ベルリンにて
ベルリン郊外にあるオシャレなカフェでは、ミーナとハルトマンが深刻そうな表情で顔を突き合わせていた。
「まさかトゥルーデがノイエ・カールスラントに行く事になるなんて……」
「せめて私達には事前に言ってくれればいいのに、何も言わないで言っちゃったね」
「軍務である以上、止める事はできないにしてもせめて行く前に一度顔を見せて欲しかったわね」
バルクホルンがノイエ・カールスラントに向かう事を知ったのは、彼女から手紙が届いたからだった。その時にはバルクホルンはもうノイエ・カールスラントに向かう船の上で、会うことすらままならない状況だった。
「やっぱり戦闘をしに行くのかな」
「ノイエ・カールスラントの内乱はウィッチを除く通常兵力だけで鎮圧できそうな状態だし、それはないんじゃないかしら。それにもしもトゥルーデに実戦をさせるのであれば、軍はそれを大々的に報じたはずよ。一線を退いたとはいえ、カールスラントの英雄の一人が再び空に戻るとなれば軍の広報からすれば利用しない手はないもの」
「そうだね。だとしたらこのタイミングでトゥルーデがノイエ・カールスラントに行く理由って何なんだろう」
鎮圧目前とされるノイエ・カールスラントの反乱に、今更ウィッチの力が必要だとは考えにくかった。
「トゥルーデは戦闘以外は人並みでしかないから、もし他の目的なら適任がいたはずよね」
「人並みって事はないと思うけどなぁ。そりゃあミーナとかエイラ、ラルと比べたら人並みかもしれないけど、ウィッチとして考えたら十分他の軍務もできると思うよ。今回の場合、特筆して戦闘能力が高いからこそトゥルーデがノイエ・カールスラントに派遣されたんじゃないかな」
鎮圧されつつあると言っても、前線ではまだまだ苛烈な抵抗が続いている。広報でも一部の住民は武器を隠し持ち、ゲリラ戦を展開している為ノイエ・カールスラント全土が未だに危険地帯として民間人の渡航は制限されていた。
今の所軍の被害者に将官はいないが、軍の中ではノイエ・カールスラントへ派遣される事に対して忌避感が高まっていた。
「トゥルーデは一対一なら絶対に負けはないし、たとえ大人数でもそう簡単には負けない。不意打ちされない限りは生き延びられるから、余程専門性のある事以外ではトゥルーデほどの適任はいないよ」
「だとしたら、命令者は一体誰なのかしら。グンドュラやガランド中将が半引退しているトゥルーデを戦場に引っ張り出すとは思えないわ」
「それはラル達を買い被りすぎてると思うよ」
ミーナの見解にハルトマンは意を示した。以前、バルクホルンがバルトランドに赴こうとした際はミーナ達を呼んで全力で押し留め、バルトランドにさらなる増援を送ろうとした上層部を止めたのは紛れもなくこの二人だ。その二人がバルクホルンを戦場に送るという選択肢を取るとはミーナには思えなかった。
「と言うより、その考えはトゥルーデに甘すぎるしラル達を甘く見過ぎてるよ」
「どう言うことかしら」
「ラル達が一番守りたいのは現役のウィッチであって同年代のウィッチじゃないはずだよ」
ウィッチと言う名の少年兵を守る為に、ラル達は軍内部でウィッチ制度の改革を進めている。今現在はスオムス同様、ウィッチを一つの軍として分離させる事を目指しているが、中々進んでいないのが現状だった。
「その現役ウィッチを守る為に、トゥルーデには守られる側じゃなくて守る側でいて欲しいはずなんだ。だからきっと、今回ノイエ・カールスラントにトゥルーデが行ったのはラル達を助ける為だよ」
「助けると言っても、ノイエ・カールスラントではウィッチの戦闘行動は確認されていないわ」
「そうだね。幸運な事にオラーシャと違って同じ国に所属するウィッチ同士が相打つような事にはなってないね」
オラーシャは軍からも反乱者が出たこともあり、ウィッチが反乱軍にも参加している事が確認されている。対してノイエ・カールスラントの反乱は民間、もっと言うならノイエ・カールスラントに権益のある新興企業が中心となって起こしたものだった。
それらの新興企業は軍事産業ではなく農業や鉱業、林業といった一次産業が多くそれらの産業はウィッチとの関わりが薄い傾向にあった。その為、カールスラントはウィッチ同士が戦闘を行うような事態にはなっていなかった。
「ガリア同様、ウィッチ隊のトップにはウィッチであるガランド中将が就いているから、仮に反乱軍にウィッチがいても直接の戦闘は避けるんじゃないかしら」
隣国ガリアの内乱では両軍共にウィッチが戦闘に投入されているが、政府側はペリーヌの指揮下に自主的に集まり実質的なウィッチ隊のトップとなっていた。
南部ガリア軍にしても、ガリア最高のウィッチであるペリーヌと戦闘になる事を恐れて戦闘を避ける、或いは政府側に寝返るウィッチが続出していた。その為ガリアの反乱では両軍がウィッチを戦闘に用いながらウィッチ同士の戦闘が起きないと言う珍しい状況が出来上がっていた。
「ガリアは特殊すぎるよ。あれはペリーヌがガリアのウィッチから尊敬されているからこそ起きているんだよ。トゥルーデも勿論尊敬されているだろうけど、それはペリーヌとはまた違った尊敬のされ方だ」
「クロステルマンさんは慕われるって感じだけど、トゥルーデは畏れられる感じだものね。本人の性格と戦歴的に仕方がないのかもしれないけど、トゥルーデの場合は名を上げる為なんて理由でウィッチから狙われかねないわね」
ペリーヌも高名なエースではあるが、その人柄からガリアウィッチから慕われている。対してバルクホルンはと言うと、自分にも他者にも厳しいバルクホルンはペリーヌのように慕われる事は少ない。かといって嫌われている訳ではないが、御礼参りをしたいと思うウィッチがいなくもないと言うのがバルクホルンだった。
「トゥルーデを倒すのがウィッチならカールスラントウィッチの士気が下がるかもしれないけど、ゲリラに殺されたなんてなれば逆にカールスラント軍ウィッチが怒り狂ってノイエ・カールスラントに押し寄せかねないけどね」
「そうね。トゥルーデは厳しく指導するけど、着実に生徒を強くしているわ。現場からは教官としての評判はかなりいいみたいだし、生徒側も憎まれ口を叩いても心底嫌ってる感じじゃないみたいね」
「トゥルーデらしいよね。不器用というか何というか」
バルクホルンが鍛えたウィッチは、他のウィッチが鍛えたウィッチよりも腕がいいと評判だった。
生徒側からも、厳しくはあるが確実に実力をつけられる教官としてバルクホルンの名前が上がっている。もっとも、その厳しさから裏では鬼だ何だの言うが、冗談混じりの悪口が多かった。
「クラスに対する優しさを少しでも分けてあげれば、ペリーヌみたいに慕われると思うんだけどね」
「それができるのであれば、エーリカの部屋は綺麗に片付いていたでしょうね」
「そんなのトゥルーデじゃないよ」
眉根に皺を寄せて否定するハルトマンに、ミーナは小さく笑った。
「そうね、私もそう思うわ。きっとトゥルーデの生徒も同じ気持ちじゃないかしら」
「……そうかもね」
不本意そうな表情でコーヒーを一口口に含むと、ハルトマンはふと思い出したように口を開いた。
「そういえば反乱軍側にウィッチって本当にいないのかな」
「ウィッチによる戦闘行動は確認されていないんだからいないに決まってるじゃない」
「そうかな。ウィッチの中にはきっとノイエ・カールスラントに家族の生活基盤のある子もいると思うよ。なら反乱軍側に加担するウィッチがいても不思議じゃないと思うんだよね」
「カールスラントのウィッチは陸軍、空軍合わせて二千人くらい。確かにそれだけの数がいればノイエ・カールスラントと関係の深いウィッチが居てもおかしくないわね」
ノイエ・カールスラントの反乱軍には殆ど軍人は参加していないが、全くいない訳ではない。離反者が全くいないと言うのもおかしな話だった。
「仮にウィッチが敵に回ったとしても、数人なら今のトゥルーデでもどうにかなるわ。相手がエースでもない限り、トゥルーデが負けるはずないもの」
いつだったか後書きか活動報告で何かで人口あたりのウィッチの数を求めたのを思い出しながら、カールスラントのウィッチの数を書きました。