1960年
女史は自身を語り手と定義したが、筆者は彼女も歴史の一部であり、時代を語る上で欠かせない人物であると考える。勝手ながら、大まかな経歴をこの場を借りて語らせてもらおうと思う。エイラ・イルマタル・ユーティライネン元帥が連邦の開祖であるのなら、女史は連邦興隆の祖である。
彼女と元帥の手で、バルトランドどころかペテルブルク、リバウ含む広大なオラーシャ領土までもが連邦に組み込まれる事になった。
幸か不幸か、ユーティライネン元帥は強大すぎた。彼女は存在するだけで国外どころか、国内の不穏分子でさえもが活動が非活性化する事になった。彼らの一部は、ユーティライネン元帥が国外に出る際には、一時的に活発な活動をする事はあった。だが大抵の場合警察組織の手で活動は阻止さた。それが困難な場合は、女史自らが部隊を率いて動乱を鎮圧した。
その不穏分子が、代替わりにより活動を活発化させるのは、ある種当然のことであった。だが彼らは活動を再開した途端、情け容赦なく消し飛ばされた。読者諸君はこの言葉を冗談と受け取るかもしれない。だがこれは事実なのだ。本来は罪に問えないくらいの証拠しかないものでさえ、刑罰を与えられた。それどころか、全く証拠のない人物が処刑されることさえあった。
しかしそれにより、連邦は本当の意味で一つとなった。女史の評価は未だに分かれるところがあるが、連邦興隆の祖である事は、万人が認めるところである。
「やっとリベリオンが保護機構への参加を表明しましたね」
「そうだな。ここまで長かったよ」
扶桑は今から六年前に参加を表明し、世界の主要な国で参加していないのはリベリオンと、伝統的にこう言った大きな組織には参加していないヘルウェティアだけになった。後進国でさえ多くの国々が参加し、保護機構はその理念を叶えつつあった。
「リベリオンの参加で、この機構はようやく目的を達成した。あとはどれだけこの機構を維持できるかの問題になるな」
「私達がいる間は、理念から大きく離れる事はないでしょう。問題は、戦争の悲惨さを知らない子たちが組織の中核になった時ですね」
「けどなサーシャ、その時にはまた新しい考え方があるはずだ。その世代に任せるのも一つの手だと思うぞ」
「そうかもしれませんね」
連邦建国時には慌ただしく、今を生き抜く為に殺伐とした会話の多かった二人にも、十年という長い時間で穏やかな会話が増えた。
「ベルリンで行われる終戦記念。流石に参加してくれますよね?」
「気は乗らないな」
「ですが、今年は終戦十周年です。盛大にしたいというのがカールスラント側の要望です。統合戦闘航空団所属者はできる限り集めるつもりのようですよ」
ネウロイとの戦争が終戦して以来、各国は何らかの式典を行っている。特に最後に司令部の置かれたベルリンは、終戦記念日に各国から用心を招いて祝っているが、節目の年である今回はより盛大なものにするつもりだった。
「て事はサーニャも呼ばれてるのか?」
「はい。サーニャさんは参加すると言っていましたよ」
「ニパとハッセは?」
「二人とも参加です」
ハッセもニパモ既に軍を引退している。ニパについては保護機構で働いているが、ハッセは民間人として働いている。
「ならサーシャが言ってくれよ。わたしとサーシャ、両方がスオムスから離れるわけにはいかないからな」
元々亡命者のサーシャは、今ではスオムスの重鎮の一人だった。大将の階級を与えられ、軍の最高指揮官となると同時に、政治面でもエイラの右腕として活躍している。エイラが国外に出る際は、サーシャが国内に睨みを効かせる体制が出来上がっていた。
「そう言うわけにはいきません。先方は是非ともエイラさんに来て欲しいと言っています」
「何とかならないか?」
「なりません。と言うか、いい加減バルクホルンさんと仲直りすべきです」
サーシャの言葉に、エイラは顔を背けた。
「別に喧嘩してるわけじゃないぞ」
「ですが気にはしていますよね。スオムスがカールスラントの義勇兵ウィッチを撃墜した件で、バルクホルンさんが激怒した事を」
「アイツだってわたしに会いたくないだろ」
「それは分かりませんよ。もしかしたら会いたくて仕方ないかもしれないじゃないですか」
「殺す為にか?」
自嘲するようにエイラは言った。
「馬鹿なこと言わないでください。バルクホルンさんがどんな人なのかは、わたしよりもエイラさんがよく知っているはずですよ」
「……そうだな」
サーシャの言葉にエイラは深々と椅子に腰掛け息を吐いた。
「では参加と言う事でいいですね?」
「分かったよ。参加する」
いかにも気乗りしないと言う様子であったが、エイラは渋々頷いた。
「それでは現在決まっている参加者について説明しますね」
「多いのか?」
「かなりの人数ですよ。不参加を表明している人を言う方が簡単なくらいです」
統合戦闘航空団は、歴代所属者全員合わせても百人に達するかどうかしかいない。誰もがエースと呼ばれるウィッチであり、いまだに表舞台で活躍している人物も多い。
「不参加は誰だ?」
「私以外でしたら現時点では、504のアンジェラさんが機構のヒスパニア支部長としての業務の関係から不参加。508のドロシー・ヴァイカーさんも諸事情で不参加。他にも何人か態度を保留している方がいますけど、現時点で八割ほどが参加を確定しているみたいですね」
「501は全員参加なのか?」
「はい。ガリアで巣を破壊した以降のメンバーは全員参加するみたいです」
エイラは直接の面識がないが、エイラ加入前に501部隊に参加していたウィッチもいる。それらについては現在態度を保留していた。
「懐かしいな。やっぱりサーシャも一緒にこないか? お前も502のメンバーと久しぶりに会いたいだろ」
「エイラさんの心遣いは嬉しいですが、いまだにスオムスには内憂があります。それらに睨みを効かせる為にも、どちらかはスオムスに留まらなければなりません」
「共産主義の連中か。わたし達が生きてる間は、フルシチョフの奴も軽挙しないと思うけどな」
「その点は同意します。ですが部下までもがそうとは限りません。彼は気が熟すのを待てても、血気に流行った連中が行動を起こすかもしれません。せっかく平和が訪れたんです。油断せずに万全の体制で臨みましょう」
ペテルブルク反乱軍の首魁、フルシチョフはエイラの元で大臣として辣腕を振るっている。彼の手で旧バルトランドとスオムス、ペテルブルクとリバウを繋ぐ直通の鉄道が整備され、スオムス全体を鉄道で行き来することが可能になった。
いまだに共産主義をスオムスに広めることを諦めていないが、それ以外では極めて有能な人物だった。
「アイツが共産主義を捨ててくれれば、内政面を全面的に任せても問題ないんだけどな」
「エイラさんは上手くやっていますよ。その証拠に、軍人としてではなく政治家としても評価されて任期は二期目に入ったじゃないですか」
連邦の大統領職は、一期六年1951年から始まり現在は9年目。二期目に関しては幾人かの対立候補がいたが、エイラが過半数を獲得し圧勝することになった。
「本当に政策を評価されているのかどうか。ただ軍人としての功績をいまだに評価されている気がするよ」
敗戦国であったバルトランドやペテルブルクに対する融和的な政策は、スオムス国内から不満の声が上がることが多かった。しかしそれよりも大きいのが、敗戦し併合された国々からのエイラを支持する声だった。面白いことに、エイラは一時期スオムス人よりも、バルトランド人やオラーシャ人からの評価の方が高い時期があった。しかしそれも時が経つにつれ、豊かな旧バルトランド、旧オラーシャの資本がスオムスに入り込みだんだんと小さくなっていった。
「自信を持ってください。いまだに文句を言う人がいるのも事実ですが、それ以上に評価されているんですから」
「そうかな?」
「そうですよ。だから安心してください。このままいけば三期目も夢じゃないですよ」
「馬鹿言うなよ。三期目なんかしたらいよいよ辞めどきを失うじゃないか」
二期目の時でさえ、エイラは辞めることを考えた。だがそれはサーシャやサーニャ、更にはフルシチョフと旧バルトランド出身の大臣達からも反対された。三期目はやるつもりがないが、もしも引き留められたら一体いつ辞められるのか、全く見通しが立たなくなる。
「国民からの支持が無くなるまで続けたらいいじゃないですか。エイラさんが善政を敷く限り、永遠と続けたらいいんだすよ」
冗談なのか本気なのか、この時のエイラには判断できず曖昧に頷くしかなかった。