とかだな」
「暗殺!? そんな危ないならペリーヌさんを早くスオムスに呼ぶべきよ!」
あまりの驚きにサーニャの口からそんな言葉が飛び出したが、エイラは落ち着いた様子だった。
「ペリーヌだけならともかく、ルーデルもいるんだ。簡単に暗殺なんてれないだろ。それに現状ガリアの反乱を鎮圧するのには二人の力が必要不可欠だからな。そう簡単に短絡的な手段に打って出る事はできないだろうな」
エイラの言葉にサーニャはほっと息をはいた。
「だとしてもクロステルマンさんの状況がよくない事には変わりません。何か手を打った方が良いのではないでしょうか」
「うーん、別に手を打つ必要はないと思うけどなぁ」
「ペリーヌさんがどうなってもいいって言うの?」
薄情な言葉を発してエイラをサーニャは睨みつけた。
「そう言う訳じゃなくて、ペリーヌならこのくらい予想できてると思うんだよな。短期だけど頭はいいから多分、何か手を打った上での行動なんじゃないかな」
エイラの中でペリーヌの評価は高い。ウィッチとしてはエイラの方が実力は圧倒的に上だが、ガリア復興の為に駆け回った行動力とその為に自らを犠牲にする事を厭わない自己犠牲の精神は誰もが持ち得るものではない。
「仮に何も考えずに行動していたとしても、ガリアの復興はアイツの力があったからこそ、こんなにも早かったんだ。もしも無理やり排除しようものなら市民が許さないだろうな」
「もしもガリア政府が不当に逮捕しようものなら市民が敵に回る。暗殺はウィッチという時点で困難ですから、結局のところクロステルマンさんは安全と。そう言いたいのですか?」
「そうだな。だから今のところスオムスが積極的に亡命を支援するのはオラーシャだ。あそこまで国が荒れてたらむしろ積極的に人材を外に出して、内乱後の復興に備えたいくらいだろうからな」
オラーシャの内乱は深刻だった。最終的には政府が勝つ可能性が高いが、油断地帯や大都市などが内乱の中心地になってしまっている関係から、鎮圧後の国力が大幅に落ちている事は想像に難くない。
鎮圧後を見据えた人材保護がオラーシャ政府の課題の一つであろうとエイラは予想していた。
「一応友好国のスオムスは人材の避難先としては有力な候補だ。領土も譲ってくれたし、鎮圧後に協力要請がきたら全面的に受け入れるつもりだ」
もっとも、それはあくまでもエイラの予想でしかない。実際のオラーシャが意外と苦戦していれば、人材保護など考える余地はない。だがそんな不安を煽るような事を口に出す事はなかった。
後書き思いつかないなぁ