「戦没者の慰霊か」
「先方も無理を言っている自覚はあるようです。嫌なら断っても良いと言ってます」
サーシャが言う戦没者の慰霊碑。それは、ネウロイとの戦いで戦没した人々と、今までにかけて殉職したカールスラント軍人達の慰霊碑の事だった。
「カールスラントにとっては、国内の不満を和らげる思惑でのことのようですが……」
「スオムスからしたら、敗者に対して頭を下げてるみたいで面白くないな」
「ですから、カールスラント側も無理強いはしてきていません。おそらく、国内の嫌スオムス派を宥めてエイラさんの身の安全を確保する事が主な目的かと」
「あわよくば、スオムスが非を認めたらなんて言う気持ちはあるだろうけどな」
エイラが皮肉気に笑うと、サーシャは言葉に詰まった。
「別に慰霊碑を訪れる事自体に問題はない。問題はそれを理由に、スオムスが非を認めたと主張して領土を返還するよう要求される事だ」
「エイラさんの支持率低下につながりますが」
「そんなのどうでもいい。どうせ今期限りだからな」
連邦の大統領に、任期の制限はない。連邦となることを優先したため、大統領他、公職に関する事は後にまわされていた。エイラが強権発動する事なく、善政を敷いていた事もあり、未だに大統領に関する法制度は手付かずだった。
「そう簡単に辞められないと思いますけど」
「慰霊碑を訪れれば、それを野党が追及するだろ。大人しく非を認めれば、そのまま辞められるだろ」
「どうでしょうか。エイラさんの名声は、その程度で傷がつくようなものではないと思います」
エイラの政治は、決して完璧なものではなかった。時には酷く批判される時もあった。それでもなお高い人気を誇るのは、ネウロイとの戦争以降の功績故だ。そう簡単に揺らぐものではない。
「本当にそれだけが理由ですか」
「何が言いたいんだよ」
「カールスラントの戦死者に対して、自分に責任があると思ってるんじゃないですか」
サーシャの問いかけに、エイラは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「一連の戦争で、わたしは受動的な立場にあった。振り上げられた拳に対応してきただけなのに、どうして責任があるなんて思うんだよ」
「貴女が優しいからですよ。優しいから、自分に責任がないと分かっていても、心を痛める。自分に不利益があると分かっていても、慰霊碑を訪れようとするのはそれが理由です」
エイラは眉間に深く皺を刻み込むと黙り込んだ。
「断るべきです。カールスラントからどう思われようと、貴女に責任はありません。慰霊碑を訪れるなんて無意味な事をせず、式典だけに集中すべきです」
「サーシャはわたしと会ってどれくらい経つんだっけ」
「十九年とかじゃないですか。それがどうしたんです」
「多分お互いにとって家族以外で、誰よりも長い時を過ごした間柄だと思う。なのに、お前はわたしの事を理解できていないんだな」
揶揄うような口調のエイラに、今度はサーシャが眉間に皺を寄せた。
「わたしの目的は、ネウロイとの戦争で死んだ戦友達の慰霊だ。スオムスとの紛争で戦死したカールスラント軍人の為じゃない」
「エイラさんの方こそ、私のことをよく分かってないんじゃないですか。私が今更そんな詭弁に騙されると思いますか」
「詭弁じゃない。本当にわたしの目的は戦死した戦友達だ。本当の墓は別にあるとはいえ、名前は石碑に刻まれているからな。懐かしい名前を探してみたいって思うのは、そんなに変な話か?」
エイラが嘘を言っているわけでない事は、サーシャにも理解できた。しかしそれだけが理由ではない事も、同時に感じ取った。
「私達の間に隠し事は無しですよ。忘れましたか?」
「……忘れてないさ」
いつだったか、お互いの胸の内を問い詰める為に言った言葉だった。
「ウィッチを保護するなんて言いながら、その命を奪ったんだ。多少の罪悪感を感じるのも仕方ないだろ」
「ああ、そう言う事ですか。確かに、エイラさんがしたかった事を考えれば、罪の意識を抱くのも理解はできますね」
「救えなかった戦友の代わりに、せめて未来あるウィッチを救おうとして、救えなかった。死んだ奴らが望んだわけじゃないのは分かってる」
そう言ってエイラは小さく息を吐いた。
「保護機関の設立がわたしの自己満足に過ぎないのも理解してる。けどなんだかモヤモヤするんだ」
「そのモヤモヤが、慰霊碑を訪れる事で解消されるかもしれないと」
「それは分からないけど、慰霊碑を訪れるのは、わたしの人生の区切りになる。そんな気がするんだ」
「なんと言うか、エイラさんらしくない曖昧な考えですね」
サーシャの言葉に、エイラは肩をすくめた。
「わたしの趣味を忘れたのか。占いだぞ。曖昧な言動は占い師の専売特許だ」
「エイラさんの職業は大統領でしょう」
「軽い冗談じゃないか」
「知ってます。時と場合を選んでくれれば、大笑いしたかもしれませんね」
サーシャは小さく笑った。
「それで、占い師のエイラさんは占いの結果行くべきとなったんですね」
「別に占うまではしてない。そもそも、占いなんてここ数年まともにしてないからな。随分と忘れちゃったよ」
「ずっと忙しかったですからね。ずっと反対意見を言っておいてなんですが、やっぱエイラさんは一度休むべきなのかもしれないですね」
「やっと認めてくれた」
嬉しそうにエイラは言った。
「実現するかどうかはわかりませんけどね」
「急に現実に戻るなよ」
「私は軍人です。根拠のない言動は慎まなければなりません」
サーシャは真面目そうな表情で、しかし僅かに口角を上げて言った。
「お前はそんな堅物じゃないだろ。変な冗談言ってないで、カールスラントに慰霊碑を訪れる事を承諾する返事をしといてくれ」
「分かりました。ですが、ただカールスラントの要求を飲むのは面白くありません」
「条件をつけるってか。サーシャも政治が上手くなったな」
「揶揄わないでください」
本来であれば、サーシャはスオムス軍の統率をするだけで良かった。だが、エイラが政府内で最も信頼できる人物であるサーシャは、思いの外有能だった。本来の職責とは関係のない、外交に関する仕事の一部も引き受けている。
「いい加減、私の仕事を減らしてくれませんか。武官が文官の仕事をするのは健全とはいえません」
「わたしだって同じ形をしてたぞ。お揃いだな」
笑顔で告げると、サーシャは大きくため息を吐いた。
「わたしとしては、後任の大統領にはサーシャになって欲しいんだけどな」
「馬鹿な事を言わないでください」
「わたしは真剣だぞ。サーシャなら軍人としての実績も十分だし、事務仕事に関しては間違いなくわたしよりも上手くやる。向いてるよ」
「向いてる向いてないでなく、エイラさんの後任が嫌なんです。どう足掻いても比較されますから」
心底嫌そうな表情だった。
「安心しろよ。大統領としてのわたしは、特別優秀じゃなかった。サーシャならわたし以上の大統領になれる」
「エイラさん、いい加減にしてください。そんな事を言うのなら、私は全力でエイラさんが続投するよう工作しますよ」
「それは困るな。サーシャにはわたしが大統領を辞めるのに協力してもらわなきゃいけないんだ。この話は聞かなかったことにしてくれよ」
「エイラさんが続投すれば、私は大統領なんかにならなくて済みますね」
サーシャは満面の笑みを浮かべた。
「昔は素直だったのに、随分と捻くれたな」
「十九年も一緒にいれば、性格も多少似てきますよ」
「成人後の十何年より、成人前の数年。お前の捻くれた性格はラルのせいだろ」
「あら、それもあるかもしれませんね。でしたら、式典であったら文句を言っておいてください」