ガリアにあるペリーヌの屋敷では、カールスラント行きの準備が慌ただしく進められていた。
「そういえばルーデルさん、貴女は統合戦闘航空団の一員ではありませんでしたけど、今回の式典には参加しますの?」
ペリーヌとリーネの準備がひと段落した時、ペリーヌはふと尋ねた。統合戦闘航空団に所属していないウィッチの中で最大の戦果を上げたのが、ルーデルだ。彼女もまた、式典に呼ばれるに相応しい人材だった。
「不本意だがな」
「不本意なんですか?」
リーネが不思議そうに問いかけた。
「そう言えば、数年前からルーデルさんには帰国しカールスラント国籍に復帰するよう要請され続けていましたわね。私のところにも、説得するように懇願する手紙が来ましたわ」
「私はカールスラント国籍に復帰するつもりはない。何度も断っているが、少なくとも年に一度は手紙が来る」
ガリアは二重国籍を認めているが、カールスラントはそうではない。ガリア国籍取得にあたり、ルーデルはカールスラント国籍を放棄している。当時はそれほど問題にならなかったが、ルーデルが保護機構の会長に就任するにあたり、カールスラント上層部にそれが知れ渡った。その後から、ルーデルにはカールスラント国籍に復帰する要請が届くよになった。
「なら行かなければいいじゃないですか。たまには私もペリーヌさんと二人旅がしたいですし、譲ってください」
「残念だがそうはいかない。これは保護機構の正式な仕事だからな。不本意だが行くしかない」
自身の予定に関してルーデルは、信頼できる部下に全面的に任している。その差配に不満を持った事はほとんどなく、今回のようにどうしても断れない案件以外は不満を口にする事はなかった。
「という事はルーデルさんは、保護機構の人間として参加要請があったのですわね」
「私個人のものよりも、参加させやすいと言う判断だろうな。おそらく誰か、私に近しい人間が入れ知恵したんだろう」
「ルーデルさんを式典に参加させるだけなら、一番良い選択ですね。代わりに式典で出番が終わればすぐにいなくなりそうですけど」
「よく分かっているじゃないかビショップ。式典では何か演説しろと言われているが、それが終わればすぐにカールスラント支部に逃げ込むつもりだ」
「スオムスの機構本部はともかく、支部は治外法権ではありませんわ。逃げ込んでも意味がないと思いますけど」
「治外法権でないのなら、カールスラントの法で守られる。なんの罪もない人間がいる建物に、無理矢理侵入する事を許可する法律はカールスラントにはない」
「支部の方のめいわくになりますし、式典には大人しく最後まで参加してくださらないかしら」
ため息混じりにペリーヌが言うと、ルーデルは顔を顰めた。
「私の出番など最初に少し話すだけだ。その後どこに行こうと問題ない」
「問題多ありですわ。貴女は我が国の国民なんですのよ。他国で行方不明になれば、我が国は全力をあげて居場所を特定しなければなりません。もちろん、現地にいる私はその先頭に立ってカールスラントに協力を要請するでしょう」
ペリーヌの手を煩わせる事を、ルーデルはしない。長い年月が生み出した信頼関係は、ルーデルに自重という物を学ばせていた。
「クロステルマンの手を煩わせるつもりはない。大人しくしよう」
「普段からその傍若無人ぶりを抑えてくれれば、言う事がありませんわ」
戦後すぐと比べると減ったとは言え、まだ複数の孤児を抱える屋敷に、大きな子供が一人いるような状況は負担が大きい。ルーデルが子供たちの世話をしてくれているとは言え、度々巻き起こるルーデルを中心とした騒動は悩みの種だった。
「自由に飛べる翼を持つのが航空ウィッチという存在だ。止まり木に止まる事はあっても、翼を捥がれる事まで容認するつもりはない」
「ルーデルさんらしいですわね。止まり木に止まっている間くらいは、じっとしていて欲しいものですけど」
「止まり木に止まっているからといって大人しくするようでは私らしくないだろう」
「自分で言わないでください。というか、自覚があるのなら議員として忙しいペリーヌさんを煩わせるような事をしないでください」
「重職にある人間にとって、何気ない日常というのは得難いものだ。ペリーヌも本心から私に行動を改めて欲しいわけではないだろう」
ペリーヌに視線を向け、同意を求めるルーデルにペリーヌはため息を吐いた。
「何気ない日常と言うには、貴女の行動は破天荒すぎますわ」
「破天荒さこそが航空ウィッチだ」
「そんな言葉で誤魔化されると思いますか。保護機構設立後に起きた、ウィッチに関する全ての戦争に参戦したのは貴女くらいのものです。それを航空ウィッチの常識だと思われたら、他のウィッチからしたら迷惑極まりないですわ」
保護機構設立後、中東の石油利権に関連していくつかの紛争が起きた。それら全ての鎮静化に保護機構が関わり、全ての戦闘にルーデルが参加した。
もっとも、本人は戦闘にしか参加せず現地での交渉には保護機構から交渉の上手いウィッチを派遣していた。
「貴女、中東でなんと呼ばれていたかご存知?」
「知らんな」
「イナゴですわ。イ・ナ・ゴ」
「イナゴというと、農作物を荒らすというあのイナゴか?」
自分とイナゴに共通点があるとは思えず、首を傾げた。
「戦争という餌を見つけたら、何処からか飛来して平和という荒野に変える。平和になるのは良いことではありますが、同時にその地は戦乱に包まれていたという事ですわ。平和を荒野に見立てていますが、現地は実際に荒野になっています。原因はルーデルさんではありませんが、来たら荒野ができるあたりあまり変わらないのではありません事?」
「荒野になるのは私のせいじゃない。むしろ私はイナゴを駆逐している側だろう」
流石のルーデルもあまりの言い種に目を剥いた。
「戦争が好きなルーデルさんに相応しい渾名じゃないですか。私はすごくセンスのいい渾名だと思いますよ」
リーネが揶揄った。
「どこが相応しい。そもそもそんな事誰が言い始めた!?」
「私が初めて見たのは、数年前のブリタニアの新聞だったはずですわ」
「ブリタニアだと? ビショップ、まさかお前の手引きでわないだろうな」
「どうしてそうなるんですか。私はルーデルさんと違ってただの一般人ですよ。ブリタニアの新聞社に影響力なんて発揮できません」
リーネはルーデルの疑いを鼻で笑った。そもそも、リーネは十年近くブリタニアに帰っていない。最後にブリタニアの地を踏んだのは、終戦後の式典以来だ。
「あら、いつだったかブリタニアの新聞社が館に取材に来ていましたわよ。確か丁度ルーデルさんが中東に行っている時でしたわ」
「ぺ、ペリーヌさんそれは言わないでくださいよ」
「やはりお前かビショップ!!」
「ち、違うんですルーデルさん。別に悪気があったわけじゃないんです。ルーデルさんの活躍について聞かれて、その話の流れで……」
その取材はルーデルがいくつもの紛争を鎮静化する事に関して、同じ屋根の下で暮らすリーネに話を聞きに来たものであった。どんなに離れていても、紛争があれば飛んでいくルーデルをイナゴみたいだと冗談混じりにイナゴと形容したのだ。
それがいつの間にか、中東にまで広がりルーデルの渾名として定着した。
「どうせならもっとかっこいい名前を付けてくれ。イナゴなど悪意があるとしか思えん」
「贅沢な悩みですね。世の中には活躍できず、渾名を付けられる事すらない人も大勢いるんです。名誉な事だと思いましょうよ」
「イナゴという渾名に名誉がえるのなら、欲しければいくらでも譲ってやる」
不貞腐れた様子のルーデルに、二人は思わず吹き出した。そのせいでさらに臍を曲げたルーデルの機嫌を直すのに、しばらくの時間を要するのだった。