咳ってすごいですね。あれするだけで二十キロくらいの負担が体にかかるそうですよ。
「オラーシャも参加か」
新型ストライカーユニットのテスト場で、シャーリーはその報告を受け取る事になった。新記録を目指して気合いを入れていた矢先の報告に、シャーリーの気分は落ち込んだ。
「いよいよ大規模な軍事同盟となってきたな。何か対策を考えなければ、いかにリベリオンが強大だとしても対抗しきれない」
そう言ったのは、同じテストパイロットで元506統合戦闘航空団B部隊副隊長、マリアン・E・カールだった。
「そんなに警戒する必要はないと思うけどな。軍事同盟と言っても、ウィッチに関する事だけだし、何より今のトップはエイラだ。アイツがいる限りは大丈夫だろ」
「それはつまりユーティライネンに何かあれば、全てが変わる危険を孕んでいるという事だ。楽観的な考えでは困るな」
「相変わらずマリアンは真面目だな。そう言うのはエイラの奴に何かあった時に考えれば良いんだよ」
シャーリーは呆れた様子で苦笑いを浮かべた。
「ウィッチは不死身であない。あのユーティライネンとて同じだ」
「そうかもな。けど私にはアイツが寿命以外で死ぬ姿が思いつかないんだよ」
「否定はしない。あの固有魔法がある限り、戦場で倒れる事まず無い。暗殺のような突然の奇襲も、よほど懐に入り込まれない限りはウィッチであるから対応可能だ」
カールもエイラが突然いなくなってしまうなどとは思っていない。だがそう思われていながら、突然姿を消したウィッチは戦時中いくらでもいた。
「だがそんな強力なウィッチであっても、気がつけばいなくなるのが戦場だ」
「おいおい、今は戦時中じゃないぞ」
「政治というのは、ある種戦争のようなものだそうだ。政争、と言う言葉もあるくらいだしな。何かの拍子で命を失うかもしれない。個人の信用だけで、大きな組織全てを信用するのは、あまりにも軽率だ」
「……そうかもしれないな。だけど、エイラはこれまで多くのことを成し遂げてきた、歴史上最も偉大なウィッチの一人だ。少しぐらい期待しても良いだろ」
シャーリーもカールも、エイラが強力なウィッチである事に異論はない。スオムスがあれほどまでに力を持ったことの一因に、エイラの持つ個人の武力がある事は明らかだ。エイラがいる限り、件の機関もスオムスも安泰だ。
「我々の反対陣営にいなければ、いくらでも期待したさ」
カールの言葉に、シャーリーは大きくため息を吐いた。
「そうだな。味方であれば心強かったけど、スオムスは味方じゃない。欧州がまとまらず、バラバラなら機関の目的は欧州国に対する軍事同盟の範疇だった。けど欧州がまとまるとなれば、目的は欧州の外の国に対する軍事同盟だ」
「せめて最初に手を組むのがカールスラントでなければ、と思ってしまうな」
「私もマリアンもエイラとは肩を並べて戦ったからな。アイツの実力はよく分かってる。味方にいてあれほど心強いウィッチはいない」
シャーリーの言葉にマリアンは頷いた。ウィッチとしても、現場指揮官としても、司令官としてもエイラは最高水準にあった。もしもリベリオンにエイラがいれば、リベリオンにも魔導軍が設立されていただろう。
「だからこそ敵に回った厄介さもよく理解できる。アイツ相手にジェットストライカーの速度は無力。かと言ってレシプロストライカーで戦っても傷一つつけることができない。数で押し潰そうにもあの固有魔法なら、事前に察知して戦闘を避けることが可能だ」
「違いない。エイラを倒すには地上しかないけど、それはエイラも良く分かっている。だからこそ、地上での護衛は万全にするはずだ」
シャーリーの言葉に、カールは頷いた。
「このまま欧州が一つにまとまるなら、リベリオン、扶桑に続く第三陣営として世界に君臨する事になるだろうな」
「そのトップがエイラか。政治的な実力はともかく、倫理観は誰よりも持っているはずだ。建前かもしれないけど、ウィッチの保護を謳っているんだから多分戦争をしようとはしないだろ」
「それはどうだろうな。スオムスはつい最近まで戦争をしていた国だ。そしてその指揮官はユーティライネンだ。時が経ち、あの人が交戦的な性格となり戦争を主導した可能性は十分ある」
カールの言葉にシャーリーは反論しようと口を開いたが、結局何も言わずに口を閉じた。
その様子に、カールは慌てた様子で弁明した。
「私自身、あの人が戦争を主導したとは思っていない。だがおそらく上層部は違う。なんなら、ユーティライネンがスオムスのトップになった事も、前大統領から奪ったと考えているかもしれない」
「それは所謂都市伝説みたいなもので、完全なデマだろ」
それはリベリオン内でまことしやかに囁かれている、スオムスの陰謀論の一つだった。ただのウィッチが突然スオムスの大統領になるなどあり得ない。武力で前大統領を脅し、選挙を強行させて不正選挙で大統領になった。そんな噂話だった。
「私もそう思う。だけどリベリオン国民の中にはそれを信じるものがいるのは、残念な事だ。そしてリベリオンが民主主義国家である以上、国民の民意はおろそかにできない」
「まさかそんな根も葉もない噂話でスオムスと戦争になるって言うのか?」
「私の元上官、プレディ准将曰くな」
元506部隊B部隊の隊長であるジーナ・プレディは陸軍航空隊所属のウィッチのトップだ。政府上層部との繋がりもあり、その発言はシャーリーの眉間に皺を寄せるに十分な言葉だった。
「政府が国民の人気欲しさに戦争を望むか。最悪だな」
「おそらくプレディ隊長やその他軍の高官は、意見を聞かれて諌めた。平時の軍隊は暇なくらいがいい。だが、軍も一枚岩ではない。非主流派が政府の意思に迎合しないとは限らないと隊長は言っていた」
「嫌な話だな。せっかくネウロイがいなくなって世界は平和になったのに、それもほんの数年で人同士の戦争により終わりを迎えるなんてな」
「全くだ。隊長には是非とも軍の主流派でいてもらいたいものだ。でなければ訓練中の未熟なウィッチがユーティライネンのスコアにされてしまう」
冗談混じりに告げるカールをシャーリーは睨みつけた。
「その冗談は面白くないな。未熟なウィッチには私の生徒も多い。たとえエイラが相手だろうと勝てるように指導するつもりだけど、だからと言って撃墜されると言う仮定話は面白くない。私に対してだけでなく、私の生徒に対する侮辱だ」
「すまない。軽率だった」
自分の発言が軽率であった事を、カールは素直に頭を深く下げて詫びた。
「いや、分かってくれたならいい。私も強く言いすぎた。戦闘になれば、かなりの高確率でエイラのスコアになる事はわかっているけど、それでも希望は持ちたかった。口にしてしまったら現実になる気がしたんだ」
思いの外深々と頭を下げられ、シャーリー自分が思っていた以上に怒りの感情を露わにしていた事に気がつき、謝罪した。
「いや、今のは私が悪かった。シャーリーが謝る事じゃない」
テストパイロットにかまけて生徒の指導が疎かになっているのではないか、などという口さがない者もいるが、概ねシャーリーの教官としての評価は高い。自身を交えた実践的な訓練を行う事で、訓練生たちの実力を大きく底上げする事に貢献している。
「それにシャーリーの生徒なら、あるいはユーティライネンを倒す事も可能かもしれないしな。スコアになると言ってしまったのは冗談とは言えあまりにも礼を失する言葉だった」
「そんなに褒めてくれるなよ。アイツらはまだまだヒヨッコ。私相手にすら勝てないんだからエイラに勝つなんて夢のまた夢だよ」
「そうか。だがまぁ、スオムスと戦争になる事は、隊長が上層部にいる限りはないだろう。あまり心配しすぎないほうがいいな」
カールの言葉にシャーリーはそうだなと頷いた。