ダイヤのエースが飛ぶ理由   作:鉄玉

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半袖パジャマでタオルケット一枚で寝ると、朝は寒さで目が覚める。かと言って布団を被ると、暑さで蹴飛ばし朝に寒さで目が覚める。難しい季節です。


満足

カールスラントでの式典は、遠く離れた扶桑の地にも大きな影響を及ぼしていた。式典の参加が決まった坂本は、数年ぶりに宮藤に会いに来ていた。

 

「エイラも参加するのか。また一つ、カールスラント行きの楽しみが増えたな」

 

「坂本さん知らなかったんですか?」

 

「知るわけないだろ。参加者、ましてや他国の大統領ともなれば秘匿されて然るべきだ。宮藤みたいに社会的地位が高ければともかく、私なんかにそんな情報は回ってはこない」

 

扶桑ウィッチで最も出世しているのが宮藤だった。現在の軍での階級は軍医少将だ。保護機構が設立され世界中で魔導軍やウィッチ隊が軍から解体されたが、多くの国は軍にウィッチを保有していた。

保護機構の目的があくまでも未成年ウィッチの保護であり立た事から、上がりを迎えた後のウィッチを、通常の軍人として保有する事は機構の理念に反さない。スオムスでさえ上がりを迎えたウィッチを複数人、軍に残している。

 

「私も上から聞いたわけじゃないですよ。エイラさんから連絡があって、それで知ったんです」

 

「保護機構の重鎮同士、連絡はちゃんと取り合っているんだな」

 

感心した様子の坂本に、宮藤は首を横に張った。

 

「私もエイラさんも、保護機構内に役職はありませんよ」

 

「そうなのか? 確かヘルシンキに支部があったと思うが」

 

「ヘルシンキ支部の支部長は、ラウラ・ニッシネンさんって人ですよ」

 

「なら宮藤はどうなんだ。世界医療ウィッチ教育団の長だろ」

 

世界医療ウィッチ教育センター教育団は、宮藤が作った医療ウィッチの国際的な教育機関だ。六年前、扶桑が保護機構に参加すると同時に設立され、現在は扶桑にのみ教育場がある。世界中から集まった医療ウィッチやその候補生に宮藤が指導をしている。

 

「あれは保護機構とは別ですよ。機構に登録されたウィッチの中から、医療ウィッチの素質のある人を紹介してもらったりしますけど、組織としては独立してるんです」

 

「そうなのか?」

 

「保護機構から融資を受けてるし、ウィッチは全員保護機構に籍がありますから、完全に独立とは言えないかもしれませんけど、少なくとも組織としては別物です」

 

上がりを迎えているいないに関わらず、ウィッチは全て保護機構に加入している。保護機構は若年ウィッチには魔法力の使い方などの技術指導を、上がりを迎えたウィッチには互助組織としての機能を提供している。極々一部の上がりを迎えたウィッチは脱退をしているものもいるが、基本的には殆ど全員が参加している。そしてその数少ない例外の一人が坂本だった。

 

「そうなのか。生憎私は保護機関には所属していないからな。組織については詳しくないんだ」

 

「坂本さんは、どうして保護機構に入らなかったんですか」

 

「あくまでもウィッチの為のものだからな。魔法力を完全に喪失した私が入るのは違うと思ったんだ」

 

上がりを迎えても、魔法力を完全に喪失する事は極めて稀な事例だ。大抵は魔法力を発現し、何らかの魔法を使う事ができる。しかし坂本は魔法力の発現すらできず、ウィッチとしての面影は一切残っていない。

 

「坂本さんはウィッチです」

 

「今はただの人だ。エイラの組織は魔法力を持つ者のための組織だ。私なんかが入っていいものじゃない」

 

「でも資格はあります。組織は元ウィッチであれば、喜んで手を差し伸べます」

 

「だろうな。だけどわたしは、私が私であるためにもその手は取れない。ウィッチとしての坂本美緒は、ヴェネツィアで死んだ」

 

坂本には、魔法力がないのにウィッチを名乗るなど酷く烏滸がましいように思えた。なにより保護機構が互助を目的としているのに、魔法力のない坂本にはできる事が限られている。ほとんど一方的な援助を受ける事になるのはプライドが許さなかった。

 

「機関の互助は、何も魔法力に関することだけじゃありません。上がりを迎えた後の、進学や就職を世話することもあります」

 

「多少なりとも魔法力があるのなら、元ウィッチは引くて数多だろう。私の力など、あってもなくても変わらないさ」

 

力仕事などは、成人男性の数倍の力を発揮できるウィッチは重宝される。それ以外にも、国際的な繋がりの増える機関所属者は大企業からスカウトされることも多い。

 

「私なんか、今は会社員時代の貯蓄と軍の年金を食い潰しながら、近所の子供に剣術を指南する。そんなくだらない生活だからな。そんな私の支援が必要なウィッチなどいないだろう」

 

「会社辞めたんですか?」

 

「六年前にな。どうやら私の肌に、会社勤めは合わなかったらしい」

 

自嘲するように笑う坂本に、宮藤は言葉を選ぶように慎重に口を開いた。

 

「坂本さんのような人にこそ、機構の手助けは必要だと思います。きっと、坂本さんに会う仕事を紹介してもらえます」

 

「必要ない。幸い生活は安定しているからな」

 

「……坂本さんはそれで満足なんですか?」

 

宮藤には坂本が何らかの未練を抱えているように見えた。かつて宮藤が慕っていた坂本は、エネルギッシュで輝いて見えた。今の坂本も、見た目だけなら髪には艶があり、皺もない。写真で見れば驚くほど若く見えるだろう。しかし実際に会うと何処かくたびれた様子で、年齢以上に歳をとって見えた。

 

「昔の坂本さんなら、そんな事言わなかったと思います」

 

「そうかもしれないな。だがな宮藤、もしも私が変わったと言うのならそれはお前にも原因はあるんだ」

 

口にした後、坂本はしまったと言わんばかりに口に手を当てた。

 

「どう言うことですか」

 

「聞かなかった事にしてくれ。これは何と言うか、ただの八つ当たりみたいなものだ。お前は何も悪くない」

 

気不味そうに視線を逸らすが、そのくらいで追及をやめる宮藤ではない。

 

「少なくとも、思わず口走るくらいには私が影響を与えているんですよね。理由を教えてくださいよ」

 

「……本当に、ただの八つ当たりなんだ。いや、嫉妬と言ってもいいかもしれない」

 

宮藤には予想外の言葉だった。宮藤からすれば、自分が持っていないものを坂本が持っている事はあっても、その逆はない。自分をウィッチとして大成できたのは、坂本のおかげだ。全てにおいて坂本の方が優れていると言うのが、宮藤の認識だった。

 

「航空ウィッチとして、私はお前に劣っているとは少しも思っていない。軍人としても同様だ」

 

「ならどうして嫉妬なんてするんですか」

 

「お前は軍に残り、私は残れなかった」

 

坂本が上層部からのウケが良くないのは、宮藤も知っている。それが原因の一つとなり、坂本は軍を去った。

 

「宮藤は医療ウィッチで、私はただの航空ウィッチ。そこに違いがあったのは事実だ。だから昔は別に嫉妬なんてものはなかった。私とお前では、立っている場所が違うのだからな」

 

ため息混じりに坂本は言った。

 

「だがな、あれはたしか八年前だったか。エイラが、スオムスとカールスラントが共同声明で保護機構を出すと言った時のことを覚えているか」

 

「覚えていますよ。たしか、最後に坂本さんと会った頃の話ですよね」

 

「そうだ。私はただ世間話くらいのつもりで、陰謀論を唱えた。そしたら宮藤は毅然と反論し、私に説教をしてきた」

 

「……そんな事ももありましたね」

 

すぐに思い出す事ができず、宮藤の視線が宙を彷徨った。

 

「その時に、宮藤は医療ウィッチの教育について語り、それを世界に広げたいと言った」

 

そこまで言われて、ようやくその時何を話したのか宮藤は漠然と思い出した。

 

「そう言えば、坂本さんに偉そうに説教をした記憶があります。たしか、この件に関して邪魔をするなとか言った気がします。今更ですけど、生意気なことを言いました。すみません」

 

「いや、それに関して宮藤は悪くない。悪いのは私だ。あの件で、私は宮藤がウィッチとしてではなく、軍人として、公職に就くものとしても大きく成長したと実感したんだ。当時はそれが堪らなく嬉しかった。私がしてきた事は無駄ではなかったと思えたからな」

 

「じゃあどうしてあれ以来会いにこなかったんですか」

 

「お前の邪魔になると思ったからだ。お前は目的の為に、医療ウィッチの教育制度を整える為に忙しくなる。私と世間話をするくらいなら、目的の為に馬車馬のように動く方がいいと思ったんだ」

 

そう言って坂本はため息を吐いた。

 

「だがお前が目的を達成すると、私の心の中に湧き上がってきたのは歓喜ではなく空虚だった。お前が大きな事を成し遂げたのに、私はしがない会社員。一体何をしているのだろうなと」

 

「会社員だって立派です。むしろ、私みたいに医療ウィッチとしての才能しかないより、色んなことをできる坂本さんの方が余程立派ですよ」

 

「ありがとう。私は多分、自分にしか出来ない何かを成し遂げたかったんだと思う。自分が特別だと思いたかったんだ」

 

「ヴェネツィアの巣の破壊は、坂本さんがいなければ成し遂げられませんでした。十分特別な事を成し遂げていますよ」

 

宮藤の言葉に、坂本は首を横に振った。

 

「世間一般には、501の功績だ。私だけのものじゃない」

 

501の功績は、一員だった坂本さんの功績でもある。そう言おうとして辞めた。坂本が求めているのはそんなものでは無いと気が付いたからだ。

 

「私は凡人だ。そして宮藤、お前は非凡だ。それに気が付いた時、全てが嫌になった。違うな当時の私の生活が嫌になった。いっその事、隠居して田舎で暮らす方がいいと思ったんだ」

 

それは、宮藤の知らない坂本の一面だった。あるいは、歳を重ねた事による変化だったのかもしれない。だが宮藤の知る坂本と乖離した言動が、宮藤は堪らなく嫌だった。

 

「本当に満足しているんだ。近所の子供達に剣術を教え、時にはネウロイとの戦いや他国の話をする。そんな長閑な生活に、堪らなく満足しているんだ」

 

そう言う坂本は、本当に満足している様子だった。俗世と切り離され、悟りを開いたような坂本にかける言葉が、宮藤には見つけられなかった。

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