「それにしてもお前が戦没者慰霊碑を訪れるとは思わなかったな。服部の初陣時期を考えたら、ここに名前が載るような知り合いはいないだろ」
エイラが慰霊碑を訪れた目的の一つは、戦死した戦友の名を探す事にあった。当時参戦していたウィッチの中でも、エイラの軍歴はかなり長い方だった。開戦時には既に軍所属のウィッチであったエイラは、多くの戦友達との死別を経験してきている。特に1941年に行われたバルバロッサ作戦では多くの戦友を失った。
「少なくとも一人、ここに名前が載っている人がいますよ」
「ウィッチか?」
「違います。パットン将軍です」
てっきりウィッチの知り合いだと思っていたエイラは、思わぬ人物の名前に驚くと同時に納得した。
「そういやベルリン奪還の時に関わりがあったんだったな」
「はい。負傷した時に介抱してもらいました」
「けどあいつは自動車事故が原因だし、戦没者慰霊碑に名前はないんじゃないか?」
「ベルリン奪還の英雄という事と、自動車での移動は一応軍務中だった事から慰霊碑に名前を刻まれているそうです」
評価については分かれるところはあるが、ベルリン奪還の立役者である事は紛れもない事実だ。ややこじつけ感のある理由ではあるが、慰霊碑に名が載っているのはその辺りが理由だった。
「せっかくだし、パットンの名前も探してみるか」
「将軍の名前も、という事は他にも探している人がいたんですか?」
「何人もいるさ。1941年の今じゃ第一次オラーシャ奪還作戦って言われる作戦に、わたしも参加していたからな。あの作戦でたくさんの戦友が戦死した。きっとそいつらの名前もここに載っているはずだ」
第一次オラーシャ奪還作戦。正式名称バルバロッサ作戦では戦死者及び行方不明者だけで四十五万人を超えた。損耗率六割を超えるこの戦いで、エイラは多くの戦友を失った。
「私がまだ軍に入っていない時に起きた作戦ですね。噂でしか聞いたことがありませんけど、そんなにも酷いものだったんですか?」
「最初は順調だったからオラーシャ奥地まで奪還できたのが悪かったな。そこで総崩れになって、全軍が四方八方から袋叩きにあったんだ。生き残れただけでも奇跡だよ」
ただ生き残ったというだけで、奇跡のような作戦だった。その中で幾つかの部隊組織だった撤退に成功し、それらの指揮官は大いに讃えられた。特にエイラは最も奥深くまで進軍した部隊の一つであり、そこから組織だった撤退を行った唯一の部隊でもあった。
「扶桑はその作戦には部隊を投入していませんでしたから、詳しい話を知らないんです。できればもっと詳しく教えてくれませんか」
「もちろんだ。だけどその前に慰霊碑だな。本来の目的を忘れるわけにはいかない」
話している間に、慰霊碑のすぐ目の前にまで来ていた。入り口から最も近い場所には、カールスラント人の名前が数多く刻まれていた。
「ここはわたし達世代よりも、もう一つ前の戦争の慰霊碑だな。もっと奥に行かないとパットン将軍達の名前はなさそうだな」
「そうみたいですね。戦争ごとに区画わけされているらしいですから、もう少し奥に進んでみましょうか」
少し歩いて出てきたその区画が、ネウロイとの戦争での犠牲者が祀られた慰霊碑のある事は一目で分かった。先程の区画には萎れた花束がいくつか転がっているだけだったが、目の前の区画は違う。真新しい花が所狭しと並べられ、未だに人の往来がある事が容易に想像がついた。
エイラが来るにあたり人払いは済まされているが、かなり手間取ったのであろう。所々ゴミが落ちていて、清掃までは行き届いていない様子だった。
「さっきの場所よりも随分と広いですね」
「そりゃ犠牲者の数は人類史上最大の戦争だからな。慰霊碑の数も多くなる」
いまだに厳密な戦死者数は分かっていないが、判明している戦死した軍人だけで億を超える死者を出したと言われているのがこの戦争だ。今現在見えている慰霊碑の数だけでは、到底全ての戦死者を祀る事はできない。ここにあるのはカールスラント軍人と、前半の作戦で戦死した者達の慰霊碑だった。
「明日の式典ではこの上をウィッチが飛行し、ここに来る時に使った道をパレードが行進します」
「わたし達はその頃宮廷で面白くない外交に勤しまないとダメだけどな。まったく、こんな時くらい大人しく死者を偲ばせて欲しいもんだよな」
「同意します。ですがこれはどの規模です。外交をしないという方が難しいのではないでしょうか」
「欧州のすべての国々と、リベリオンに扶桑。これだけいれば……」
エイラの視界の片隅に、空を飛ぶウィッチがふらふらと降りてくるのが見えて言葉を止めた。
「どうしましたか?」
「あれ、大丈夫か?」
「危なっかしいですね。ベルリン市内は緊急時以外不時着は許されていませんし、何か事故でしょうか?」
ベルリンに限らず、大きな都市では原則としてウィッチの着陸は禁止されている。人の身でありながら、航空機と変わりのない馬力が出るストライカーユニットを市街地に着陸させるのはあまりにも危険だ。
「みた所レシプロストライカーみたいだし、ちょっとしたトラブルならわたしでも修理できるぞ」
カールスラントの現役ウィッチは全て保護機構に所属している。予算の都合などから、保護機構では旧式のレシプロストライカーを用いる事も多々ある。そのため、降りてくるウィッチがレシプロストライカーである事はにはそれほど問題はない。
「向こうもこっちに気がついたみたいですね」
「少し脇に避けておこう。あの感じだと着陸直前に墜落しても不思議じゃない」
ウィッチである事から、墜落したとしても大怪我を負う可能性は低い。低速で飛行しているとなれば尚更だ。
「本当にストライカーのトラブルか?」
ウィッチの動きを見ていたエイラは、それがストライカーによる異常ではないように感じた。ストライカーから煙が出たり、異音が聞こえたりもしない。ウィッチは右側に進路がよれる度に、左へと戻す。右側に重心が寄っているからだ。
ものを持って飛ぶ時、当然重心はそのものがある方による。持つものはウィッチの種類によって様々だが、銃や爆弾が主な装備だ。偏った重心で真っ直ぐに飛ぶ訓練は、医療ウィッチ以外であれば真っ先に習う事だった。
「うまく着陸できそうですね」
服部が安堵した様子を見せる中、エイラは猛烈に嫌な予感に襲われた。それはこれまで戦場に身を置き続けたことによるものなのか。それとも未来予知の固有魔法の影響が、魔法力を発現していなくても一部発動されていたのか。
「服部そこをどけ!!」
咄嗟に魔法力を発現したエイラは、直後叫んで服部を突き飛ばした。同時に降りてきたウィッチに向かってシールドを展開した。
直後、電動鋸のような音と同時に、エイラのシールドに大きな衝撃が襲った。だがそれも長くは続かなかった。元々シールドの強度は特別高くなく、上がりを迎えた事でさらに下がった強度では長くは耐えられない。
「エイラ先輩!?」
突き飛ばされた服部が再び捉えたエイラは、地面に倒れ伏していた。赤い液体が流れ、地面を濡らす姿に最悪の事態を想定した。
「よくもユーティライネン閣下を!!」
エイラに駆け寄るよるより先に、背後で襲撃者が取り押さえられた。旧バルトランドのウィッチ達の、エイラに対する忠誠心は高い。激昂し取り上げたMG 42を突き付け、今にも引き金を引きそうな勢いだった。
「やめろ」
それを止めたのは、エイラの一言だった。咳き込み、血を吐きながらもエイラは確かに自分の足で立っていた。厳密には片方は義足だが、それを感じさせないような足取りで襲撃者の元に歩みを進めた。
「なんでこんな事をした」
「私の姉はバルト海の冷たい海に沈んで、遺体すら帰ってこなかった! その元凶が、私が上がりを迎える前にノコノコとカールスラントにやってきて、しかも姉が眠る慰霊碑を訪れるだって!? こんな事許していいわけないじゃない!!」
襲撃したウィッチの歳の頃は、二十歳手前といったところだろうか。その姉となれば、生きていれば今頃二十代前半になっていたのだろう。
「お前医療ウィッチだろ。どうやって銃なんて手に入れたんだよ」
「旧式の銃くらい、機構の支部にならいくらでも保管されてるわよ!」
「そうか。各支部には、武器の保管を厳重にするよう通達しないとな」
そう言ってふらりとよろけたエイラを、服部は咄嗟に支えた。
「軍服が汚れるぞ」
「服なんてどうでもいいです! そんな事より手当を、そこの医療ウィッチに無理矢理にでも治療させましょう!!」
幸か不幸か、襲撃者自身が医療ウィッチであった。それは付けている腕章からも明らかだった。
「やめとけ。コイツは確かな覚悟を持ってわたしを襲撃したんだ。たとえ拷問されようとも、治療なんてするわけない」
そう言うとエイラは大きく息を吐こうとして、代わりに咳き込み血を吐いた。
「ど、どこかに座らせてくれないか」
「分かりました。そこの慰霊碑を背にしましょう」
「そこじゃないな」
服部の提案をエイラは弱々しく首を振って拒んだ。
「……慰霊碑を汚すわけには行かないし、あの木の根元にしてくれ」
少し離れた木の根元を指差した。
「護衛の方達が医者を呼びました。それまでどうか死なないでください」
「さっきのウィッチだけど、カールスラントのほうりつに則って刑罰を与えてくれ。まだまだ未来のあるウィッチだし、できれば軽めの罰にしてやってくれよ」
「そんなの後でカールスラント政府に言ってください! 今は喋らず、体力を温存させてください!!」
「今言った事をサーシャに伝えれば、きっと万事上手くやってくれる。できる事なら、サーシャにはわたしの後を継いで欲しいなぁ」
尚も話を続けるエイラに、服部は目元に涙を溜めて再び懇願した。
「いいから黙っててください。止血しますから軍服も脱がしますよ!」
「個人的な事に関してはミッコ、わたしの古い戦友に託してある。昔から戦場に向かう時には、渡すようにしてたんだ。大統領になってからは、他国に外交に行く時に渡すようにしてたけど」
「本当にお願いですから、少し黙っててください!!」
服部が叫ぶと、エイラは少し目を開いた後再び閉じた。身体を纏う魔法力が一度力強い輝きを放つと小さく笑った。
「最後に見る顔がお前の顔か。しかも泣き顔なんて、初めて見たな」