私がこの501部隊に所属する事になって一ヶ月、初めはよくわからなかったこの部隊の凄さについてもそれなりにわかるようになっていた。
この部隊は所属しているウィッチは私含めて十一人と少ない部類に入るらしいけど割り振られている仕事の量は異様に多い。例えばエイラさんとサーニャちゃんが担当している夜間哨戒なんかは本来なら専用の部隊が夜間哨戒をするらしい。夜間飛行は訓練をしないとすごく危険らしくまだまだ未熟な私は夜間哨戒に参加することはない。けどそんな私にもできることはある。夜間哨戒前のサーニャちゃんやエイラさんに夜食を作って持って行くことだった。
「失礼します」
ミーナ中佐の執務室と同じ広さのはずなのに両脇にある棚に入りきらなかった書類が床にまで置いあるせいでやや狭く感じる執務室の中では書類の山に囲まれたエイラさんが真剣な表情で仕事をしていた。
「エイラさん、夜食を持ってきました」
「サンキュー。ちょうどお腹が空いてたんだよ」
そう言うと応接机の上においた夜食を食べるために椅子から立ち上がるとゆっくりとした足取りで近づいてきた。
「それは扶桑料理か?」
「はいそうです。扶桑のお茶漬けです」
「えっと、これはどうやって使うんだ?」
箸とスプーンの両方を用意していたがエイラさんが選んだのは箸だった。
「それは箸って言ってこうやって指で挟んで持つんですよ」
「こ、こうか?」
「違います!親指、人指し指、中指で上の箸を持つんです。それで下の箸は親指の付け根と薬指で支えて動かさないようにするんです」
「難しいな」
必死で持とうと頑張っているけどその努力もすぐに辞めてしまった。
「ダメだな、今度また練習するよ」
「きっと上手くいきますからもっと頑張りましょうよ!」
「いやーそうしたいのはやまやまだけど見ての通り仕事がまだ残ってるからな。あまり夜食を食べるのに時間をかけるわけにもいかないからな」
「あ、そうですよね。すみません」
「また今度教えてくれよな」
「はい、じゃあ私はそろそろ寝る時間なのでこれで失礼しますね」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
そう言って私が外に出ようとするとエイラさんがちょっと待て!と言って呼び止めてきた。
「宮藤に渡すものがあったんだった」
そう言うと食事を中断してデスクの引き出しから茶封筒を取り出した。
「はいこれ。遅くなってごめんな」
「なんですかこれ?」
「何って給料だよ」
「えぇ!お給料もらえるんですか!?」
「当たり前だろ。働いてるんだから」
「けど私一機もネウロイを撃墜できてないですよ」
むしろみんなの足を引っ張っているまである。今日だって訓練でペリーヌさんとぶつかりそうになって怒られたばっかりだった。
「そんなこと新人には期待してないしそもそも訓練生でさえ給料もらえるんだから安心して受け取れ。それと次の給料の件なんだけどどこか指定の銀行口座とか有ればこの紙に書いといてくれ」
「私口座持ってません」
「なら次も手渡しでいいな」
ポンドはたしかブリタニアの通貨だ。
「10ポンドってどれくらいの価値なんですか?」
「その棚の上から三段目に為替レートの書類があるから取ってくれ」
エイラさんが指差す場所には足の踏み場がないほどの書類が置いていて棚にたどり着くだけでかなり大変なことが容易に予測できた。
「ああ、そこの書類は宮藤が見ても大丈夫なやつだから安心していいぞ」
「あのそうじゃなくて踏まないと行けそうにないんですけど」
「そこの書類は決済の終わったやつだから踏み倒しても全然いいぞ」
何故かすごい笑顔でそう言ってきた。倒したら片付ける手間ができるのにどうしてあんなに笑顔なんだろう。
「でも崩したら片付けないと」
「全く問題ないからじゃんじゃん倒してやってくれ」
「え、あはい」
威圧感を感じる笑顔で再びそう言われて私は逆らうことなく、けどできるだけ崩さないように気をつけながらエイラさんに言われた書類を取り出した。その道中少ない量の書類の山を崩すことになったけど何故かエイラさんは笑顔だった。
「えっと扶桑の通貨は確か円だったな…19.6円ってあるな」
「えっと19.6円ってだいたい米俵一俵分だから…10ポンドってご飯四千杯分!?」
「それは半年分だから調子に乗って使いすぎるなよ」
「なんでこんなにもらえるんですか?」
「迷惑料みたいなもんさ」
「迷惑料?」
「非ウィッチの徴兵年齢って知ってるか?」
「いえ、知りません」
「殆どの国では十六歳以上の男性って定義されていて女性はその対象にはならないんだ。もっと言うと第一次ネウロイ大戦後に結ばれたヴェルサイユ条約でウィッチの徴兵が禁止されたから仮に女性がこの対象になってもウィッチは対象外なんだ」
「え、けど私坂本少佐と初めて会った時ウィッチにならないかって言われましたよ」
あれがなければ私は今頃扶桑で診療所を継ぐために勉強をしているはずだった。あれは徴兵ではなかったのだろうか。
「あくまでそれはスカウトしただけだな。最後は自分の意思で決めただろ?」
「それはそうですけど…」
どこか釈然としない私をよそにエイラさんはさらに話を進めた。
「現状ウィッチ以外にネウロイに対する有効打がない以上ネウロイに対する反撃、迎撃のほとんどをウィッチが受け持つことになるだろ。本来なら大人がやることを幼い少女に任せてる事に憤りを覚えたり不甲斐なさを感じる奴は少なからずいるんだ。だから少しでもウィッチに報いるために各国はウィッチに対してお金を多く渡したり対象年齢外の飲酒喫煙の黙認をしているのさ」
「飲酒喫煙の黙認?」
「あれ、宮藤は知らなかったのか。結構な数のウィッチがどっちかをやってるんだぞ。これもウィッチに対してある種の負い目のようなものがあるから黙認されてるんだよ。偶に注意する奴もいるけどな」
こっちにきてからそんな事をしている人は見たことがなかった。
「エイラさんもしてるんですか?」
「基本しないけど駐在武官同士のパーティーが有れば酒は飲むことはあるな」
意外だ。どちらかと言うとバルクホルンさんみたいな真面目なタイプだと思っていたから黙認されていてもそんなことはしないと思っていた。けどそれよりも
「駐在武官って何ですか?」
「駐在武官っていうのは簡単に言うと軍事関係の情報のやりとりを担当する外交官のことだよ。わたしは元々スオムス大使館の駐在武官としてブリタニアに来たんだ。言ってなかったっけ?」
「初めて聞きましたよ!」
「この部屋にも機密文書とか置いてるからわたしがいない時に勝手に入ったりするなよ。特にその棚はこの部隊ではわたし以外が触ったらマジでダメなやつがあるから絶対に触るなよ」
さっき私が書類を取り出した棚の対角線上にある棚を指さしていった。
「触ったらどうなるんですか?」
「触るだけならまぁ減給くらいかな。けどもしも中身を見ていたら二度と扶桑の土を踏めなくなるかもな〜」
「えっ!終身刑って事ですか!?」
まさかそんなに重い刑罰が下るなんて。
「いやいや、そんなわけないだろ」
笑いながらエイラさんは否定した。揶揄われていただけみたいだ。
「なーんだ。驚かさないでくださいよ」
「スパイ容疑で問答無用で銃殺だな」
「え?」
「いいか宮藤、お前は今までこの世界と関わってこなかったから知らないんだろうけど軍事情報はものによっては一国を破滅させかねないくらい重要なんだ。見たやつを生かしていたらどこから見られた情報が漏れるか分かったもんじゃない。けどすぐに殺せば絶対に情報は漏れない」
「けど人ですよ!ネウロイじゃないのに撃てるんですか!?」
「必要とあれば撃つ、それが軍人だ」
冷たくそう言い放つエイラさんはさっきまでとはまるで別人のような怖い雰囲気を纏っていた。
「けど安心しろよな、あの棚には鍵を付けてるから簡単には開かないから大丈夫だぞ」
私が怖がっていたのを感じたのか優しくそう言った。
「そろそろ戻ったほうがいいんじゃないか?宮藤は寝る時間だろ」
そう言ってエイラさんが懐中時計を見せてきた。
「あっ、本当だ。お休みなさいエイラさん。お仕事頑張ってください!」
正直エイラさんに対して恐怖していたからこの申し出はありがたく足早にエイラさんの執務室を離れベッドに潜り込んだ。
思ったんですけどウィッチ、というより宮藤さんの給料って少ない気がするんですよね。同時代の日本軍の給料調べたら殆ど一緒なんですよね。普通に考えて危険地帯に赴任している以上危険手当がつきそうなものなのにそれがないっぽいんですけど何故なんでしょう。それに坂本さんも危険がどうこう言ってたから普通の軍曹よりも給料良さそうなのに。
もしかして宮藤さんって正確には軍曹じゃなくて訓練生って扱いなのかなと思ったりしました。普通に考えて志願して即軍人ってありえないから割とありそう。