戦時には官僚らしからぬ速さを見せる軍官僚も、平時では官僚らしくお役所仕事とを遅々とこなす事が多い。だがなぜか今回に限ってはリベリオン側の迅速な仕事により、合意から一月と経たずにウィッチがスオムスへと派遣される事が決定した。
「早い事は良い事ですが、こうも早いとかえって不気味ですね」
「スオムスとの交流を急ぎたい理由があったんじゃないか。それが何かは知らないけどな」
「だとしてもです。平時の軍隊は無駄に金を消費するだけのお荷物です。ある程度向こうで調整を終えた後だったとしても、こんなにも早く他国に軍を派遣することの許可が降りるとは思えません」
スオムス軍の実質的な最高指揮官はエイラだ。大統領であり、文官ではあるが特別法のお陰で元帥号を維持したままでその職についている。非常時には最高指揮官として辣腕を振るう事が可能な体制となっている。
だか今現在、スオムス軍の最高指揮官として統括しているのは参謀総長であるサーシャだった。その職務を遂行するにあたり、サーシャは軍を動かすために莫大な金がかかる事を身をもって体感していた。
「予算を組むようになって考え方が消極的になったな。軍人ってのはたとえ平時だろうとそれが必要だと思えばどんな手段を使ってでも実行に移すだろ」
「それはそうですが、だからと言って平時にこれほどのスピード感をもって行えるものだとは思えません」
サーシャの言葉に、エイラはそれもそうだと納得した。有事であれば官僚を説得するのは簡単だが、平時は違う。いくら軍人が必要だと思っても、官僚を説得するのは至難だ。様々な手段で自分の主張を通そうとするが、それが通るのはかなり先になったの事だ。
「もしかしたらリベリオンは今、平時じゃなくて有事と言う認識なんじゃないか?」
「有事ですか。ですがリベリオンは戦時体制ではありませんし、どこかと激しく揉めているわけでもありません」
「だけど真下では内乱が起きてる。オラーシャの内乱は開始当初の時点でスオムスにも多少の影響があった。大国だからって近隣の大国の反乱の影響が全くないとは言えないだろ。いや、もしかしたら影響はわたし達の思う以上に大きなものなのかもしれない」
オラーシャの内乱に介入するきっかけの一つは、ペテルブルク臨時政府のスオムスに対する爆弾投下だった。リベリオンでも似たような事が起きているのであれば、こうも早く部隊をスオムスに送り込んできた説明もつくとエイラは考えた。
「民間人が戦火から逃れるために不法入国したり、士気の乱れた軍隊が偶然越境してきたり、色々と可能性はある。少なくともリベリオン南部の国境地帯は平時と言えない状態の可能性がある」
「その推測を裏付けるには諜報網をリベリオン南部に配置し直す必要がありすが、どうしますか?」
スオムスにも独自の諜報網はあるが、他の大国と比べると小さなものだ。大国であれば最低限の情報は収集できるが、地方の事にまで手を伸ばせるほど規模の大きなものではなかった。
「そんなに重要な問題でもないし、ブリタニアから仕入れる方がまだマシだな」
「信用できますか?」
ブリタニアから情報を入手する事は、連邦となる前から行われてきた事だ。しかしその情報には多少なりともブリタニアの手が加えられ、完全に信用できるものではなかった。
「まぁ、参考資料程度にはなるだろ。ブリタニア大使に情報を入手するよう伝えるよ」
「お願いします。なるべく早く結果を知らせてくれるとありがたいです」
エイラの想像以上に深刻そうな顔で頼むサーシャに、エイラ胸にでも言われぬ不安が過った。
「何か懸念があるのなら言っていいんだぞ」
「別に懸念と言うほどのことではないのですが……」
「サーシャ。わたし達はお互いにこのスオムス国内において政治的にも軍事的にも信頼し合える唯一の相手の筈だ。例えそれがどんなに些細なことだったとしても、共有した方がいい」
信頼できると言う点では、エイラにはニパやハッセと言ったスオムスウィッチやサーニャがいる。しかし政治と軍事の両面においてとなればお互いが唯一の相手だった。
「本当に根拠何もない、ただの妄想みたいなものですよ」
エイラの言葉に、サーシャは一度大きく息を吐くと言った。
「構わない。今のリベリオン南部の話だって、現状は妄想の域を出ない話だしな」
裏付けができていない以上はただの妄想でしかない。そう断じるエイラにサーシャは小さな笑みを浮かべた。
「確かにそうですね」
「だろ? だからサーシャの懸念を教えてくれよ」
「分かりました。懸念、と言うほどではないんですがいくらリベリオンでもスオムスみたいな国との軍事交流だけが目的でこんなにも早く手筈を整えるのかと思ったんです」
スオムスは国家が成立してから日が浅い。国内の安定にはまだ不安があり、周辺国も荒れていて貴重なウィッチを派遣するにはあまりにもリスクが高い。実際、スオムスの貿易は以前と比べて割高となっていて他国から見てスオムスは危険な国という認識である事は明らかだった。
「他に目的があるってか。と言っても、スオムスには軍事以外に誇れるものなんて何もないぞ」
「他にも一つだけあるじゃないですか」
「そんなもの……まさかわたしか?」
そんなものはない。キッパリと言い切りそうになったが、だだ一つだけ、スオムスが世界一であると言えるモノがあった。
「そうです。今現在は間違いなくエイラさんは世界一のウィッチです。エイラさんの命か、それとも技術が欲しいのかは分かりませんが、リベリオンが狙うとしたらそこでしょう」
「いや、そういう事ならわたしだけとは限らないぞ。サーシャだって高い実力を持っている。わたしが無理となったらサーシャや、下手をすると他のスオムスウィッチが狙われる可能性だってある」
そう言った後、エイラはふと我に帰ったように首を横に振った。
「いや、それはないか。そもそもわたしやサーシャを狙うならともかく、他のウィッチは狙っても旨みがないな」
「そうですね。そしてこの話最大の問題は、私達二人を狙っても、 リベリオンにリスクに見合ったリターンが得られるとは思えない事ですね」
「そうだな。仮に暗殺なり拉致なりしても、その後のスオムスと国際社会からの追及は想像を絶するものになる。特に最近リベリオンとの関係が悪化しつつある扶桑なんかは嬉々として利用するだろうな」
扶桑とリベリオンは太平洋の覇権を巡って経済的に争っている。軍事衝突こそ起きていないが、何か一つ間違えば軍事的な衝突に発展しかねないというのが大方の予想だった。
「となると益々分かりません。今更ですが本当に受け入れてよかったのか、自信が持てなくなります」
「サーシャのせいでわたしも自信がなくなったよ。けど受け入れてしまったのは仕方がない」
「今更断るわけにもいきませんしね」
そう言って二人はため息を吐いた。
「思えばウィッチ隊の交流からしておかしな話でした。エイラさんの技術が欲しいのであれば、ベテランウィッチを数人送ればいいだけなのに部隊単位だなんて」
「まったくだ。わたしの技術が欲しいのなら、何も数十人規模で来る必要はない。数人で十分だ。なのにストライカーの技術に目が眩んでその不自然さに気が付かなかった」
「警戒を厳重にします。ウィッチに暗殺者やそれに類する者が混ざり込んでいるとは考えたくありませんが、用心するに越した事はありません」
他国とはいえウィッチ相手に警戒するなど、かつてであれば考えもしなかった。しかし現在は人が、ウィッチが人を殺す時代だ。最悪を想定しなければならない。
「分かった。気は乗らないけど仕方がない。リベリオンには国内が不安だからって理由で警護を増やすって伝えておくよ」
ネタ切れ〜