「お、お久しぶりです。ユーティライネン大統領閣下!」
宮殿で皇帝との会談を終えたエイラは、元501部隊の服部静夏と再開していた。
「そんなに緊張するなよ服部。同じ部隊で戦った仲じゃないか」
「た、戦ったと言っても閣下と一緒に飛んだのなんて数えるほどしかありませんでした。スコアだって私は足元にも及びませんし、緊張しない方が難しいです」
生真面目な服部にエイラは思わず苦笑いを浮かべた。
「お前もエースと呼ばれるくらいにはスコアもあるじゃないか」
「エースと言っても、下から数えた方が早いです。スコアだけで歴史に名を残すような閣下には及びもつきません」
「だとしてもお前は扶桑のエースで、映えある統合戦闘航空団の一員だ。同格のわたしたちの間に上下関係があるように見えるのは、あまりよくない」
エイラの言葉に服部は首を傾げた。
「元々私達の関係性は上司と部下でした。上下関係があって然るべきなのではないでしょうか?」
「明確な上下関係がないとでも言えばいいのかな。当時のわたし達にはそれが無くて、軍隊に所属しているのに自由だった。今の保護機構所属のウィッチ達も同様だ。自由がウィッチの特徴なのに、その筆頭とも言える統合戦闘航空団のウィッチが、ガチガチの軍隊みたいな事してたら、下の世代が萎縮しかねないぞ」
上下関係が必要ないと言うのは、服部の緊張をほぐす為という事理由もある。だがそれと同時に、外からまた統合戦闘航空団が、軍隊のように見られる事を危惧してもいた。ウィッチという集団が、規則に縛られない自由な場所である事は保護機構にとってもメリットがある。ウィッチが自発的に保護を求めやすい集団であることが、何よりも重要だ。その為には軍隊のような集団よりは、もっと緩い大衆受けする集団であることが望ましい。
「そもそもお前、昔はそこまで堅苦しく無かっただろ。いや、最初はそんな感じだったかもしれないけど、最後の方はもっと普通の上官と部下って感じだったぞ」
「そうでしたか? 10年以上昔の事ですから、正直自分でもどんなふうに話していたのか覚えていなくて」
「気持ちは分からなくないけど、あんなに緊張までする必要はないだろ」
「それは無理ですよ。一国の大統領ともなると、こうやって面と向かって対応したことがないですから緊張もします」
一国の大統領と言っても、エイラと服部は同じ部隊で肩を並べて戦った仲だ。それもエイラにとってはいまだに一番若く、未熟な戦友だ。面倒を見なければならない後輩ウィッチという意識が強い。服部と同年代にはルッキーニがいるが、ウィッチとしての完成度は比べ物にならない。
スオムスのウィッチはどうかというと、連合軍に移って以降は殆ど関わりがない。必然的に共に肩を並べて戦ったウィッチの中で最も若く未熟なのは、同じ統合戦闘航空団所属のウィッチである服部となる。
当時は暇な時に飛行技術や戦闘方法を教えるくらいしかできなかったが、それでもエイラにとっては数少ない教え子であり後輩の一人だ。あまりにも他人行儀で接されると、少し悲しくなるくらいには服部に思い入れはある。
「少なくともこの式典の間は、ただの先輩と後輩だ。じゃなければ、式典前日に一緒に慰霊碑に行く予定なんて組まれないぞ」
カールスラントに到着した当日、エイラはカールスラント皇帝と会談した後に戦没者慰霊碑を訪れる事になっていた。偶然服部も同じ予定があり、カールスラント側からの提案もあって一緒に向かう事になっていた。
「単純に私にユーティライネン閣下の」
「エイラでいい。私が大統領になる前からの戦友に、閣下なんて言われるのはなんかムズムズする」
「そうわ言われましても、大統領ともあろう方を呼び捨てにできません」
「ならあれはどうだ。扶桑では年上の相手を先輩って呼ぶんだろ。それでどうだ」
エイラの提案に、服部は苦笑いを浮かべた。
「確かに先輩と呼びますけど、上官相手にはそんなに使いませんよ」
「そんなにって事は、使う事もあるんだろ。先輩って呼んでくれよ」
「分かりました。呼び捨てにしたりするよりは何倍もマシです」
エイラの言葉に服部は渋々先輩と呼ぶ事を約束した。
そんな事を話している間に、慰霊碑に向かう準備ができ、車に乗って移動を開始した。
「それにしてもさすがは大統領ですね。私一人だと身の回りの世話をしてくれる人と、護衛と案内人の三人だけなのに、見えるだけでも十倍は人がいます」
「全部スオムスから連れてきたわたしの護衛だぞ。カールスラントからは案内人以外は一人もいない」
「だ、大統領にカールスラントから護衛が出されていないんですか!?」
常識的に考えて、自国に招いた他国の首脳に護衛の人員を置かないのはあり得ない。服部の驚きは無理からぬ事だった。
「スオムス側から要請したんだ。直接の護衛は要らないってな。なんせわたしの護衛は、元々軍に所属していたウィッチだ。下手な護衛よりもよっぽど頼りになるさ」
「で、ですがよくカールスラントが了承しましたね」
カールスラントからすれば、暗にお前の護衛は役に立たないと言われたようなものである。大国であるカールスラントからすれば、新興のスオムスが何を言っているのかと思いそうなものだ。
「この式典には他の国からも要人が来るからな。難色は示されたけど、意外とあっさり許されたぞ。まぁ、もしかしたら遠くに護衛を配置してる可能性はあるけどな」
カールスラントの護衛が、全くのゼロというのは考えにくい。慰霊碑の周辺や、滞在先の周囲に護衛を配置している可能性は十分あった。
「護衛がウィッチであればエイラ先輩がカールスラントの護衛を必要としないのは理解できます。ですが一つ間違えれば関係悪化に繋がりかねないのに、わざわざ自前で護衛を用意した理由はなんですか?」
「わたしの護衛は、元バルトランド空軍所属のウィッチだ。色々あって、コイツらはわたしのことを凄く慕ってくれてるんだ。他国にわたしの護衛を任せたくないと思うくらいにな」
エイラの支持基盤のうち、バルトランドはかなりの割合を占める。当然スオムスからの支持もあるが、バルトランドからも高い支持がなければ、これほど長く大統領を務める事はできなかっただろう。
「流石に武器は拳銃くらいしか持ち込めてないけど、それでもただの歩兵小隊くらいなら撃退できるし、中隊規模相手でもいい勝負ができる」
ウィッチとただの人の間には大きな壁がある。同数の特殊部隊であっても、上がりを迎えたウィッチに勝つ事はできない。エイラは中隊規模でもいい勝負と言ったが、十分な弾薬があれば今の装備でも勝ち切ることも不可能ではない。
カールスラントからすれば、他国の軍隊を首都に駐留するのと大差ない。その為エイラはカールスラントの立場を考え、装備を最低限なものにするよう護衛には厳命していた。
「他のスオムスの人達の護衛はどうなっているんですか。やっぱりスオムスから護衛を連れてきているんですか」
「これはあくまでも大統領の護衛だからな。他の奴らはカールスラントの護衛をつけてるよ。多分服部と同じ感じの人員だと思うぞ」
サーニャはカールスラントの現役ナイトウィッチに会いに、ニパはクルピンスキーに会いにいき、ハッセはベルリン観光に行っていた。
「滞在先に関しては同じホテルになってるけど、部屋のグレードは流石に違うしな。その辺は大統領と一般人の違いだな」
「ホテルって他の国の式典参加者も同じなんですかね」
「どうだろうな。服部はどこなんだ?」
偶然にも服部とエイラは同じホテルだった。ホテルに帰ったらサーニャ達を部屋に招く予定だったエイラは、それに服部も招く事にした。
「スオムスの皆さんの中に入って、お邪魔になりませんか」
「なるわけないだろ。スオムスの奴らなんか、会おうと思えばいつだって会えるんだ。それよりは、普段会えない奴と会った方が他のみんなも嬉しいよ」
「それでしたら、お言葉に甘えさせてもらいます」
服部は夜間戦闘の訓練をサーニャにしてもらっている。ニパとハッセは殆ど関わりがないが、統合戦闘航空団が同じ基地に集まったタイミングで顔を合わせた事があった。
「他にも同じホテルにウィッチがいれば呼ぶのもいいかもな。まさかたった五人のために一つのホテルを使うわけがないからな」
式典前日ではあるが、もしかしたら懐かしい顔を見れるかもしれないと思うとエイラはホテルに行くのが楽しみになっていた。